【3】祖父




 さて、そんな鴉羽卿は、匂宮冠位を持つ黒咲筆頭であり、同時に万象院本尊冠位と列院冠位をもつ院系譜武装僧侶の筆頭となった。壮絶なESP-PK武力の持ち主である。

 そのため院系譜および華族黒咲の共通の代表として、王宮の『王室の猟犬』に出向する事になった。

 高貴な立場であるから、本来ならばそういうのは、それぞれ別の者が行くのだが、その時、王都近郊に出現した大規模生体兵器が非常に危険極まりなく強いものだったため、どう考えても一番強い自分が対応に当たるべきだと、本人が望んだ結果である。それに両親である緑羽と朱匂宮も賛成したので可能となった。

「行ってこい。代わりにきちんと仕事をしておく」
「たまには僕に任せて」

 特に朱匂宮が仕事をするとまで言ったので、周囲はGOサインを出した。


 ギルドからは、一人の医師が来ていた。

 当時、ギルドの副総長になっていたザフィス=リオ・ハーヴェスト=ロードクロサイト大公爵である。ギルドの武力保持者――黒色からの代表者として、対策のために出稿していた。

 実力的に、ザフィスと鴉羽卿の二名が、対策の要という形になり、二人は知り合った。

 時の宰相は、英刻院舞洲だった。猟犬代表は彼であった。
 舞洲から見ると鴉羽卿とザフィスは、水と油というか氷と灼熱だった。
 壮絶な喧嘩が口広げられる毎日だった。

 なのに不思議なことに、敵に対処する時の二人は、ぴったりと意気投合するのである。どこからどう見ても仲の悪い、不動で氷のようで冷静沈着を通り越して理性が顕在化したような感情行方不明のザフィスと、ひと皮向けばただの激情家であり熱血の権化で優しさが行方不明の鴉羽卿は、見ている者を震えさせる口喧嘩を繰り広げた。

 しかし冷静なザフィスをここまで怒らせるのも、そうして生きていられるのも、相手にされているのも、そういう意味では鴉羽卿だけであるのは確かだった。

 他の人間ならば、ザフィスを苛立たせたら、黒色技量で首がとっくに刎ねられているが、鴉羽卿はそれを防衛し逆に攻撃さえ可能な腕を持っている。また出自的にも、どちらも方向性が違うだけで同じくらい高貴な存在なので、公的処分も無い。

 その内に、鴉羽卿は功績から一代爵位として大公爵位を賜る事が決まり、当時の国王から、名前を何にするか質問された。すると、

「ハーヴェストクロウにしておいてくれ」

 と言う。ハーヴェストはザフィスの家の名前だ。
 クロウは鴉だから分かるが、皆首をひねった。そして理由を聞くと、

「ああ、元々、ハーヴェストクロウという名前になるはずだったからだ。子供が」

 そう、鴉羽卿が言う。すると横にいたザフィスが珍しくため息をついたのだった。
 直後、その場の全員が驚愕する事実が判明した。
 鴉羽卿がザフィスの子供を妊娠しているというのだ。

 喧嘩ばかりに見えた二人であるが、それ自体が実はもう恋愛だったのだ。

 最初に惚れたのはザフィスだった。
 初めて自分と対等な相手に出会ったから、癇に障るのだが――変なところで抜けているので気になって仕方がなく、ザフィスから見ると詰めが甘い所だらけで目が離せない、そんな鴉羽卿に気が付くと惚れていた。とにかく放っておけないし、気づくと鴉羽卿のことしか考えていないし、なにより父のハーヴェスト侯爵いわく、

『ハーヴェストの人間は恋をすると頭の中で鐘の音がする』

 とのことで、神同様愛など信じていなかったザフィスだったが、出会ったその時から鴉羽卿を見ていると鐘の音がするのは認めるしかなかった。出自に関しては、まさか万象院と匂宮の直系跡取りが来ているとは思わなかったし、それに関して周囲からも『次男である』と説明を受けていた。黒咲や院系譜僧侶の多くですらそう信じていた(そうでなければここへと来て前面に立って対応するような身分ではないのだ。高貴すぎる)から、結婚しても良いとザフィスは思っていた。

 ただザフィスは、表面には一切出さず、鴉羽卿本人に思いを告げることも無かったのだが――鴉羽卿の方がザフィスに恋をしたため自体は急変した。

 朱匂宮の情熱と、デキ婚に持ち込む緑羽の計画性を持った鴉羽卿は、恋愛などこれまでには興味ゼロであり経験無しだったが――誰もその冷徹さから口説こうともしなかったザフィスに率直に愛を告白した。

 愛している、大好きだ、俺はお前の子供がどうしても欲しい。

 無論元々鴉羽卿が好きだったザフィスはOKしたし、結婚するのだから避妊は不要だという鴉羽卿の言葉にそれもそうだと思って、普通に子供を作ったのである。


 ザフィスは、ロードクロサイトとハーヴェストの唯一の跡取りであり、本人自身が王位継承権を保持している。そして――鴉羽卿も唯一の緑羽万象院であり朱匂宮であるので、こちらは生まれつきその双方の立場を継承済みである。だが、鴉羽卿が両家の当主であるという事は、金朱が亡くなった今、本人と両親、日向中納言以外は知らない。名前は皆知っているのだが、大人になって以後は、黒咲と武装僧侶の仕事に忙しくて、緑羽や朱匂宮としての鴉羽卿の顔を知る人がいないという意味合いである。

 そして匂宮というのは元々、特に本家は、血筋の者が何人いるかなどを、危機回避のために公言しないから、周囲は鴉羽卿が次男だと信じていた。

 駆け落ちしたほどに恋に対して寛容な両親と、それを祝福していた日向中納言は、鴉羽卿が「一生長男だということを黙っていてくれ」と依頼した時、承知した。鴉羽卿本人が愛に燃えて口説き落としたので、黙秘を約束したのである。ロードクロサイト家こと黒曜宮家と匂宮家および万象院の直系長子同士が婚姻してはならないという知識は、万象院にも伝わっていたため、露見すればザフィスが断る可能性があると思ったからだ。

 彼らは初孫の誕生と息子の恋の応援に回ったのである。
 外から見る分には、緑羽万象院は完璧に冷静な人格者であるし、当時の匂宮総取りになっていた日向中納言も温厚で良好な人物であったから、誰も嘘をついているだとか恋に関してそこまでの情熱を持っているとは思わなかった。ザフィスが疑った事は一度もない。

 こうしてハーヴェストクロウ大公爵家が出来上がった。

 ザフィスには落ち着いたら真実を話すことに勝手に決めた鴉羽卿は、とりあえずロードクロサイトとハーヴェストの側の跡取りとして、生まれた子供を育てる事にした。

 これがクライス・ハーヴェスト侯爵である。

 ザフィスには人工授精で長男がいたのだが、そちらは医療院で働いていて、タイムクロックイーストヘブン大公爵と結婚していた。

 なおその頃、ゼスペリア十七世猊下として宗教院から念のため避難していた――後のローランド法王猊下と英刻院舞洲宰相は知り合って、こちらも婚姻した。英刻院は名門の貴族であるし、舞洲は次男であったし、なんの弊害も無い結婚だった。