【4】ギルド闇司祭議会と敵
さてゼクスはといえば、紫色のぼんやりとした明かりがある、迷路のような遺跡を、ひたすら言われた通りに、真っ直ぐに進んでいた。
食事は一度もしていない。元々疲れると食欲が失せるから、そちらはゼストに「少し食べなくていいの?」と言われるほどだった。
それよりも元々体力がなく、重さこそPK-Otherで消しているとは言え、大荷物を持っているから疲労困憊していて、ゼクスはとても眠かった。
しかしゼストが「寝てはダメだ」と繰り返すので、ゼクスは必死に歩いた。
実際にはそれは眠気ではない。体調が悪化していて病気の症状が出ているため、意識が不鮮明になっていたのだ。意識を落としたら最後、治療をしなければ二度と目を覚まさない可能性があったし、そうでなくとも追っ手に意識が無いところを襲われれば、いくらゼストでも守ることは出来ないのだ。
こうしてゼクスが歩いている頃、ギルドでは臨時の闇司祭議会が開かれていた。
総長は意識不明、そしてギルドで今最も力を持っている闇司祭議会議長のロードクロサイト議長は欠席、前総長であったレクスの曽祖父は既に没しているし、一時期は頻繁に出席していたザフィス神父は現在法王猊下のもとに居るという。
そんな中、闇司祭議会副議長のレクス伯爵が指揮を執り、会議は行われた。
レクスの左の中指には父が意識を落とす寸前で託した、ギルド側所有のメルクリウスの三重環――メルクリウス・アメジストが輝いている。
光を放っているのだから、どこかに契約の子がいるのも間違いはない。
レクスはそこで報告を聞いていた。
そこに――医療院へとラフ牧師が搬送されたとの報せが舞い込んできたのは、すぐの事だった。レクスは全身が冷えた気がした。ラフ牧師は――最下層にいたのだ。そうであるならば、
――兄上はどうなった?
――兄上が巻き込まれた可能性は?
――無事なのか?
しかし周囲は、レクスがハーヴェスト侯爵の身を案じているのだと判断したらしい。
「医療院の管理体制は万全です。派閥を超えた黒色および、ギルド所属の医師達が臨時で戻り、ハーヴェスト侯爵だけでなく英刻院閣下や華族匂宮の銀朱匂宮総取り様のお守りを致しております」
「そうか」
レクスは表面上は動揺を見せずに静かに頷いた。
「天才機関ジーニアスは、独自の完全ロステクおよび完全PSYの二つの兵器で、独自に防衛策を講じていたようであり、我々ですら侵入困難ですから、こちらも安全です。また少し気になるのは、天才学府の副学長室二つと最高学長室、ならびに地下の三階から五階までを万象院列院僧侶が完全に安全に保っていることです。現在は万象院本尊本院がわ周囲は、敵集団――昏き扇修道会に囲まれている様子なのですが、そちらに加勢するでもなく、万象院列院冠位を持つ腕が他の物半数以上はこちらから動きません。何らかの機密を守護している可能性もありますが、一見した限り、敷地護衛と同様、彼らは敵勢力が侵入しないように対応しているだけにしか見えません――とはいえ、今のところ院系譜は、あるいは猟犬よりも信頼のおける組織かもしれません」
どうでも良いと思いながらも、冷静な表情でレクスが頷いた時だった。
闇猫の面をつけ、黒色のローブを身につけている、両者に重複で参加している者が一名、宗教院とギルドの間に秘密裏に設置されていた転移装置で移動してきたのだ。
「レクス様、大変です。すでにハルベルト副議長が王都へと向かわれたので、先にこちらにご報告を。とにかく大変なのです」
「なにがあった?」
その緊迫した様子に、レクスが眉間に皺を寄せた。
「仔細はゼスト家関係者しか同席できなかった事もあり、私には分からないのですが、ゼスペリア十八世猊下が『使徒ゼストの十字架を持つ写し身にランバルトの青を譲渡済みであり、その者が生まれながらのゼスペリア十九世である』と断言なさったというのがまず一つです」
この言葉に議会メンバーの幾人かは息を飲んだ。しかし所詮それは宗教院内部の権力争いだから、ここにいる多くのメンバーの関心を惹くことではない。なにやら闇司祭議会の議長派であるもう一人の副議長が、宗教院関係者で、そこそこ高位の枢機卿らしいことのほうが、皆の関心を集めるのが常だ。なおそのロードクロサイト議長派のNo.2であるシルヴァニアライム闇枢機卿の姿も無い。
「そのお話は、法王猊下と配偶者猊下の――舞洲猊下の病室にて、アルト猊下とザフィス神父のもとで行われたとのことなのですが、退席してゼスト家の者達が宗教院へと戻ったところ――その時宗教院にいた聖職者は身分を問わず半数が、心破裂によるショック死と思しき状態で、口から血を吐いた状態で発見されたそうです。難を逃れた者達は、いま各地の教会や大聖堂、また闇猫の中でもっとも強いゼスト家直轄の部隊が守護しているゼスペリア猊下執務院付き医薬院に避難しているようです。が、ゼスト家の直轄隊長もまた、ゼスペリア十九世を捜索するとして王都へと向かったとの話であり、当時宗教院にいらした闇司祭議会議長も至急王都へとお戻りになっている最中のようなのですが、それが逆にテレポートを多用していらっしゃるご様子で、こちらからの報告ができないのです。議長がお出かけになってすぐに、我々残っていた者は、法王猊下達の病室もまた再襲撃にあったことに気づき、アルト猊下とザフィス様で応戦し敵の殲滅は叶ったのですが――……お二人もまた意識不明の状態となり、そちらへ入院しておられます」
その言葉にレクスは息を飲んだ。冷や汗が伝ってくる。レクスは指を組み机の上に乗せた。すると不意に、古参の闇司祭議会メンバーで、闇枢機卿の冠位にあるのに、議長職などには一切興味を示さず、中規模の派閥を維持し、密やかに研究を進めている者が口を開いた。
「無関係かも知れぬが、ひとつ気がかりなことがある。これは、当時その場にいたギルドメンバー、黒色、聖職者、闇猫、何も知らなかった学者連中、および――敵集団が表向きの身分を神父だの歴史研究家だのとして最下層へと押しかけてきた、約二十年前の記録なのだが――わしはその時、ザフィス様に奴らの怪しい動きを伝えに行った過程で偶発的にあるものを見た」
「あるもの?」
「ああ――その日は当時の宗教院枢機卿議会議長が『本日使徒ゼストの十字架が使徒ゼストの写し身の手に渡る』という夢を見たという話を、宗教院内部におった敵が漏らし、以前から敵がゼスペリア十九世の所在地として疑っていたのだろう最下層へ公的な理由をいくつもつけて押し寄せてきたのであると考えられる」
「最下層にゼスペリア猊下が? そんな馬鹿なことが――」
「レクス伯爵、その部分に関してはザフィス神父もいないとおっしゃっていたし、わしも関知していない。だが、最下層は間違いなく宗教院とギルドが位置を忘れてしまった古き聖地『ゼルリア』であり、あの日、ギルドとして神聖なものを挙げるならば、『パプテスマのイリス礼拝堂』ならびに『使徒ゼストの柩のありか』を、ザフィス神父と、それについていた、わしなどの黒色は確認した」
この言葉に、全員が驚愕して目を見開いたい。
「それをギルドに報告しなかったのは、ザフィス神父の指示ではない。内部に入る前に、その場にいた全員に使徒ゼストが『サイコメモリックESP音声だ』と本人が言った上で、『柩に関わった者の内、敵集団を生きて帰さない』と――こちらは『マインドクラックを起動させる』との声がしたのだ。使徒ゼストは『今も、そして今後もここにゼスペリアの器がいるとは限らないが、二度と入るな』と釘を刺した。亡くなった者達は――無関係で研究だと信じてきていた学者の中で医師免許のあった者の診断によると、PSY地層に『使徒ゼストの写し身を殺害する』と深き信念を抱いておったとのことだった」
全員が沈黙し、必死に耳を傾けた。
「その場で生き残ったのは、ゼストが言うには正しい信徒であったようだ。これは敵ではない程度の意味合いかも知れない。だが、学者達も含めての共通見解として、黙示録を長期予知された災害だと彼らは認定したし、以後、その救世主と思しき人間が存在する事実は、秘匿されると決定がなされた」
「秘匿……」
「そして後にこちらはザフィス神父より伺ったのだが、最高学府は元々万象院が起源であるから、王都内でまず一つ最高学府に、学府内の信用できる者と万象院列院武装僧侶による安全地帯を構築したという話だった。さらに万象院本尊本院にある敷地を安全地帯としてもう一つ確保、さらに匂宮にも安全敷地を確保したという。ゼストは、最高学府と――王宮は、自ずと安全な場所になると予測していったというが、念には念を入れて最高学府のみはザフィス様自らも手を加えたと聞く。天才機関や医療院はそうするまでもなく安全というのもあったからであろうが――ザフィス様が倒れたとなれば、今となってはこの事実を伝えられるのはわしのみであろう」
皆、思案しながら沈黙していた。レクスはゆっくりと瞬きをしている。
「そしてザフィス様もわしも、パプテスマのイリスの聖壇にあるべきはずの円環時計等が無かった事を確認した。ザフィス様は後に『使徒ゼストの十字架とともに契約の子が手にしているのを見た』と漏らしていた。またそもそもの話であるが、いきなりハーヴェスト=ロードクロサイト侯爵が孤児院を復活させたこと自体が、わしから見ると、契約の子の身を守るため、木の葉は森の中に隠せとやらではないかと考えている。他にも、鴉羽卿が自ら最下層にはおられた」
「――鴉羽卿は、契約の子を守り襲撃されたと? 既に――その、本物のゼスペリア十九世猊下は敵の手に?」
「いいや。レクス副議長、わしはそうは思わない。これまでに襲われたメンバーを考慮した時、それは黙示録に記載されていた、襲撃を予知されていた人々であるのは確かだが、襲撃順で行くならば、ハーヴェスト侯爵、法王猊下および舞洲猊下、英刻院閣下と銀朱匂宮、そして鴉羽卿、最後がアルト猊下とザフィス様である。ギルド議長と法王猊下、宰相、直近で使徒ゼストの夢を見た人物及び、自衛が万全であったはずのザフィス様以外は、出生の秘匿に関わったと確信された順に襲われているのだ。契約の子の所在を知っていそうな人物が狙われたのである」
彼は息を呑むと、目を細めてから続けた。
「王宮にいた銀朱匂宮は例外であろうし、最下層に長らくいた鴉羽卿に関しては、それを守護していたからというよりも――敵集団が、本格的に使徒ゼストの聖遺物類を狙ってきたからではないかとわしは考えている。偽ゼスペリアは使徒ゼストの聖遺物には触れることができないとあるが、敵集団全員がそうであるとは限らないし、おそらくは残存する過去の歴史知識、あるいは各遺跡や祭壇等に残されている可能性が高い品を狙ってきたのではないかと思う。鴉羽卿は、何かをご存知だったように思う」
レクスもそれは感じた。ハーヴェストクロウ大教会に関しての伝承はギルドにもあるし、鴉羽卿はそこの筆頭牧師だからである。
「避難予定地がこれだけあるのであるから、既にギルドにおける約束の子は、いずれかに保護秘匿されている可能性が高いとわしは思う。であるにも関わらず鴉羽卿が残っておいでだったのは、それらの遺物を守護するためだったのではないか? 仮にそうであるならば、鴉羽卿は、その知識をいずれかの者に継承していたはずである。そしてそれらはあの場にいた緑羽万象院、朱匂宮、ならびにザフィス神父もご存知ではあるように思うが、彼らが不在の今、他の人間にも伝えていた可能性がある――レクス様、貴方はある日よりザフィス神父から異父兄を突然紹介されたとのことだったな? 最下層の孤児だとして」
思わずレクスは目を見開いた。
「ザフィス様はわしが知る限り、一切の無駄な行為を行わない。そしてその柩を敵集団が暴こうとしたあの日、多くの孤児がそこにいた。あるいはその中の者が知識の継承をしている可能性をわしは強く推す。なお、柩の場所はハーヴェストクロウ大教会であり鴉羽卿自身が暮らし、おそらく守護していた。そして――イリスの聖壇は、ゼスペリア教会孤児院の地下に存在する」
「ならば、ゼクス兄上が危険かも知れない」
レクスが展開するよりも早く、他の議会メンバーが、最下層も含めて王都中を表示できるロステクモニターを展開した。そしてそこに映っているゼスペリア教会の内部を見て、思わずレクスは口元を手で押さえた。
まず映し出された一階部分。テーブルも椅子も壁も破壊されている。血痕こそないが、荒らされているのは誰がどう見でも明らかで、青い修道服を身にまとい、白い仮面をつけて金の扇を持った連中が階段を登り降りしている。
次に映し出された二階では、今ではゼクスのものとなっていた筆頭牧師室の抽斗が全て無理に開けられ、書類が床に散乱していた。戸棚の内部などを探されているし、次に写った寝室ではベッドなどがずたずたに切り裂かれ、ベッドサイドの照明など床に落ちて割れていた。
「直接確認に行く」
「待つのだレクス副議長――古のあの日、使徒ゼストの導きにより、捜索されたゼスペリア教会には誰の姿もなかった。客観的に考えても、この王都大聖堂の地下に作られし闇司祭議会が執り行われるギルドの要の場からでは最下層には間に合わぬ。せめて状況を確認するべきである。まだ兄上が知識継承者であると決まったわけではないが、もしそうであるならば、使徒ゼストの加護があるはずだ」
その言葉に、それが事実だと冷静に判断したから、レクスは座り直した。モニターを見ていくと、連中は礼拝堂をなんの信仰心も無いように破壊し、見つけ出した奥の階段から地下へと降りた。そして現れたゼルリア大神殿の礼拝堂跡地と思しき場所では――十字架を切ったものが多かった。敵は、そこは壊そうとしなかった。
「――ございません。オメガ様が予知された聖なる剣の首飾りや、癒しの羽の首飾りなどの一切が、どこにも」
「オメガ様の予知が外れるということはありえない。とすると、先方も中々頭が回るようだ。ハーヴェストクロウ大公爵は囮であったのだろう。予知によるとあの人物がいた際には、確実に聖遺物があったようなのだからな。本当に管理していた人物が持って逃げたとしか考えられない。そしてそれは大公爵が伏してからだ。他の聖職者連中は?」
「既に医療院にいる者以外は殺害済みです。ならびに医療院にはその関連の聖遺物は一つもございません」
「ならば残っていた者――この教会の管理者が持って逃げたのだろうな。意味すら理解しているか怪しい無能な本来人権すらない孤児とはいえ、仮にもハーヴェストの縁者。血は引かずとも、所持する程度は可能であろう。行くぞ」
兄の名前が直接的に出たものだから、レクスは息苦しくなった。それもこれまで汚れた血などと呼んできたが、それは本意ではない。またハーヴェストの縁者である事こそが理由で、ゼクスはこんな目にあっている可能性が高いのだ。汚れているのは、ハーヴェストの側だ。
兄の無事を祈りながら見守っていると、彼らは地下二階へ降りた。
そして広がったギルドにおける一つの聖地の姿に、別の意味で闇司祭議会のメンバーは驚愕した。先ほど闇枢機卿が言った通り、そこには紫色の使徒の、聖なる礼拝堂があったのだ。青い修道服の集団は幸いにもこちらも破壊せず、家探しを始めた。
「こちらにもやはり、ルシフェリアの懐中時計、金のアメジストの薔薇が咲く懐中時計がありません。ならびに、イリスの残したとされる黒き十字架も」
ギルドにおいても伝説とされる品々の名称に、モニターで見ていた人々は戦慄した。残存していたことにもまず驚いたが、仮にそれら全てを手にして逃げた人物が居るとするならば――……膨大な力を持っているはずである。本来一つに触れることすら不可能な遺物なのだ。
その時、敵集団の代表らしき三名の内の一人が溜息をついた。
彼ら三名の仮面にのみ、金の模様が入っていて、修道服にも金箔が散りばめられている。
「知識継承者の他に、保持が可能な力をもつ協力者がいる可能性が高いな。そして上と違ってこちらは、ゼストを殺害したとされる――ルシフェリアおよび誘惑したとされる大淫婦を祀る場所だ。聖職者であるとは考えられない。いくら無能な聖職者とて、それらの保持をするとは思えない。手に触れることすらないだろう。だが、ギルドの知識のみ継承していなかったとも思えない――だとするならば、ルシフェリアの血族も共にいて保護していた可能性がある。サディア様の予知通り、『使徒ゼストの写し身』は『使徒イリスとゼストの子息であり、異父姉弟であったルシフェリアの血も引く』という状況なのだろう。宗教院にとってもギルドにとっても、双方の伝承に伝わる『契約の子』は、同一条件を満たしている。それを知っていたからこそ、ここの牧師も協力したのだろう。そうであるならばその牧師、生きて捕らえて、何を持ってしても、知る事柄全てを吐かせなければならない。殺さず捕えよ」
「承知致しました」
その言葉にギルドで見ていた人々は目を見開いた。それを考えたことは一度も無かったのだ。これが事実だとするならば、ゼスト家とハーヴェスト家の血をひく人物が救世主ということになる。それからモニターは、不意に院系譜の寺院のような場所を映し出し、ここでも家探しが始まった。
「認められた列院総代に継承されるとされる袈裟も、錫杖も当然のごとく姿が見えません。それどころか、オメガ様が捨て置いて良いといった、弥勒の数珠が山のように入った箱すらございません」
「現在の総代は?」
「高砂中宮家当主と聞いていますが、最高学府から橘大公爵とともに最下層に来て、そこで研究所を作り、地下の廃棄都市遺跡から発掘した完全ロステク兵器の研究をしているそうですが、武力があるなどという話は一切聞いておりません」
「だとしても偶然最下層にいたと考えるのは危なき事であるし、もしもこれらが事前に回収されていなければ、譲渡のために直接接触があるはずだ。所在は?」
「――王宮です」
「やっかいだな。それに関してはアキュス様と相談するしかない」
高砂の名前に、どこか不抜けた当人を知るレクスは複雑な気分になった。
しかし敵集団にとって、王宮がやっかいな場所であると分かったのは成果だ。
続いて彼らは下に向かったが、明らかに上位の三名以外は階段で足を止めた。
だが、三名は堂々と入っていった。闇枢機卿が「朱匂宮様しか当時は入れなかった」とボソリと口にした。そこでも彼らは家探しをした。そして全員が仮面越しに溜息をついた気配がした。
「闇の月宮の打掛もなければ、三種の神器の起動冠、メンタルコントロールと指揮をするそれぞれの二つの冠もない。各種の扇も一つもない。どころか青照大御神の鏡――こちらの大鏡よりも『本物』といえる品々まで消えている。我ら三名が入るのがやっとだというのだから、我々とて見つけ出しても手にすることができたかすら怪しいのだが……とすると匂宮あるいは美晴宮、ロードクロサイトの関係者もまた加わっている可能性が高いな。そうでなければ見ることすらできない可能性がある」
「ザフィスがいない以上、今その血をもっとも強くひくのはハーヴェスト侯爵です。ですが、こちらも伏しているのですから、時東修司以外考えられませんが、あの者も王宮です」
「そもそも時東を、タイムクロックイーストヘブン=ロードクロサイトの人間を一人でも生かしておいたのが間違いだ。それは榎波男爵家の二名の兄弟に関しても言えることではあるが――華族敷地側にあった神器の起動アイテムは全て潰してあるのか?」
「美晴宮と橘宮の所持する品は、現当主が秘匿しているため、手出しが困難ですが、逆に王都へと持ち出されることはありえないので、三種の神器の使用者の手にそちらから渡ることはないでしょう。唯一の英刻院の保持物に関しては――英刻院家には存在しませんでしたし華族敷地側の刻洲中宮家のも一切。これも王宮に秘匿されているのではないかと。そしてそちらに、もう一つの指揮用の冠もあると考えられます。ただし英刻院藍洲が伏している今、唯一使用可能な英刻院琉衣洲が継承している様子はなく、ならびに使用法も知らないでしょうから問題はないのでは?」
「念には念を入れて潰せ。英刻院琉衣洲に関しては殺害して構わない。時東修司も早急に殺害しろ。念のため、高砂祐介も」
「承知致しました――ですが、王宮は防衛体制が拳固であり……」
「それに関しては、オメガ様とサディア様とも相談し、青き扇議会にて相談をしてから追って指示を出すが、殺害するのだということを常に念頭に置くように」
「はい、アクア様」
「では全員銀の逆十字架を握れ」
一番偉いのか、他二名は黙っているため唯一指示を飛ばしている人物に従い、階段前にいた集団が胸の十字架を握った。するとモニター越しにも異常なPSY波動が感知できた。これは――なみの枢機卿のレベルなどゆうに超えた異質なPSY-Otherだった。青と緑の複合色で構成されていて――逆にPKとESPが非分類混合状態となっている。通常ではありえないPSY円環構成だが、そこを通して流れた力により、全員が室内へと入ることが可能になった様子だった。
そして彼らは横穴を見つけた。
迷わずそちらへと進んでいく。周囲はモニターから伝わってくる神聖な気配に気づくと指を組んでいた。彼らはそれから、使徒ゼストの柩の在り処に辿り着いた。ギルドの面々は驚愕の瞳をした。だが、アクアと呼ばれたリーダーの一人は何のためらいもなく柩を開ける。
そこには青と緑と紫の宝石がついた、黒い腕輪が十三個並んでいた。
さらに中央には、尖端が丸く、下に行くにつれて細くなる杖がある。
「アクア様、これがオメガ様が予知された、東方ヴェスゼスト派や万象院、闇の月宮が語る背徳的な偽りの神に対抗するための『昏き永久の使徒の証』と『聖闇の杖』ではないのですか……旧世界を救おうとして偽の青き光たる『ゼスト=リオ・ハーヴェスト=ロードクロサイト』により真の救世主であらせられた『ロード・リスティリア暗黒卿』が奪われて封印されたという……」
「――その可能性は非常に高いし、オメガ様の予知は外れん。しかし、だ。ここまでの他の遺物の全てが持ち去られているのにこれだけ残っているのはなぜだ? 本来使徒ゼストの十字架もここにあったと二十年前に予知されたが、それは持ち去られている……これらは我々に下げ渡しても良いから、囮としてここに取り置き、他の重要物および知識継承者を逃がしたと考えるべきなのかもしれないな」
そうは言いつつも、アクア様とやらは指示を出し、彼らが持参していた豪奢な黒い箱にそれらを収めた。その時、別の一名がエレベーターに気付いた。技術に驚きながらも、彼らが下へと下る。するとそこには、いつかゼクスが三冊の本を手にした執務室のような場所へが広がっていた。書庫の捜索を皆が開始する。
「小説ばかりです」
「――重要なサイコメモリック活字がある気配もない。本来の牧師室といったところだろうし、本当に必要な書物があったとすれば既に持ち去られているだろう。ならば、それを入手する過程でここを通った可能性はある――だが、こちら側には……もう地下はESP探知する限り存在しない。先ほどの部屋の四階の下にはそれがあった。やはりこちらは時間稼ぎだったのだろう」
本当は地下への階段や大聖堂があるのだが、それは使徒ゼストおよびゼスト血統を持たなければ視認できないため、彼らが気づく事は無かった。そして一行は引き返した。今度は十字架を握っているおかげで、全員が室内に入ることができた。
そして地下へと向かったのだが、そこには白い石膏像による十二使徒や御使いの彫像、油絵などがあるばかりで、どう見ても美術館だった。
「アクア様、これは……オメガ様の予知ではロステク兵器類があると……」
「おそらく血脈ロックがかかっている。この色相は緑羽万象院に等しい。つまり緑羽万象院本人あるいはその直系長男、孫ひ孫、そういった人物が加担していたと考えるか、ここもまた囮、あるいは知識継承者達も手出しできずに通り過ぎたと考えるしかないだろう」
「――鴉羽卿は緑羽万象院および朱匂宮の次男だと聞きます。ならば、その兄が紛れていたのでは?」
「ありえるな。次へ行くぞ」
こうして彼らがさらに下へと降りると、今度は音楽がなり響いていた。
「こちらは朱匂宮の血脈ロックらしい。おそらくはその兄という人物――あるいはその者の子息か孫が関わっているのだ。そうであれば上階もこちらも持って逃げられたはずであるし、聖遺物よりもよほど具体的に、黙示録とやつらが呼ぶ『救済』の妨げになる。ここには失われしPSY融合兵器類があったとオメガ様は予知なさったのだからな。ここだけはなんとしても全てを奪取せよとの仰せだった。所在地がすぐに分かったのは良かったが――内容物が持ち去られているとはな。その予知は無かった。なのだから先方にはオメガ様に匹敵する予知能力者がいるということになる。その者もまた特定し、殺害しなければならないだろう」
その後、彼らはエレベーターを見つけて乗り込んだ。柩側もそうだったが、ボタンは存在せず、勝手に稼働している。しかし難解な建築物であるし、彼らはそういうものなのだろうとしか思わなかった。そして彼らは――地上に出た。
地下の廃棄都市遺跡に下ろされたゼクスとは全く逆の場所だ。そこは最下層を出てすぐの、一般階層下層にある教会の礼拝堂の壁に通じており、ここには常駐聖職者は一人もいない。歩いてきた位置的に、ここに出た事に疑問を持つ者はいなかった。
「――とすると、ここを出て王都に逃げた可能性が高い。特に緑羽万象院と朱匂宮の長子である鴉羽卿の兄が関わっているとするならば、警戒も厳重になされているだろうし、最高学府に向かった可能性が高いだろう。王都中の捜索と共に、そちらへ迎え。また、王宮において、神器関係者および高砂と時東には、絶対に知識継承者達を会わせないように徹底しろ。またそれが契約の子であるのか知識継承者であるのか両方なのかは不明だが、病気を持つ者がいるのも確かだから、医療院の監視も怠るな。医療院に関しては武力行使が黒色の妨害で不可能だとしても、医薬品や投薬、治療の監視は可能だ」
こうして指示が飛ぶとすぐに、青い修道服の集団は、まるで黒色や闇猫、黒咲のように瞬時にその場から姿を消した。
これらを見ていたギルドメンバー達は、医療院と最高学府へこの危機を通達しに出かけた。表でそちらに所属している人々がそれを担当した。また黒色の三分の一程が、敵集団より先にゼクス達を見つけ出すべく王都へ出た。残りの三分の一は王宮の周辺へ向かった。
そして残った議会メンバーは、敵集団である『昏き扇修道会』には、『青き扇議会』という組織が存在すること、ならびに『ロード・リスティリア暗黒卿』という名の、こちらでいう使徒ゼスト相当の人物がいて、旧世界滅亡時にゼストが敵対した相手であると考えられること、さらに『昏き永久の使徒の証』という青と緑と紫の三色の宝石がついた黒い腕輪が十三個存在し、流れ的にこれは十二使徒のような存在の遺物ではないのかという推測、なにより『聖闇の杖』というのはその暗黒卿の聖遺物のような象徴ではないのかという話し合いがなされた。
同時に分かっているだけで、予知能力者であるらしい『オメガ』および本日指揮していた『アクア』と、相談すると言っていた『サディア』『アキュス』という人物がいて、無言の二名とアクアは現場に来て指揮をしていたのだから中間管理職的な位置――だが議会には呼ばれる階級、『様』と呼ばれていたオメガとサディアおよびアキュスはさらに上級の存在だろうと整理がなされた。
ならびに、青と緑の複合Otherと、非分類様相になってしまっているPKとESPの混合状態の円環は奇妙であったし、その力を使うとゼストの柩にまで歩み寄れるという驚愕の事実の記録がなされた。
また万象院や匂宮の血脈ロックであると即座に悟ったり、エレベーターに驚かなかったことから、PSYロステク関連の知識も相当有しているし、その他のこちら側ですら全貌を把握できていない血脈関係などにも詳しいことがよく理解できた。
ただし唯一の救いとして、彼らも未だ、『ゼスペリアの器』が誰なのか分かっていない事が分かった。それは自分達も同じだが、まだ彼らの手に救世主は落ちていない。なんとしても守り抜かなければならない。この件に関しては派閥を超えて一致した。
そして会議が終了した。
会議の間、レクスは冷静に話していたが、胸中ではずっとゼクスについて考えていた。
一人になり、指を組んで額につけた。
その時、ふと手首につけている銀のチェーンを見た。
ルビーと黒曜石がはまった腕輪だ。
お守りだと言って渡したが――そうだ、これは居場所を特定できるのだ。
それを今もゼクスが身につけている保証はなかったが、腕から外し、ロステクモニターで地図を展開し、その上に先端を垂らす。するとまずルビーが輝いた。これは生存を示す。
続いて回転した鎖の先の黒曜石が――ハーヴェスト侯爵家をさした。
レクスは眉をひそめた。
王都を逃げているらしいのだから、レクスの自宅の近隣にいる可能性がゼロではないが、仮にも侯爵家である。貴族の住居街にあるため、最下層の牧師ならば、事情を知らない限り、例え瀕死の重傷状態であっても、住宅街を警備している騎士が、敷地に入るのを止めるだろう。そうでなくとも襲撃にあって以降、ハーヴェスト侯爵家の周囲には、黒色が多数待機している。
どころか、先程の会議内容すら遠隔にて共有把握をしていた人間が多いのだ。だが、そちらが保護したというような連絡もない。眉間に皺を刻み、腕輪を再度身につけながら、レクスは目を閉じた。熟考してみる。
敵が来たのは本日らしいが――ラフ牧師が襲撃されたのは、三日以上前である。つまり最長でその期間、避難を続けている可能性がある。そして許可書を保持していない兄が、PSYテレポート装置等を使用できるとは思えないため、徒歩と仮定する。無論それらの装置で、いずれかの公共機関や安全地に避難しているならばそれはそれで良い。
今回は徒歩の想定だというだけだ。
柩の部屋側のエレベーターは下に向かった。
そして敵集団が最後に乗ったエレベーターは上に向かった。
どちらも自動で起動していたが、本来エレベーターとはPSYで階数操作をする代物であるはずだ。だがやつらがそうしたようには見えなかった。ならば事前に誰かが指定していたと考えられる。
――もしもあのエレベーターで、地下へ逃れたとしたならば?
最下層の地下には廃棄都市遺跡が迷宮のように広がっている。
そしてその一部は王都の地下にも広がっているし――少なとも貴族敷地のハーヴェスト侯爵家の地下には遺跡とつながる扉があったはずだ。ガチ勢連中が貴族敷地に忍び込む経路の一つであるのだから、最下層に長らく暮らしている兄が知っていてもおかしくはない。
使徒ゼストのお導きなどというのは、どちらかといえば非現実的ではあるが、兄がハーヴェストの関係者として知識保持をしていて逃亡するとしたら、地下を経路に選ぶ可能性は非常に高い。
目を開けて、再びロステクモニターを見る。
そこにギルドが把握している王都内地下の遺跡の地図を重ねて表示させた。
そしてゼスペリア教会の真下を見れば、斜めに一直線の遺跡通路があった。遺跡のほとんどは入り組んでいるのだが、ここだけは直線だ。さらにはその直線は貴族敷地の、まさにハーヴェスト侯爵家の地下付近を通っている。
もっと先にも抜けられるらしい。それはともかく、ハーヴェスト侯爵家の地下の、ごくそばを通っているのは事実だ。モニターを消失させて、レクスは立ち上がった。
「レクス様、どちらへ?」
「――一度、侯爵家に戻る」
それだけ告げて、レクスは転移装置で直接侯爵家へと戻った。
地下への階段を降りる。
地下一階は父の研究所、地下二階は古文書置き場。
ここまでしか最近は入ったことはなかったが、地下三階にザフィスの研究室があることをレクスは知っていた。父に連れられて通るために一度、さらには一度いたずらで入ったことがある。その時同様、室内は漆黒の闇に包まれていて、青空のようなロステクモニターが浮かんでいたり、奥に冷蔵庫のようなものが見えた。
だが今はそれを覗いている気分でもないため、ESPサーチをして階下に降りる階段を見つけ、壁の隠し扉を押した。下へと向かう。そして階数で言うならば二階分ほどの螺旋階段を下り、過去に一度だけ父に連れられて入ったことがあるルシフェリアの礼拝堂へと降りた。階段から見て右手奥に、巨大な逆十字架があり、その左右には巨大な燭台がある。
白い大理石の祭壇があり、それを横から見守るように、聖父像、イリスの像が配置されている。中央には豪奢な横長のソファが二つ、その間には丸い楕円のテーブルがある。そして空間を開けて左側に、何故なのかそれのみ簡素な木製の扉があるのだ。
この先が地下遺跡に繋がっているはずだと判断した。
レクスはそちらを一瞥する。無意識に、ポケットの中に入れっぱなしだった聖書に触れていた。英刻院閣下から先日貰ったものだ。父が襲撃されたからだろう。
――扉が開いたのはその時だった。