【6】低体温


 冷蔵庫には、ゼクスの言っていた通り、二段目と三段目にZXと記載された箱と、説明書きがついた箱があった。そして四段目に入っていた注射器類と、冷蔵庫の隣にあった点滴台を二つ持って、レクスはすぐに戻った。

 ギルドで学ぶから、点滴の仕方くらいはレクスも知っている。
 ゼクスの左腕の袖をまくり、まずは関節の内側に注射針を刺した。
 きちんとゴムのチューブで押さえた。

 それから針を四足の器具に接続し、点滴台の一つ目をきちんと立たせて、ZXの方にあった点滴四種類をそれぞれぶら下げた。器具にチューブでつなぐ。内容物について気になったが、それを精査している場合でないのは明らかだった。後回しにする。

 続いて、左手の甲に注射針を刺した。この時には既にゼクスの意識は無くなっていた。そちらには五足の器具を装着する。そして二つ目の点滴台もまたしっかりと立てた。

 説明書を見れば、鎮痛剤・睡眠補助剤・栄養剤・脱水防止生理用食塩水・生体輸血用血液の稀血O型マイナスとある。『意識を失うほどの場合は、全て使え』と書いてあったし、仮に不要物であったとしても有害ということはないだろうからと、問答無用ですべて点滴を開始した。

 こうして計八つもの点滴が並んだ。
 注射針等を亜空間消失させ、レクスは、ゼクスの腕をきちんとソファに乗せた。
 幸い巨大なソファだから、並みのベッドよりも大きい。

 そしてこちらは黒色の装備であるのだが、体温計を取り出し、耳で測ってみる。
 ――32度。ありえない低体温だ。
 すぐに生体モニターを起動する。これも黒色の緊急時の医療処置用の品である。

 それらを展開しながら、もう初夏であるが毛布を出現させてゼクスにかけた。
 対面の席に座り、自分の分のアイスティのグラスを出現させ、PK浮遊させつつ中を満たしながら、深々と背をソファに預ける。一息ついた。

 すぐに体調に気づけなかった自分を少し悔やんだが、相応に有益な情報を聞くことができた事実には満足していた。

 指でモニターを横へと動かし、一時的に視界から外した。落ち着きたかった。アイスティのストローを銜える。その後、旅行道具にしかみえない神具や聖遺物の山を見た。

 ――あれを……一人で全て運んできた?

 無論重量の問題などではない。
 もし本当に運んできたのならば、単純な教会地下の祭壇や遺跡管理をする知識継承者というだけでなく、遺跡を管理するに値する、それなりのPSY-Other等を兄は持っているのだろうと思った。

 喉を癒してそう考えつつ、落ち着いてきたので、まずは体調面を確認する意図をもって、レクスはようやく生体モニターを見た。そして、様々な意味で目を疑った。

 黒色の医療用生体モニターには、各種数値だけでなく、自動診断結果も表示される。

 病名は『特異型PSY-Other過剰症』である。これは『Other非分類』であれば、PSYの持ち主には比較的多い病で、PSYを持たない人間というのは実は存在せず、PSYの存在を知らない、使用できない程度しか力を持たないだけの一般国民を含めて数えるならば数百万人以上いるとされる疾患だ。病弱だと言われる人々の大半はこれの可能性がある。

 その中で、聖職者はPSYを保持している事が多く、宗教院も体調管理をしているので、日常的に最下層でも検査が行われているのかは不明だが、ザフィス神父のようなプロがいるのだから病気に気づいてもおかしいことではない。

 そしてゼクスがこの病気であること自体は、レクスも聞いていた。
 しかし『非分類』だと思っていた。
 ただしそれが少し重いために、点滴等が必要な場合があるのだろうと判断していた。

 時折少し悪化する事もあるし、祝詞を読むなどでOtherを用いることが多い聖職者には、非分類Otherであっても、点滴を必要とするような者がいる。別に珍しいことではなかった。その場合であっても、PKやESPの過剰症もしくは欠乏症のほうが重いのは間違いない。その程度の認識だった。

 しかし『非分類』ではなく、その代わりに横に『特殊分類S』と表示されている。
 特殊分類というのは、Otherが『単体』あるいは『複合二色』を指す。
 純粋な色相であっても三色以上の複合色からは、この病気の診断時は非分類となる。

 PSY-Otherとしてであれば、複合五色程度までは貴重な代物であるし、逆にロードクロサイトの虹色色相などのように複数色でも有名な場合はある。

 ――『S』だ。これは、『黒』『青』『黄』『紫』『無色透明』のいずれかを指す。
 黒は虹色色相の通常時の色彩である。
 紫もそれに準じるが、紫の場合は、虹色よりも紫が優先で力を放つ。

 ここまでであれば、黒がロードクロサイト、無色透明が花王院王族にしか出現しない点を除けば、青系統、黄色系統、紫系統であると判断すれば良い。

 だがその横にはっきりと『絶対補色・青単体』と書いてあり『生体含有率100パーセント』と書いてある。レクスは凍りつきそうになった。

 まず、PSY円環とは、円があり、中央に直線を引いた場合、右側がESPとPKとなる。そして左半分がOtherである。多くの場合は、これはESPにもPKにも分類が不可能だからOtherであり非分類が多いのだ。

 その中で、時折分類できるものが青系統等として存在する。
 そして今回『単体』とあるが、それは特定可能な、分類できる色相が単体で一つ存在するという意味である。

 その上で、残りの半円部分を最高100パーセントまでの数値で換算し、分類可能な色相がどれほど含有されているかを測定するのだが、30パーセントもあれば『大量』とされるのだ。100パーセントなどというのは、基本的には理論上の数値なのだ。

 そしてなにより『絶対補色・青』だ。

 これは、ゼスト家のみが保持する『ゼスペリアの青』の科学的名称なのだ。
 つまりゼクスのPSY-Otherはゼスペリアの青が100パーセントで構成されているという結果が出ているのだ。これは、歴代随一と言われるゼスペリア十八世のゼスペリアの青87パーセントよりも多いということであるし、十七世だった現法王猊下の65パーセントも大きく上回っている。二人共記録開始以降の数値を塗り替えてきたのだが、それ以上ということなのだ。この二人でさえ、残りの部分は非分類だ。他の後継者争いをしている面々がいくら高いとしても――ゼクスは100パーセントである。これ以上の上はない。非分類部分が存在していない。

 では、ESPとPKはどうなのか?
 通常はどちらかの配分が多いのだが、ゼクスは完全に等分されている。

 その上、『絶対原色・緑(ESP)』と『絶対原色・赤(PK)』と表示されている。

 このどちらも、緑羽万象院の直系長男および朱匂宮と呼ばれる匂宮本家の直系長男にしか出現しない色彩だ。そして、それらが完全に均等の状態だ。これこそが古来『鴉羽の血』と呼ばれた配分であり、『白から黒まで』を完璧に作り出すことが可能な『灰色』を生み出せるから、『鴉羽』と呼ばれるのだ。

 ロードクロサイトのOtherの虹が全補色の保持を示す事に似ている。鴉羽の血は、ありとあらゆるESPとPKの配合を生み出す事が可能である。そしてこちらは、ゼスペリアの青よりも厳格に、原色は直系長男にしか出現しないことで有名なのだ。

 さらにPSY血核球とPSY血小板。
 『混雑型PSY血核球』と『統一ゼクサ型PSY血小板』と表示されている。
 前者はハーヴェスト、後者はロードクロサイト血統のみが保持する特殊因子だ。

 これはレクスも保持している。父もであるし、確実に祖父のザフィスからの遺伝で、曽祖父がダグラス・ハーヴェストとゼルス・ロードクロサイトだったからだ。そしてこれを保持しているということは――ゼクスは配偶者側の兄ではないということだ。つまり、ハーヴェスト側の兄であるとしか考えられない。さらにゼクスの生体血液型は『稀血のO型マイナス』である。これはハーヴェストの曽祖父と同一であるとギルドの記録で見た覚えがあったし、基本的に遺伝が多い。

 そうである以上、疑いようもなく、ゼクスは自分の父側の異父兄弟なのだ。
 そして――この混雑型PSY血核球の本来の特質は『あらゆる色相の共存』である。
 これを所持しているからこそ、ゼスペリアの青と、鴉羽の赤および緑が両立可能なのだ。

 さらに、虹色Otherをも可能にするロードクロサイト由来のPSY血小板を持っているのだが、これは『全ての力を正しく使える』という代物である。共存しているだけで奇跡であるのだが、各PK-ESP-Otherを全て使えるということなのだ。

 さらにそれらの潜在数値を見て、レクスは目を細めた。
 PK推定10000以上測定不能、ESP推定10000以上測定不能、Other推定10000以上測定不能――総合PSY値推定10000以上測定不能。こんなものは、王国一だ。

 そこでふと思い出した。

 ZXという孤児がこの記録を出したというのは、ギルドの情報にもあったのだ。そして、ゼクスの治療薬の箱にもZXと書いてあったではないか。操作し、推定IQも表示させる。論理・数理・総合のすべてがIQ推定3000以上測定不能、これもまたZXの記録と同一だ。

 同時に表示させた各種技能の予測値を確認するが、『天才認定』と表示された。間違いなくZXと同じだ。レクスは冷や汗をかいた。

 ロードクロサイトの総合、ハーヴェストの数理、そして――仮にアルト猊下の血を引くならば、そちら側のソフトなる英刻院舞洲猊下の英刻院は論理の高IQ家であるし遺伝していても不思議はない。そして高IQとPSY値は比例する。

 また天才技能は万象院と匂宮が有名だ。
 特に身体表現性の才能に長けているとされている。
 視線の動きや声などだ。

 言われてみれば、ゼクスの微笑や穏やかな声を聞くと、不思議と落ち着くこともある。思い返せば祝詞を耳にした時は、下手な大聖堂の高位聖職者のそれよりは神聖に思えることだってあった。兄弟であるしゼクスは容姿がずば抜けているからそう感じるだけかとも思っていたのだが、きっとそうでは無かったのだ。

 そして貴族の華と呼ばれる英刻院とハーヴェストの血、華族随一と言われる匂宮の血を引いているのならば、外見才能と呼ばれる美貌を持っていても不思議では全くない。

 ――だが……そのような馬鹿げたことはあるのだろうか?