【9】ゼクスとレクスの食事
生体血統のゼスペリアの青を根拠に、ゼスト家とのDNA鑑定要請は可能だ。
他のアルト猊下の子息の年齢よりも明らかに上でもあるし長子であるのも間違いない。
ゼスペリアの青は兄弟にも出るが、直系長男が最も濃いからだ。
だがそうなれば宗教院は――宗教院自体が現在危機にあるらしいから即座の引渡し要求は無いにしろ、黙ってはいないだろう。何せゼスト・ランバルト=ゼスペリア十九世猊下なのだ。
が、緑羽万象院はともかく院系譜もまた絶対に騒ぐだろうし、朱匂宮もともかくとして華族も黙っているとは思えない。
ハーヴェストとロードクロサイトであるのだから貴族だって黙っていないだろうし王家の分家でもあるのだから王室だって騒ぐだろう。
身分を公開すればどこからだって医薬品供給を受けられるともいえるが、病気の体で奪い合いをされることもまた確実なのだ。
その上、救世主なのだ。
黙示録対策も迫られるだろう。
黙示録対策に関しては大量の聖遺物類らしきものを持参している上、使徒ゼストの声まで直接聞こえるというのだから、出てもらわないわけにはならないだろうが――……どうすれば良いだろうか。
相談できそうな相手も、事情を知っていただろう人間も、全員襲撃されて意識不明だ。
これは敵も本人特定が出来ていないだけで、ある程度ゼクスの存在を関知しているということである。話しぶりからして、ゼスペリア猊下と、緑羽と朱匂宮の血を引く鴉羽、そして知識継承者の三名がいると考えていた様子だし、レクスだって生体情報を見なければそう考えるのが妥当だと思う。
だが先方には予知能力者がいるそうなのだから、露見するのは時間の問題だろう。
そしてこれまで正確に予知できなかった理由はおそらく、ゼスペリア教会自体が神聖な遺跡だったからであるのが一つだろうし、ゼストがゼクスにここにいろと言ったのは、このルシフェリアの礼拝堂も同等に神聖な遺跡だからだろう。
廃棄都市遺跡を通れと言ったのも、攪乱や最下層出自のみが原因ではなく、遺跡のPSY残滓で、予知を防ぐためだった可能性がある。そして各所には既に敵がいて、囲んでいるとのことである。
治療を受けさせつつ、体調を注意深く見守りながら、黙示録対応に協力してもらう――さらに、敵に存在を露見させない場所? そんな場所はあるのだろうか?
そもそも――本人が一切知らなかった場合、それはそれでどうすれば良いのだろうか?
――伝えるべきなのか?
――黙っているべきなのか?
このようにしてぐるぐるとレクスは悩み続けた。
ゼクスが目を覚ましたのは、それから三時間後のことだった。
「っ……ん……」
「兄上?」
「……ん、あれ……俺……寝ちゃったんだな」
「――寝たというより意識を喪失した形だった」
「疲れていたからだろうな。点滴をしてくれたのか。ありがとう。すごく体が楽だ」
微笑したゼクスが上半身を起こして、腕掛けに背をあずけた。
横長のソファに寝そべっているのだ。
「もう少し横になっていたほうが良いんじゃないのか? 睡眠不足もあっただろうし――体に痛みは?」
「特にない。点滴すると痛くなくなるんだ。寝る前はちょっと痛かったんだけどな」
レクスは思わずゼクスの額に触れていた。そしてきちんと温かいのを確認し、思わず大きく息を吐いてしまった。
「なんだかぐっすり寝た。いつもより良く眠れた。点滴、何かこうぐっすり眠れるのが入ってたのか? ザフィス神父の点滴だと、たまにこんな風にぐっすり眠れるんだ」
「――ああ」
「そうなのか。いつもこういうのがあれば良いのにな。けど、お祈りがあるからあんまりぐっすりも駄目なんだよなぁ……だけど、熟睡したらお腹が減った。切ってある、分厚いのに柔らかいステーキをいっぱい食べたい気分だ。あと、ミネストローネ」
「……ミネストローネはともかく、お粥のほうがいいんじゃないか?」
「俺は固形のライスが良い。けど、貧乏だから食べられないんだよなぁ……前に榎波が孤児院のみんなにロイヤル三ツ星の腕を披露すると言って作ってくれた時が最初で最後に食べた経験だ。もう一生なさそうだ。お星様の形の小さな柔らかいチーズが入ったサラダも美味しかった」
「――そういうメニューならば、こういうものを俺は食べたことがある」
バチンと記憶収納していたロイヤル三ツ星の、レクスも気に入っている料理を二人分テーブルの上に出現させた。気が抜けたのか、レクスもお腹が減ったのだ。
「あ……これだ! これ、俺、とても食べたい。レクス……」
「食べていい。俺も食べる。ただし胃の調子が悪くなったら、すぐに残せ」
「そんなことはできない。死んでも全部食べる」
「いつでもこれから用意してやるから」
「ほ、本当か!?」
「ああ」
「ありがとう……いただきます!」
こうして泣きそうなほど嬉しそうにゼクスが食べ始めた。レクスは思わずひきつった笑みを浮かべてから、自分もまた口にする。確かに美味しいのは間違いないのだが、レクスにとっては食べ慣れた味だ。感動している兄が、なんともいえない。ちょっと不憫だ。それはそうと、聞くべきことは聞いておかないとならない。
「ところで兄上。兄上は、自分の両親について聞いたことはあるか?」
「――ああ、けど、レクスの話と違うから、ただの夢なのかもしれない」
「いいや、俺が間違えていた可能性があるから、兄上の知っていることを教えてくれ」
「うん。俺、七歳の頃にな――なんでもその時も偽ゼスペリアの手の者という人々が最下層に来たことがあったらしくて、夢に出てくる自称ゼストの指示で、避難したんだ。そこに、二十年後から来たという俺のお父さんがいたんだ。三日間その人といた。あれは七歳で今――あ、今が二十年後だから、今頃から来て行ったことになるな。その人は、金髪で俺と同じ青い目で、アルト猊下という名前だった」
「っ」
「もうひとりのお父さんは、クライス・ハーヴェストというと聞いたんだ。だから最初、レクスはそのハーヴェストという側の弟だと俺は思ったけど、違うんだろう? だから俺の記憶は誤りみたいだ」
「――いいや、兄上は、間違いなくハーヴェスト侯爵である父上の長子で、俺が次男だと判明したんだ」
「そうなのか? なら、アルト猊下という人も存在するのか?」
「ああ、存在する」
「ふぅん。なんだかその時、金色のアイスブルートパーズのついたカフスと、金色の小さな十字架と――三連の銀色の指輪をくれたんだ。二十年間開かない灰色の箱に入っていたランバルトの青という指輪だそうだけど、二十年前に俺に渡したから中身が空だったから開かなかったんだって、ゼストとアルト猊下はその時話していた」
「っ、そのカフスには見覚えが有る。確かにアルト猊下がつけていらしたものだ。そしてランバルトの青は、使徒ゼストの十字架を持つ者に渡したと聞いた。兄上、使徒ゼストの十字架に心当たりは?」
「ああ、あの、豪華な銀色の重たい十字架だろ? 真ん中に黒曜石がはまっていて、ゼストの柩の中にあったやつだ。七歳の頃に、つけてろって言われて、以来ずっと俺が持ってる」
「どこにあるんだ?」
「ん? なんか、腕輪に触ると、出てくる。亜空間収納をしておくんだそうだ。必要な時に出せと言われた。他にも黒い服とか聖書とか、赤い扇子とか青い十字架つきの念珠とかいろいろ持ってるぞ。ゼストはだな、いつも危ないから大至急逃げろというのに、その都度俺に荷物を持たせるんだ。俺からすると悠長だと思うんだけどなぁ。どう思う?」
「っ、き、きっと、深いお考えがあるんだろう」
「そうかなぁ? だって、使徒が近くにいるからとにかく探せ、黙示録が迫ってる、偽ゼスペリアが迫ってる、とかばっかり昔から言うんだ。だけど使徒って偉い聖職者とかだろ? そんなの最下層にいない。だけど、黙示録が消えたら使徒探しの妨害だから、絶対に黙示録が消えない、俺に渡した聖書のみ信用しろって言われた。色々全部入ってるから、普通に売ってるのとは違うんだって」
「そうか……ところで兄上。薬はどのくらい持ってきた?」
「ええと、診療所から三分の二、ゼスペリア教会から三分の一だから、70回分くらいかなぁ。最近の具合が悪い日は、その日にすぐ使う。それ以外は、二週間に一回が基本なんだ。けど体調がいい時は月に一回でも良いって言われてる。ただ悪い時は三日に一回絶対って言われたな」
「他に、どこか別の場所に、薬品の保管の心当たりは?」
「確か、英刻院閣下が持っていると聞いた。けど英刻院閣下、入院してるんだろ? 榛名が電話で言ってた」
「……」
「それと、どこにいるかわからないけど、長老の緑と赤も持っていて、二人のそれぞれの家にも置いてあるって聞いた。高砂が二人の家の場所を知ってるらしいけど、有事の場合以外は秘密なんだそうだ」
「――兄上、ちなみに使徒ゼストはこの後どうするように言っていた?」
「んー、本当は、ここでも休まず真っ直ぐに王宮に行って全員に配布しろって言ってたんだけど、ここに来る直前に『さすがルシフェリア!』って言い出して、『あの中のソファでなら寝てもいいから頑張って歩いて!』と俺を励ました。なんか『あの中には俺の弟のような存在がいるから守ってもらって。ルシフェリアが空気を読んで使徒を連れてきてる。さすがは俺の使徒で唯一の常識人!』と言われたんだけどな、レクスはゼストの弟のような存在なのか?」
「……ゼストの配偶者であるイリスの異父兄弟であったルシフェリアの末裔がハーヴェストだ。そしてここは、ルシフェリアの礼拝堂だ」
「ほ、ほう……それでな、『俺はルシフェリアに少しの間任せることにして、地上の連中を攪乱してくるから、落ち着くまでそこを動かず、使徒と一緒にいるように。俺が戻る頃には、体調も治る』と言っていた。けど俺もう元気だけど、ゼストの気配は特にしないから、多分まだいたほうがいいんだと思う。レクスの家なんだろう? お邪魔して悪いけど……その……」
「ゼストが戻るまでいてくれて結構だ。それに食欲があるのには安心したが、俺には体調が万全には見えん」
「本当にレクスは良いやつだ」
「……」
「俺は今はレクスに預ければ良いと思ってるけど、そんなわけだから最終目的地は多分王宮だったんだろうな」
「悪いが俺はあれらに近寄ることすらできないので、薬も上から取ってきたんだ」
「? どうして近寄れないんだ?」
「神聖すぎる――内容物が発しているPSYが強すぎるという意味だ」
「まぁなんか古い神殿とかにあったものだからかもな。俺は小さい頃から住んでるから慣れていたのかもしれない。じゃあ俺が持っていかないと、か……」
「……兄上もまた、強力なPSYを持っているから近づけるとは思わないのか?」
「それは、どうなんだろうな。俺、七歳の例の日からずっと、ゼストの柩に入ってたPSYコントロール装置をつけてるから、PSYってちょっとしか使ったことがないんだ。ゼストがつけてろって」
「……なるほど、それで今まで俺も感じなかったのか……他にも――特にOtherや聖遺物の気配を消しているんじゃないのか?」
「うん。そういう腕輪もつけてる。それと亜空間収納ので腕輪は三つだ」
「――なぜ使徒ゼストは、兄上にそうさせたんだ?」
「偽ゼスペリアに気づかれるからだと言っていたな。二十年間は最下層が一番安全だと言っていたけど……そうか、今年が二十年目だから、もう最下層は安全じゃないんだな」
「確かに危ないと俺も思う。ちなみに、何故偽ゼスペリアに気づかれてはならないと思う?」
「うーん、なんでだろうな? 病気だからじゃないのは確かだ。ゼストも俺と全部一緒の病気だったらしいんだけど、孫の顔も見て老衰で死んだと言っていた」
「……そ、そういえばだが、聞いた話によるとアルト猊下はゼスペリア十九世にランバルトの青を渡したそうで、そのゼスペリア十九世は使徒ゼストの十字架を持っているアルト猊下の息子だそうだ。あ、あと、黙示録には、使徒ゼストの写し身が十二名の使徒を探すというように書いてあるし、宗教院いわく使徒ゼストの写し身とはゼスペリア十九世であるという伝承があるらしいんだが、ゼクス兄上はどう思う?」
「俺と似たような境遇の人もいるんだな。お父さんの名前も一緒だし、使徒を探せって言われてるし。けどそっちは宗教院に生まれ、俺は最下層かぁ。世知辛い世の中だな……」
「……俺が思うにランバルトの青も、使徒ゼストの十字架も、この世界には一つずつしかないのではないだろうか」
「そうなのか? じゃあ俺がゼスペリア十九世猊下みたいな話になるな。レクス、そんなわけないだろう? お兄ちゃんをからかってはいけないんだ」
「……」
こうして二人は食事を終えた。ゼクスは完食したし、点滴しながらでも慣れているのか、特に問題なくナイフやフォークを動かしていた。