【8】使徒オーウェンの恩赦式典――オーウェンの法律――
「――ゼスペリア十九世猊下、ありがとうございました。さて、これをお聞かせ下さった事には理由があります。実は、ここ最近、王宮に、元老院の命令を受けていないにも関わらず、元老院から来たと名乗る貴族が溢れているのです。今回それをお知りになったゼクス猊下は、元老院に確認をとり、ミュールレイ侯爵のみが元老院議員である事および正式に元老院に王宮へと英刻院閣下不在による混乱を収めるために補助に行くと申し出て受理されておりましたが、それ以外の今この場にお呼びした貴族の皆様は、元老院議員ですらなく、さらには元老院への申し出もなく、であるにも関わらず元老院の命令であると虚偽の申告をし、王宮に不法に入っていたということになります。これは元老院議会法第三十七条二項、元老院議員を騙る行為の違反、同四項、政府首脳部の違法掌握に該当するため、既に法務院により、皆様への禁固十年の実刑判決が出ております。並びに、元老院と貴族院は、この件により全名の貴族爵位の剥奪を決定しております。モニターに表示されている全貴族家は、元貴族家となります。また、ミュールレイ侯爵についてきたと名乗っていた方が何名かいらっしゃるため、ミュールレイ侯爵様も元老院により証人喚問を行われることになりますが、許可を取得していたこと並びに、花王院国王陛下の恩赦嘆願により、実刑判決は出ませんので、変わりにもしも罪があるのならば、大教会にてゼスペリアに祈り、全ての悪と腐敗を今後は憎んでください。ただ、孫である青殿下を思っての行動であると皆理解しておりますので、使徒ゼストの先程の祈りにも『あまり前に出すぎず息子に任せて見守ってみようか』という趣旨の一文がございましたし、今後はお気をつけ願います――それでは、逮捕拘束のためにいらして頂いていた軍法院の皆様により、天才機関横の透明空間拘置室に、式典終了までお入りください」
レクス伯爵がそう言うと、バチンと無表情で軍法院の橘元帥が手を鳴らし、彼は前国王の王弟であるから、その花王院王家の遺伝である集団テレポートにより、呼び出されていた貴族全員を透明な壁の中へと移送し閉じ込めた。民衆は、唖然としていた。ミュールレイ侯爵は諦観したように微笑しているだけで何も言わないが、完全に貴族内の第二番目の勢力だったミュールレイ派の貴族が全て壊滅したのである。全員投獄だ。
「英刻院閣下の不在もまた一つの理由ですので、今後英刻院閣下の采配により貴族爵位の復古がある場合、および減刑処置の可能性もありますが、以後二度と、宗教院は当該人物へのあらゆる聖職者としての行為を行いません。それが、正しきランバルトの教えです」
レクスはそう締めくくった。それから橘元帥を一瞥した。
すると橘元帥が頷いた。
「次に、華族の者の爵位剥奪を宣言する。こちらのゼスペリア十九世猊下は、緑羽万象院若御院様でもあり朱匂宮若宮様であらせられるため、すぐに違反者にお気づきになられ、直接通報があった。絶対法である華族法を破った者がここに呼ばれている。まず華族法38条、橘宮配下家の大臣家、特別中宮3家、中宮5家は、教育必須技能があるにも関わらず、それを学んでいない者がいることが明らかになった。よって貴族院・華族院・元老院・法務院・軍法院により、学歴および当人の知識を捜査した。結果、左大臣・峯岸家、特別中宮家中の2家である高遠中宮家および日高中宮家、配下5家中3家の中野・松枝・旭中宮家は、華族爵位が剥奪となり、極刑となる。華族法は絶対法であり、華族にも適応される。朱匂宮のご当主として、華族が華族法を厳守していない事実を問題視されておられる。この件により、これまで気付かなかった橘宮家指定教育担当者を名乗っておられる甥子殿にも証人喚問を受けていただく」
その言葉に、華族達が凍りついた。さらに橘元帥が続ける。
「並びに華族法第2条により、直系長子による相続が決定しているにも関わらず、甥子殿を次の当主にという犯罪者も全員爵位剥奪の上、極刑である。甥子殿当人もだ。この華族法は、橘宮家と匂宮家と美晴宮家の当主および緑羽万象院、万象院列院総代が全員一致で恩赦しない限り覆らず、並びに、恩赦があった場合であっても、終身刑となる。後継は、貴族院および華族院が現在選定中だ。貴様らの行いは、国王陛下を殺害して国を乗っ取ろうとしたのと同じことであり、決して許されることはない。それが華族法だ」
それを聞いた人々は顔面蒼白になった。さらに王宮側は、呆気にとられた。まさか法律でくるとは思っていなかったのだ。聞いていた橘院が声を上げようとした時、一瞬早く橘元帥が睨めつけたため、声は出なかった。それを見てはいたが、橘宮の甥子は、万象院列院総代になんとかなって恩赦を頼むとESP送信した。その直後、こちらも透明な特別拘置所に全員が集団テレポートさせられて、モニターには爵位剥奪者一覧が表示された。恩赦可能者に一人も恩赦しそうな人間がいないため、大半の拘置所内の華族は絶望的な顔になった。そして処刑も怖かったが、匂宮当主という事実も含めて、ゼスペリア十九世猊下の逆鱗に触れてしまっていることに恐怖していた。
その後、レクスが頬に手を沿え溜息をついた。
「犯罪者がこんなに紛れていただなんて恐ろしい限りですね。さて、続いてゼスペリア十九世猊下は、残りの正面にいる銀色の神聖な十字架を身につけていらっしゃる皆様に、特別に祝詞を唱えたいと仰っています。理由は、皆様が、『使徒ゼストの朝』という十字架を身につけていらっしゃるからです。それは非常に神聖な十字架であるとの事です」
それから笑顔で続けたレクスの声に、拘置所に入れられなかった枢機卿議会メンバーおよびメルディ猊下とイレイス猊下は思わず安堵した。そして十字架に感謝した。だが、すぐにそれは間違いだと気づいた。
「それではお聞きください――ヴェスゼストの福音書付録背徳者への破門」
その言葉に、聖職者も国民も全員が目を見開いた。それは、ゼスペリア教から追放が決定した信徒に対して読まれる特別な福音だからだ。これを読まれる、ということは、すなわち、聖職者の位を剥奪されるという事である。自分より上位の聖職者のみが唱える事を許されるのだが、この場においてもどこにおいてもゼスペリア猊下より上等いない。最新筆頭は、当主であるからゼクス以上は存在しないのだ。
そこまでやるのかと、枢機卿議会議長が抗議の声を上げようとして、そしてようやく気づいた。自分達の後ろの枢機卿議会メンバー、自分とイレイス猊下、正面のメルディ猊下のそれぞれの周囲に、長方形の透明拘置所が既に存在していたのだ。移動がなかったから気付かなかっただけで、もう捉えられている。理由を必死で議長は考えた。周囲は動揺しているだけで、まだイレイス猊下以外、その事実に気づいていなかった。
見ていた一般聖職者や王宮側も、そこまでやるのかとポカンとしている者もいた。これはもう、法王猊下争い等関係なくなり、全員排除と同じ事だ。無論彼らは邪魔だが、ラクス猊下まで狼狽えていた。
そんな中で、祝詞が始まった。