【7】救世主の血



 モニターの不備を疑うが、異常はない。
 もう一つモニターを出現させて、現在点滴中の薬液内容のチェックを行う。
 ゼスペリアの青過剰である場合、絶対補完補色の黄色と紫、俗に『英刻院の完全黄金』と『美晴宮の絶対紫』と呼ばれるもので、過剰な青を抑える事になる。

 戦慄しながらOtherへの対応薬液の内容成分を見た。

 まさに『絶対補完補色・黄色単体』および『絶対補完補色・紫単体』と記載されていた。
 青の補色が黄色であり、その補助補色が紫なのだ。
 絶対補完補色は、この黄色と紫と、王家の無色透明のみだ。

 さらにOther対応時には、元々持っていたPKとESPの保護のため、同色の色相の輸血をする事になる。これらは、絶対原色以外であれば、人工生成が可能だ。しかし絶対原色は不可能だ。そして――『PK補完用・絶対原色・赤単体』と『ESP補完用・絶対原色・緑単体』とはっきり記載された。わざわざ単体とついている。こちらも100パーセントの原色で確定なのだ。

 レクスは腕を組んだ。そして考えた。まずは一人のギルドの人間として。
 それはあるいは探究心でもある。ギルドの者は、全てが持っている。

 ゼクスは、即ち自分の兄は、ゼスト・ゼスペリア血統でありハーヴェスト血統でありロードクロサイト血統であり万象院血統であり匂宮血統なのだ。全て学術書に出てくる有名で貴重な血統だ。さらにそれぞれの直系長子である可能性が高く、後者三つは確定なのだ。

 とすると、ゼスペリア十九世でありランバルト大公爵でありハーヴェスト次期侯爵でありロードクロサイト旧皇帝末裔であり、緑羽万象院であり朱匂宮なのである。さらにザフィスの配偶者は鴉羽卿であるから、鴉羽卿でもあるし、ハーヴェストクロウ大公爵孫でもあり、ロードクロサイトは王家の分家なのだから、王位継承権もある上、法王猊下の配偶者猊下は英刻院出自であるから英刻院関連伯爵でもあるということなのだ。

 そしてゼスペリア十九世猊下とは『使徒ゼストの写し身』と呼ばれる『救世主』であり、緑羽万象院には『青き弥勒の再来』と呼ばれる『救世主』が生まれ、朱匂宮には『闇の月宮』と呼ばれる『青照大御神を宿す者』――こちらも『救世主』が出現するとされている。

 現在は、ゼスペリア教徒が多いから王宮においても『黙示録』と呼ばれているが、院系譜や華族はそれぞれの『終末伝承』に照らし合わせて考えていて、彼らもまたそれらに記載されている通りの事態が発生していると考えている。

 なのだから、ゼスペリアの器以外の救世主もまた当然存在すると考えているようで、そちらをむしろ探している様子であったし、なにより敵集団ですら、『万象院』や『匂宮』の名前も出していた。もしもこの事態――黙示録や終末が同一であるように『救世主も同一の存在』であるとするならば……?

 それは、救世主は、血統構成的に、目の前にいるゼクス以外ありえない。

 ゼスト・ゼスペリアで緑羽万象院で朱匂宮で――ギルドに救世主として伝わる契約の子、イリスとゼストの子でルシフェリアの血を引く者――それはハーヴェストの血を引く者なのだから、ゼクスは完璧にすべての条件を満たしているのだ。

 ならば、なぜ秘匿された? 危険だからか?

 そう考えてレクスは思い出した。ゼストとイリスの血が交わる時、それは黙示録の予兆だという宗教院とギルドに共通して伝わる暗黙の了解を。さらに、緑羽と朱匂宮から鴉羽が生まれるのは終末の兆しだと聞いたことがある。

 だがそれらは、黙示録を促すというよりも、それらの血を持つ救世主の誕生の予知ではないのか? レクスは、くしくも嘗て緑羽が導出してザフィスに語った事と同じ答えを出した。

 血の交わりがなされた時に黙示録が発生するのではない。
 逆に黙示録が発生する時、救世主の血が生まれるのは必然であり、血の交わりは救世主の出現経路を表している――そういう意味では、黙示録の予兆という表現ができないこともない。

 だが、そうは取らなかったとすれば――黙示録や終末阻止のために、殺害を考えることは十分あり得るし、それ以前に中絶・堕胎を勧められることもあるだろう。

 だが、秘密裏に出生したならば、孤児として育てられてもおかしくはないし、それが実の孫である上に病気なのだからザフィスらが直接育て、守ってきたとしても何の不思議もない。

「病気……」

 自分の思考で、そこを改めてレクスは考えた。
 まず稀血Oマイナスというだけで本来珍しい。そしてその上で混雑型PSY血核球を持っていた曽祖父は、ロードクロサイトの医師に直接診察を受けていたという。この稀血という時点で、既に危険である。単純に混雑型PSY血核球を輸血補助に用いることはできないのだ。つまりレクスであっても、同じO型ではあるが、マイナス化処置をしなければ輸血できない。免疫不全を引き起こす。しかし点滴時に血核球は必須だ。一番大量に必要なのだ。

 生体モニターを見る限り、ゼクスは重度の貧血状態だ。これは病気が理由とは思えない。おそらく稀血由来の先天的慢性貧血だ。そうであるならば、ゼクス自身の血液の自己保管手続きは、あまり良い手段とは言えない。稀血Oマイナスを入手し、ハーヴェストの混雑型PSY血核球と組み合わせるか、レクスの血核球入りO型血液にマイナス処理をする、このどちらかが有効だ。

 あるいは亡くなった曽祖父の保管物や、ザフィスもまたO型だから同等のものを用意していた可能性はあるのだろうかと、レクスは悩んだ。さらには体調良好時にゼクスが保存献血したものもあるかもしれないが、どこにあるかも不明、いくつあるかも不明、そしてなにより今後足りなくなる可能性、黙示録が進み医療自体を適切に受けられなくなる可能性まで考えた。なるべく多く用意しておかなければならない。これは稀血Oマイナスの貧血用の一般的血液に限定しても言えることだ。

 だがそれらよりも圧倒的に難易度が高いのは絶対原色の緑と赤、および青抑制のための黄色と紫だ。これはもはや、鴉羽卿が次男ではなく長男であったことならびに父であるハーヴェスト侯爵もそうだったと考えるしかないが、両者とも意識不明の重体なのだから、逆に輸血が必要な状態である以上、万象院と朱匂宮に問い合わせるしかない。

 これらもザフィスが常時に保存していた可能性が高いから、まず大至急在り処を探さなければならないだろう。冷蔵庫にいくつかあったのだから、おそらく研究室には他にも必要物保存されているはずだ。

 だがそれが無くなったならば?
 分家筋ということになるのだろう自分からの提供を考えてみる。
 前々から翡翠鳥万象院および真紅匂宮と言われてきた。
 匂宮には桃雪匂宮という分家もあるという。
 そちらは鶯羽万象院であるとも聞いたことがある。

 絶対原色を中央に置いたとき翡翠は左端、鶯羽は右端だ。混成すれば、中央に近づくだろうが、濃度調整が必要となる。そして赤は深紅一色から白への薄い桃色のまだらに広がるのだが、自分はこの一色よりの真紅、桃雪は、下から二番目の桃雪だ。こちらは混成しても朱匂宮にはならない。緊急時にそうするとした場合、こちらは濃度調整だけではなく、単体と範囲の各量の調整がいる。必須だ。

 そして濃度調整も範囲量調整もPSY復古医療の範囲であるのだから、専門家の時東を頼るしかない。ザフィスは重症らしいのだから他にあてはない。とするならば、時東にはゼクスの生体情報が露見する。一緒に最下層で育ったというが、彼もまた使徒ゼストそのものである存在を、

『神なんて信じないが、PSY医療的観点から、なにか止める策を考案できると推測できるから、存在するならば即座に探すべきだ』

 と主張していたので、ゼクスがそうであるとは知らない様子だった。
 だが、救世主であろうがなかろうが病気の治療は最優先であるし、救世主ならばなおさらであるし、そうでなくともゼスペリア十九世猊下だとしたら当然治療すべきだ。

 そこで病気レベルを考える。
 七段階だったと記憶していたが、念のため、医療情報モニターを表示させて確認を取る。