【4】使徒ゼストの聲


『偽ゼスペリアの手の者達よ、既に俺の写し身に、使徒ゼストの十字架は正しく渡した。俺の名前は使徒ゼスト。俺の墓を暴くというのであれば好きにすれば良いけれど、無事に生きて帰れるとは思わないことだ。俺は、俺の柩に触れたものどころか、安置室に入った人間のうち、ゼスペリアの器の正しき信徒であると認めた者以外を生きて帰すつもりは一切ない。既に使徒ゼストの写し身は、使徒ゼストである俺自身の手で最も安全な場所に御使いをつけて避難させている』

 全員が目を瞠った。
 保護者四名は息を飲み何度も瞬きをした。

 本物の聖職者達は、反射的に膝をつき指を組んでいたし、ギルドメンバーの敵でない者もそうした。立っているのは学者連中と敵集団、および最下層に元々いた人々だけである。

『その者が今までも、そして今後も、この地にいるとは限らないが――早急にこの聖地より立ち去り、以後許しなく近づくな。学識ある諸君には別の言葉でより正確に伝えるが、不審者を排除するマインドクラック装置を起動させてある。この音声がサイコメモリック記憶物であると判断しているだろうし、それが理解できるのであればこの意味が正しく理解できると考えている。柩等は、必要があれば、その影響を受けない使徒や信徒が一切の記録を公表する。黙示録が無事に終了した暁には、そうした者を伴い思う存分研究すれば良い』

 その言葉には、学者連中も頷いた。これほど大規模なESP音声の発信、およびサイコメモリックの持続は、通常では困難である。そう研究上理解していたからだ。

 こうして本物の正しき聖職者も学者も、偽ゼスペリアの側ではないギルドのメンバーやこちらを信用した黒咲連中も頷きあって、帰ると言い出した。

 だが――当然敵集団はそうではない。身分は聖職者や学者であるし公的許可を持っている点は同じだが、残ると言ったメンバーは……ザフィス達のサーチでも既に明らかだったが、ほぼ全て敵だった。

 ただ、使徒ゼストを名乗る声が、ゼクスは無事であると言ったし、四名はそれを信じるしかない。かつ自分達はゼクスを守るつもりなのだから、きっと安全であると判断し、道中にゼクスがいた場合、見つかる危険性も考慮して――地下を探索するという敵連中に着いていく事にした。

 開始はゼスペリア教会からだった。

 敵集団以外でついてきたのは、死んでも構わないからお守りさせてくれと朱匂宮に言った黒咲三名と、元々緑羽万象院にこれの知らせに着ていた僧侶二名、ザフィスに知らせおよび護衛を、と言い来ていた黒色五名と、枢機卿議会議長のおかしな動きを、念のため舞洲猊下がザフィスとラフ牧師に知らせるように伝言したという闇猫二名、および真面目に死んでもいいから一度見たいらしい学者三名だった。一般人はこの三名のみである。

 こうして敵集団十七名と共に、皆で地下に降りた。
 地下一階にゼルリア大神殿の礼拝堂らしきものが残っているのは、実は既に四名は知っていた。しかし完全PSY建築であるため、普通はすぐには気づけないし、ゼクスのように素通りなどできない。連中も四苦八苦して見つけ出していた。

 そして階段に灯ったロウソク技術に、その時点で既に言葉を失いかけていた。
 学者連中は感動しながら見ていた。

 こうしてたどり着いた先で、あったはずの完全版だったらしき旧約聖書や十字架が無くなっている事に、最初にザフィスとラフ牧師が気づいた。あれが使徒ゼストの十字架だとは思わないが、無くなっているのは事実である。

 味方以外は、全てが部屋中を研究や捜索しだした。
 分かったのは、そこが使徒ゼストが常時祈りを捧げ、旧世界の滅亡時にいたはずのゼルリア大神殿であるらしいということのみで――すぐに、地下二階へと向かうことになった。

 ここから先は、四名ですら存在を知らなかった。
 そこへ向かう階段も四苦八苦の末連中は見つけ出し、降りていった先で、今回はザフィスが驚愕して目を見開いた。

 ――パプテスマのイリスの礼拝堂、本物だ。

 ギルドの保持するサイコメモリック石版で見たことがあった。
 ザフィスおよびギルドメンバーは無意識に両手を組んでいた。
 そして敵連中を無視し、全員が祭壇へと歩み寄っていた。

 記録ではその上にあったはずの、メルクリウス・アメジストおよび円環時計が無くなっていること、黒の聖骸布もまた無くなっていることに気がついて視線を交わした。

 さらに地下へと降りたとき、今度は緑羽が難しい顔で腕を組んだ。
 旧本尊で間違いないだろうし、仏像もあるのだが、伝承によると翡翠の数珠や、弥勒の化身がかつて付けていたという袈裟の断片等があるはずなのだが、どこにもない。

 それを取り置くとして、金印も同一物を自分側が継承しているのも良いとして――ここが旧本尊であるのはサイコメモリックされた経文を見たから間違いないのだが、だとすると、最も肝要な万象院経文弥勒行があるはずなのだ。しかしその巻物がない。

 写経の一部のみ現在の本尊本院にも伝わっているのだが、解読した限り、あれは兵器やウイルスへの具体的対策を記したものである。ゼスペリア教の黙示録と万象院の終末の世では、共通して大災害と流行病が記載されているのだが、もし同一物だとすれ、あの巻物は対応策が記してある可能性を持っていた。

 そしてもしもそれが――使徒ゼストの十字架とやらと同様に救世主に渡されたとするのならば、そういった災害が起きる危機があるということだ。緑羽は嫌な汗をかいた。

 それから一行は地下四階へと向かったのだが、結果的に朱匂宮以外、階段付近で硬直した。神聖な気配が強すぎて中へと入ることができなかったのだ。心臓が凍りつきそうになった。

「青照大御神大鏡……っ、本物だ。なんでここに? ここが是我芦原ということなの?」

 朱匂宮は周囲の様子には気付いた様子もなく、驚愕しながら内部へ行った。

「すごい、全部古文書で見た通りだ……すごい……けど、伝承だと僕の持つ匂宮金冠のもう一つだとか、青十字架とか紅十字架だとか扇もあるはずだけど、それは無いみたいだ。まぁ普通そんなの、それこそ闇の月宮様というか青照大御神の化身でもなければ触っただけで即死だろうから盗難の心配とかはありえないけど……すごい……」

 こうしてこちらの内部には、朱匂宮以外入るのが不可能だったため、一同は上へと戻った。そして待っていた人々に、学者が特に興奮して語っていた時――残っていた集団の中の敵が、ハーヴェストクロウ大教会の地下に新たな階層を見つけたと知らせた。地下一階から三階までの古文書置き場のさらに下に、部屋があるというのだ。

 今度は、一行はそちらへと向かうことになった。
 二階までは四名とも存在を知っていたが、三階は知らず、古文書だらけであることには驚いたが普通の教会の地下という印象だった。問題はその下であり、地下二階から地下三階までが完全ロステク、そして地下四階へは、PSY融合建築という――正式稼動しているものが初めて確認された形の技術で出来た隠し階段でつながっていた。

 そこを降りた瞬間、ゼスペリア教会側の四階よりも圧倒的なレベルの神聖さに、皆が膝をついた。学者や敵ですらだ。

 中央にある柩が目に入った瞬間、階段を引き返したものが多い。
 見ているだけで心臓麻痺をおこし掛けていた。
 無事なのは四名とその味方、学者三名のみである。

 その床に、見覚えが有るキーホルダーが落ちているのを見て、思わずラフ牧師が踏み込みかけたのをザフィスが制した。それは――ゼクスの緊急時用の薬液パックが入ったカバンにつけてあったものなのだ。なのだから、ゼクスはこの周辺にいるのであろうし、あの声の通りに無事なのだろう。

 安堵しつつ、全員で上へと戻った。
 そして学者三名がまた語りだそうとした時だった。
 敵だと判断していた連中すべてが吐血して絶命した。

 皆が沈黙した。

 その場には医師免許を持つ学者も多くいたのでその場で検視がなされたのであるが、事前に響いた声のとおり、死因はマインドクラックによる脳と心臓の破壊であり、その条件は柩が云々ではなく、『使徒ゼストの写し身を殺害する事』をメンタルに含んでいた人々が指定されていた事までが明らかとなった。

 そしてその場において、以後、ここにいる学識ある者は、研究を黙示録が終了するまで控えること――並びに、黙示録とは神話ではなくサイコメトリック長期予知による大災害の予測であった可能性が高いという共通認識を持つ事、その上で、対応策を学術的に絶対に安全な者のみで秘密裏に研究するという確約がなされた。

 聖職者やギルドメンバー、味方に限ってもであるが、前々から宗教や教えからそう判断していた人々も含めて、最下層に契約の子が存在することは秘匿すると決定された。

 そしてすぐ、宗教院は舞洲のみ、ギルドは安心できる派閥、それから院系譜の万象院と匂宮の安心できる者達への報告に、味方は帰っていった。研究者もまた帰宅し――一部の人々は、残ってゼクスを探した。

 しかし丸一日たっても出てこないので、部外者がいるせいかもしれないとの事になり、多くが帰った。その後元々最下層にいたメンバーで探しても出てこなかったので、一度休憩することにした。