ZXのカルテ(5)



 次に、一番上の五つから少ししたの右にある、二つの点滴パックを見る。
 時東は最初にそれを見て、死ぬ程ひやりとした。
 だがあえて気にせず他を見ていたのだ。

 まず一つ目、濃い灰紫色で内部に炭酸のような小さな泡が下から上へ投函では消えていく点滴パックだ。

 これは、通常死を待つ者がホスピスでペインコントロールのために使う事が多い、非常に強力なPSY復古医療特定指定鎮痛剤なのである。

 アルト猊下がもっとも酷かった時のレベル5ですら勿論未使用であるし、レベル6のショック死対策としか考えられなかったから、見た瞬間、最初に凍りつきそうになったのだ。もしその状態ならば、上の基本4つをやった瞬間、無意識発動の痛覚遮断コントロールが切れた段階で死ぬ可能性がある。

 だが現在ZXは生きている上、どうやら青の保護をしているからコントロールも働いていると理解し、その部分は安心した。

 だが、この特定指定の鎮痛剤は、特定指定されている理由は生成が困難で貴重な復古医薬品だからというだけではなく(技術があれば作れるので、時東にならばこれは別段貴重でもなんでもないだろう)、あまりにも強力すぎて、痛みを全く認識しなくなる鎮痛剤なのだ。

 だから、使用中にうっかり後ろからナイフで刺されても気づかないし、うっかりガス代に手をついてやけどしても気づかない。

 それは『痛覚自覚不能症』という病気と同じ状態になるということなのだ。

 違いは、あちらは痛覚刺激を受け取る脳機能の障害で神経にも痛覚知覚伝達回路が無いという点で、こちらはそういった機能は全てきちんとある。

 だが、脳に届いた痛覚情報を、この鎮痛剤のPSY含有薬が隠蔽偽装し、脳は痛みがある事を無意識消去し、かつ痛くない事を不思議に思わせないのだ。

 病気なのに痛くないのは薬が効いているからだというのは事実であるが、これを用いられる人間は告知を受けていてこれまで痛みに悩んできたため、そう信じて心から安心できる脳による無意識偽装が同時にこの薬により行われるのだ。

 闇猫や黒色の痛覚遮断コントロールは、痛覚神経をOtherで遮断して脳に痛覚刺激伝達をさせない、というものなので、似ているがこれともまた異なる。

 そしてそれの元となったOtherの青の無意識痛覚遮断は、痛覚を感知する脳の受容体の直前で働くので神経部分よりもずっと後である。

 闇猫等の技術は基本的に怪我をした時に自分で行いショック死を防止したりするものだが、無意識発動のものは、基本的に内蔵的な疾患の痛みに働く事がわかっている。例えば胃潰瘍などが尋常でなく痛い場合などに勝手に働くのだ。

 そして痛みは本来病気を自分にも周囲にも伝える働きをするわけだが、なぜOtherの青でこれが働くかといえば、それがもう一つの無意識的自己治癒能力が原因である。痛みを自覚せず、また病気も自覚前に治す、というわけだ。

 だが治らないものも沢山あるし、そうなると病気は進行し痛みもないから気づかず、こうなってくると末期ガンなどで発見されやすいのが、ゼスペリアの青系統の持ち主の一つの難点なので、宗教院では定期的な健康診断を全聖職者に義務付けているのである。

 かつ無意識の痛覚遮断のたちが悪いところは、病気と違って普通の痛みはきちんと脳に届けるところである。膝を擦りむけば痛いのだ。しかしこの点滴をした場合はもう、痛みはゼロだ。感じたいと思っても感じるのが不可能だ。

 だがそれは、病気や怪我がなくなったからではないのである。
 そこでもう一つの点滴。
 時東が最初に凍りついたもう一つの品だ。

 透明で、こちらは気泡のような、横の代物よりは少し大きい泡が、あちらと違いゆっくりと下から上へと登っている。

 こちらは本来末期ガンで全身転移し、多臓器不全状態にあるような患者に用いるもので、ガンを直したりこんちしたりはできないのだが、傷ついた臓器を治癒というか修復する完全ロステク医療医薬品なのである。PSY効果は一切無い。

 医学的にロストされていた技術を復古した、完全なる高度科学による医薬品なのだ。神経にも筋肉にも各種体液にも血液にも臓器自体にも骨にすらも全部に作用し正常な状態に戻す薬だ。

 しかし、病気は治せない。

 なので末期ガンの場合、これを用いて臓器や肉体状態を改善して、手術する、ということになる。

 だが、全身を手術するのは現実的ではないので、この絶対使用時限定完全ロステク医薬品に分類される体内快癒薬液は、PKの体内暴発等による一過性の多臓器不全系統などのPSY疾患か全身に大怪我を負った場合に使用すると決まっている。

 怪我に関しては、特定任務従事者に限定されている。それこそ兵器発掘修繕などをする人々となる。無論ZXはそうではない。

 まぁそれらを持参してきたのだから、そうであるとしても良いかもしれないが、そちらの怪我ではなく、PSY疾患として、使用されているということである。特異型PSY-Other過剰症の青単体異常への投薬は法的に許可されている。

 そしてこれまでそれを発症してきたのは歴代のゼスペリア猊下である。
 過去に二度、この薬を使用したゼスペリア猊下がいて、一人はレベル6、一人はレベル7まで進行したとの記録がある。

 復古されてからは素材があれば作成可能なので、こちらの薬は該当者のためには一定数生産されてきたもので、医療院が保管しているし、今も生産を続けているのだ。

 素材も全て完全ロステクで生成するのだが、その繰り返しで素材は全部揃うので、これも知識と技術、そして設備があれば作成が可能であるから、ザフィスは作ることが出来ただろう。

 問題はそういった入手方法ではなく、鎮痛剤とこの快癒液をそろって点滴するのだから、レベル6である可能性で、時東はそれに戦慄したのである。

 吐血していたようだから、レベル5であるのは間違いがないのだ。
 問題はどこまで進行しているのか、ということだったわけである。

 そしてレベル6だとしても、Otherの青の保護点滴という新手法およびこの2つの薬があるわけだから、ショック死は無いし、ロイヤルパックの抑制が効いてくれば、内蔵等へのダメージも治まってくるから、レベル5には完全に戻るだろうし、4になる期待ができる。

 しかし6までいっているのだから、5になるまでにはかなりの治療期間が必要だろうし、レベル5の重い段階であって欲しいと願うが、逆にレベル7まで行っている可能性も考えないわけにはいかない。

 ショック死をおさえるというのは、逆にレベル7への進行を助ける、ということになる場合があるのだ。

 過去二例の内の片方がまさにそうなり、記録上唯一のレベル7に到達したのである。頭部破裂で死亡した。だが勿論、6から7になる間があったわけであり、PSY受容体が変貌し破壊されていった間の記録が残っている。

 非常に苦しむのは間違いがないのだ。

 そのため、レベル6になった段階で、PSY-Otherの完全停止処置をする事が決定されている。

 これは出生時点で先天性の過剰症で特に酷い場合と同じ処置であるのだが、乳幼児の場合であれば身体はそれに適合するし、徐々に停止部分を解除していったり色々と手法があるが、レベル6時点でのこの処置は、意味合いが違う。

 先程もOtherの完全欠乏について少し考えたわけだが、受容体が傷つかなくとも、その処置をするとPSY円環が崩れるのである。受容体は代わりに保護される。だが、体からいきなりOtherが完全になくなり円環が崩れると、ESPもPKも使えなくなり完全にPSYが使えなくなる。

 そうなると、これまでPSY知覚情報を、一般的なPSYの存在すら知らない人間であっても脳は受け取ってきているが気づく力がない、というだけで、この病気の発症者というのは膨大なOtherにより多数の知覚情報を得ていたため、脳にいきなり刺激が届かなくなる。PSY知覚刺激情報がゼロとなると、脳がPSY能力を回復させようとするようで、そのためらしいのであるが、意識を喪失する。脳機能も身体機能も完全に良好な状態で、植物状態となるのである。

 そのようになると、死ぬ前に対応策を見つけ出して停止処置を解除しない限り、寿命が来るまで植物状態ということになる。

 なので停止処置前に、安楽死処置とこちらのどちらを選択するか質問されることになる。

 そう――レベル7になる前に、6になっていたら、ショック死は防止するものの、安楽死処置の提案がなされるのだ。

 どのみち脳の破裂で死ぬしかないからである。
 もちろん、レベル5に戻りそうであれば、そういう提案はなされないが、ショック死を無理矢理止めるレベルまできているので、なかなかレベル5に戻る予測が立つことはないだろう。

 というかレベル5自体が集中治療室から本来出られないし、レベル4でも普通は集中治療室開始の長期入院、レベル3ですら重症とすべき病が、単体青の場合の過剰なのだ。

 それから、それらよりも間隔をあけて棒でいうと上から三分の一部分にある最後の左側の点滴を見た。