ZXのカルテ(1)



 ゼクスが歩き出した一時間後、つまりレクスと再会を果たす三日前――時東修司は、タイムクロックイーストヘブン大公爵家の地下二階にいた。そこには、ザフィス=ロードクロサイトが管理していた研究施設があった。

 時東は煙草を銜えたまま、『ZX』と表記された患者のカルテを見ていた。
 珍しくザフィスが手で記述を加えている、ザフィスのカルテで時東には新鮮だった。
 ザフィスが襲われた数日後、何かあった場合に備えて当人が手配していたらしく、時東のもとには、いくつかの患者データや研究資料が届いたのである。

 何故なのか、そのカルテのみ、投薬内容がサイコメモリック石板に記録されていた。
 余程重要な研究成果が入っているのだろうと思い、時東はザフィスの研究所で中身を見ることに決めたのである。


 ――最初に展開した台には、上部に五本の点滴を下げる金具が均等配置で並んでいた。
 その間の一箇所には、少し下から銀の曲がった金具がさらに上に伸び、五つよりも少し下にさらに二つの点滴パックを下げる場所があった。

 それが右であり、それよりさらに下側の左にも似たような金具があり、こちらには一つ下げられる様子だ。まずはその一番上の五本。赤を少し薄めた点滴パック、緑を少し薄めた点滴パック、パッケージは普通の点滴パックのほぼ透明の僅かに白半透明のもので、チューブもそうだが、これはPSY復古医療製品の内容物完全状態保管可能パックだ。

 何気なくそれを見て、時東は目を細めた。

 注視した理由は、まず赤だ。

 この色相は絶対原色の赤を薄めたもので、特別基準値を超えた単体PKの保持者(範囲PKが得意な場合の基準値超えは、基本的に匂宮血統のごく一部にしか現在存在しておらず、つまりそれは桃雪しか国内にいない)か、本人のPK色相が絶対原色・赤である場合にのみ使用される品だ。

 色が少し薄くなっているのは色相因子と体内同化を促すPSY復古医療医薬品が入っているためで、色相色がそのまま出ているのは内容物管理でそれがPK用とわかるため、もう一点はその色合いが変化した場合に不適合だと即座にわかるため、三つ目として絶対原色・赤は薄めても原色に近い濃度であればあるほど色が残ってしまうため、そして元々本人のPK保護用物点滴は色相を表面に出した状態で点滴することになっているというのがある。

 これは緑もまったく同じなので、ESP側も本人の生体的にもともと持つESPの保護用物点滴だとわかる。万象院の緑薬液は幅広く提供されているのだが、ただし翡翠色か黄緑色のものがおおい。これはESP受信体質か送信体質か、という色相の問題で青味があるものは送信、黄色風味が受信なのだ。

 が、今回はどうみても絶対原色・緑のものであり、これに関しては匂宮よりもむしろ万象院の方が厳しく、本家の直接血統者以外への供給は基本的にない。PKと違い、ESPは過剰時にも肉体を傷つけることがなく、むしろ精神面にそういう時は問題が出るため、青系統Other点滴と翡翠色の緑の点滴の方が効果的であるという事実もあるし、絶対原色・緑を使う必要が全くないからだ。

 つまり緑羽万象院血統の直系長男継承者と場合によりその兄弟のみが使うだけなのである。これはいくらESP能力が高かろうが変わらない。匂宮とはそこが違う。赤のPK保護生体液点滴パックのみならば、非常に強いPK保持者だと考えるのが通常だが、緑の絶対原色であるESP保護生体液点滴パックを使用しているということは、ESPが強いか弱いかというより、今目の前に緑羽万象院血統の直系、そうでなくてもその弟や甥などの非常に近い血を持つ、それらの場合も限りなく緑羽に近いESPを持っている人間がいるという事態の証明であり、時東はこれに一番最初に目を細めた。

 また緑羽万象院は送受信両方にこの王国で一番優れたESP状態の絶対原色・緑なのだから、それが齢などということは、決してありえないのだ。仮に絶対原色・赤も本人と同成分であるからだとするなら、こちらは送受信というより単体から範囲と表現するのだが、その双方が国内最高となる朱匂宮の直系長男継承者であるということだ。

 そういった事柄や強い力があるというのもまず気になるが、
 医学的に考える。
 赤と緑は本人の持つものを、保護するためのパックなのだから異常があるのは即ちOtherである。

 紫と金に光る黄色が、何故なのか同時視認できる薬液が入ったパックだ。

 これは絶対補完補色の黄色と紫の混合物だ。Other過剰への対処はそれの対になるOther色相を投与するのが基本的な医学的治療法なのだ。そうすると過剰分が相殺されて減少して元々の数値に戻る。

 そしてゼスペリアの青の対応物Otherは絶対補完補色の黄色と言えないこともないのだが、本来この黄色はこちらの特定の紫の対応補色であるので、ゼスペリアの青に対して英刻院の完全黄金と呼ばれるこの絶対補完補色の黄色を使用する場合は、必ず絶対補完補色・紫と呼ばれる美晴宮の絶対紫と混成して使用しなければならない。

 そうでないと絶対補色の青の方が優位であり効果が出ないのだ。混成するとやっと同位になるのである。

 しかし英刻院と美晴宮の直系長男にしか遺伝しない色相因子であり、最高学府等三機関の派生元と言って良い万象院のように長らく保存してきたわけでもなく、その親戚筋でありPK過剰者が多く美晴宮に匹敵する匂宮は万象院同様、華族内の生まれついてのPSY医師といえる能力を保持する橘宮と万象院によっても血液保存されてきていたが、美晴宮の紫は華族中最も高貴な色相血統というのも手伝い保存してきた歴史はないし、英刻院家にも保存の歴史は特にない。

 美晴宮と英刻院、そして花王院王家の無色透明が、絶対補完補色と呼ばれる特定三色なのだが、この三種類には遺伝病等は全くなく、むしろ持ち主は健康体ばかりであるし、珍しく貴重な血液である分、Otherであるから万象院のESPや匂宮のPKと違って他の人々の病に役立てるべく提供する必要もないので、古来から自分達が病気になった際の輸血用血液の保存しかしてこない家柄だったのである。

 そして完全黄金と絶対紫で対応可能だと判明したのは非常に最近であり、判明してからも提供を得るのが困難な高貴な家柄なので歴代のゼスペリア猊下は発症して悪化すると死亡してきた。

 だがアルト猊下が英刻院家次男の息子である事などから、アルト猊下の発症確認後には、英刻院と美晴宮によるゼスト家への因子入の血液提供が条約締結されたので、医療が進んだ現在は完全黄金と絶対紫の混成も完璧に可能のため、アルト猊下もこの同じ薬液パックを使用しているのだ。

 だから時東にはすぐに、ゼクスがOtherのゼスペリアの青の単体過剰だと理解できた。複合二色以上でゼスペリアの青が入っている場合の過剰症ならば、青以外の複合色に対する処置をすれば良いからだ。

 これを使うのはゼスペリアの青の単体過剰の時だけなのである。

 そして完全黄金と絶対紫は非常に強い、ゼスペリアの青の次に強い補色なので、混成してもそれぞれの色は混じらず分離し、PSY知覚刺激を放つので同時に二色が見えるのである。そこまではいつもどおりで同じだと理解できたのだが、紫の周囲に虹色、黄色の周囲には通常は表層に金色が散らばって見えるような場合が多いのだが今回ははっきり周囲に金色、虹と黄金が枠のように視認できることが時東の頭を次に悩ませた。

 元々絶対紫というのは、ゼスペリアの青と絶対原色の赤・緑を含有しない状態で、Other虹色色相と呼ばれるゼスペリアの青以外を作り出せる特殊Otherの表層色だ。黄色の方は、完全単体Otherであるが、そういう意味で言うなら虹色Otherは非分類ではなくきちんと分類されているがゼスペリアの青以外が全部含まれている補色となる。

 この虹色Otherで美晴宮の紫と英刻院の黄色、さらには花王院の無色透明まで作り出すことが可能なのがロードクロサイトの虹色Otherでこちらは通常時の表面は黒だ。

 だが、表層に出現しているわけではないので、美晴宮の紫と英刻院の完全黄金と比較すると、体内で新たに生成して出現させる形のロードクロサイトの虹から混成した場合は、効果が三分の一程度となるし、薬液の色は黄色と紫が混じった茶色で、ロードクロサイトの表層の黒が表面で輝いて見える品ができる。

 それでも無いよりは格段にマシであるので、かつての提供協定がなかった頃の治療薬はロードクロサイト家に頼みこの提供を受けていたそうだとラクス猊下は聞いたことがあった。けれど、その虹因子が裏側にあるものの、美晴宮の場合、完全黄金や無色透明も持たないし黒も入っていない上、虹色が表出することは医学的にありえないのだ。

 それを言うならば黄色表層上に散らばっている黄金が完全に枠となるというのも同じくらいありえない。

 これを可能にできるとすれば、それは花王院王家の無色透明因子を入れた場合で、そうすると無色透明には各色相を整理する作用があるので、英刻院の黄色はこの状態になる。

 そしてそれはロードクロサイトの虹から作り出した無色透明では英刻院の黄金が優位になるので実現は不可能だ。さらに花王院の無色透明だけであれば、美晴宮の紫の周囲に虹が出現するようなことはありえない。虹は完全に裏側にあるので、その状態で正しいから無色透明の整理が働かないのだ。

 とすると英刻院の黄金を見る限り絶対的に花王院王家の無色透明因子がまず入っているのが一つ、そしてもう一つとして、ロードクロサイトの虹色Other因子が含まれているから、それが同根補色の紫の周囲に付着整理されている状態だと考えられる。

 理論的に言うのであれば、黄色と紫の混成を完璧にするためには、ロードクロサイトの総合補完全分類補色・虹と呼ばれる因子を入れるのは、非常に有効だ。だがただその三つを混ぜた場合だけだと、Otherの虹が持つ複合生成能力により、黄色と紫の一部が茶色に交じるし、虹Otherの保有する他の補色も混ざることになるので、効果は落ちるはずだ。

 だから、混成が完璧で効力が落ちるよりは、完璧でなくても効果が高い方を選択するのが普通であるので、アルト猊下の薬液にはロードクロサイトの虹色因子は入っていない。

 しかし、もしそこに花王院の無色透明が加わったならば、分離効果により紫と黄色は混じらないし、虹色はまずほかに存在する黄色と紫の複合補佐をするから完璧な状態にしつつ効果も落ない。

 その上、無色透明もまた絶対補完補色であり、そしてこれはゼスペリアの青と違い、一見なんの効果もないが、実は全補色の中でゼスペリアの青と同じくらいの優位性があるため、ロードクロサイトの虹の放つ他の色相は全て無色透明に負けるので発現しない。

 つまり英刻院の色相入り生体液と美晴宮の色相入り生体液に、ロードクロサイトの虹の発現根拠因子である統一ゼクサ型PSY血小板を含ませて、そこにさらに花王院王家の無色透明色相入り生体液を混ぜたならば、PSY知覚情報でこのような見え方の、ゼスペリアの青過剰抑制対応薬液点滴パックができるということになる。

 そう考えて改めてよく見ると、無色透明視認時の半透明ピンク、虹因子の通常時表層の黒曜石のように輝く黒の、双方鱗粉のようなものが、紫と黄色の背後で時折光っているのがはっきりと確認でき、かつ周囲の空白部分が点滴の表皮ではなく無色透明因子類部分で透明になっている体内投入時の同化補助用PSY復古医療薬液だと理解できた。

 だが――こんなロイヤルパックとでもいうしかない品など、作り出すなど普通は無理だ。