【1】榎波の虫除け
そしてさらに十年が経った。
この頃には、榎波は史上最年少で護衛隊の上層部まで出世していたし、黒咲冠位も全て収め、裏では猟犬として活躍していた。
ゼクスはといえば、ゼスペリア教会の筆頭牧師となっていた。
二人とも十七歳だ。
今でも榎波はちょくちょく最下層に顔を出す。
榛名達には『榎波師匠氏』として慕われている。
榎波はゼクスが午後のお祈りをしているのをひっそりと眺めていた。
清涼な空気、心を揺さぶられる感じ、最後に訪れる救われた感覚、なにより礼拝堂に満ち満ちている神聖さ――宗教院で下手な枢機卿の祝詞を聞くより、よほど心が洗われた気分になるのが常であり、無神論者であるのにそんな事を感じる榎波は、自分で自分が不思議だった。
壁にもたれかかって見ていた榎波に、祝詞を終えたゼクスが気づいて顔を上げて微笑した。幼かった頃だって綺麗な顔立ちだとは思っていたが、成長してきた今、磨きが掛かっている。
自分達の関係が喧嘩友達であると榎波は正確に認識していたのだが、最近、榛名達の噂によると、ゼクスが非常にモテだしたと聞いて胸がざわつくから不思議だった。現在は、ゼクス本人が鈍いため、なんとか『危機回避』が出来ているらしい。
別段それを聞いて何かしなければならないわけではないが、こう、なんというか、バカな子は保護をしなければならないのだと、意識的にはそう結論づけて、榎波はゼクスの左手をとった。
「なんだ?」
「榛名達が心配しているから、虫除けを少しな」
そういって榎波は、ランバルト・エンジェリック・ローズと呼ばれる使徒ランバルトの聖遺物と、華族筆頭となることが多い榎波男爵家継承物の裏若葉という指輪を二つ、ゼクスの左手の薬指にはめた。
丁度ゼクスから見ても、唯一空いている指だった。
アメジストとエメラルドが光っている。
榎波の両親の形見でもあるが、双方が付けていたので、同じものを榎波も持っている。
榎波はいくつかの指輪を所持しているが、それはすべて首から銀のチェーンで下げているため、ゼクスは榎波が指輪を持っていることは知らない。
「これは?」
「迷子探査機と迷子連絡システムだ。ただし、お前に不埒な行為をしようとした人間が出た場合、お前はこれを見せて『こういう事なので応じられない』と必ず断るように。榛名達がそうしないと泣くからな」
「う、うん? 分かった」
「私から貰ったとは言ってはダメだ。良いな? 言ったらぶち殺すからな」
「あ、ああ……?」
なにせこれは、婚約指輪と結婚指輪なのだ。榎波はそれをよく理解していたが、実際に所在地の把握と直接連絡機能が備わっている。それは確かなので、それが効果的だから渡したのであると頭の中で言い訳した。
正直榎波は、ゼクスが好きかもしれないと時折思うのだが、そんなことは言えないでいたし、気のせいだと片付けてきた。
ゼクスは特別意味が分かっていないようだが、頷いてつけていた。
ちなみに榛名達三目は、ゼクスと榎波がお似合いであると判断していたのだが、二人はそんな事は知らないし、父クライスの恋愛面の鈍さを完全に受け継いでいるゼクスには特に恋の兆候は全くなかった。
――この二人の従兄弟であるラクス猊下、ゼクスの実弟となるレクス伯爵、その他に英刻院琉衣洲、花王院青殿下、美晴宮朝仁、ならびに桃雪匂宮、橘宮が生まれたのはこの年である。一番年下の、ゼスト家の血を引くエルト猊下が生まれるのは、さらにこの三年後になる。