ZXのカルテ(3)
時東はため息を押し殺してから、四つ目のパックを見た。
そちらは透明だ。
赤と緑の保護生体液点滴とは、青に対抗するロイヤルパックが体内でESPとPKを傷つけないようにするためのものなのだが、その他三つには、体内に同化させるPSY薬液は入っているが、そもそもPSYに融合適応させる成分は入っていない。
PSY薬液は特別品ではないのだ。
そして特別に必要となるのは、三つを身体に完全に染み渡るようにさせる、本人と同一のPSY血核球による薬液の補助なのであるから、特異型PSY-Other過剰症の単体異常の場合に必要な基本四種類の最後の一つとして、保護生体液二つと対応薬液一つと共に同じくらい重要で絶対必要なのが、本人の型と同一のPSY血核球入り生体液点滴パックなのだ。
一見ただの半透明の普通の点滴パックに見えるし、一般的な血核球パックかと最初は思った。だがじっくりと見て、再び高砂は目を細めた。理由は二つだ。
ひとつは時折金の鱗粉のような煌きが見えることだ。完全黄金とは違っているが見え方は非常に似ていて、その理由は完全黄金は生体血液型のO型保持も根拠の一つであり、よって英刻院家の人間は、片側の親がO型を持っていなくても必ずO型で生まれる。
そういう意味で特異生体血液型家でもある。血核球を入れる生体液というのは、他のPSY薬液と異なり、生体補助用のPSY浸透薬を用いるのだが、その浸透薬は、治療を受ける本人の血液型と同じものが使用される。ABO式で四種類だ。その中で、生体血液型として稀血と呼ばれる、現在王国だと三十万人に一名程度が持っているO型マイナスの血液型の場合、完全黄金色相の表層の金粉のようなものが、浸透液に現れるのだ。
ちなみに英刻院家は完全黄金因子が理由で色相は金色に輝くが、稀血では特になく生体液も別に輝かない。稀血かつ血核球輸血が必要な場合など滅多にない。
だが過去に一例だけあったのをラクス猊下は研究上で知っていた。
それはレクスの曽祖父だった、その当時のハーヴェスト侯爵だ。
彼はO型マイナスの稀血だったという。
ハーヴェスト侯爵家は、その時に調査した結果、遺伝的に時折O型マイナスが生まれる家系だったのだ。当時血核球を輸血した理由は、ESP過敏症が理由だったそうで、ハーヴェストは昔からPKの方が強いらしく、時折そのPKによりPSY知覚情報をESPによって取得する時に情報に雑音が混入する症状が出るのだ。これが酷いと慢性的な目眩に繋がるのだが、それはPKによりPSY血核球が内部で破壊され減少した状態なので、輸血して血核球の数を戻せば治る。PKが強いとよくある症状ですぐ治る、輸血が必要な風邪のようなものだ。
だが、ハーヴェストの場合、混雑型PSY血核球という、王国内でハーヴェスト血統しか持っていない、非常に特殊な血核球を輸血しなければならないので、昔からこの症状が出た場合は、ハーヴェスト家の者同士の血液提供をしてきたらしい。
混雑型PSY血核球は、無色透明と似ていて直系の子孫までは全員でる。
ただし孫には出ない。
なので当時の当主は弟から提供を受けたところ、ESP過敏症は治ったのだが、ひどい吐き気や、身体的な目眩から始まり起き上がれないほどまで体調が悪化し、この時に稀血のO型だと判明し、その後配偶者となったザフィスのもうひとりの父であるロードクロサイト医師により、稀血O型の浸透液が作成されたのだ。
現在もそれがそのまま使用されている。使われる機会はめったにないわけではあるが、当然、PSY関連医師ならば習う知識であるし、時東は実物を見たこともあった。
それと全く同じで、目の前の浸透液はキラキラ時折黄金に輝く粉が入っているようにESP視認できるのだから、完全に稀血O型の浸透液だ。稀血O型マイナスを用いなければ作成できないし、使用機会も少ないからあまり見ないが、稀血とはいえ、ここまでに見た各種の血統に比べたら多いといえるかもしれないとは思った。
しかし――混雑型PSY血核球の持ち主は、入院中で意識不明のザフィスとクライス・ハーヴェスト侯爵を除くなら、公的にはレクス伯爵一名であり、現在完全黄金の持ち主が琉衣洲のみでもう一名の藍洲が意識不明である事同様に、その血核球は考えてみるとありえないほど入手が難しい。
そして以前聞いた限りだと、ゼクスはレクスの異父兄とのことで、ハーヴェストではないという話だった。
とすると、ゼクスはゼスペリア十九世なのだから、アルト猊下の子息であるはずで病気まで同じなのだからもうそこを時東は疑えないと思っている。O型稀血は別にハーヴェストである必要はない。
けれど――混雑型PSY血核球はハーヴェストにしかいない。
そう考えて改めて浸透液の透明なパックを見据える。黄金の煌きがまず真っ先に目立つが、問題はそれ以外の部分だ。俗にルシフェリア・ルビーおよびイリス・アメジストと呼ばれる白金色なのにルビーのように輝く粉、銀色なのに薄い色合いのアメジストのように輝く粉、この二種類が、明らかに完全黄金類似の粉のほかに内部にあるように見えるのだ。
まず、稀血の黄金の粉が一番大きめでパック全体に散らばっている。
浸透液全てに入っているからだ。
そしてハーヴェスト侯爵家というのは、ギルドに限らず有名な話として、欠番の第四使徒ルシフェリアの末裔家だから、混雑型PSY血核球が浸透液に入った時のこの白金色なのにルビーのように輝く光はそう呼ばれて、とても有名だ。普通稀血ではないので、これが一番目立つ。そしてこれは稀血のものよりは小さいというか目立たない。
理由は黄金の方が白金より目に付きやすいからで、ルビーのように時にキラリと光るからそちらの存在をようやくはっきり理解できる形になるのが正確だ。これもまたパック全体に広がっている。時東が目を疑ったのは、上部には少なく、下の方に多めに、沈殿ではなくそれが正確な形だと知識としてしっているのだが、イリス・アメジストがひっそりとさらに加わっている点だ。
金二種類に比べると全く目立たないが銀の煌きは時折目を引くし、限りなく薄い紫だが、アメジストのようにその銀粉は時に煌く。紫色に輝く銀の粉と言ってしまっても良い。これは非常に小さい。しかしじっくり見れば、存在するのがはっきりとわかる。
イリスというのは紫色の使徒と呼ばれる、宗教院は認めていないがギルドも宗教院内部も実は伝わっているゼストの配偶者の名前で、それは噂としては民間伝承にもなっているほどだが、別段紫の粉だからイリス・アメジストと呼ばれるわけではない。
アメジストと呼ばれるのは紫だからで正しいが、イリスの部分は違う。
まずそもそもの話、血核球による補助点滴が必要なのは、血核球とはESPとPKとOtherを接合する機能を持つからである。そして混雑型PSY血核球とは、その血核球の中において、普通は併存不可能な色相を持つESPやPKやOtherの非分類ではなく分類が可能な色相のものまで併存させることが可能という意味で注目されている血核球である。
混雑型PSY血核球であれば、ゼスペリアの青と、ESPおよびPKの併存が可能になる、
というのがわかりやすい例だろうと時東は内心で思っていた。
ゼスペリアの青は非常に強いOtherなので、それ自体がESPやPKと並ぶ。そのため、ゼスペリアの青の保持者というのは、ESPかPKの片方の力が弱い場合が多い。
特にOther内の構成が単体の青の場合はそうなる。Other単体というのは、分類できるのが一つで他は非分類という状態、複合二色や三色というのは、分類できる種類であり、それらは0から100までのパーセントで表される。
なのでアルト猊下ならば、87パーセントの単体青、他は非分類となる。多くの場合は、PSYの持ち主のOtherは、ほぼ100パーセント非分類だ。ESPにもPKにも分類できないその他だからそもそもがOtherなのであり、それは正常だ。さらにそのパーセントは比率であり、保持している青の中の威力は0から10割までの別の割合で表される。
アルト猊下は7割だ。これは記録開始後、最高のパーセントであり割合だ。歴代二位は、現ローランド法王猊下で、67パーセントの単体・青、4割だ。
つまりそれだけアルト猊下はずば抜けていたし、法王猊下でさえ非常にすごいのだ。普通は30パーセントあれば多い。さらに3割以上は神様のようなものなのだ。そんな二人も、やはりESPあるいはPKが弱い。
例えばアルト猊下もESPが弱い。これは英刻院がPKの強い家系なので、PK側が強かったということもできるだろう。
このように、ゼスペリアの青を持っていると、ほか二つの内一つが下がるか両方下がるのだが、それが血核球に関係しているのだ。
血核球とは、強い順に各色相を接続していくような存在だから、ゼスペリアの青がある場合それが一番にきて、横に、さらに強い順にくっついていくイメージだ。そしてすべてを並べて強いものから弱いものまでを統一して、その人間が放つことができる力を安定させる。体になじませるのだ。
強いものを発現させ、非分類Otherのような特に能力がない部分は消しておく。
なのでOtherは全員が持っているが、ESPとPKしか普通は話題にならないのである。
かつ、強い順に二つくらいまでを放つようにするのが血核球なのだ。
他を消し去るわけではないが、その方が人体的に安定するからだとされている。しかしまずここで一点、混雑型は、一切の力を消さないという血核球なので、混雑型と呼ばれる。
なので受精段階で組み合わせ的にありえないような色相は普通の場合は血核球が一方を消失させるため生まれてこないのだが、混雑型の場合はそういうこともなく、消失が一切なく生まれてくる。
混雑型で組み合わせが不可能なのが、絶対補完補色三色と絶対補色のOther内併存であり、それが理由で逆にあちらが絶対補色や絶対補完補色と名付けられた歴史的経緯があるとラクス猊下は覚えていた。
そのくらい混雑型PSY血核球はPSY医療では非常に有名なのだ。
ではイリス・アメジストはなんなのかというと、こちらは逆にOtherに非分類がゼロの際に用いられる因子である。
この世界に、非分類ゼロというのは、ロードクロサイトの虹とそれが後ろにある美晴宮、その本当の対応色の完全黄金、この三種類だけである。
理論的には、全ての単体色相が100パーセントになり得るが、ロードクロサイトと美晴宮と英刻院以外では、100パーセントの人間は基本的にいない。あるはずなのにないので、子供がいるのに父がいない、使徒だったはずが書かれていない、ということで、そこからイリスという因子の名前がついたのだ。
この三つに共通している因子が、イリス・アメジストと呼ばれるもので、PSY血晶体の一つだ。
これは全人類が共通して持っているのだが、100パーセントの保持者だけ、そのPSY血晶体が、銀色に輝く薄紫の粉のように光るのである。
PSY血晶体は浸透液に元々入っている。そして稀血Oマイナス浸透液も元々存在しているわけで、そちらにも当然最初から入っていたわけだ。上から下へかけて濃度が代わるのも、PSY医療処置だ。
しかしそれが、混雑型PSY血核球に触れて輝くということはありえないのだ。治療用の適合PSY血核球をそこに入れて、その人物が上述の三つの家の人間の場合、あるいは理論上であれば100パーセントの単体Otherを保持している場合のみ、この色になるのだ。それは血晶体が血核球を保護する役割を持っているからである。
時東は小さく首をひねった。
ここまでわかっている事実として色相から非常に強いPKとESPを持っているのと、ゼスペリアの青を単体保持のOtherでかつアルト猊下より重症の可能性があるくらいのロイヤルパック点滴が必要ということは、過剰症はそもそも単体のパーセントと割合が低ければ発症しないので最低でもアルト猊下レベルの強力な青Otherを単体で保持しているのは確実ではある。
かつ、混雑型PSY血核球を持っているならば、ESPもPKもOther青も全て同じように使えるはずだ。そこに――イリス・アメジスト? とすると、Other単体の青が100パーセントであるという結論になる。
理論上は当然ありえる。
しかし理論は理論である。
理論だけならOther等不要で、科学技術によるタイムマシンだって作れてしまう。
ただ、と、考える。
100パーセントとなるのは、遺伝であるのは間違いないのだ。
美晴宮も英刻院もロードクロサイトもそうだ。
そしてロードクロサイトがもっとも遺伝範囲が広く、直系の子息全て、孫が二分の一、ひ孫が五分の一、その次で消失する。混雑型PSY血核球である以上、ゼクスは客観的に考えて、ハーヴェストの血をひいている。しかもレクスの兄だというのだ。
ならばそれは、クライスの子供だという意味であり、クライスの父親のザフィスはロードクロサイトの直系長男。
クライス・ハーヴェストに虹遺伝がなかったのは、もう片側のハーヴェストクロウ大公爵のESPとPKの方が緑羽と朱匂宮の次男だから非常に強かったことと、人工授精とはいえ兄がいたからだ。
時東の父、タイムクロックイーストヘブン大公爵はクライス=ハーヴェストの兄弟という出自になる。こちらの方ではロードクロサイトの血統が濃くなったわけであり、ロードクロサイトは直系長男遺伝よりも、因子保有率によってOtherの虹状態や表層の色彩が変わることで有名だ。
だから形式としては貴族だから長男が爵位をついでいくが、実際にロードクロサイト内では、虹色が完璧に近いほど『お前はロードクロサイトだ』と呼ばれるそうだし、かつそういったPSYよりもロードクロサイトの関係者は、学識やPSY医療、IQに興味を示していて、PSYの虹の遺伝よりIQが高い子供が生まれると喜んでいると聞いたことがある。
さて話を戻すと、100パーセントになるのが遺伝である可能性を考慮するならば、それは虹色以外のOtherであってもおかしくないのだ。
かつ英刻院と美晴宮は色相が決まっているし範囲も狭いが、ロードクロサイトは範囲が広い上に、虹は必ずしも優勢でもなければ、直系に強く出るわけでもないのだ。
たまたま直系でザフィスが強かったというべきで、時東は先ほどのOtherの能力を見る限り、それに関してもザフィスに匹敵する可能性さえある。
この時思わず時東は呟いた。
「イリス・アメジストは、Other100パーセントの遺伝因子なのか? それとも100パーセント時のみイリス・アメジストになるのか?」
そこから、時東の解析は始まった。