【4】宗教院の揉め事




 そうして密やかに二人が親交を深めている頃、宗教院では、次期法王猊下位の争いおよび、ゼスペリア十九世位の継承権争いが過激化していた。まずはランバルト大公爵位の相続および家督の問題である。これは現在は一応法王猊下がその爵位にあるが、既に当主継承品のランバルトの青という指輪は、アルト猊下に譲与されている。

 そしてアルト猊下は、甥である、法王猊下の第二配偶者の子息であるユクス=ハルベルト=ゼスペリア猊下と仲が良く、譲りたそうな気配がある。

 しかし法王猊下はこれを認めていない。
 なおランバルトの青の所在は、アルト猊下が黙秘している。
 黙秘というか、実際には、何故なのかしまっておいた箱が開かないので譲渡できずにいた。明らかに、PSY-Otherによるロックがかかっているのだ。

 なお、ハルベルト・ゼスペリア家は、宗教院認定のゼスト・ゼスペリア守護三家の一つで、華族の側ではユクスの兄の榎波柊が、男爵位を引き継いでいるから、血筋としてユクスは、継承自体には何の問題もない。

 榎波は完全に華族として生きているから宗教院は関知していないが、ユクス猊下については、多くの宗教院関係者が、後継にと口にしていた。一つの派閥が出来ていた。

 理由は、ゼスト家関係者の中で、PSY-Otherに青を多く持っているからである。ユクスのPSY-Otherは複合色で、ハルベルト・アメジストと呼ばれる紫とゼスペリアの青の二色から構成されている。

 これはアルト猊下の子供として宗教院が認識しているほかの者と比較した時も、第三位のゼスペリアの青の保有量なのである。だから、場合によってはゼスペリア十九世――そうでなくとも法王猊下候補でもある。

 ユクスは、一見冷静沈着であるがその実機微に富んだ性格であり――少しだけクライスに似た性格をしていた。黒髪で長身であり、外見も少しは似ている。はっきりとした違いはといえば青紫色の瞳くらいだろう。

 それもあってアルト猊下は可愛がっているのかもしれないが、法王猊下は認めていない。ゼスペリア猊下の継承はおろか、法王猊下の候補になることすら、許容できないらしい。

 法王猊下が次の法王にと望んでいるのは、ラクス=ミナス・ランバルト=ゼスペリア猊下という、下から二番目の孫である。現在は特別法王補佐枢機卿という職に有り、法王猊下の業務を既に手伝っている。

 白金色に少し紫味がかかった綺麗な髪は、法王猊下の若いころそっくりであるし、瞳が赤紫のミナス特有の色彩であり、こちらは単体Otherのミナス・アメジストの持ち主だ。

 既に両親が没していてミナス家当主である彼は、ゼスペリア猊下になるつもりはないと公言しているし、大変優れた医師でもある。まさに癒しの御使いだったとして名高い使徒ミナスの化身のような人物であり、少なくとも法王猊下の前では非常に温厚だった。

 そしてOther量は第四位なのだが、使える御業の多くが治癒回復系統であり、それは使徒ゼストと同じなのである。ラクス猊下にも、大きな派閥がついていた。

 さらに宗教院には、他に三派閥、候補がいる。

 一名はアルト猊下の長子あるいは第二子と公表されているリクス猊下だ。長子と二子は同じ日に生まれたのであるが、その片方である。彼もまた法王猊下の業務及び――舞洲猊下と共に、病弱なアルト猊下を手伝っている。ゼスペリア猊下としての業務を手伝っているため、宗教院においては上述ユクスやラクスに並ぶ影響力を保持している。

 しかし彼が法王猊下になる事やゼスペリア猊下になる事は、これもまた法王猊下が反対している。理由は――一般階層出自でありローランド法王猊下が大嫌いだった父にそっくりの容姿をしているからだ。腐葉土色の髪に緑の瞳。

 Otherの青の量で言うならばこちらは非分類とゼスペリアの青の複合二色で、その青の保有量は第二位である。出自的にもゼスペリア猊下の後継者として、特に筆頭の存在であるのだが、法王猊下は許しがたいらしい。さらに仕事ぶりから彼が法王猊下になることを推す者も後を絶たないのだが、法王猊下の反対もあるからか、本人も黙秘を貫いている。

 ほかの二名は、枢機卿議会議長であり――一部が、敵集団の一人ではないかと疑っている人物である。しかし影響力でいうならば、法王猊下に継ぐ人物であるし、枢機卿の多くは彼に服従している。

 最後のもう一名は、議長ではないが、長らく枢機卿議会にいて、ローランドがゼスペリア十七世だったころから在籍しているクラウ・ゼスペリア家の引退した前当主である。年齢と経験年数ではこの者に並ぶ者はいない。この二名に関しては、特に法王猊下も反対姿勢ではない。



 さてそんな法王猊下が最も溺愛している孫は、愛する舞洲猊下とアルト猊下と同じ、英刻院譲りの金髪を持ち、さらにはアルト猊下からゼスペリアの青としか言いようのない目の色を受け継いでいる、ルクス猊下だ。リクスと同じ日の同じ時刻に生まれたもう一人である。

 しかし彼は、並の聖職者に比べれば十分すぎるほどのOtherの青を持っているとはいえ、Other全体の三分の一程度であり、残りは非分類だ。よって神の御業がほとんど使えない。さらに本人もアルト猊下と同じく闇猫業務が好きらしく、闇猫として活躍している。溺愛しているため、法王猊下もそれを許している。

 だが生まれ持った能力が低いため、闇猫としてであるならば十分だとはいえ――法王猊下やゼスペリア猊下の後継者としては、現法王ローランド猊下も強く推せないようである。


 なおゼスペリア猊下候補は他に――実は三名いる。
 一人は、アルト猊下にとって戸籍上第三子にあたる、メルディ=ラファエリア・ランバルト=ゼスペリア公爵だ。彼は、非分類Otherを含んでいるが、ゼスペリアの青の保持率が89パーセントであり、それは法王猊下はもとより、アルト猊下よりも多いのだ。

 結果、神の御業の大半を使用できる。なにより本人が、

『自分こそが使徒ゼストの写し身である』

 と断言していた。確認する術など今の所存在しないので、本人の言葉を信じるならば、彼が救世主だということになる。

 二人目は、アルト猊下の公的な第四子のワイズ猊下である。彼は、現在二十三歳であり、学年で言うなら榛名達の一つ下である。彼は、青味がかかった髪の色をしていて、法王猊下のゼスト側の父によく似た髪の色の持ち主だ。瞳はやはりゼスペリアの青である。それもそのはずで、彼もまたPSY-Otherの含有量が――一位なのである。堂々の一位だ。力こそメルディ猊下には劣るが、血統構成はアルト猊下とほぼ同一で、ゼスペリアの青単体と言って良い色相であり、ゼスペリアの青部分が94パーセントである。

 本来ゼスト家というのはこの青の単体部分の保持を指すので、彼はゼスペリア猊下に即位する条件がもっと整っていると言える。

 最後はエルト猊下、十四歳だ。彼はラクス猊下や法王猊下と同じ白金色に紫が入った髪をしており、瞳は法王猊下と同じアイスブルーである。PSY-Otherは複合色であり、ゼスペリアの青と、ランバルト・ローズと呼ばれるアイスブルーと薄紫を足した色相の混合状態だ。能力はさほどではないがIQも高く、ランバルトの後継者として、その上での法王猊下としては十分な力量でもあるため、彼を推す声も根強い。

 しかし、後継者を決定するアルト猊下は、どの子供も愛する事が出来ないでいたし、むしろ甥のユクス猊下やラクス猊下を可愛がっている始末である。ランバルト家はおろかゼスト家の後継者も選ばず、ランバルトの青は箱が開かないから渡せないと言い張る。実際、法王猊下を含めて箱を開けようとしたのだが、ピクリとも動かなかった。そのため、これに関しては法王猊下も容認するしかなかった。だが、爵位や立場は指輪無しでも譲ることが可能だ。

 このように――黙示録の最中であるというのに、宗教院では、醜い後継者争いが加熱していた。