【2】夢



 そんなゼクスは、昔から、いつも同じ人物が出てくる夢を見ていた。

 ゼストという名前をしていて、ゼスペリア教会の前に立って笑っているのだ。
 けれど周囲の景色は廃墟であり、まるで夕方のお祈りの時に、頭の中に浮かんでくる映像の空を、夕焼けでなく青空の下にしたような光景なのである。

 だが、牧師服はゼスペリア教会のものと同じだから、ゼクスは、もしかしたら自分のお父さんではないかと思っている。自分と同じ黒い髪で青い目をしているからだ。

 ――成長してから、自分と全く同じ顔であると気づくのだが、小さい頃はそうは思わなかったのである。



 さて、それはゼクスが七歳のある日のことだった。

「ゼクス、良いかい? 偽ゼスペリアの手の者が来るから、今から俺の言う通りにするんだよ」
「う、うん」

 その日のゼストは真剣な顔をしていた。

 前から夢を見るたびに、偽ゼスペリアに気をつけなければならない事と、使徒を十二人探さなければならない事は繰り返し言われていたのだが、こんな風に言われたのは初めてだった。

 気づくとゼクスは目を覚ましていて、自分がお昼寝していたと気がついた。

 小さな牧師服を着ていた。
 ゼクスは他の孤児と違い、昔から「筆頭牧師になるのだ」と言われて育ったのである。
 本人もそれを疑わず、いつもこの服を着ていた。

 みんな勉強や、運動――ゼクスは運動だと思っているのだが、ガチ勢を含めて戦闘訓練をしている。ゼクスは、祝詞を覚えるのが自分にとってのそれらであると思って過ごしてきた。

 実際にはザフィス神父とラフ牧師の判断で、闇猫の最も上の階級が身に付けるこの牧師服が、一番防衛機能が強いという理由でこれを着せられているのだが、ゼクスはそれを知らなかった。

 さて起きると、今までとは異なり、頭の中に直接ゼストの声が響いた。

『まず、隣のラフ牧師のお部屋に行って』
「けど、勝手に入っちゃダメなんだ」
『大丈夫。俺から、ちゃんと話しておくから』

 その言葉に頷き、ゼクスはラフ牧師の部屋――こと、ゼスペリア教会筆頭牧師室へと向かった。

 まずは、机の脇の大きなカバンを、肩からかけるように言われた。
 これはゼクスも知っていた。
 緊急時に持って逃げるようにと言い聞かされている点滴類一式だ。

 それから言われた通りに、右の引き出しの二段目を開けた。
 鍵が掛かっているはずなのに、ゼクスが開けるとすぐに開いた。
 なお、ゼクスは、普段は鍵が掛かっていることすら知らなかった。

 その中には、ベルベットがはられた灰色の箱が入っていて、開けてみると綺麗なカフスがたくさん並んでいた。まず上の段に五つある。

 緑の葉っぱに金の縁どりのカフスは、滅多に取得者が出ない、最高学府の全てを、最高成績で収めた者のみに授与される、最高知能の証明だった。

 次の黄色の菱形に金縁のカフスは、天才機関ジーニアスが、IQとPSYと各種技能のすべてを天才だと認めた者のみに授与する、これもまた滅多に持ち主が現れない、それこその天才の証明であるカフスだった。

 その次の銀のフチ取りに内部が白、そこに青い十字架が描かれた四角いカフスは、医療院の全ておよびあらゆる医療機関での勤務と研究を許可される最高の医師免許である。これだけは時東やザフィス神父も持っているので、ゼクスも見たことがあった。

 その隣には、銀色の王冠に、左斜め下から長剣がデザインされているカフスがあった。これは王家の分家に与えられる継承物だ。

 上段最後には、虹色に輝くダイヤがはまった白金の、両翼のカフスがある。これはロードクロサイトの継承物である。

 ――使徒ゼストは、すべてを右側の襟につけろという。
 ゼクスは言われた通り、順番もそのままつけた。

 最初の三つはゼクスが才能ゆえに授与されたものであるし、二つは出自としてゼクスが受け継ぐべきものであったが、無論本人はそれを知らない。

 続いて、中央をあけて下の段。
 そこにもまた五つのカフスが並んでいた。

 最初は黒曜石でできた薔薇のカフス。これは黒咲の守護対象が持つものだ。
 次が紫色の薔薇のカフス。これはギルドの黒色の守護対象の証である。
 その横が青い薔薇のカフス。これは闇猫の守護対象。
 その次の金色の薔薇は猟犬の守護対象。
 最後の緑色の薔薇は院系譜武装僧侶の守護対象の持ち物である。

 必要があれば、ゼクスに渡そうと考えて、ラフ牧師が収集していたものである。
 というより、各集団から本来はラフ牧師の保護用に、渡されたものであると言える。

 そして最後に、中央にあった、四つのカフスをゼクスは見た。
 左の襟に、下の段を付け終えてから、中央の金色のカフスを手に取り、両方の袖につけた。ボタン型カフスだ。

 ――これはゼスト家の血族である事を示すカフスである。
 中絶の時に、墓に入れるようにと舞洲猊下が渡した代物だ。
 ゼストの家の者が眠りにつく時、天国でも危険がないようにと身に付けるのである。
 が、生存しているし、万が一に備えてと、ザフィスが残しておいたのだ。

 さらに中央には――宗教院では『使徒ゼストの黒翼』、ギルドでは『使徒ゼストの聖刻印』と呼ばれ、猟犬には『ハウンドクラウン』あるいは『猟犬の首輪』、ならびに院系譜や華族には『闇の月宮恩鴉羽印』として伝わっている、黒曜石でできた左右の羽のカフスがあった。それぞれにダイヤモンドが嵌っている。

 ゼクスは最後にそれを首の中央につけた。
 そして抽斗を閉じた。

 続いてゼストに言われた通りに、階段を下りて礼拝堂へと向かった。
 不思議なことに、通りかかった時にはラフ牧師達の姿は無かった。


 ――実は歓迎できない客が来ていたため、総出でハーヴェストクロウ大教会側に誘導していたのである。

 そうとは知らず、そして気にせず、ゼクスは礼拝堂の奥の小部屋へ入った。
 すると普段は階段があった記憶はないのだが、真正面に階段が見えた。
 そこを降りるようにと言われたので一生懸命進む。

 真っ暗だったのだが、歩き始めると、壁の両側に勝手にロウソクの明かりが灯った。
 くるくると円を描くように降りて行き、ゼクスは灰色の石室にたどり着いた。
 石の祭壇があり、そこには白い布があって、その上に古びた小さな聖書、その上にさらにシンプルな銀の十字架と指輪がひとつあった。

 ゼストが言う。

「この十字架は俺が昔から使っていたもので、他の聖遺物なんかよりよほど効果がある。指輪もそうなんだ。すぐに付けて。指輪は右手の人差し指」

 頷いて言われた通りにした。

「旧世界のときから存在する今で言う旧約聖書の本物で、もっとしっかり全部内容が残ってる」

 続けてそう言われたので、ゼストが言った旧約聖書を、右のポケットにしまった。
 現存する最古の旧約聖書であるとゼストは言う。

 最後に白い布を右の手首から腕に巻くようにと言われたので、ゼクスはその通りにした。

 それから、また下へと続く階段を下りた。
 今度の部屋は全体的に暗かったが、二つの大きな燭台が、暖色の灯りで部屋を照らし出していた。床には複雑な模様が広がっている。そこにも祭壇があって、こちらは飴色の木で出来ていた。その上には黒い布があって、紫色のアメジストが中央についた、二匹の蛇が絡み合ったような金色の指輪があった。

 ――メルクリウスの三重環・アメジストと呼ばれるギルドの、使徒イリスの末裔に渡されるとされる継承品であり、ギルド総長と末裔のみが持つとされているのだが、ゼクスはそんなことは知らない。

 さらにそれと金色の鎖で繋がっているこちらも金色の腕時計は、末裔どころかどこにあるかも不明とされる円環時計という品だった。ギルドの教えにおける契約の子が保持するとされているのだ。奇妙に文字盤の数字が歪んでいるその時計を、言われた通りにゼクスは左腕につけた。これの内部でもアメジストが輝いていて、数字の黒は黒曜石、全体にはダイヤが散りばめられていた。

 その時計の下に、手首から腕までの位置になるように、黒い布もまく。これはイリスの聖骸布らしく、先程のの白い方はゼストの聖骸布らしい。

 それからさらに階下へ行くと、今度はお寺のような木の床の部屋に出た。

 正面には金色の仏像がある。
 ゼクスは、寺院を見たことがなかったので首を傾げた。
 勉強したことはあった。

 そこでゼクスは、ゼストの指示に従い、仏像前にあった虹色の木魚の横にあった巻物をまず手に取って、右の、今度は内側の胸ポケットに入れた。そして巻物にまいてあった虹色の金縁の袈裟の断片だというものを、指示通りに、右手の白い布の上に斜めにリボンのように巻いていった。すると吸着するようにぴたりととまった。

 そしてさらに、台の上にあった薄い翡翠から濃いエメラルドになっていく五重の数珠をその上につけた。

 最後に、左の中指の指輪にそっくりだが、周囲に五角形の枠が付いていて宝石が緑の指輪を、右手の中指につけた。ギルドでは幻の存在とされるメルクリウスのエメラルド、万象院には緑羽万象院弥勒金印として伝わっている指輪だった。

 それからさらに下に降りると、今度は畳の部屋に出た。
 左には大きな打掛が飾ってあり、中央には巨大な青い鏡がある。
 その鏡の前、台の上に、真紅の念珠に透明な勾玉、尖端に暗いルビーの十字架が二つ、中央に黒曜石の大きな逆十字架がついたものがあった。最初にそれを首からかけた。

 そして赤い扇を左の胸の内ポケットにしまう。

 その後、今度は青い十字架がついている、紫色の念珠と、黒曜石の勾玉がついた、さらに大きな念珠を首からかけた。

 最後に、金色の指輪を三つ右手にはめた。
 一つは親指で、巨大なルビーがついている。次が薬指でブラッドトパーズという橙色の宝石、最後が小指でこれはピンクゴールドでありダイヤが光っていた。薬指と小指、そして小指と親指の間に金色の鎖がある。薬指と親指の間にもある。

 そしてそれらの下に敷いてあった、黒い糸で満月――三日月部分は銀色に、舞い散る桜部分は僅かに銀紫に光る糸の刺繍が施された布を、左腕の黒い布の上に巻いた。これはアームウオーマーのような形になり、そして右の時同様腕にぴったりとはまった。

 それから立ち上がり、壁を押すと横道が現れた。
 ごつごつした岩壁の狭い道だ。
 そこにも勝手にロウソクが灯った。

 突き当たりに出ると、岩壁の部屋に出て、ここにもロウソクの灯りが灯っていた。
 中央には柩がある。
 ゼストはそれを開けろという。

 ゼクスはお墓は開けてはいけないと言ったが、ゼストは、

「それは俺のお墓で俺がいいと言ってるから良いの」

 という。なのでそうすると、中には銀色の指輪と、銀色の豪華で大きな――中央に黒曜石がはまった十字架、銀色の細い鎖が入っていた。また、古びた――こちらは先ほどの緑のものとは違い、濃い紫の小さな聖書が入っていた。

 ゼストが言うには自分の直筆、および直接収集した、ルシフェリアやイリスの福音書やランバルト機密等も全部入っている完全な新約聖書だという。

 他には、白い腕輪が三つ入っていた。

 一つはカラフルな宝石がはまっていて、今まで持ってきたものすべてを亜空間収納できるものらしかった。次の赤と緑と青の宝石がついたものは、PSYコントロール装置であるそうだ。最後の何もついていないものは、ゼクスの気配を隠すものなのだという。

 指輪は右手の人差し指の上に二個目としてはめて、腕輪は順番に時計の下、銀の鎖は時計の上にはめた。そして聖書を左のポケットにしまい、最後に敷いてあった黒いファー付きの法王着を上から身にまとった。

 カバンをかけ直す。

 その後、アイスブルートパーズとサファイアがついた銀色のカフスを右耳につけた。
 ゼストが言う、『使徒ゼストの十字架』を最後に胸に付ける。
 これが一番巨大で、首から下げているものの中で一番下にくる。

 それからさらに指示されて、壁に触ると、二つに割れて、見たことのないものが現れた。

 エレベーターであるが、王国内には旧宮殿にしか存在が確認されていないので、ゼクスは当然だが、ここへ入る事ができたとしても、誰ひとり気づくのは不可能だと考えられる。

 しかしゼクスはそれを知らない。
 言われた通りにそれに乗った。
 そしてたどり着いた部屋は、貴族風の豪華だった。

 部屋の中央にある机の上には、三冊の本がある。
 ゼストは『PSY医療の本』『これまでに発生した黙示録の歴史書』『各歴史階層の全ての兵器の本』であると言い、医薬品が入っているカバンにそれをしまうように言ったから、ゼクスはその通りにした。

 それからまた階段で下へと下りた。

 するとステンドグラスと聖父像がある大聖堂のような場所に出た。
 ゼスペリア教には聖父など存在しないのだが、聖父像だとゼストは言ったし、ゼクスもそうだと思った。

 そしてその正面に、金髪で自分と同じ青い目の青年が立っていることに、ゼクスは気づいた。あちらも息を飲んでいる。

『こちらは今から二十年後から来た、ゼクスのお父さんだよ』
「え?」
「っ……」
『アルト猊下、今、貴方の愛する長子は非常に危険な状況にある。落ち着くまでここで見ていてあげて。ゼクスという名前だ。正しくクライスと貴方のあの時の子供だ』

 ゼクスだけでなく、アルト猊下にもゼストの声が聞こえている。ゼクスはそう理解した。
 そして――アルト猊下が泣き出したから困った。

「泣かないでくれ……俺の、お父さん……?」

 頷きながら、アルト猊下がゼクスを抱きしめた。その温かい感触に、ゼクスは俯き、なんだか照れてしまいそうになった。

『アルト猊下、ランバルトの青の箱をあけて。今はきちんと入っているから。この日、貴方がゼクスに渡したから、これまでの二十年間、箱が開かなかったんだ。そして今日からは開くけど、中身は同じく空だ』

 頷いてアルト猊下が一度ゼクスから腕を離すと、そばにあった灰色のベルベットの箱から、銀の指輪を三つ取り出した。

 そしてゼクスの左の小指と人差し指と親指にはめた。

 小指には黒曜石、人差し指には巨大なサファイア、親指にはアイスブルートパーズが鎮座している。

 他は全て使徒ゼストの銀箔で出来たものであるし、宝石は、ランバルトとゼストの聖遺物だ。中指の金の鎖が、人差し指の鎖に繋がり、時計から垂れていたものは、親指の金の鎖と絡まって正しくおさまった。

 それだけでなくアルト猊下は、自分がずっと愛用してきた金色のシンプルな十字架もゼクスにかけた。そして右耳の金色のカフスをはずし、アイスブルートパーズがはまるそれをゼクスの右耳につけた。それから再びボロボロ泣きながらゼクスを抱きしめた。

『アルト猊下、ゼクスは貴方と同じ病気で、貴方の恋人の血を引くからよりやっかいな状態なんだ。だけど、俺も全く同じ病気だったけど老衰で孫の顔を見てから死んだから、心配はいらないと思う。なにより名医が俺の当時よりゴロゴロいるからね。ただし、俺の当時よりも敵集団が厄介だから、そちらが危険だ』
「使徒ゼスト、ここが二十年前だというのならば、この子はどこにいて今は?」
『それはアルト猊下には教えられない。ゼクスの事を思うのならば探してもならない。大丈夫、すぐに会える。ただし、貴方の居場所も身分もなにもゼクスに伝えてはならない。そうすればそれだけゼクスが危険となるからね』
「はい」
『俺は少し他を見てくる。危機が去ったら伝えに来るから――三日くらいはかかるかもしれないけれど、ここは絶対に安全だから、それまではここに。食料はアルト猊下のカバンの中に入ってる。点滴は今は不要だけど、お昼寝の途中で起こして連れてきたから、少し眠らせてあげて。じゃあ、またね』

 そういうとゼストの気配が消えた。アルト猊下が泣きながら頷いた。そしてゼクスの両頬に手で触れた。泣いているのに微笑していた。

「ゼクスと言うんだね」
「う、うん……」
「俺はアルトと言うんだよ。何か食べる? 少し眠る?」
「どっちも」
「そう」

 それからゼクスはアルト猊下からパンをもらって食べた。ふわふわで今まで食べた中で、榎波の料理の次に美味しいと言ったら笑われた。アルト猊下は榎波を知っているようだった。そのあとは、後ろから抱っこをしてもらって眠った。とても温かくて幸せだった。