【3】地上の混乱
なお――その頃、地上は大変な騒動になっていた。
いくつかの集団が一斉に訪れたのだ。
明らかにラフ牧師達から見ればタイミングを合わせて来たとしか思えなかったし、敵集団が堂々と紛れ込んでいるのだろうと理解できたが、公的に来られているから、一緒にいるザフィス神父や朱匂宮、緑羽万象院も追い返すわけにはいかない。
ラフ牧師が鴉羽卿であることや、ザフィス神父がハーヴェスト=ロードクロサイトであること、朱匂宮と緑羽万象院であると公表してなお追い返せなかったし、公表せずとも、その集団は、既に知っている状態で現れた。
一つ目の集団は、天才児の引渡し要求にきた。機密保持規定により天才機関および最高学府は名称を絶対に公表しないし、孤児であるためZXと記載されているが、最高の天才児がここにいるのは分かっているという。全ての孤児を調査しているというのだ。
最高学府と天才機関と医療院の合同研究班を名乗っていて、実際にその証明証も持っている。時東と高砂は身分がわかっている上、現在まさに最高学府に行っているし榛名達三名もまた通学中であるから良い。
そして捜索せれているゼクスは、ただひとりゼスペリア教会の自室でお昼寝の最中である。ゼスペリア教会孤児院側に居ることを黙秘し、ハーヴェストクロウ大教会にいた全ての孤児が集められるのを、ラフ牧師と緑羽万象院はヒヤヒヤしながら見ていた。
装置により子供達の情報は、名前つきで、生体モニターにIQやPSY数値、血液型などが表示された。それらが全て確認、記録されていく。
――このままゼクスに気づかれないことを、祈るしかない。
さて二つ目の集団はといえば、慈善救済診療所にいた。
こちらはザフィスと朱匂宮が対応していた。宗教院の医薬院の調査班を名乗っている。来訪理由は、『ゼスト血統の持ち主が孤児として紛れている可能性』および『アルト猊下用の英刻院および美晴宮より提供を受けた輸血パックの流出調査』だという。
だがこれに関しては、ザフィスが事前にこの事態を想定していたため、「研究用の品のみ存在する」として、わざとらしい保管庫から三つのみ取り出した。本物類は、ハーヴェスト侯爵家の地下に保存しているのだ。
さらに赤と緑の保護輸血用血液は、緑羽および朱匂宮自身の自己保全手続きのものであり、血核球は自分自身の保存手続きのものであると断言した。全てがセットになっているものは、ゼスペリア教会の筆頭牧師室のカバンの中にしか存在しないのだ。よってあちらにさえ踏み込まれなければ、こちらもどうにかなるのである。
そして現在ガチ勢および、緑羽と朱匂宮が連れてきてシスターや聖職者のふりをさせている人々が、全員で止めさせているのだが――ゼスペリア教会に入ろうとしている集団が二組、ハーヴェストクロウ大教会を調査しようとしている集団が一組いるのだ。
ハーヴェストクロウ大教会を調査するといっている連中は、
『この地下に使徒ゼストの柩がある可能性がある』
と言っている。それはギルドに、
『ゼルリアにある大きい方の教会の地下にてゼストは亡くなった』
という記録と一致するから、ゼルリアが最下層だというのは万象院にしか伝わっていないけれど、事実であると考えられるし、どこの組織が特定してもおかしくはなかったことである。その件で、宗教院と最高学府の歴史学者が集団を作ってやってきたのである。
明らかにギルドメンバーも含まれている。
ザフィスは対応しながら、配下の黒色達に連絡をしたのだが、するとなんでも、
『宗教院の枢機卿議会の議長が夢で、使徒ゼストの十字架を、ゼスペリア十九世が手にするのを見たそうで、議長派は本物のゼスペリア十九世が最下層にいると踏んでいて、本日十字架を手にするはずとのことだからそれを阻止しに向かったらしく、議長は他の人物をゼスペリア十九世としたいらしい上、ギルド内にもそちらへの賛同者がいるが、これに関してはクライス・ハーヴェストも関知はしているが対応はしていない』
との答えが返ってきた。
ザフィスは嫌な汗をかいた。
IQが理由の生体サーチをしていることも、輸血パック類の確認を考えても、クライスは知らないだろうが、少なくとも枢機卿議長というか――その派閥にいるのだろう敵集団はゼクスの素性まで知っている可能性が高い。その上、病気にも気づいている可能性がある。
さらに他の集団の一つは、やはり宗教院と最高学府の共同班だと言い、ゼスペリア教会がゼルリア大神殿である可能性があるから調査するという。こちらもギルドの伝承の通りならば、その通りであるはずだ。
他にもう一つ、なんと華族院と院系譜つまり――王室許可および最高学府の共同の研究班を名乗り、ゼスペリア教会のさらに地下階層に、緑羽万象院旧本尊および青照大御神宮の遺跡が存在する可能性があるという。
旧本尊に関しては、緑羽が、位置はともかく最下層にあるはずだと言っていた。
しかし青照大御神宮にいたっては、あるなどという話は朱匂宮ですら聞いたことがなかった。だからでっち上げの可能性もあるが――事実だとしたら大変なことである。
先方は、黙示録が迫っている今、なんとしても実在するならば調査しなければならないという。それはその通りである。敵集団が混じっていたとしても、仮に存在するならば、朱匂宮もこればかりは確認しておきたかった。見れば実物かどうかはすぐにわかるのだ。
そこに存在するとされる青照大御神大鏡等は、朱匂宮も映像で見たことがあるのだ。サイコメモリックと学術的には呼ぶらしいのだが、小さい頃に古文書から再生される映像で見たことがあったのだ。
他にも青照大御神青十字架や闇の月宮紅黒十字架なども存在しているはずであり、現存しているならば、それは使徒ゼストの十字架と呼ばれる品同様に、青照大御神の化身が身につける品なのである。だが、それらを確認したいからと言って、ゼクスを彼らに見せるわけにはいかない。既に朱匂宮は、ゼクスが何よりも可愛かった。
とりあえずハーヴェストクロウ大教会の柩とやらは別に良いので好きに探させることにした。問題はゼクスだ。
四名はガチ勢に全ての孤児たちの保護と護衛を命じて、それとなく誰先にとゼスペリア教会へと向かった。
何気なく玄関で緑羽が立ち止まり、至極どうでも良い雑談と薀蓄を語り始めて、足止めする。次に階段正面にたった匂宮が、
「まさか僕より先に上がろうとでも言うの? 朱匂宮をなんだと思っているの?」
と、時間を稼ぐ。そして上に行ったザフィスは、ゼクスの寝ているはずの部屋へ向かった。ラフ牧師は、牧師室のカバンと天才称号類のさらに厳重な隠匿に向かった。口を合わせたわけではないが息がぴったりで、分担は万全だった。
結果、ゼクスがいないことに気づいて、ザフィスが汗をかいた。
これは――誰かが避難させたのか、既にさらわれたのか、殺されたのか。
嫌な予感と動悸で苦しくなりながら、ラフ牧師の元へと向かう。
すると、ラフ牧師が抽斗を開け、さらに灰色のベルベットの箱を開けて、目を見開いていた。こちらも冷や汗をかいている。
「ザフィスが隠しておいたのか? カバンもカフスも全てない」
「――ゼクスもおらん」
「なっ」
とりあえず箱と抽斗を閉め、鍵をかけなおそうとし――やはりやめて、わざと開けたままにして、ラフ牧師は腕を組んだ。ザフィス神父は無表情を装い、扉を見る。
そこに朱匂宮と緑羽による時間稼ぎが終わったようで、敵集団が大勢含まれた御一行様が訪れた。それを見てラフ牧師が言った。
「盗難事件が発生した。ここに入っていた、王家の分家の証等のカフスが無くなっている。お前らが来てから起きたのだから、ハーヴェストクロウ大公爵として、来た人間全員の身体検査を求める」
この言葉に、別の意味で騒然となり、全ての団体が外へと出されて身体検査された。一般人も敵も含めて、堂々と鴉羽卿とザフィス神父は検査をした。生体情報も容赦なく取得していく。これも公的であるから来ているメンバーもまた逆らえない。
そして二人は、ゼクスに接触したPSY記録を、敵の誰ひとりとして持っていない事に安堵しつつ、明らかに武器を所持している黒色や闇猫、黒咲にチェックを入れた。
万象院僧侶と猟犬のみに敵がいないが、他は敵に混じっているわけであるし、これで各集団が完全には信用できないと逆にはっきりした。
――声がしたのはその時の事だった。全員に聞こえた。