【0】使徒ゼストの黙示
「ゼスペリア牧師」
礼拝堂で午後のお祈りを終えた時、ゼクスは声をかけられた。
顔を上げると、いつから居たのか老人が一人立っていた。
彼は数少ないこの教会への礼拝客である。
「今日も素晴らしかった」
「ありがとうございます」
ヴァイルという名の老人は、上質な貴族の装束姿なのだが、お忍びらしく身元は分からない。昔から、ゼスペリア教会に、彼はふらりとやってくる。
「ところでゼスペリア牧師。よろしければ、今日も黙示録を読んではくれないかね?」
「ん? ああ、分かりました」
ゼクスは頷いた。数少ない収入源――と思ったわけではなく、英刻院閣下やラフ牧師以外に祝詞をリクエストされる事はめったにないので、嬉しかったのである。
「――使徒ゼストの黙示」
これは短いので簡略して読む箇所はない。黙示録は、それほど分量は無いのだ。
理由は、黙示録自体が、既に抜粋され簡略化されたものだからだという。
他の部分が記載されているらしいランバルト大公爵家にある石版――その一部分のみを引用して再構成たものだからであるらしい。読む分には十分まとまっているのだが、それは再構成の結果のようだ。本物は怖くて公開できないなんていう噂の代物である。一般的には『ゼストの黙示録』や『黙示録』と呼ばれている。
悪いことをすると終末が訪れ、善良なる信徒以外が死に絶える。
一言で言うならば、こんな内容だ。
なんでも、
『終末の時、契約の子、即ち神の器が現れる。その者は、使徒ゼストの末裔であり、生まれ変わりである』
らしい。
終末の時も何も、常に神の器である使徒ゼストの末裔のゼスペリア猊下は存在しているので、十九世まで十九人も契約の子は生まれているのだし、生まれたからといって終末が来た証拠にはならないだろう。ならびに、最終的に黙示録を阻止できる可能性があるのもこの人物という事になっているので、ゼスト・ゼスペリア家が続いている限り、きっとなんとかなるはずだ。
――終末の鐘の音が響き渡る。それが予兆である。ハーヴェスト・クロウ・レクイエムを人々は耳にするであろう。旧世界の破滅の時と同じように。
と、書いてある。
――闇色の月に照らされし夜もまた、終末の象徴である。月の代わりに銀に光る花が舞い散り、滅びを知らせる星となる。
――最たる兆しは、民に愛されしゼスペリアの金翼の御使いが、堕天した紅き悪魔に汚されて、その羽を失う事だ。人々は嘆き悲しむであろう。
――紅き悪魔の子は、神の器の異父弟である。
――契約の子は秘匿され、使徒ゼストの忠実なる敬虔な黒き羽の信徒により、ゼスペリアの神殿にて育てられる。片翼の信徒が二人、揃って御使いの黒き羽を得て、契約の子に宿りしゼスペリアの御使いとなるだろう。片翼ずつ折れて行くが、銀色の月の賢者が闇色の花束を捧げ、契約の子を守護する事となる。まずは右の黒翼が紅き悪魔にもがれるだろう。その時が来たら、契約の子は、賢者の元へ行かなければならない。貧しき老父が、契約の子を賢者の元へと誘うだろう。その際、左の黒翼を持つ信徒は、失われし片翼の、聖なる黒き涙を手に取るだろう。それは黒き羽の証である。いいや、手に取らなければならない。また、賢者の元へ向かう神の器を見送らなければならない。それが終末を止める鍵となる。
――ヴェスゼストの光が失われつつある頃、信徒は欲にまみれ、オーウェンの子は害される。紫の薔薇が消え、世界樹が枯れ始める。鴉が啼き、犬が吠えるのもまた予兆だ。闇色の首輪で繋がれていた犬は、闇色の月の下僕でもある。そしてミヒャエルの信徒の者達は、与えられし若葉の芽と雑草の区別をつけられなくなっている。その頃、黒猫が残されし左に翼を持つ信徒を襲うだろう。それまでに、左翼の黒き信徒は、ゼスペリアの神殿に戻りし神の器に、クロウの聖刻印を渡さなければならない。これもまた、終末を止める光である。
――もしも終末が来れば、ゼスペリアの青は、異父弟に宿りし紅き悪魔の蛇に蹂躙され、吸血鬼に成り果てるだろう。それは終末そのものであり、終末の一つである。
――終末の時、偽ゼスペリアが現れる。その者は、上辺の慈悲と偽りの御業で、民を騙すだろう。そして真のゼスペリアたる神の器、使徒ゼストの生まれ変わりの契約の子を娶りて、絶望の神の子を宿らせる。終末の時、ゼスペリアは、紅き瞳の悪魔との長子と、偽ゼスペリアとの間の絶望の神である二人目の赤子を産み落とし、育てる事となるだろう。この紅き瞳の悪魔の神と、絶望の神は、葡萄酒色の瞳をしたヴェスゼストの末裔により育てられ、闇に堕ちしゼスペリアと共に、全ての動植物、そして民を滅亡させるだろう。生き残るのは、偽ゼスペリアが選んだ者のみである。まずは、ヴェスゼストの末裔を探せ。葡萄酒色の瞳が濁る前に、ゼスペリアの聖純なる青を教え、ゼスペリアの青の忠実なる使徒となるよう説得しなければ、終末は阻止できない。
――偽ゼスペリアの娶りし神の器の血肉は、古の旧世界において洗礼を受けし聖娼婦と同じでもあり、失われていた紫色の薔薇は、使徒ゼストの写し身の元に咲いている。偽ゼスペリアに紫色の薔薇を渡してはならない。それは偽ゼスペリアと神の器の婚礼の証となるからだ。二輪の紫色の薔薇は、契約の子と異父弟の手の中にのみ、存在していなければならない。そうでなければ、終末は阻止できないだろう。紅き悪魔の蛇の血を御するために、異父弟は紫の薔薇を持ち、もう一方を持つ血肉を別けた兄を守護しなければならないのだ。そうでなければ、ゼスペリアは、大淫婦ルシフェリアとなるであろう。同時にそれは、カインであり、吸血鬼の証だ。
――終末を阻止するためには、十三名の使徒がいなければならない。暗黙の第十三使徒は、使徒ゼストそのものである。使徒を探し、集めよ。
――第一の使徒は、既にこの時、使徒ゼストの友である。ゼストと異父弟、そして紅き悪魔と同じ血を持つ者である。使徒ゼストが神の器であり、ゼスペリアである事を、ゼストよりも早くから知っている。銀色の月の賢者に学び、同じく闇色の花束を持つ者である。オリハルコンの祭壇を愛し、磨き、祈りを捧げている者である。
――第二の使徒は、ヴェスゼストの末裔である。葡萄酒色の瞳の末裔を説得し、使徒としなければならない。その者が使徒となれば、即ちヴェスゼストそのものとなるだろう。
――第三の使徒は、オーウェンの子である。終末が成就された時、最初に血を流すのはこの者だ。終末は絶対に阻止しなければならない。滅亡を免れた時、この者は、オーウェンそのものとなるだろう。
――第四の使徒は、ゼストの異父弟である。第二の使徒同様、この者もまた、使徒となるよう説得しなければならない。この二名が使徒にならなければ、終末は約束されたも同然である。彼が紫色の薔薇の片方を手にする前に、説得はなされなければならない。灰色の翼を持ち、世界樹の秘儀を司る者である。彼が使徒となれば、ゼスペリアが大淫婦ルシフェリアになる事は永劫起こりえず、この異父弟こそが、正しき第四使徒ルシフェリアそのものとなるであろう。
――第五の使徒は、黒き片翼の信徒の一粒種であり、既にこの時、ゼストの弟子である。終末の時、第一の使徒と同様に側にいるが、この者は、ゼストがゼスペリアそのものであることを知らない。父が黒き左の片翼であることもまた、終末の訪れまで知らず、己が使徒である事も知らないで過ごしている。使徒ゼストと第三の使徒、第六の使徒を引き合わせるのもこの者だ。嘗て旧世界においても使徒ゼストの弟子であった、双子の義兄弟の片割れの写し身でもある。
――第六の使徒は、ミヒャエルそのものである。生まれながらに、その者は、ミヒャエルである。同時に、双子の義兄弟の片割れの写し身でもあるが、この者はゼストの弟子ではない。雑草に混じる若き芽が正しく見つけ出された時、ミヒャエルは再び使徒となるだろう。若き芽は、銀の月の賢者が愛する桃色の花と共に育つ。若き芽は、桃色の花の匂いに囲まれなければ枯れ果て、正しく見つけ出される前に失われる。この花の香りは、雑草を彩ると同時に終末の象徴である舞い散る銀色の花弁にとっては、降りしきる雪に似た淡い赤き雷となりて、救済の象徴となるだろう。この愛されし桃色の花が散らぬよう、全ての使徒は気をつけなければならない。
――第七の使徒は、使徒ゼストと第二の使徒と、血肉を同じくする者である。この者は、第二の使徒以上に、第四の使徒と同程度に、使徒ゼストを憎んでいる。第一の使徒や第五の使徒と同様、自身が使徒であると気づくよりも以前から、使徒ゼストのそばにいるが、終末が迫る時、友では無い。友であったのは嘗てであり、友が『使徒ゼストの黒翼』を持つ者だと知った時、その命を奪おうとした。以来、使徒ゼストが神の器である事を知るまでの間、剣の光を向ける事が度々ある。この者は、この者の出生自体が、終末の一つの引き金であるのだが、血肉を同じとする事も、使徒ゼストが契約の子である事も、第五の使徒同様、長きに渡り知らずに過ごす。この者は、黒き左の片翼の弟子であり、使徒ゼクスにとっては、兄弟弟子とも言える。この者にもまた、ゼスペリアの聖純なる青を教えなければならない。しかし第二使徒とは異なり、説得するためではない。友愛、信頼、絆を取り戻すために共に祈るのである。第一の使徒と共に、良き友人として、使徒となればゼスペリアの剣となってくれるだろう。第一使徒の手により、使徒ゼストはこの者と出会い友となった。また、終末が阻止されれば、第五の使徒の師となることであろう。しかしながらこの者は、偽ゼスペリアにもなり得る。偽ゼスペリアになり得る存在は、一人ではない。それが終末の世界なのである。なお、偽ゼスペリアを倒すためには、ゼスペリアの剣は必ず必要であり、第七の使徒以外にゼスペリアの剣となる者はいないだろう。
――第八の使徒は、第七の使徒の一人目の弟子である。この者は、使徒ゼストを銀の月の賢者の元へと導いた貧しき老父と共に、ゼスペリアの神殿のそばで、清貧なる暮らしをしている。十二の使徒の中において、第一の使徒を除き、最も早く、使徒ゼストが使徒ゼストである事に気づく者であり、それは使徒ゼストが自覚するよりも前だ。この者もまた、偽ゼスペリアになり得る。終末が迫りし頃、この者は、オーウェンの庭で稲の管理をしているであろう。オーウェンや、黒き片翼の左の使徒が正しき道を歩んでいれば、この者が偽ゼスペリアになることはない。だがどちらか一方でも道を誤っていれば、偽ゼスペリアとなる。説得は不要であり、不可能である。
――第九の使徒は、第七の使徒の二人目の弟子である。この者もまた、使徒ゼストを銀の月の賢者の元へと導いた貧しき老父と共に、ゼスペリアの神殿のそばで、清貧なる暮らしをして過ごしている。第八使徒の兄弟弟子であり、第十使徒と共に、三名は非常に良い友である。また、第十一使徒の腕としてパンを切りながら過ごしたことがあり、終末が迫る時は、オーウェンの庭にて、パンを焼いている。神の御業に関する深き知識を持ち合わせ、ゼスペリアの血を紐解くであろう。使徒ゼストが正しく使徒ゼストの写し身であり、器であり、そして主であるゼスペリアそのものである事を、ヴェスゼストとは違う在り方で証明する人物である。この者だけは、あらゆる人物の中で偽ゼスペリアになる可能性が最も低く、決して偽ゼスペリアにはならない。ただし終末が訪れゼスペリアが大淫婦となり悪魔と絶望の二人の子をなすならば、この者もまた、闇の者となるであろう。その場合、偽ゼスペリアの一番の使徒となる。
――第十の使徒は、清貧なる暮らしをしている隠者である。誰もこの者の出自を知らない。隠者は青と緑に光る糸の上で過ごし、多くの事柄を知っている梟でもある。終末の迫る時は、オーウェンの庭にて第八使徒と共に稲の管理をしているであろう。梟の止まり木がオーウェンの庭に有った事が契機である。この者は、使徒ゼストがその人だと知ると、ゼスペリアの梟となる。偽ゼスペリアを倒す時、ゼスペリアの剣同様、この梟の糸は強力な力であり、無くてはならない存在である。
――第十の使徒は、清貧なる暮らしを強いられているが、元は普通の民であった。この者には信仰心が無く、パンを焼く事を生業としており、神の御業を信じていない。嘗て第九の使徒の良き標べのごとき腕であった事もある。この者は、第八の使徒の次に、ほぼ同時期に、使徒ゼストが神の器であると気づく。ゼスペリアの讃歌を耳にした初めのその日から、即ち以前より使徒ゼストがゼスト・ゼスペリアの血を持つのではと考えていた人物であったのだが、神の器であると正確に知るのは二番目であると言える。信仰心には欠けているが、ゼスペリアの讃歌に心を動かされ、使徒ゼストが使徒ゼストであると知る前より、時折ゼスペリアの神殿のそばへと足を運び、響いてくる讃歌に耳を傾けていた。その頻度は、第七使徒よりも多い。この者は、ゼスペリアの元でパンを焼くだろう。
――第十一の使徒は、緑色の羽の御使いの友であり、最初にゼスペリアの器の左に立った信徒の末裔である。この者は、偽ゼスペリアになる可能性が、二番目に高い。また、この者は、まず探すことから始めなければならないだろう。終末が迫る頃、この者は、二人の幼子を育てながら、オリハルコンの祭壇の設計図を眺め、葵色の御使いの両翼を読み、妻は亡くしたが我が子らと共に穏やかで幸せな日々を過ごしているだろう。見つけ出し、必ず説得し、使徒としなければならない。またこの者は、子を想い、悩み、使徒となるのを迷うだろう。仮に使徒となった後も、振り返り思い悩む事があるだろう。場合によっては、その後に、偽ゼスペリアになることすら有り得る。ただし、いずれの場合においても、終末そのものが到来する前に、紅き悪魔を葬るのはこの者だ。よって、紅き悪魔も、その子の異父弟も、それぞれがこの者を探すだろう。使徒ゼストは、再びこの器においても良き友人となり、その者を片腕としなければならない。さすれば敬虔なる使徒となるだろう。
――第十二の使徒は、一人、あるいは二人、そして失われている場合もある。本来は三名であるが、少なくとも一人は既にいないだろう。また一人は、重症を負っている。この者が助かれば、二名で一人の使徒となるし、そうでなければ、最後まで無事であった一名のみが使徒となる。第十二の使徒の名は、『ヨハネ』――東方より訪れし星の三賢人の写し身である。彼らは、自分達が使徒であると、自然と気づく事であろう。自然と使徒ゼストを助け、慈しみ、使徒ゼストが正しくゼスペリアであると認識したその時には、既に使徒ゼストへ親愛の情を抱いているし、使徒ゼストもまた慕っているであろう。仮にゼスペリアが闇に堕ちるならば、その時は、ゼスペリアが失われていなければ彼らを全て葬るであろう。東方より訪れし星の三賢人は、闇の神の使徒には決してならない。
――暗黙の第十三使徒ゼストは、神の器であり、ゼスペリアそのものである。旧世界の破滅後まで人々に奇蹟を示した器と同一の存在である。
――使徒ゼストの写し身は、東方にあるゼスペリアの神殿に秘匿され、育てられる。第十二の使徒である三賢人の写し身が慈しみ、早くよりゼスペリアそのものとなるだろう。しかし使徒ゼストは己が神の器である事を長らく知らされず、気づくこともなく、またゼスペリアそのものであるという理解に至っては、生涯受け入れる事はなく、一人の人の子であり主の信徒として天に召される事を望むだろう。偽ゼスペリアの妻にならなければの話であるが。
――使徒ゼストの写し身は、使徒ゼストと同じく清貧な暮らしをしている。第一の使徒や第七の使徒とは、この頃友となり、また決別もするのである。右の片翼の使徒の喪失を経験し、第五の使徒を弟子とするのもこの頃である。無論、第十二の使徒である三賢人の教えを受けるのも、貧しき暮らしをしながらである。他の清貧な暮らしをする使徒達とも出会っているだろう。しかし互いに神であり使徒である事には気づいていない。
――よって、終末を阻止し、偽ゼスペリアを倒すには、使徒ゼストを見つけ出さなければならない。人々は、使徒ゼストをゼスペリアそのものであると知らなければならない。そして使徒ゼストにもまた、それを告げなければならない。この時、使徒ゼストの所在を知るのは、黒き片翼の左の使徒と第一の使徒、銀の月の賢者、そしてヴェスゼストの代理のみである。だが、黒き片翼は折れ、銀の月の賢者は遠方で花を愛でている。第一の使徒は、終末の来訪に気づいていない。その上、ヴェスゼストの代理は、光が弱まり、星として民にゼスペリアの存在を伝えることはできない。どころか、ヴェスゼストの代理もまた、偽ゼスペリアとなり得るのである。よってヴェスゼストの代理となる者は、常にゼスペリアへの祈りと信仰心を忘れてはならないのである。
――使徒ゼストがゼスペリアそのものであると最初に気づく第八使徒、ほぼ同時に続いて気づく第十使徒、そしてヴェスゼストの見解とは別の、パンの種類より二人の考えが正しきものであると証明する第九の使徒、彼らのそうした見解は、使徒ゼストよりも先に、第七使徒が知るだろう。
――この時までに彼らは、『ハウンド・クラウン』を探しているであろう。使徒ゼストは、自身がゼスペリアそのものであると知らぬまま、彼らに助力しているはずだ。
――最初に使徒ゼストに向かい、ゼスペリアの青の瞳を持っていると伝えるのは異父弟である。彼らは互が異父兄弟である事をこの時は知らない。二人が異父兄弟である事を伝えるのは、ヴェスゼストの代理あるいは、紫色の薔薇を守り育てた叡智ある黒き闇の信徒である。仮に二人の父である紅き悪魔が伝えたならば、それは終末の刻を告げる時計の針が早まった証である。紫色のの薔薇の守護者達のいずれかが、この真実を伝える事を祈るばかりだ。
――なお、第二使徒たるヴェスゼストの末裔は、『ゼスペリアの銀の奇蹟』を目にし、是スペリアが宿りし使徒ゼストに気がつくが、それを使徒ゼストに対して伝える事はないであろう。
――結局の所、使徒ゼストは、最初から自身がゼスペリアそのものである事に気づいている。ただし、それを認めず受け入れていないだけである。その為、結果として、ゼスペリアを守護する花の飾りを付けし黒猫や番犬が黒き雪が舞い散る時、傅くまで理解しない。黒き雪は、黒き羽でもあり、それは使徒ゼストの決断の日の証である。
――オリハルコンの聖杯から溢れた葡萄酒が全ての青い果実と緑の果実を汚すだろう。
――知恵の木の実は失われ、偽ゼスペリアに選ばれし堕天使以外は、人語を僅かに口にできる家畜となる。
――大地は激しく揺れ、海の水は空へと上った後に都市を沈め、山々は火を噴き、世界は熱と中央の氷で大半が喪失する事となる。
――堕天使達は、多くの聖杯や葡萄酒の瓶をわり、世界には、病が蔓延するだろう。最初の兆候は風邪に似ているが、その後皮膚に淡い赤の湿疹が溢れ、肉が膿み腐り、血を眼窩と歯茎、口より流して、数多の者が死に絶えるであろう。
――三匹の獣が海や空、大地より現れる。それは、リヴァイアサン、ジズ、ベヒモスである。リヴァイアサンとベヒモスは一対の獣である。ジズは天空を支配する。海から現れしリヴァイアサンは、蛇の権化でもある。
――終末を阻止するためには、十二の使徒と、ゼスペリアそのものである使徒ゼストが揃い、花の首飾りをした黒猫と番犬が従うよう、そして彼らを守るよう紅き瞳の紫色の薔薇と、紫色の瞳の白き御使い、王冠と抱く事になる白百合、愛されし桃色の花が慈しんだ緑の若葉が命じなければならない。
――また、ゼスペリアそのものが従えるために、そして終末の到来を阻止するためには、主の契約の宝石を集めなければならない。それは、サファイア・アイスブルートパーズ・黒曜石・アメジスト・ルビー・エメラルド・ダイヤモンド・トパーズである。また、神聖なる銀・金・白金・朱金・緑金もまた必要である。そして、ゼスペリアの銀の奇蹟とゼスペリアの金の奇蹟、二色のメルクリウス、契約の鎖が四本、終末を知らせる円環、螺旋の翡翠、そしてなにより、クロウの聖刻印が無ければならない。
――偽ゼスペリアと対峙する時、使徒ゼストは、黒き衣のヨハネに与えられし布を再び纏うだろう。契約の聖刻が刺繍された紫色の薔薇の守護者の証を身に付け、双子の義兄弟の象徴である黒き仮面を首から回し、金の縁どりの聖なる騎士の装いで、黄金のゼスペリアの御印を身に付け、銀の月の賢者に与えられし花を飾りて、相対する事となるであろう。同時にその装いは、花の首飾りをした黒猫と番犬を鼓舞するゼスト・ゼスペリアの正装でもある。それこそが、本来の黒き法王の装いなのである。
――この時、ゼスペリアそのものである神の器が、偽ゼスペリアを選ぶならば、この装いは、闇の印となり、全ての花の首飾りをした黒猫と番犬もまた、闇の下僕となるであろう。
――偽ゼスペリアは、これまでに記した者達以外にも、多数の候補者がいる。実の所、偽ゼスペリアが誰であるかは、問題ではないのだ。偽ゼスペリアを選定する者達こそが、真実の敵である。旧世界においても終末を招こうとし、正しき道を歩んだ使徒ゼストにより人々は生き残り、現在の世界に至ったが、それでもまだ、その者達の教えを継ぐ、古き血脈の昏き使徒の修道会だ。彼らもまた、ゼスペリアを祀る者達であるが、別の側面で主を学ぶ。彼らは終末による神の完全なる顕現、主の休息の終焉、新たなるゼスペリアによる世界の創造を望んでいるのである。偽ゼスペリアはそのための象徴に過ぎず、彼らが重視するのは、我らにとっては闇に堕ちたゼスペリアとその血を継ぐ悪魔の神と絶望の神であるが、昏き修道会にとっては、それこそが真のゼスペリアの姿であり、救いの神の子と希望の神の子であると考えられているようだ。その観点を、黙示を記す上で、否定する事は、神の器たる己には出来ない。正しき側を判断するのは主であるゼスペリアであり、旧世界の後の安寧を求めたのは、ゼスペリアではなく、器でもなく、一人の使徒としてのゼストであるからである。また、この昏き修道会は、原初文明における月の信仰、月の叡智が広がる二日目、青き月を祀る三日目、月の青と叡智が混じった御代、五日目の月讀の系譜、そして六日目における使徒ゼストに宿りしゼスペリアの青を、創世の始まりから現在に至るまで常に継承してきた最古の信徒であり、主であるゼスペリアの全てを知る信徒であるとも言えるのだ。東方のゼルリアにあるゼスペリアの神殿は、元来は彼らが築いた物である。旧約聖書における全ての創世記は、ゼルリア地方に生きた彼らが伝えてきたものである。そしてその記述の通り、彼らにとって、ゼスペリアは唯一の存在だ。契約の子や神の器という概念はなく、人の血肉等持たない。それらは旧世界において不可された逸話に過ぎないのである。よって彼らが望む存在は、神の御業を得ているゼスペリアそのものではなく、『ゼスペリア自体』なのである。ゼスペリアは神であり、破壊と再生、創造を司る、全知全能の存在であるとされるのだ。終末の迫る頃、昏き修道会の系譜は、紫色の薔薇を育てる黒き衣のヨハネと欠番の第四使徒の司る円環の中に紛れている。あるいは、ヴェスゼストの信徒を名乗っているであろう。同時に銀色の舞い散る花弁の中にも宿っている。それは叡智の扇でもあり、安寧の世の全てに根を張り巡らせているとも言える。ゼスペリアによる終末の阻止、回避とは、器である使徒ゼストの御心を、十二の使徒が安寧の世の幸福を説く事と換言でき、だからこそ、十二の使徒を集めなければならないのである。
――不幸中の幸いなのは、昏き修道会の者達に、終末が迫る頃、ゼスペリアの神殿に関する情報が継承されず喪失している事であろう。これは旧世界において、ハーヴェスト・クロウ・レクイエムを響かせし旧約聖書におけるゼスペリアの代理、黒翼の月の御使いが、ゼルリアの地を庇護し、古より伝わる教えを潰えさせ、昏き修道会の記録を全て喪失させたからに他ならない。鴉羽讃歌が唱和される頃、旧世界に終末の鐘が鳴り響いた時には、既に聖地ゼルリアは、昏き修道会の手を離れ、本来の持ち主であるゼスペリアの血脈の庇護下に戻った。よって使徒ゼストの写し身は、十二の使徒の数人と自然と、あるいはゼスペリアの導きにより出会うまで、清貧ながらも健やかに育つであろう。一時、銀の月の賢者が住まう、黒翼の月の御使いの旧神殿にて過ごすのではあるが、ゼスペリアの神殿に戻った後、以後はそこに住まわれる。この聖地においては、花の首飾りをした黒猫と番犬達は牙をむかず、清貧なる老父達や暮らす虚空に属する闇の者も静まりて過ごすであろう。
「――使徒ゼストが、ゼスペリアの御心をもってして、終末を阻止する事を願う。使徒ゼストの黙示」
ゼクスは無事に唱え終わり、十字を切った。
老人を一瞥すると、何故なのか暗い瞳をしていた。
まぁ黙示録は恐ろしいことが書いてあるし、暗い気分や怖い気分になってもおかしくはない。そのわりに、この人物は、度々黙示録をリクエストしてくるのが謎ではあるが。
「ありがとう」
そう言って、老人は帰っていった。