【4】両親



 古くからハーヴェストと英刻院は貴族の華だと謳われるだけあり――さらには鴉羽卿の側の華族一と言われる匂宮の麗しさ、さらに万象院の美貌が加わったクライス・ハーヴェストは、実に男前に成長した。

 また、英刻院の血が加わったローランド猊下と、配偶者猊下となった英刻院舞洲の長子も生まれた時から、あまりにも麗しすぎると大層評判だった。

 アルトバイル=ゼスト・ランバルト=ゼスペリア十八世猊下である。

 英刻院ゆずりの白磁の肌と紫紺の瞳、そこに法王猊下のアイスブルーの瞳を足した――というよりは、まさしくゼスペリアの青と呼ばれる、ゼスト家直系の瞳の色をした少年は、歴代一の美貌を持つゼスペリア猊下であると評判だった。


 さて、英刻院は、論理IQの高さも有名だ。
 数理IQであれば、ハーヴェストが筆頭であるのだが。
 双方の総合IQでいうロードクロサイトに勝てる家柄はない。

 そのロードクロサイトの血もクライス・ハーヴェストは正しくひいているので、クライスのIQの高さの要因がどれかは不明である。アルト猊下に関しては英刻院ゆずりのようだった。

 アルト猊下は、ゼスト家当主として闇猫教育も受けたのだが、武力にも天性の才能を持っていた。闇猫は、宗教院の暗部だ。

 それはクライスが、ギルドの武力の要である黒色の教育を受けて、高い評価されたのと並ぶ強さだった。


 ――なおクライスは、自分自身が緑羽および朱匂宮の血をひくことは知らなかったし、ザフィスも、その時点においてまだ聞いていなかった。これはクライスが、幼少時に病弱だったため、華族敷地から出られなくなることを危惧して鴉羽卿が黙っていたからである。匂宮に多いPK過剰症とESP欠乏症を発症しやすい体質だったのだ。事実を告げれば両家の跡取りでもあるから、華族の敷地に周囲が縛り付けると予測したのだ。

 また、完全な欠乏障害ではなく、体質的なものだったから、緑羽と朱匂宮との相談の結果、こう決めた。この体質だと朱匂宮の絶対原色赤は僅かに黄色が入っているように見えるし、緑羽万象院の絶対原色緑は逆に薄く、かつ水色に類似した色となるので、PSY円環の色が正確に判別出来なくなる。なのでザフィスがそちらから気づくことも無かった。鴉羽卿も同じ体質だ。簡易検査では分からないのである。ザフィスは優秀な医師であるが、家族の健康診断をするタイプでは無かったのだ。

 逆に、アルト猊下の側は、生まれてしばらくの間は一切の体調不良もなく、完璧すぎるほどの腕前の闇猫となったのだが――十六歳のある日、急に吐血した。結果、後天的な特異型PSY-Other過剰症の絶対補色青過剰だと判明した。これは絶対補完補色の黄色と紫が必要な、英刻院と美晴宮から対応補色供給を受けなければならない病だった。

 絶対補色の青単体でなかったならば、それほど珍しい病気ではない。

 一般の人間は、Otherが非分類なので、発症しても単なる病弱程度で済む。
 しかしゼスト家のように複合あるいは単体のOtherしか持たず、かつゼスペリアの青を保持している場合のみ、対処が非常に難しい病となるのだ。

 これは、ゼスト家の遺伝病に等しく、歴代も数多く発症してきたし、重篤化して亡くなった例も数え切れない。嘆いて心配した者は多かったし、アルト猊下を溺愛していた法王猊下は、すぐに王国随一の腕のザフィスを懇願して呼び寄せた。


 こういう事態に備えて、決してゼストの血を絶やさぬように、すでにアルト猊下の下にも二人の弟がいる。だが、アルト猊下の出産後英刻院舞洲猊下は体調を崩したため、義務的に第二配偶者猊下を娶って子供だけ作ったローランド法王猊下としては、第二子と第三子は自分の子供とは思えないでいた。

 だがそういう対応を受けていても、その二人はアルト猊下のことは心配していたし、三人は仲の良い兄弟だった。

 特に、後に、次男がどうしても華族と結婚したいと言い出した時など、法王猊下どころか宗教院が総出で反対したのに、アルト猊下がだったら自分も出て行くとまで言い張り後押しして、婚姻が許されたというような事件もある。そのような形で、本当に兄弟仲は良い。

 アルト猊下は、このように気の強い側面もあったが、非常に優れた人格者であるのは間違いない。心優しい青年、それがアルト猊下だった。美と才能を兼ね備え、さらには内面まで優れているし、祝詞を聞けばあまりにもの神聖さに涙する者までいる。

 歴代一のゼスペリア猊下であるのは間違いない。

 現法王猊下ですら触れる事が精一杯の、使徒ゼストの聖遺物である『使徒ゼストの十字架』を、手に持つことができたという話は、多くの民衆に広まっていた。

 まさに黙示録に出てくる【使徒ゼストの写し身】とは、アルト猊下ではないのか――そうとまで多くが思っていた。

 この十字架の件に関しては、嘘ではない。だが、民衆が信じるようにゼスト家に、十字架が保管されているわけでもない。ゼスト家にあるゼストの祭壇の間において、ゼスペリア猊下のみが、テレポートにより、移動可能な場所に保管されているのだ。

 まるで神の器の末裔だという証明のように神の御業――即ちPSY-Otherによりテレポートすることで、ゼストの柩が安置された十字架の在処に転移する事が可能なのである。なお、その場所がどこなのかはゼスペリア猊下達ですら知らない。

 法王猊下とアルト猊下は、過去に一度、二人で転移できたというだけだ。
 過去にもゼスペリア猊下が転移したという記録はあったが、滅多に起きえない出来事であるし、二人でさえその場に溢れる神聖な気配に冷や汗が止まらなかった。

 宗教院には、一般には公開されていない、ヴェスゼスト秘文という古文書が伝わっている。そこには『ゼスペリア十九世が救世主である』と記載されているので、アルト猊下は一代生まれるのが早かったのだろうと、それを知る者は思っていた。

 預言が間違っている可能性を検討する者もいたいし、いいやアルト猊下の御子ならば、さらにすごい力を持つかも知れないと期待する者も多かった。そうした意味合いでもアルト猊下の体調面は皆が心配していたし、結婚と後継者の誕生が熱望されていた。



 その結婚しろという大コールが嫌だというのもあったのだろうし、闇猫業務を体調面から禁止されて、暇極まりなくなったアルト猊下は、法王猊下に、最高学府に行って勉強してきたいと言い出した。

 法王猊下はアルト猊下を溺愛していたため、アルト猊下が「それがみんなのためになるんだ」と言い張ったことから検討した。主治医のザフィスは元々、最高学府に近い王都の邸宅に住んでいる。そもそも最高学府の近くに、国内最高の技術設備がある医療院がある。それらのことから、法王猊下は研究に行く許可を出した。

 ただし危険であるから、身分は隠すことになり、アルト=ゼスペリアという、法王猊下の親戚のひとり、遠縁の宗教家の子息という形で通学する事になった。従兄弟である、少し年下の英刻院藍洲のみが、アルトがアルト猊下であることを知っていた。アルト猊下は英刻院家に滞在することになり、そこから二人で通う形になった。藍洲は元々通っていたので、アルト猊下もそれと一緒に通うということになったのである。

 ならびに藍洲よりさらに年下であるが、橘大公爵も通っていた。彼は元々藍洲と親しかったので、すぐにアルト猊下とも親しくなった。橘は、アルト猊下の身分を知らなかったが、アルト猊下にはそれが逆に心地良かった。

 さて藍洲の最も親しい友人が――……クライス=リオ・ハーヴェストクロウ=ロードクロサイトだったのである。クライス・ハーヴェスト侯爵として、既に爵位を持っていたし、ギルドの闇司祭議会の副議長もやっていた。

 アルト猊下は勿論、イリスの血をひくハーヴェストとは関わってはならないと聞いて育っていた。イリスの存在を宗教院は認めないが、暗黙の了解だったのだ。

 しかし万象院譲りの格好良さ、匂宮とハーヴェスト特有の顔面造形の美を誇るクライスに、完全にアルト猊下は一目ぼれした。

 あんまりにも格好良かった。ちょっとありえないほど格好良かった。


 一方のクライスは、父であるザフィスから一定の事情を聴いていた。ギルドとしては一応ゼスペリア猊下の保護をすべきであるという話も出ていた。彼は当然、ゼスト家とハーヴェストの血が混じってはならないことも、よく理解していた。

 アルト猊下を当人だと知っているのもあり、とにかくクライスは関わるのを避けた。

 だがアルト猊下はクライスが好きだし、二人が会ってはダメだなどと藍洲と橘は知らないので、偶発的というよりは周囲の故意により何度も接触することになった。アルト猊下の恋を、特に橘が応援していたのである。

 遭遇したら、クライスとて雑談くらいはする。また、アルト猊下の身分を公開しないようにという配慮もあったが、そもそもクライスは、人に傅くような性格でないこともあり、機微に富んだ嫌味な大天才そのままに、アルト猊下に対しても、普段通りの対応をした。

 アルト猊下には、それがまた、たまらなかった。
 自分と対等な存在はこれまでにいなかったし、もしかしなくても自分より頭まで良いのだ。クライスが大好きで大好きで大好きになってしまった。

 堅物で恋の噂などゼロだった英刻院舞洲を口説き落とした法王猊下の情熱をそのまま正しく受け継いでいたアルト猊下は、いかにしてクライスと結婚するかしか考えていなかった。

 アルト猊下だって自分の子供の十九世がゼストの写し身らしいという話や、イリス血統との交わりが黙示録の予兆だとかは知っていたが、そんなものはどうでも良かったし、ゼスト家には医学的な見識など無いので、ただのデマとして考えていたのだ。

 使徒ランバルトは愛や恋の偉大さを説いていたし、そういう意味ではまさしく使徒ランバルトの末裔でもあるので正しい姿勢だったのかもしれない。ゼスト家は現在、ランバルト家とほぼ同じなのだ。アルト猊下の祖父が、ランバルト大公爵だったのである。

 しかし――仕事人間であるクライス・ハーヴェストは尋常ではなく鈍かった。

 その他の監視している闇猫や黒色は、最初はクライスが教えの通りに気づかぬふりをして、アルト猊下を交わしていると思っていた。だが、次第に彼らまで冷や汗をかくレベルで、クライスはアルト猊下の想いに全く気づいていなかった。そう――クライスはザフィスの恋愛方面への関心のなさに、鴉羽卿のおかしな所で抜けている部分が、全て恋愛部分に出てしまっていて、さっぱりいっさいそういう色恋沙汰への能力がなかったのだ。

 外見から非常にモテるので、これまで告白されて付き合って相手をしてというのはよくあったのだが、周囲は考えてみた結果、これまでクライスが自分から恋をした姿など見たことがなかった。そこでやっと、非常に鈍いと理解したのである。

 アルト猊下が哀れなほど、クライスは気づかないし、脈もゼロの上、クライス本人は関わるのを徹底的に回避している。アルト猊下は可哀想だが、それはそれで良いことであり、クライスの対応としてはこれが一番適切なので皆は何もしなかった。


 事態が変わったのは、二人が出会って一年程過ぎた頃のことだった。

 アルト猊下を狙ってなのか、青い修道服姿の敵が現れたのだ。

 周囲にいた闇猫と黒色の大半が死に絶え、ギリギリの所で、クライスが範囲PKで殲滅したのだが――PSYの使いすぎで、クライスにPK過剰症の症状が出たのだ。さらにアルト猊下を抱きしめてかばったため、背中に大怪我を負った。

 抱きとめる形になったアルト猊下は、その冷たい体温と、反して生温かい血に息を飲み、PSY-Otherの青でほぼ無意識に治癒させた。そして、クライスの口にキスした。接触テレパスで直接Otherを流し込み、過剰症により内部で暴発しているPKを抑えて内蔵ダメージなどを修復したのである。

 クライスが意識を取り戻したのはキスをしている最中だった。

 キスの経験がないわけではないしこれが治療行為だとすぐに判断したが――クライスの中ではこれはキスだったし、頭の中に鐘が鳴り響いた瞬間でもあった。

 そこからクライスもアルト猊下に恋するようになった。
 分かってはいたのだ、決してそれが叶わないことであるのだと。
 しかしもうアルト猊下のことしか考えられなくなった。

 治療が終わり、クライスが目を開けていることにアルト猊下はハッとした。だがそのまま見つめ合い、二人は今度は愛を確認するように深く口づけした。他の人々は死に絶えていたから、見てるものは誰もいなかった。

 そのまま近くの空家に入り、引き寄せられるように体を重ねた。
 もはや止まらなかった。

 アルト猊下は積年の思いが叶ったようなものであったし、クライスの側には理性などなく、完全に鴉羽卿――というか緑羽と朱匂宮の情熱が前面に出ていて、どちらにも避妊という概念すら無くなっていた。何度も何度もそのまま体を重ねた。


 それから三日が過ぎて、二人が無事に戻ってきた時には全員が安堵した。

 そしてアルト猊下は大至急、危険だから宗教院へ戻るようにと法王猊下から通達された。
 しかし、

「襲撃者も気になるしゼストの血の保持を考えても、法王猊下と自分と弟二名は分散しているべきだ」

 というアルト猊下の主張により、それは取り置かれた。
 正論だったし、この時にはアルト猊下が闇猫を指揮していたから――というよりは、最高の医師であるザフィスがそばにいたから同意していたのである。なお、クライスが黒色を、鴉羽卿が黒咲と院系譜と猟犬の指揮をしていた。

 そんな中で、鴉羽卿とザフィスの時よりも密やかに、アルト猊下とクライスの恋は進行した。