【5】レクスの職務
王都直轄特別枢機卿の位を賜り、ラクス猊下派についたレクスは、いつも彼らを見て、聖職者など所詮は俗物であると考えていた。既にレクスはハーヴェスト侯爵家の正式な跡取りと決まっていて、伯爵位も貰っていた。レクス伯爵には、ゼスト家に対しても尊敬など何も無かった。
ラクス猊下は、そこを気に入っていた。心地良いのもあったし――実は誰よりも法王猊下の座を狙っていて、自分以外は法王猊下にはふさわしくないと判断しているラクス猊下は、自分同様ギルドにおいて権力を持とうとしているレクスと気が合うと思った。二人は親しいと言えるが、友人というよりは利用し合う同僚に近かった。
また、神の御業など存在せず、それらはPSY-Otherの成すものであるという理解を互がしていたという部分も、二人の馬が合うポイントだったのかもしれない。
――宗教院の後継者争いは、醜いだけでなく、弊害をも生み出していた。
宗教院の暗部である闇猫は元々、宗教院全体の管轄下にあるもの、基本的な指示は枢機卿議会の各メンバーから直接受ける。よって派閥ごとに、闇猫の集団は分かれてしまったのだ。
元々いた法王猊下直轄の闇猫は、本来はゼスト家およびラクス猊下の直轄と同じものだったのに、現在では派閥が違うから、別行動を取っている。また、ゼスト家直轄部隊の筆頭は、今まさに後継者争いに巻き込まれているルクス猊下であるから、ラクス猊下派とは分断されている。その上、ルクス猊下の部隊と、アルト猊下の直轄部隊にすら亀裂があるらしい。さらにはなんと舞洲猊下の直轄まで分かれているらしく――本来であればゼスト家直轄のリーダーが全闇猫の総指揮権限を持つのだが、つまりルクス猊下指示に皆が従うはずなのだが、全くまとまっていない。
ラクス猊下にとっては、宗教院の何もかもが頭痛の種だった。
――そこに黙示録が訪れようとしているのである。
それは――実は、ギルドもまた似たような状況だった。
だからこそ、レクスは権力を求めているのである。
まず現在のギルド総長であるクライス・ハーヴェスト派が一つ。
そして最大派閥が副総長兼闇司祭議会議長派だ。
そこに所属する黒色が最も腕が立つし、場合によってはそれぞれの派閥に出向する武力も彼らだ。現在も通常と同じく依頼されればどこへでも彼らは行くが、彼らは副総長の命令を、ギルド総長の命令よりも優先している。
レクスが完全に信頼できるのは、絶対的に自分の派閥だと分かる黒色とメンバーだけである。
他には、前総長派――つまりザフィス派の黒色がこそこそと行動しているのも分かっていた。それ以外にも、規模こそ小さいがギルドにもいくつもの派閥があり、それぞれの仲が良好というわけではない。さらに副総長派もある。
闇司祭議会議長選挙が近づいていた。
現在の副議長であるレクスは、ほかの立候補者二名と、合計三名で選挙争いをしなければならない。最悪な事に、その二名の派閥の黒色やメンバーは、完全にレクスに敵対的なのである。
このようにギルドもまた一枚岩ではないし、敵だらけである。
またここ最近、ギルド側で所持していたメルクリウス・アメジストが輝くようになり、ルシフェリアの紫の薔薇がついた金の懐中時計は逆回転を始めた。どこかに契約の子が出現し、円環時計を所持したのは間違いないのだ。メルクリウスの三重環と呼ばれるこの指輪は、イリスとゼストの血を引く契約の子が、対になる指輪をつけると、PSY知覚情報が送信されて光るからだ。
その持ち主がゼスペリア十九世かは不明だが、十九世に関しては、
『使徒ゼストの十字架を所持している』
とのお告げがあったらしく、宗教院は、その所持者が誰であるのか血眼になって探している。誰かが所持しているのに黙秘をしているのかも含めて探り合いをしているそうである。
レクスとしては、ギルドの人間として、ギルドが認める使徒イリスとゼストの血――ならびにルシフェリアの血を引くとされる、『契約の子』を一刻も早く探し出したかった。昔は、その名前まで、ギルドに伝わっていたと聞く。ランバルト家にも、伝わっていたらしい。
けれどラクス猊下と話していて分かったのだが――ランバルト機密およびギルドの秘蔵文章に記載されていたはずの、救世主の名前は、削り取られていた。
どちらもゼストの柩の中にあるという、ゼストの直筆およびゼスト自身の編纂による新約聖書からの模写であったとされているから、それを確認すれば名前はわかるはずである。だが、柩に近づくと死ぬらしく、確認に行くわけにもいかない。それもまたレクスにとっては頭痛の種だった。そもそも場所が不明であるのだが。