【3】レクス=ハーヴェスト
レクス・ハーヴェスト伯爵が初めて最下層を訪れたのは、彼が十三歳、ゼクスが二十三歳の時だった。
レクスも、そしてその父のクライスも、正妻であったレクスの産みの配偶者父――実際には代理配偶者であるが、そちらがクライスとの婚姻前に最下層の牧師との間に設けた子供がゼクスであると、レクスは聞いていた。つまりゼクスを、ハーヴェスト側ではない異父兄だと聞かされていた。
これはザフィスによる情報操作だった。ギルドにそう伝えていたのである。
クライスの愛は見えにくかったし、レクスが生まれたこと自体を――長らく鴉羽卿もザフィスも知らなかったので、突然の訪問に彼らは面食らったものである。
なにより、レクスの家族愛など知らない様子の冷たい瞳は、とても十三歳のものとは思えなかった。
初めてゼクスと二人きりになったその部屋で、レクスの第一声はこうだった。
「まさか卑しき最下層の牧師が、俺の半分とは言え血のつながる兄とはな」
「……」
「それでも兄は兄だ。ゼクス兄上、立場をわきまえ、身分をわきまえ、ハーヴェストに害をなすことなど無いようにな。兄であるとはいえ、兄弟ごっこをするつもりは毛頭ない」
レクスは当初、どちらかといえば兄を憎んでいた。
見合いで生まれた自分とは違い、片方の父は、愛する子供の相手としてゼクスを生んだのだろう。そう思えば惨めであったし、何よりも貴族の一般常識として、誰の子かも分からない最下層の人間を親に持つ血族がいるなどというのは、ただの恥だったのだ。
しかしゼクスは本人が知る限り、覚えている限り、初めて――自分の本当の家族に遭遇した事が非常に嬉しかった。
だから以後、ふらりとレクスが顔を出すと、満面の笑みで出迎えた。
その――初めて経験する家族からの愛情のようなものに、時折レクスは苦しくなった。
だが口を開けば最下層の聖娼婦が自分の親を誘惑しただとか、ゼクスの血は汚れているだとか、そういった言葉しか出てこないし、意識的には確かにそう思っていた。
そのため、一緒にいて、笑顔で出迎えられる度にホッとする自分の気持ちが、むしろ不可思議だった。どんな悪態をついてもゼクスは苦笑するだけで、許してくれた。けれどレクスを伯爵として、上の存在として扱いはするが、兄らしく時には怒ったりもする。
家族が誰かと言われた時、レクスの頭に浮かぶのはゼクスただ一人だった。
父にも、そしてこれまで離れていた祖父などに再会しても、そういう感情は一切わかないから不思議である。
だから――ある日、自分が手首につけている銀の細い鎖に、ルビーと黒曜石がはまったものをもう一つ用意して、ゼクスに渡した。
「やる」
「これは?」
「――お守りのようなものだ。足にでも付けておけ」
「ありがとう」
おそろいだと喜んだゼクスが、左の足首にはめるのをレクスは見ていた。
足にと指示を出したのは自分側は手首にはまっているので、周囲におそろいだと思われるのがレクスとしては恥ずかしかったというのが大きい。
これは「もう一人の父の形見だ」だと、唯一父クライスが、父らしいことを言って、二つセットになった状態でレクスに渡したものである。
持ち主の居場所が分かるらしい。
いつか大切な相手ができたら渡せと言っていた。
大切の意味はおそらく兄弟愛ではなかっただろうが。
まぁ、共通の側の父の形見だというのだから、良いだろうと判断して、レクスはゼクスに渡したのである。
ゼクスは、レクスの送迎係の金髪で紅い瞳の青年に、いつも会釈しながら、弟を可愛がっていた。