高砂の記録(4)



 事態が急変したのは、十八歳になった夏だった。
 闇猫と、明らかに黒色の、この混合集団が、華族橘宮家配下左大臣支倉家を襲撃して、幼い長男と次男と前当主の祖父を残して皆殺しにしたのである。敵集団は、過去に高砂の両親を殺した連中であり――さらに、榎波男爵家の前当主と配偶者だった法王猊下次男を殺害して榎波とその人工授精により異父兄弟である法王猊下側にいるユクス=ハルベルト・ゼスペリア猊下という孫の家族を殺した連中である。

 これまで高砂は漠然とどこかで、両親を殺害された知識から、闇猫と黒色は敵であると思っていたのだが、この一件で、衝撃の事実に気付いた。ギルドの黒色の内部でも、普段はそういった場合でも捜索などしないのに、しかも一番しないロードクロサイト議長が筆頭となり、調査してどの黒色がなんでやったのか調べ始めたのである。

 なんとこの連中について、ギルド内部でも危険視して調査しているのだ。なにか情報を少し得ようといった程度の認識だった高砂が驚くレベルでバシバシバシバシとロードクロサイト議長が徹底的に調べ上げていく。

 高砂は、この人物には諜報活動能力ゼロなのかなとまで思っていたがそんなことはなかった。右腕ポジだから見られる機会に恵まれただけで、もう調査が完璧だ。その上で、「シルヴァニアライム闇枢機卿……黒色の犯行だと俺も思うのに、該当者がいない……だがどう考えても一部免除程度の黒色がいたはずだ……」という愚痴まで聞いた。高砂は自分も探すと約束し、合間に万象院へと久しぶりに戻って、緑羽に相談した。

「――ということで、黒色内部での生活とギルドで過ごした経験として、俺が懐柔されたとかではなく、どう考えても、ギルドも犯人を探しています。闇猫が主導なのか、闇猫内部もこの状態なのか知りたいので、俺は続いて闇猫に行ってまいります」
「承知した。行くが良い! かつ、誰かを見つけて、尻尾を掴んだら、殺すのではなくなるべく尋問をしてありとあらゆる事柄を聞き出すのである」
「分かっております」

 こうして高砂は、橘に教授復帰を打診し、それの引き継ぎが完了した十九歳になる寸前の六月、クラウ・ゼスペリア管区に引っ越した。ギルドにはしばらく休むと伝えた。副議長選挙に出ないと言ったらハルベルト闇枢機卿に泣かれた。しかしその後代わりにハルベルト闇枢機卿は副議長になったし、ロードクロサイト議長は本人がやりたくなさそうなのに出ないのを許されなかった。

 このクラウ・ゼスペリア管区というのは、三ヶ所からなっていて、左がミュールレイ管区、右がラファエリア管区であり、中央がクラウ管区という双方からの代表者が集まってゼスト・ゼスペリア家の配下家業務をしている宗教院の直轄地域であり、外部移住者が多い土地である。

 クラウ家のみ、ゼスト家の三つの守護家の中で選挙により、代表になった人物が当主となる。現在の当主は非常に高齢で、最近は後継者争いが激化しているようで、それを狙って引っ越す人間も多いらしく、誰も高砂が『シルヴァニアライム特別枢機卿』を名乗って引っ越したことにも疑問を持たなかったし、位置がクラウ管区であることも、特別枢機卿だからというより当主狙いと判断されたらしく、当然のこととして受け入れられた。

 が、外部からここへと来られるというのは、実は宗教院の莫大な許可が要るのだ。もうこの時には既に、高砂が、闇猫の下から二番目にあたる、『表紙・礼拝堂・石』であり、これは全部二番目となった、つまり初心者も終わり実践任務が与えられるレベルになっていたからであり、所持特別枢機卿位的に引越しが可能だったために、現地に不足していた護衛等のための宗教院指示による派遣である、が、そこに派遣されるように操作したのは高砂である。

 ゼスト家との関わりはまだ無いが、それ以外の部分は高砂から見ると既に攻略楽勝だったのである。そしてそこにて、護衛の傍ら、クラウ家当主の直轄の闇猫リーダーから、『聖書・空白・葡萄酒』まで取得した。さらに、そこから高齢の当主に直々に『聖水』まで教わり、残るは、『白紙』と『砂嵐』のみとなった。

 そこまでは全部予想通りだったのだが、そこで高砂の予想外のことが発生した。緑羽ほどではないがそれに並ぶくらい人生の武力面の師となっていて、ギルドの総長であるザフィスの父が特別完全免除を直伝してくれた時と同程度の尊敬をしている二名から「次のクラウ家当主になってほしい」と懇願されたのである。

 高砂は硬直した。そうなれば、高砂予定の中で一番文句なしのゼスト家直轄闇猫へ即入って内部調査可能であるが、だが、そうなれば、ゼスト・ゼスペリア配下家当主となるし、万象院列院総代として後に緑羽若御院を守るレベルで、ゼスペリア十九世猊下という人物を守らないとならないのだ。

「――シルヴァニアライム特別枢機卿、通常は、ゼスト家直轄の白紙・空白・砂嵐ならば、身分や聖職者職務に囚われず完全に代理に全てを任せることが可能だ。よって、単独任務をしているという形にして、全宗教院業務は枢機卿議会への出席も含めて代理で良い。逆に、そうなれば、今後、ありとあらゆる闇猫からの命令を受けることもなくなる。例外はお前よりも上のゼスト家直轄の階級者に直接依頼された時のみとなる。それこそ黙示録が発生でもしない限り、就任時にこの領地で笑顔で挨拶するだけで良い。選挙などこちらが操作するだけだから、卿は、出馬書類にサインして、挨拶するだけで良く、議会には一度も行かなくて良い。法王猊下等への挨拶も手紙で良い。超有事の際に、ゼスペリア十九世猊下を保護することのみが仕事となる。そしてそういう場合というのは、十九世猊下に限らず、王家であろうが、美晴宮家であろうが、先に一箇所に避難しているから、卿がほかの誰かを守る必要性から闇猫の技術を習得しているならば、その人物と同じ所に十九世猊下を避難させておいて、ついでに一緒に避難させてくれればそれで良い。ゼスペリアへの信仰心など不要だ。出自的に華族の偉い人物であろうから、それと横に置いておけ。かつ万象院のような信仰心などなく、今回の選挙の騒乱でも明らかなようにゼスペリアを信仰する宗教院には厚い信仰心を持つ人間もゼスト家へ忠誠を誓っている人間も悲しいことにほぼゼロだ。ただ私もこの隣に立つ彼も忠誠を誓っているから、なるべく有能な人間にゼスト家の最低限の命、使徒ゼストの血脈の継承だけで良いから任せたい。そういう人間を後継者としたいのだ。私には子供がいない。そしてお前は、名前だけで良いから、何もほかには心配しなくて良いが、やりたければその活動をしても良い」
「――では、本当に世界滅亡レベルの危険時のみ、ゼスペリア十九世あるいはその子孫等一名を、他の誰かと場合により一緒に避難護衛し、それ以外の活動ゼロで最初に挨拶のみして、俺は今後、クラウ・シルヴァニアライム=ゼスペリア特別枢機卿となるので、ゼスト家直轄部隊へ『白紙』と『砂嵐』の習得教育込みで、派遣をお願いします」
「「ありがとう!」」

 こうして高砂は、選挙活動ゼロで誰も投票してないが、勝った感じだけどそれを鼻にかける風もなく、見目麗しい若き新クラウ家当主として一週間ほど挨拶周りをし、手紙を書きまくり、必要書類にひたすらハンコを押して、逆に挨拶に来る議会の人々の接待をした後、ゼスト家直轄部隊の本拠地がある、ゼスペリア猊下執務院があるランバルト管区へと引っ越した。

 そして最初の会議から行かず、当面は前当主が代理をするというのを聞き、必要書類は亜空間倉庫に入れてもらうと聞き、議事録ももらうと聞き、その状態で、現在隊長業務を現地でしている上、今後の師匠となる英刻院舞洲猊下と対面した。法王猊下の配偶者かつ、高砂に書類処理方法を叩き込んだ人物の兄だ。高砂が二十歳の頃の事である。

 しかも直前に、その二人が共通して知る英刻院の人間と、さらにはザフィスの次男が幼い息子がまだ四歳なのにそれを残して、やはり黒色&闇猫の集団に殺害された。高砂は情報活動面の師匠の死に、最初実感がわかなかった。

 若狭家の次男は、舞洲猊下が引き取るとして、エルト猊下と呼ばれるようになっている。この一件により、闇猫もまた内部犯を黒色よりも過激に探していて、片っ端から尋問しているのを高砂は見た。

 しかも闇猫は、経験は無いが黒咲よりも上の、完全命令形態なので、犯人が出ないわけはないのだが、私腹の肥やし方もひどいので、過激な捜索が続いた。高砂はここで、子育てについても覚え、さらに舞洲猊下がそれで忙しい場合の書類の手伝いができることに喜ばれた後、そちらにさらなる徹底的な教育を施され、そうしながら、白紙と砂嵐を取得した。その時点で、それを持っていたルクス猊下という十二歳の少年をぶち抜いて黒い猫面まで獲得して、ルクス猊下に『俺、シルヴァニアライム副隊長をハーヴェストクロウ隊長と同じくらい尊敬します』と言われた。

 その頃には、高砂は英刻院舞洲との血のつながりから、ゼスト家関係者のみが所持できる青銀色のボタン型カフスまで所持していた。さらにリクス猊下というルクス猊下の双子の弟には実務能力で尊敬された。さてこのハーヴェストクロウ隊長というのが、勝手に高砂が昔親近感を抱いた人物で現隊長、そして高砂は副隊長になってしまったのだが、まだ顔を合わせていない。あちらは事件の調査中だからである。

 この間、約二年。高砂は二十二歳になっていたから、あちらも二十歳であるはずだ。ちなみにそれまで副隊長は、アルト猊下だったそうで、前隊長を降格してこのポジションだったそうなのだが、病気悪化による空席で、実力的に高砂が着いたのである。

 そして今後も隊長の本部での代行は舞洲猊下、副隊長代行はアルト猊下、アルト猊下が不在時はルクス猊下という体制だから、気にしなくて良いと言われたので、高砂は頷いた。闇猫は一番義務的だから、本当に気にしなくていいと理解していた。

 かつ、ゼスト家直轄は、匂宮の闇の月宮直轄と同じくらい単独行動して良かったのである。むしろ単独行動してとにかく犯罪者を探し出してぶち殺せというスタンスであり、こここそが一番ゼスペリア十九世とか関係ないという感じだった。

 なにせ副隊長がゼスペリア十八世当人であり、ゼスペリア十九世自体も白紙・空白・砂嵐で自分で自分を守る任務中のゼスト家直轄闇猫とのことで、なるほど、本当に最有事避難までそういう意味でも高砂が心配することは無かったのである。

 とっても良い制度だと高砂は思った。緑羽の御院も若御院に教えるようにと勧める事を決意したレベルだった。かつ、捜索したいという高砂の希望は舞洲猊下に喜ばれ大歓迎され全力で応援された。

 そして二十二歳の歳、なんと橘の奥様が殺害された。橘は二十五歳で、二人の幼子を抱えて残された。犯人も闇猫と黒色の集団だった。教授復帰要請があったので、それに同意し、調べてくる、本当にありがとうございましたと言った高砂に舞洲猊下は頷き、頑張るようにと応援した。ゼスト家直轄はなんというか……単独行動が許されているというより、誰も手伝わないという空気も漂っていてそれは闇の月宮よりひどかったが、高砂には都合が良かったので、そのまま高砂は別れた。

 しかも多分舞洲猊下は知っているのだろうが、他の人々は高砂が華族であることすら知らないで終わった。顔もずっと白い猫面か途中から黒い猫面で過ごしたので、まぁ、仕方がないだろう。

 こうして高砂は王都へ戻り、教授を再開しながら、橘の育児部分を時折手伝い、ギルドにも定期的に顔を出すようになった。ほぼ常駐しているハルベルト闇枢機卿に死ぬほど喜ばれて涙されたが、その頻度は、元々たまにしかこなかったロードクロサイト議長より少ないので、もっと来てくれと言われて、それはそれで高砂は少し嬉しかった。

 が、今回は規模も大きく、かつ、若狭家二名は超強かった上、黒咲内でも大問題となったので、お互いの両親も殺されているから、華族として面識があった、現在は表向きロイヤル護衛隊の史上最年少隊長、裏側では猟犬の冠位一番上である銀剣のロイヤル・クラウンである榎波と、個人的に、初めて黒咲の一人という立場にそれぞれ立って話をした。

 その流れで、榎波の猟犬の師匠である、前猟犬首領の前橘大公爵を紹介されて、高砂は猟犬の銀剣のロイヤル・クラウン技術も取得したが、この人物には『列院総代として生きるので、それが最優先です』と断言した上で、である。

 二度と闇猫のある種の悲劇だったけど丸く収まったような事が起きては困るからだった。これ以上の役職や爵位は不要だからだ。それに榎波は黒咲の裏若葉なのに猟犬として生きると言っているから、前橘大公爵も何も言わなかった。

 こうして二十五歳になる頃には、高砂は全ての習得を終えていた。気づいてみると、榎波が榛名と政宗の二名を師匠となり構いながら指導しているのも知り、若狭家長男は副と呼ばれていて、時東は医療院を左遷されていて、彼らはみんな最下層のハーヴェストクロウ大教会でラフ牧師を名乗っている鴉羽卿の下で学びながら暮らしていた。

 最高学府に適度に通いながら、慈善救済診療所のザフィス神父と時東を加えて生活していると気付いた。そこへ来て高砂は、最下層ガチ勢の存在に気づき、見てみたら長老の緑と赤として、なぜなのか緑羽と朱匂宮がたまに紛れていた。橘大公爵の子供二名を孤児院でたまに面倒見てもらい、その地下の廃棄都市遺跡に兵器を処理に行く過程で偶発的に気がついたのである。

 しかもガチ勢連中は、万象院列院冠位を収めていたりして、ちょっと笑った。その生活をする頃には、気づいたら、高砂は定期的にセフレを作り、定期的にその関係を解消するということに慣れていた。これは全部宗教院が悪い。超奔放だったので、クラウ管区に行った日から誘われる機会が爆発的に増加して、かつ興味があったのであっさり童貞を捨て、けどネコはやりたくないし襲われかけたらぶち殺す勢いでひっくり返してきたため、無事である。だが、思えば一度も恋愛経験はなく、十八歳で童貞を捨ててからも一回もない。

 だが困ることもないのでそのままきた。二十七歳の頃には、クラウ家当主が亡くなったが、なんと葬儀にも呼ばれずそれは本人意思で、温かい励ましの遺言に高砂は不覚にも号泣した。翌年にはギルド総長が亡くなり、こちらは失踪形態だったので、ギルドが涙をこらえつつ笑って葬儀をしながらお酒を飲み、次の総長を遺言で押し付けられたクライス・ハーヴェスト侯爵を賞賛した。その後、前橘大公爵も亡くなった。

 別段、それがきっかけということもなかったのだが、高砂は最下層の一角に、自分の研究室を建てた。これまで適当に引っ越したりしながら暮らしていたのだが、完全ロステク兵器の研究を考えた時の位置としても最高だったからである。

 これが高砂二十八歳最後の出来事でる。そして教授を引退した高砂と、なんか慈善救済診療所にいついてしまい、研究室も高砂が作る時、上に作ったので問題なくなった時東も完全にいついた。時東の家族もみんな死んでいるのだ。榛名達は最近王宮に行くようになり、榎波と一緒に猟犬になったそうで、そちらの首領は英刻院藍洲だった。


 ――当時も精一杯だったのだが、後には懐かしい記憶となる。
 これらは誰よりも信用できる自分の日記からいつでも回想できた。
 ただ、今では知っている。
 ロードクロサイト議長が、どこの誰なのかを。