【5】お昼寝


 ――三日目。
 皆がハーヴェストクロウ大教会のダイニングに集まっていた時、ひょっこりとゼクスが顔を出した。笑顔のゼクスの姿に泣きながら朱匂宮が抱きついた。

「なんだか危なかったと聞いたけど、無事で良かった」
「それは僕のセリフだ!」
「長老は今日は派手な赤い着物だな」
「今度ゼクスにも着せてあげるよ。今までどこにいたの!?」
「なんかな、二十年後からきたお父さんという人といたんだ。昔から夢に出てくるゼストという人が、色々持って、そこに行けと言ったんだ。偽ゼスペリアとかの人がいなくなるまで、一緒にいるようにと言ったんだ。俺は、孤児だけど、お父さんがいるみたいなんだ。でも俺は長老の赤を家族のように思ってる」

 ゼクスは幼い手で抱きしめ返した。その時ゼクスの左の手首には、白い腕輪が三つと銀のチェーン、右手の人差し指には銀の指輪が二つ、右耳には銀色のカフスがついていた。カフスには、アイスブルートパーズとサファイアがついているのが見えた。また、シンプルな金の十字架と、それより少し大きいこちらもシンプルな銀の十字架が下がっていた。

 銀の指輪の下の方のものと、左腕の鎖、銀の十字架は、ゼスペリア教会の地下一階にあったものだと、ラフ牧師とザフィス神父には理解できた。

「それで、あのな、色々なものを俺は今持っていて、それを全部このカラフルな腕輪に触れるとしまったり出したりできるんだけど、危ないからだ出しては置かないほうがいいそうなんだ。だけど、銀の十字架と指輪下のと鎖は常に、指輪の上とカフスは特に絶対に、そして金色の十字架は良かったらつけておくようにと言われた」

 ゼクスは、必死でみんなに説明している。愛らしい子供の声を皆は真剣に聞く。

「なんか、使徒ゼストの十字架という、見た目が一番豪華な聖遺物というものよりも――こっちのシンプルな銀の十字架と指輪とチェーンのほうが力は強いし、指輪とカフスは、十字架以上の聖遺物なんだけど、聖遺物であることをみんな覚えていないそうだ。とっても昔から、触ったり理解したりできる人がいなくなってしまったらしいんだ。だからこれは全部、つけていても、俺が大切なものをを持ってるとは、誰も気づかないし、身を守るために、ずっとつけているようにと言われた」

 ぎゅっと小さな手で、ゼクスが十字架を握った。

「それで金色の十字架は、宗教院でたくさん配っているから、つけていてもおかしくないそうだ。つけていて良いと言って、俺のお父さんという人が良かったらつけていてくれと言ったんだ。それと、二個目の三色の腕輪はPKとESPとOtherを完全コントロールする装置で――ゼストも俺と同じ病気だったらしいんだけど、これで強制的にPSYを遮断すると、一時的にPSYは使えなくなるけど、病気もおさまるから、万が一の時に使うようにって言われた。その状態で点滴まですれば確実に治るからって。治るというのはその時点では良くなるって意味だそうだ」

 その声に、ザフィスが何度か頷きながら、腕輪を観察した。
 ゼクスは笑顔で続けている。

「それで最後のこの白いのは、俺にはよく分からないけど――俺には神聖さというものがあって、それが今、色々な物を持ってるせいでより明確化されているから、これをつけて気配を消しておくんだそうだ。どうやって消しているかというと、万象院というところの技術と同じだと言っていた。それで、この今着てる牧師服は、今後勝手に大きくなるし修繕されるし勝手に洗濯されてる状態になるから、中のシャツとか以外はずっとこれを着ているようにと言われた」

 PSY融合繊維制だなとラフ牧師は考えた。
 また万象院には、全ての気配を殺す技術が確かにある事は、緑羽から鴉羽卿は学んでいた。

「それで、本当は宗教院の灰色の箱の中に入っているはずの銀色の指輪を、俺はそのお父さんから受け取ったから、今日から二十年後までその箱は開かなくなって、今どこかにいる俺のお父さんはそれを知らないから、長い間それは箱の中にあるとみんな信じているし、法王猊下という人と今の俺のお父さんは何故開かないのか分からないんだって」

 ランバルトの青と呼ばれる指輪の入った箱が、開かないという噂をザフィスは思い出していた。

「それで俺はさっきまで、偽ゼスペリアの悪い人々が、大切なものを奪いに来たから、大切なものを守らないとダメだと言われて――教会の地下をくるくるしてから、そのお父さんと一緒にいたんだけど、お父さんは二十年後まで俺のことを知らないし、どこにいるかも知らないし、俺もお父さんが何をしている人か聞いちゃダメだという話だった。名前はアルト猊下というそうだ」

 笑顔のゼクスの言葉に、けれど周囲は驚愕せずにはいられなかった。

「それでゼストが今、帰ってくる時に、二十年後に俺のお父さんは、『使徒ゼストの十字架を持つゼスペリア十九世にランバルトの青を託した』とみんなに言うそうなんだけど、ゼストの予測だと、その後すぐに危険な目に遭うらしいんだ。だから、俺のお父さんだというアルト猊下という名前の人を見つけたら、俺は何とかして助けて欲しい。どこにいるのかは聞かなかったけど、猊下と呼ばれていたからきっと偉い人で、俺は最下層の牧師だから、助けてあげられないと思うんだ。それに今はまだ、お父さんは俺が生きていると知らないそうで、二十年後に初めて分かるらしい」

 そう口にした時は、ゼクスはちょっとしょんぼりしていた。

「あ、それとな、ゼストが、腕輪とお父さんについてみんなに伝えた後は、ラフ牧師とザフィス神父と長老の赤と緑に、地下から持ってきて、これからずっと俺が持っていないとダメだというアイテムを見せろと言っていた。それと点滴パックを、ゼスペリア教会の屋根裏部屋にも隠して、それから医療院に『鴉羽ゼクス』という名前でも預けておかないとダメだと言われた」
「――承知した。ロードクロサイトがそれらをきちんと行うと約束する。ゼクス、見せてみろ」

 ザフィス神父がそう言うと、ゼクスが腕輪に触れた。すると右耳にまず金色のカフスが見えた。これは、現在もアルト猊下が身につけていたもので、アイスブルートパーズとサファイアに見覚えがあった。

 左のものとよく似ているが、こちらは法王猊下が舞洲猊下の英刻院のモティーフである完全黄金とランバルトのアイスブルー、そしてゼスペリアの青をサファイアとして作らせたものであり、この世にはその三名分しか存在しない。正確には四つあり、いつか後継者が出来た時に渡すようにと法王猊下がアルト猊下に渡していたのだが、それについてはここにいる皆は知らなかった。

 続いて、黒い法王着。これは歴代のゼスト・ゼスペリア猊下の正装だ。子供サイズだがこれもきっと自然と大きくなるのだろう。本来は新ゼスペリア猊下の生誕時に作られるそうなのだが――漂う神聖さからして、これは、使徒ゼスト自身が身につけていたものだったのではないかと一同は判断した。

 その上に見える牧師服の首元には、中央に『使徒ゼストの黒翼』があり、右には、最高学府・天才機関・医療院・王家分家・ロードクロサイト家の証があり、左には、黒咲、黒色、闇猫、猟犬、武装僧侶の守護対象の目印であるカフスが並んでいるし、服の袖には、闇猫が絶対に守らなければならないゼストの血をしめす金のカフスが二つ並んでいる。ひとつの場合は次男以降か従兄弟等、二つは正確に直系のみがつける証だ。

 さらにゼクスがめくった袖で、使徒ゼストの白い聖骸布と万象院の袈裟の断片および五重の翡翠からサファイアの数珠、左手には朱匂宮が持つものと同じ匂宮金冠、中指にはギルドでいうメルクリウス・エメラルドこと万象院の金印がある。

 左手には、ランバルトの青とメルクリウス・アメジスト、そして円環時計が正確にはまっていた。さらにゼクスは、旧約聖書と新約聖書と万象院の巻物と赤い扇をそれぞれ見せてはしまった。さらに前を開けて、使徒ゼストの十字架、闇の月宮の紅逆十字架、青照大御神青十字架とそれにつながる闇の月宮念珠等も見せた。

 ――一つ一つが見ているだけで呼吸が止まりそうになるというのに、その全てを身につけてゼクスは平然と立っている。

 その後ゼクスが満足したように、最初に持っていた品を除いて全て消した時、全員はやっと肩の力が抜けた気がした。

 巻物と二つの聖書に関しては震える手で緑羽が指を近づけてESP記録を全てとった。万象院が院系譜の血統継承家である理由は、一応院系譜のゼスト家のような扱いからでもあるが、一番はこうしたESPメモリックによる知識の継承が可能だからだ。それを見ていたからなのか、ゼクスがカバンから三冊の本を取り出した。

「緑の長老、ゼストはこれも読んだ方が良いと言っていたから、これもだ」
「分かった」

 頷き、そちらも完全に記録し、中身を少しだけ眺めて、万象院は気絶しかけた。
 完全な形でロストされている知識各種が残存していたのだ。

 即座に三冊とも各二冊ずつ複製し、自分用とザフィス用にそれを渡し、そしてふと思いついて、経文と二つの聖書も同じようにして、一冊ずつは自分、一冊ずつをザフィスに渡した。

 その後、書物三つはゼクスのカバンにしまった。

 受け取りさらりと眺めて、ザフィスがあからさまに息を飲んだ。
 あとで研究しなければならないのは間違いないが、今はゼクスの話を聞くほうが先だ。

「それと、アルト猊下に教えてもらった話なんだけど、俺と会う一週間前に、アルト猊下のお父さんが二人とも襲われて、俺のもう一人のお父さんも襲われて、アルト猊下の従兄弟のお城にいる人も襲われたんだって。それは未来のはずだから、阻止できないのかな?」
「「「「……」」」」

 四人は沈黙した。しかしそれが法王猊下と英刻院舞洲猊下、英刻院藍洲閣下、クライス・ハーヴェスト侯爵であることはすぐに分かった。

「――努力はしよう」
「うん。長老の緑、お願いだ。そうしてくれ。他にも、銀朱という人とハーヴェストクロウ大公爵という人も襲われたそうだ」

 それには皆が息を呑んだ。銀朱は匂宮の銀朱匂宮総取りだろうが、もう一名は――ラフ牧師その人だ。

「大丈夫。必ず助ける」
「ザフィス神父ありがとう!」

 ラフ牧師は不覚にも愛を再確認して、ザフィスの袖をギュッと掴んでしまった。

「それでゼストが言うには、二十年後までは、俺はゼスペリア教会でちゃんと筆頭牧師になるお勉強をして、筆頭牧師になってからは、お祈りをして過ごさないとダメだそうだ。それが一番俺にとって安全で、みんなにとっても平和なんだって」

 実際それは、みんなが思い描く幸せな未来だった。

「それで、王国の中には五箇所安全な場所があって、一つがここ、最下層なんだって。物騒なのになぁ。もう一つは最高学府と天才機関と医療院が並んでるところの敷地。それと王宮。この二つはそんな感じだよな。残りの二つは万象院と匂宮というところの敷地だそうだ。ただ――二十年すると最下層は危なくなるかもしれないから、ゼストは万象院と匂宮を、完全に安全にするために長老の緑と赤は途中から、そっちへと行ってより安全にする準備をしておかないとダメだそうだ。二十年後までに。他は自然と安全になってるらしい。ただ医療院以外は、俺の点滴のパックが無いから、なんとかして、それぞれに備蓄して隠しておくようにとゼストが言っていた」

 全員が頷いた。

「あと、今回は緊急事態だったからゼストが夢だけじゃなく直接俺に声で教えてくれたけど、それは緊急事態だったからだし、そうすると偽ゼスペリアに所在地を気づかれやすくなるらしいから、よっぽどの緊急事態でない限りはそうしないって。ただ、色々なアイテムは、今後の危険を考えて、亜空間収納というのでずっと俺に持たせておくんだって」

 ゼクスが腕輪を見た。それからカバンに触れた。

「カバンと本も含めて、劣化しない処理をしてそうしておいたんだって。それで俺は、これを話した後にお昼寝をすると今日の出来事を忘れちゃうそうだ。ゼストの夢はこれからも見るらしいんだけど、今まで通り俺は言わないらしい。だからみんなも聞いちゃダメだそうだ」

 一同は、静かに視線を交わした。確かにこれまで、夢の話を聞いたことが無かったからだ。

「それでな、二十年後に、ゼスペリア教会の聖書の黙示録が、表紙を残して白紙になったら、偽ゼスペリアがすぐそばに迫ってる証拠らしいんだ。その時は、ハーヴェストクロウ大教会の黙示録も消えるみたいで、宗教院の聖職者のいくつかからも消えるみたいだ。これは使徒探しの妨害なんだって。でも、俺の持ってる聖書には、普通には売ってない部分までちゃんと書いてあるから、大丈夫で、そこからは絶対に消えないって」

 ラフ牧師が、頷きながら、思わずゼクスに歩み寄った。

「けどこの時、ゼスペリアの器という者のそばには、もう、近くに多くの使徒がいるらしくて、きちんと見つけるようにってゼストが言っていた。ゼストは、俺に、『ゼクスは俺そのものだから大丈夫』と言っていたけど、顔が似てるからかな?」
「そうかもしれないな。安心せい、ゼクス。俺が必ずお前を守る」
「うん。俺、じゃあお昼寝する」

 今度はラフ牧師に抱きしめられ、ゼクスはそういうとうとうととしはじめた。



 こうして――お昼寝をした後、ゼクスは本当に何も覚えていないようだった。