【8】特異型PSY-Other過剰症



 レベル1。通常、これだ。非分類の数百万人はこの段階にしかならない。
 時に息切れし、頭痛がすることがある。
 たったこれだけだ。

 そしてレベル2。これが聖職者でいうところの『重い』に該当する。
 ゼクスとは異なる意味での小球性貧血および動悸、目眩。
 場合により過剰Otherに反発したPKによる打撃が原因の咳。
 これらが出現したら、普通病院に行くし、月に一度は検査を受けるそうだ。

 レベル3。
 ここからが本当に重症だといえる。
 PKによる体組織攻撃により、時折、全身に走る痛み。
 慢性的な咳。頭痛。目眩。倒れることも多い。
 Otherの青保持者の場合は、自己治癒能力の発動でこれらが自然治癒するため気づかない例があるが、通常はここで発見される。

 このレベル3の場合から、点滴治療が必要となる。三ヶ月に一度だという。レクスは、ゼクスの点滴はレベル2への貧血対処の点滴だとずっと思い込んでいたのだが、確実にこちらだったのだ。

 そして、どう考えてもゼクスはこの段階の病状ではないし、Otherの青なのだから、ここで気づくわけがないのだ。ザフィスが気付いた可能性はあるが、少なくとも本人はこの段階では絶対に自覚しないだろう。

 レベル4。
 アルト猊下はここの段階で発見されたという。
 体組織攻撃により、慢性的な鈍痛が体を襲い、咳が続き、常人ならば起き上がれなくなる。しかし青を保持していると、PK使用時にしか痛みは感じないらしいし、時々咳が出る程度で風邪の初期症状程度にしか感じないそうだ。

 だが、それは無意識に、黒色や闇猫が技術として習得する、痛覚遮断コントロールを青が発しているから痛みに気づかないだけで、既に自己治癒は追いつかなくなっているため、咳き込んだ後、吐血するようになるし、立っていられず気絶して倒れる。意識不明になる。

 そうならずとも、先程のゼクスのように眠いなどと感じて意識を落とすのだ。アルト猊下の場合は吐血して意識を喪失し、発覚したという。ここからはまず入院治療で、安定したら、月に一度の点滴が必須になるそうだ。

 続いてレベル5。アルト猊下がこれまでに悪化した中で、最も酷かった時がこのレベルだったそうで、基本的に即入院だという。慢性的な激痛。ESPやOtherの使用ですら尋常ではない痛みに襲われるそうだ。さらに体組織のみならず、臓器がクリティカルに打撃を受ける。特に胃と肺で、吐血と喀血の繰り返しで、体力が著しく低下し、重度の貧血にもなる。三半規管も狂うため、平衡感覚機能にも異常が出るので、起き上がれないというより立っていられなくなるそうだ。ここからは身体的な治療も必要となる。

 まず体を治し、そして点滴類でレベル4まで回復させた後、一度でもこの症状が出たならば、二週間に一度の点滴が必須になるという。可能な限り三日に一度が望ましいという。二週間に一度は、改善した場合だ。

 それからレベル6。これは、医学が現在よりも進歩していなかった頃の記録が残っているのみだが、青保有者のみ、6と7に移行することがあるとされている。特に自己治癒能力と痛覚遮断能力が高い場合だ。

 この6に至ると、あまりの激痛でショック死に至るそうなのだ。
 レベル5との違いは痛覚の程度の問題だ。
 だがそれは大きな問題であり、少しでも痛覚遮断に失敗したら瞬間的に心停止するのだという。当時は医師と聖職者総出で、この病になった当代のゼスペリア猊下に痛覚遮断コントロール補助Otherを送り、延命を図ったとの記録がある。

 そしてレベル7。これが最後だ。過去に三例だけ記録がある。ショック死を免れた者のみが移行する。その時、PSY受容体自体が打撃を受けて、PSY円環が歪むそうなのだ。その結果、Other以外の全ての輪郭も歪み、異常な過剰状態となるらしい。通常の過剰症は、円環から僅かにはみ出す程度の量だ。だから対応抑制色相等の投与と無事な部分の保護により、円環を少し大きくするイメージで治療する。

 だが、レベル7の状態になると円環が、基本輪郭を保てなくなるため、歪んだものとなるそうだ。人体はそのような暴走したPSYには耐えられないので、受容体がある頭部の破裂により死亡するという。

 基本的にレベル6で死ぬが、7まで行けばもう助かる道はないのだ。
 現在、6までであれば、理論上は延命可能だという。蘇生した後、レベルを5、4と段階を戻して、なんとか生還させるようだ。しかし7になれば打つ手などこの世界には存在しない。

 ――兄上は今、どのレベルだ?

 レクスは記憶を辿る。そもそも軽度の貧血治療だと判断したきっかけは、点滴頻度が多かったからだ。そこまで頻繁に会いに行っていたわけではないが、二度ザフィスにギルドの用事があって、一度目は一ヶ月半、二度目は二ヶ月ほど、最下層に通ったことがある。

 その一度目の時、最初に病気だと聞き、軽度の貧血だと聞いた。その時は、三日から五日に一度程度、点滴をしていたような記憶がある。点滴のパックの量は覚えていない。

 二回目は、少なくとも三度は見たから、二週間に一度に該当すると言えるだろう。

 そして、冷蔵庫の二段目には、『意識を失うほどの場合は、全て使え』と書いてあった。
 稀血O型の輸血パックは、稀血由来の貧血用だろう。
 栄養剤と脱水防止用の食塩水は、どちらかといえば貧血及び、低下している身体機能の補佐の可能性もあるし、胃などへのダメージによる栄養失調や脱水の対応にも思える。

 だが『鎮痛剤』と『睡眠補助剤』――これは、明らかに貧血の通常処置ではない。

 少なくともレベル4、基本的にレベル5における、痛覚コントロールの医学的な補助および、痛みによる睡眠障害への対応だ。

 改めてモニターを見る。
 鎮痛剤の濃度は、9となっている。
 これは10段階の9だ。非常に強力な鎮痛剤だ。

 10は、それこそホスピスでのペインコントロールに用いる部類だ。ただ、痛みによるショック死をしそうな人間に使用するものではない――という点だけが救いであり、レベル6ではないのだろうと判断できる。

 だがここまでの情報を考えた限り、少なくともレベル5を一度は経験済みであるし、現在もレベル4かレベル5なのである。

 そして聞いた限りだが、ゼクス本人に自覚なくともアルト猊下の場合はレベル3から入院治療する場合が多く、レベル4では長期入院、レベル5の場合は意識がしっかりしていても集中治療室にいるというのだ。

 ゼクスがそうでないのは、最下層に住んでいたからか?
 そう考えるのは確かに自然ではあったが、レクスは違うと思った。
 おそらくゼクスの青含有率を考えるに、自己治癒能力が非常に高いのだ。

 だからレベル5に移行した場合すら、自然治癒できる可能性が高い。そのため、ザフィスも最下層で育てる決心がついたと考える方が妥当だ。

 だがそれは、注意しなければレベル6に移行しても誰も気づかず、ある日ゼクス自身の痛覚遮断コントロールが途切れた場合、急に目の前でゼクスが突然死するという状態を引き起こすことになる。

 そうであるのだから、いくら治癒能力が高いといっても、最低でもレベル4程度で維持しなければならないだろうし、万が一を考えれば三日に一度、最低でも二週間に一度という点滴処置を、本人にあまり自覚がなくても行うべきなのだ。

 周囲が理解できる術として言われるのは、低体温、目眩やふらつき等の貧血様相――こちらは稀血由来だとしても必ずチェックすべき項目でもある。後はPSY使用時には痛覚遮断より使用PSYに力が傾くから、その場合に痛そうにするはずだ。そして睡眠時にも痛覚遮断コントロールは弱まるから良好な睡眠状態にあるかどうかの確認、そして食欲から胃の状態のチェック、ならびに咳と吐血への注意が必要だ。

 本来であれば入院させ、ゼスト家に連絡を取り、提携条約があるというから英刻院と美晴宮より提供をうけ、万象院と匂宮からも正式提供をうけ、徹底的に治療すべきなのだろうが――現在そうしたとしたならば、『ありとあらゆる方面の救世主かつゼスペリア十九世がここにいる』というのが明らかになってしまう。

 敵集団の標的になるのは確実であるし、宗教院でその座を狙っている者にすら襲われる危険性がある。最低限治療の専門家である時東と、匂宮および万象院関連の血液入手で桃雪匂宮には話すべきだろう。

 だが肝心の点滴は、英刻院と美晴宮のものは琉衣洲と朝仁に頼むのと、ラクス猊下に相談してアルト猊下用のものを臨時提供してもらうことのどちらが良いのだろう。判断がつかない。

 まずはこの上の階の研究室にあるありったけの分と、ゼクスが所持している量、およびゼクスが知る点滴の所在地を聞くことが先決なのは間違いない。対処はとりあえずそれからとして――ここでまた病気から出自について意識が戻る。