【3】約束の日


 ゼクスが歩き出して三日ほどたった頃――宗教院付属のゼスペリア猊下執務院の医療室では、意識不明の法王猊下と、起き上がれないものの、なんとか意識を取り戻している舞洲猊下のそばに、アルト猊下が立っていた。

 室内には、アルト猊下の息子であるルクスとリクス、メルディ、ワイズ、エルトの各猊下、および甥であり孫のユクス、ラクス猊下、枢機卿議会の各メンバー、ならびに他の枢機卿や医療特別神父でもある闇猫達が集っていた。主治医となったザフィス神父の姿もある。ザフィスから様態の説明があった直後、枢機卿議会議長が言った。

「こうなれば、もう黙示の到来は疑いようもない。一刻も早く、救世主であるゼスペリア十九世をお決めください」

 その言葉に、アルト猊下が決意したような顔をした。

 実は本人の記憶では三日ほど、現実の時間経過では三十分程度だったが――アルト猊下は確かに数時間前、幼いゼクスに会い、そしてランバルトの青を渡していたのである。白昼夢とはいえない実感があったし、開かなかった箱が開いた事、さらに今はそれが空である事を理解していた。そこで決意して告げた。

「既にゼスペリア十九世は、生まれながらに僕と同じようにゼスペリア猊下であると定まっていたし、使徒ゼストの十字架も保持している。僕は彼にランバルトの青を渡した」

 丁度それは、『あの日』から二十年後のことだったのだ。

 そして既にアルト猊下には、鴉羽卿が襲われた報告も届いていたのである。
 アルト猊下は、一緒にいるらしいゼクスの身を案じていた。

 このアルト猊下の言葉に、枢機卿議会のメンバーは、息を飲んだあとざわついた。
 焦ったように、議長が続ける。

「その者はどこに? この中のいずれかの猊下ですか? それとも他に?」
「偽ゼスペリアの脅威が迫っているから、僕の口からはこれ以上は言えない」
「――では、それが虚偽ではない証明は?」
「僕が嘘をついているというの?」
「というよりも、アルト猊下が偽ゼスペリアに惑わされている可能性を、危惧をしているのです」
「そんなはずがないだろう」

 憤慨したアルト猊下は、議長を睨みつけた。
 その時、舞洲猊下が掠れた声で言った。

「僕も確認しています。既に正しくゼスペリアの器は生を受けています」

 アルト猊下はそれには驚いたが――知っていてもおかしくはないかもしれないとは思った。また、ザフィス医師は、中絶を『しなかった』のだから確実に知っているはずだ。しかし現在ザフィスは黙秘しているから、アルト猊下も黙っていることにした。

「ならば宗教院の総力をあげて、すぐに使徒ゼストの写し身であり救世主とされるゼスペリア十九世猊下の保護を」
「議長。言いたくはないけどこの宗教院内にもまた、偽ゼスペリアの手の者がいるから、僕は一人の父としてそれを認めることはできない」

 アルト猊下が子供に対して、父などと口にしたのはこれが初めての事だった。

「それでも宗教院は全力で保護します」

 そう口にし、議長を始め、枢機卿達は出て行った。残ったのは血族のみだ。
 ラクス猊下は流れを見守るためであったし、メルディ猊下は主張があったからだし、他の者は質問があったからだ。最初に口を開いたのはメルディ猊下だった。

「アルト猊下、今のは僕を守るための、口からの出まかせですよね? だって、使徒ゼストの写し身は僕です。早くランバルトの青と使徒ゼストの十字架を渡して下さい」
「違うよ。君じゃない」
「アルト猊下! いい加減にしてください! 僕は貴方についで二番目に多くの神の御業が使えるんです! それこそが証明です」
「そう思うなら勝手にすれば良い。出て行ってもらえるかな? もしメルディ猊下が写し身だというのであれば、使徒ゼスト自身から接触があるはずだ」

 この言葉に舌打ちし、冷たい瞳をしてメルディ猊下が退席した。
 他の者にも出て行くようにとアルト猊下は告げる。皆、何も言えなかった。


 ――その数十分後、病室の扉が開け放たれた。
 ハッとして振り返った時には敵のPKで、アルト猊下とザフィスは壁に叩きつけられていた。体調が悪いとは言えかつての最強の闇猫と、最強の黒色だ。直撃を受けたザフィスが範囲攻撃でほぼ全員を足止めし、アルト猊下が殲滅した。そこまでは良かったが、ザフィスはそのまま意識を落とし、アルト猊下はPSYを使いすぎたことで、内蔵を痛めて、膝をついて吐血した。


 その頃、宗教院内に戻ったゼスト家関係者は目を見開いていた。
 そこにいた聖職者の二分の一程度が口から血を流し、心臓破裂で死亡していたからだ。

 ――偽ゼスペリアを信仰しない者は、口から血を吐き、死に絶えるだろう。

 黙示録のそんな一節が人々の脳裏によぎった。
 リクス猊下が冷静に、その場を検証するようにと闇猫に告げた。
 他のメンバーは各々の住まいに急いだ。避難するためや、黙示録対処のためだ。

 ――彼らはアルト猊下達の身に起きた、ゼスペリア猊下執務院の異変には気づかなかった。だが、そちらの執務院にいた人々がすぐに発見し、適切な入院治療が開始されることになる。けれど、そのまま二人共、意識不明となったのだった。