【10】使徒ルシフェリア
レクスは護衛も兼ねて、しばらくここで寝泊まりすることに決めた。
下手にギルドに連絡して敵に露見するのも危険だからそれはやめた。
自分が中に入るのは黒色達も見ていたから、特に所在の心配されないだろうという判断もした。
ゼクスに横になることを勧める。
すると、素直にゼクスが横になって、毛布をかけた。自分も横になり、レクスはタオルケットを取り出して、まだ完全には眠くないので膝の上にかける。
「点滴は、結構一度に長時間するんだな」
「うん。いつも、午後に始めて、ひっぱってお祈りして、それで食べたり寝たりして、次の日の午前中に終わる。一日はかからないけど、一日近くかかるんだ」
「大変だったんだな……」
「物心ついた頃からだから、慣れてるし、あんまり大変じゃない。心配してくれてありがとうな」
ゼクスがそう言って微笑した。レクスは思わず苦笑した。
それからゼクスが目を閉じて寝息をたて始めたのを見た時――不意に祭壇の両脇の燭台に火が点ったものだから、レクスは硬直した。
見れば、壁に背をあずけた金髪に紅い目をした青年が一人立っていた。白い修道服姿で、金色の豪奢な十字架をさげている。中央にはルビーが嵌っていた。
「安心しろ、敵ではない。俺は――お前達に伝わる名前で言うならば、使徒ルシフェリア、当人のサイコメモリック人格だ。使徒ゼストがPSY血統地層にサイコメモリック人格を残しておいた、今そこで眠る俺達の予知だとゼスペリア十九世ゼクス猊下という名前の人物――先程から見ていた限り自覚は無いようだがその人物がここに来て、その際に俺の末裔が同席していた場合、俺のメモリック人格がESP知覚情報を保持した状態で出現するようにこの礼拝堂に記憶させておいたから、現在お前には俺の姿が見える」
「使徒ルシフェリア……」
「科学的に説明したが理解できなければ、幽霊だとでも思っておけ。そしてお前が見ている俺も、そこのゼクスが聞いている使徒ゼストの声も本物であることのみ理解しておけば十分だ」
荘厳な気配に、思わず手を組んだ。
すると、目の前に――紫色のピアスが出現した。
「まずは身につけろ。説明はすぐにする」
狼狽えながらも言われた通りにした時――急に体の内側が温かくなった。
「――どうだ? 楽になったか?」
「ええ。体が一気に軽くなりました」
「それはお前が俺と同じ病気だったからだ。その指輪は、使徒ゼストの十字架同様、病を抑える」
「俺が、病気?」
「お前は、そこのゼクスよりも重篤なOther過剰だ。ゼスペリアの青と、ルシフェリア・ルビーと呼ばれる複合二色で、見た限り、お前の場合は出生時に完全停止処置を受けている。どうやら代理出産だったらしいな。そこにいるゼクスはお前と完全に両親が同じだ。まさか義兄の写し身が、俺の末裔と実の兄弟とは」
「なっ、そんな――」
「鑑定すればすぐにお前にも分かるだろう」
「……」
「ルシフェリア・ルビーは滅多に出現しないから、この時代では非分類扱いされる可能性もあるが、複合二色判定は出るはずだ。そしてOtherのゼスペリアの青が戻ったというよりも、ルシフェリア・ルビーを保有するから、お前はその十字架を下げていられる。お前以外には触ることすら不可能だ。使徒ゼストの十字架がゼクスにしか持てないのと同じ事だ。よって死ぬ時は、きちんと安置して死ぬようにな。そうでなければ、そこにガラスケースが設置される事になるだろう。これで今のお前はゼクスと同じで、歩く聖遺物状態になったから、黒色技術とルシフェリア・ルビーのOtherで気配をすべて消せ。必要時は全開にして、周囲の人祓いをする効果があるが、普段は逆に周囲もお前も困るだろうからな」
「……はい」
「今日はもう休め」
ルシフェリアはそう口にすると姿を消した。そしてロウソクも全て消えた。
一息つき、全身に汗をかいていたことを理解したレクスは、清浄化をOtherで行ってみた。先天的欠乏と聞いていたOtherが、本当に全て正確に機能していることを自覚した。
それから安眠作用のあるハーブティを飲んで、その日はゆっくりと眠った。
翌朝レクスが起きると、まだゼクスは眠っていた。
ゼクスが目を覚ましたのは、それらの準備が終わった頃だった。
それから二人で朝食を食べた。
ゼクスは頬が蕩け落ちそうな顔をして、うっとりした瞳で、じゃがいものポタージュを飲んでいる。ゆで卵のサラダも気に入った様子だ。さらに、あっさりとした白身魚のムニエルもパクパク食べているし、ライスも完食だ。
細い体に良くそれだけ入るなと思いながら、レクスは、朝はパンを食べるのでそれを口にしたし、ムニエルを朝から食べる気はしなかったので、目玉焼きとハッシュドポテト、薄切りのローストビーフを食べた。
そちらもゼクスが欲しそうにしていたので、ハッシュドポテトとローストビーフを新たな皿に出現させて差し出したほどである。サラダとスープは同一だ。
飲み物はミルクであるが、ゼクスの知る牛乳とはレベルが違う味だった。
デザートのヨーグルトも美味しすぎて、満腹になったゼクスは満面の笑みを浮かべた。
よく食べるのだが、非常に上品でマナーも完璧で、そして食べる速度がゆっくりだなと、レクスは静かに観察した。育ちが良いわけではないはずなのだが、生まれ持った上品さとでも言うのか――マナーはさすがにザフィスあたりが叩き込んだのだろうと判断した。結構厳しいのだ。
そしてやっと、一日近くかかった点滴が終わりかけた頃、レクスの耳にも声が聞こえた。
『ゼクス、やっと敵が諦めていなくなったよ。それにしてもルシフェリア……さすがは使徒一の常識人だけど過保護すぎる……これからもゼクスをお願いね。君がそばにいるならば大丈夫そうだ』
それが使徒ゼストの声であることは、レクスにも直感的に理解できた。
その時――溜息をつく気配がした。
「ゼクス=ゼスペリア」
「――!? あ、レクスの送迎係の人……!?」
「悪いが、右の壁に触れて戸棚を開けて、中に入っている『使徒ルシフェリアの十字架』と『使徒ルシフェリアの福音書』をレクス=ハーヴェストに渡してくれ」
「あ、ああ……?」
突然現れたルシフェリアのサイコメモリック映像に、レクスは目を見開いた。
ゼクスはといえば、レクスの付き人だと『昔から』勘違いしていたため、言われた通りに行動した。その付き人が身につけているものと同じ十字架を、弟に手渡す。
そうして渡された聖遺物に、レクスは気が遠くなりそうになった。
だが、その十字架をつけた途端、呼吸が楽になった。
「レクス=ハーヴェスト。お前の兄のゼクス=ゼスペリアは、オーウェン礼拝堂を目指しているようだ」
「オーウェン礼拝堂?」
「王宮だ。だが、取り急ぎルシフェリア礼拝堂での保護を勧める。ゼクス=ゼスペリアを守らなければならない。闇司祭議会議長に至急連絡を取ると良い。近距離にいる。ロードクロサイト議長と合流後、シルヴァニアライム闇枢機卿やハルベルト副議長と共にオーウェン礼拝堂で護衛するべきだ」
それだけ言うと、ルシフェリアが消えた。
残されたレクスは何度か瞬きをし、ゼクスは首を傾げていたのだった。
――なにせ、王宮を目指しているという自覚が、全く無かったからである。また、
「レクス、俺を守る必要はない。俺が兄としてお前をしっかり守るからな」
「……」
ゼクスの声に、レクスは何も返事が思いつかなかったのだった。