【1】王宮



 これは、まだ英刻院藍洲が健在だった頃の出来事だ。


 慈善救済活動の日から数日後。
 その日から王宮には、伴侶補の補佐に決まった者達が訪れる事になっていた。

 貴族代表といえる英刻院琉衣洲と、華族代表といえる美晴宮朝仁の、それぞれの補佐である。誰が呼ばれたのかと、ロイヤルキーパーとして王宮で働く人々は、楽しみにしていた。呼んだ相手の家格や爵位、立場によって、それぞれの人脈力などが競われるのである。

 伴侶補は――一応、王妃候補だ。
 そのため、琉衣洲と朝仁は、好敵手であるとも言える。
 争うのは、第一王子の青殿下だ。ただ、実を言えばこの三名は、別に恋愛関係などにはない。強いて言うなら花王院青と美晴宮朝仁は幼馴染であり、琉衣洲は後に伴侶補に指名されたので、親しさで言うならば青殿下と朝仁だろうと周囲は考えていた。国王の花王院紫陛下が琉衣洲を気に入っていることに関しては、八割が知らない。

 さて――華族が先についたので、琉衣洲込みで皆は挨拶に向かった。
 まだ英刻院藍洲の姿はいない。
 連れてきたのは、朝仁の父である、美晴宮静仁だった。

 にこやかに微笑して「久しぶり」と言った静仁が伴っている人間を見て、朝仁は最初、冷や汗をかいた。

 周囲は純粋に見惚れている。
 まず立っていたのは、「これぞ華族!」というような、非常に煌びやかで美形の少年二人だった。赤と緑、それぞれの着物を着ている。その後ろには、赤と銀の着物姿の美丈夫が立っていた。

 一同は、赤い着物の、尋常ではなく可愛い少年の顔を、まず凝視した。
 すました顔で、ぱっちりした目である。その瞳は紅だ。白磁の肌で頬はピンク、柔らかそうな唇もピンク。チョコレート色の髪の毛が絹のようにサラサラである。まつげが長い。しかしツンとした感じであり、猫のようだ。まるで作り物。お人形さんのようだ。

 豪奢な赤い着物の金刺繍――こんなもの、この少年以外が着ても負けるであろう、という華美。

 その少年は終始、ツンとしていた。
 だが――朝仁を見ると破顔した。
 その場に花が舞う。これには、みんな見惚れた。
 そして――この少年、直後に美晴宮朝仁へと飛びついて抱きついた。

「朝仁様、お会いしたかったです!」
「も、桃雪……! 体の具合はいいの?」
「はい! 朝仁様にお会いできると聞いて、嫌々ながら橘宮をガソリンスタンドにしながら参りました」
「ああ、橘宮もありがとう――けど……橘宮は想定していたけど、まさか桃雪と銀朱殿、それに橘院様がいらして下さるなんて」
「お久しぶりです、朝仁様。朝仁様の負けてはならぬ勝負と伺い、僭越ながら宮家守護筆頭としては、橘宮は無論、匂宮にも当然声をかけるべきかと存じまして――おい」
「そう怒らないでよ。いやだからさぁ、桃雪と僕の婚約というのはガソリンスタンド条約であり、別に僕が伴侶補になったから解消した――わけだけど、最初から、双方別に、ね? だ、だから、そんなに怖い顔をしないで」
「信じられない。桃雪はきっと傷ついた。朝仁様は頭がお悪いようだな――はっきりいうならば、桃雪を確保しておけば、匂宮との繋がりを強化できたであろうに。まぁ良い。さっさと王家と婚姻を結べ」
「桃雪がいじましくてならない妄想と、僕が青殿下と結婚すれば敵が消滅すると完全に橘宮の本音がESPで全部ダダ漏れだから僕はどうしていいかわからないな! 桃雪がESPなくてここまで気づかれない君が哀れでならないよ」
「うるさいな! どうせ俺はガソリンスタンド以下だ! 桃雪、ここまでそばで話してても聞いてないしな」
「それは補給の問題だよ。ESP欠乏症は、補給中は周囲の知覚情報弾くんだから」

 なんだか仲が良さそうな朝仁と橘宮、そして橘宮が好きである桃雪という名の美少年はどうやら伝説的華族で美晴宮以上に見る機会がない、華族中の華族で美晴宮に唯一匹敵する高価なお家柄、匂宮家の関係者だと判明した。

 ということは、華族御三家の人間がそろっているのである。華族の神様三名の末裔だ。華族の中でも高貴中の高貴な人々だ。

 名前は知っていたので、青と花王院陛下も、静仁の手腕に小さく息を飲んだ。
 ちょっと声をかけたら来てくれるようなレベルの華族ではないのである。

 そして、橘宮という黒咲において、事実上表向きの最高指揮者兼、橘宮と匂宮という――美晴宮込みで神聖な存在に、普段華族意識などない榎波ですら冷や汗をかきそうになった。特に匂宮など、見ることすら恐れ多いと言われている家柄だ。華族に詳しくないほか三名は見惚れた。素直に見惚れた。

 そして特に三人、また榎波、残り二名も少し首をかしげた。
 髪の色と瞳の色を考える。頭の中で変えてみる。
 橘宮、なんか、どこかで見たことがある。すごくある。
 声も似ているし、口調も、強気な瞳も、なんかそっくりだ。

 その人物よりは素直そうで、イヤミではないが、それは貴族と華族の文化の違いにも見える。そう、もう一方が、麗しき金髪で、紺よりの紫の瞳をした白磁の、桃雪を除くならばこの場で先程までもっとも美しいというしかなかった美少年にそっくりであり、そちらは貴族側の完璧としか言いようがないきらびやかな衣装を着て負けていない人物だ。さてその人物、珍しく嫌味に笑うでもなんでもなく、無表情で、しばらく見ていた。そして場がひと段落した頃小さく頷いた。その視線に橘宮も気づく。

「久しぶりだな英刻院」
「ああ、元気そうで何よりだ、橘宮」

 双方ともに呼び捨てだった。呼び捨てで呼び合うことが許されない、貴族の中の美晴宮的存在の英刻院家の時期当主と、華族の中での貴族筆頭という意味で、王家の貴族筆頭英刻院と並ぶだろう橘宮の当主本人が、呼び捨てである。そもそも知り合いなのが奇跡だ。仮に知り合いだとして、お互い、そんな風に言い合う性格には思えない上、貴族と華族は仲が悪いのであるが――……顔面瓜二つ、双子に思える……橘宮の髪が腐葉土色で目が緑なだけである。

「ああ、そうか、二人は従兄弟か。前から似てるなぁとは思っていたんだけど、並ぶとそっくりだね」

 納得したように朝仁が言った。

「ああ。英刻院の従兄弟が、伴侶補の朝仁様とご一緒させていただいているため、失礼がないか、いつも心苦してくてな」
「橘宮。『実際には琉衣洲に朝仁様が手間ばっかりかけさせてるのは確実だ』ってだだ漏れだから。君さ、自分のESPが強すぎること思い出して! その通りだけれどね。琉衣洲は僕に非常に良くしてくれる誇り高き貴族だよ」
「身内上げもなんだけれどな、琉衣洲が華族で俺の部下だったら、俺は死ぬほど楽だと思う。だから同僚の朝仁様が羨ましい」
「全くだ。俺のおかげで朝仁はかなり楽をしているともっと宣伝して英刻院の評価を上げておいてくれ」
「まぁ本音として貴族の代表がお前になるなら、やりやすい。桃雪と朝仁様はこれだからな……」
「俺もやりやすくなくはないが、別段いとこを優遇して華族に特別な対応をする気はさらさらない。英刻院は平等だ――そちらが、桃雪匂宮様か? 朱匂宮古希宮様の従兄弟であらせられると伺っている。よろしければ桃雪匂宮様に、橘宮から従兄弟として紹介しちただけるか? ……安心しろ、本当にただの儀礼であって、俺はお前と違ってそういうことは考えていないし、英刻院の名に誓って桃雪匂宮様に惚れることはない」

 途中から、橘宮が――桃雪に手を出したらぶっころすぞ、まさか惚れてないだろうな、というESPを乱反射した。なんだこれ、すごいなと、周囲が吹きそうになった。

 朝仁に抱きついて桃雪はぼんやりとしている。
 その肩に橘宮が触れた。
 すると桃雪がハッとしたように目を開き、振り返った。動き出した! そして膨大な橘宮のESPが、桃雪により吸収されていくのがわかる。なるほど、本当に欠乏症なのだろう。そんな桃雪匂宮、琉衣洲を見つけた。

「――!? 橘宮!?」
「従兄弟の英刻院琉衣洲で朝仁様の敵だ。もう一人の伴侶補だ」
「――はじめまして、桃雪匂宮様。英刻院琉衣洲と申します。橘宮様より時折桃雪匂宮様のお話を伺っておりました。お会いできて光栄です。この度は、しばしの間、お付き合いよろしくお願いいたします」

 琉衣洲、貴族として完璧な対応をした。橘宮に流されなかった。そう、匂宮の人なのだ。これが当然な反応だ。そんな琉衣洲の微笑は、一同の目を釘づけにした。これ、これなのだ。美貌と金で爵位を買った英刻院、と呼ばれるだけはある神々しい顔面美による外面! 桃雪が首をかしげている。それから橘宮と琉衣洲を交互に見たあと、微笑した。これもまた美しい。なんだこの眼福は! 多分橘宮も笑い、桃雪が橘宮へと微笑を向けることがあれば同じなのだろうが、なんというか天使と華という感じなのだ、こちら!

「――桃雪とお呼びください、英刻院殿下」
「では、俺のこともよろしければ琉衣洲と」
「ええ。ありがとうございます。桃雪は、琉衣洲様とお呼び致します。琉衣洲様は、桃雪に様はいりません! すごい! 優しい橘宮だ! しかも貴族だからキラキラしてる!」

 桃雪の瞳が輝いた。頬が桃色に完全に染まった。完璧に琉衣洲の外面にやられている! 普段ならこれでいいのだが、橘宮から飛んでくる殺気に、琉衣洲が冷や汗を流した。

「……――橘宮様には、叶いません。従兄弟である俺から見ても、彼は非常に優秀で優しい人物です。無論、匂宮の皆様には劣ると思いますが。そうだ、よろしければ、そちらの皆様にもご挨拶をさせていただきたいのですが――お手を煩わせるわけには。橘宮様、お願いできますか?」

 琉衣洲、さすがである。それとなく完璧に軌道修正を図った!
 不機嫌そうな顔ではあったが橘宮が頷いた。

「――銀朱様。あちらは、英刻院元宰相貴族院総責の、貴族院筆頭貴族、英刻院家の長子で、朝仁様と共に、この王宮にて伴侶補を賜っている英刻院琉衣洲殿下です。父方の従兄弟であり、俺の父と彼の父が双子の姉妹ですので、個人的に親交があります。血族ですので、失礼がありましたら、貴族への抗議は責任をもって俺が彼を通して周知させるようにしたいと考えております」

 して、橘宮も琉衣洲に似た、すごく仕事ができそうな華族になった。話しているうちに真剣な表情に変わったのだ。とすると、である。つまりその言葉をかけた相手が、爵位はともかく、橘宮にとっては目上なのだ。

「英刻院殿下、こちらは、銀朱匂宮総取り様だ。全匂宮の関係者をまとめるお役目をなされておられる。現在、朱匂宮様は華族敷地を出ておいでであり、通常は匂宮家直属の分家筋であらせられる桃雪匂宮様が匂宮様となり、銀朱様が匂宮の全て及び、匂宮家や関係配下家等と美晴宮家、そして橘宮家以下全ての華族への連絡等の執務をこなしておられる――また、貴族院付属華族院の事実上の総責であらせられる。そのため華族敷地内における華族が王室への謝辞として行う一切を取り仕切っておられる」
「――橘宮様、大げさです! いえいえ、私は匂宮総取り――というなの桃雪様のお世話係兼家政夫で、華族敷地の全ては橘宮様とその配下の右大臣と左大臣家がやってくれておりますし、名前だけですので。それに! 貴族院のお仕事は全てそちらの琉衣洲殿下のお父上の英刻院閣下が代わりにやってくださっており、私は完全にノータッチでございます。はぁ。琉衣洲殿下が桃雪様のところへ来てくださって、琉衣洲様と橘宮様で仕事をして下されば、匂宮は安泰なのですが……朱の若宮様も真紅様もご多忙とのことで……ああ、失礼いたしました、英刻院伴侶補殿下。私は、銀朱匂宮総取りと申します。古くは、英刻院閣下と前々国王陛下と共に、また貴方の亡くなったお祖父様である英刻院前々宰相閣下に、藍洲殿と二人で執務指導をして頂いたことがございまして、なんだか琉衣洲様のキラキラした所を見ていると、眼福でなりません! お祖父様やお父様に勝るとも劣らない天使のようなキラキラ!」

 まず、『えっ、この人何歳なの!? 三十代前半くらいじゃないの!?』と、知らない人は思った。藍洲よりは年上に見えるが、とはいえ、前々国王とか英刻院前々宰相閣下とか、ここにいる人々にとっては歴史上の人物である。して、途中、謙遜と、琉衣洲を立てているのかと思ったら、最後でみんな優しい顔をしてしまった。この人まで、琉衣洲をキラキラした輝く瞳で見て、頬を染めているのだ。琉衣洲でさえ、それにはちょっと焦った。実際に華族院の人間など見たことないし、美晴宮親子以外の始めての存在であるし、ほかの人間が仕事をしているとしても――銀朱匂宮総取り様とやらは、華族における英刻院閣下のような存在であるはずだ。しかも本人出自も匂宮分家っぽい。さらに優しい目元の切れ長の瞳は真紅であり、髪は銀色。桃雪と同じ白磁の肌だ。こちらは英刻院閣下の金を銀、青紫を紅、肌は同じ白という感じで、顔立ちだけもっと華族風な、美丈夫なのである。むしろ、琉衣洲あげるから、こっちきてくれないかなぁ、とお城で働く人々は英刻院閣下と、この優しそうな銀朱様のチェンジを心で思った人もいた。

「――お初にお目にかかります、銀朱匂宮総取り様。英刻院琉衣洲と申します。祖父と父がお世話にとのこと、ご迷惑をおかけしていなければ良いのですが」
「どちらかといえば、お祖父様に与えられた仕事を、私が藍洲様にやっていただくことが多かったので、逆す。非常に優しいご家族をお持ちで、銀朱は琉衣洲様が羨ましいです。何より、生まれた時から眼福!」
「……いえ、そんな」
「桃雪様、この琉衣洲様というお方は、英刻院の方なのに、表面上もお優しいです! おすすめです! 大体怒鳴り散らしながらツンデレ風に仕事をし、かっこよくいなくなるので英刻院家の優しさは伝わりにくいのです」
「銀朱、僕も琉衣洲様の外面がとても好きです!」

 琉衣洲、吹きそうになった。外面……! しかも、ツンデレ!
 周囲も爆笑しそうになった。確かに全部あたっている。
 銀朱匂宮総取りは、本当の事を言っているのだと、全員理解した。

「桃雪様も、琉衣洲様とは言いませんが、せめて橘宮様くらいは外面に気を使ってくださらないと、銀朱は死んでも死にきれません!」
「銀朱! 銀朱も外面に気を使わなければならないと桃雪は思います! 桃雪が外面がないみたいに琉衣洲様に思われてしまいます!」
「では銀朱にそれをまず披露してくださいませ!」
「っ……」
「なぜ匂宮の本家の血を引く皆様は皆、綺麗なものに弱いのでしょうか」
「だって、キラキラしているのです」

 しかし、静仁が連れてきたメンバーが凄すぎる。
 かつ――榎波のみ知っていた。銀朱匂宮は、黒咲の前リーダーだったのだ。
 死ぬほど強い。

 そんな中、貴族側着の知らせが届いた。

 英刻院閣下が連れてきた四人を見て、目を見開いた人、続出だった。
 開かなかったのは、英刻院閣下本人と、入ってきた琉衣洲補佐役なのだろう二名だけで、この二名は何も知らない可能性もあるので、ちょっとあれだ。琉衣洲がまずそちらに向かった。琉衣洲はかなり驚愕していた。そう、この場にいるほぼ全員が、まずその琉衣洲が驚愕している相手にポカンとしているのがひとつある。

「ラクス法王補佐特別枢機卿猊下、ご無沙汰いたしております――……」
「そんな風に堅苦しく言わないでください。お会いできて嬉しいです、琉衣洲様」

 すげぇ。まずみんな知り合いだという事に驚いた。さすがは英刻院家だ。

 ラクス猊下――それは、宗教院にあらわれた癒しの天使として評判の柔和な慈悲深い微笑をたたえた、まさに御使いそのもののような存在なのである。次期法王猊下として、ほぼ決まっている。というか既に代行ばかりしている。それが可能な特別補佐という役職は、ラクス猊下のために作られたのである。もう生まれが高貴。現法王の孫であり、現セスペリア猊下の甥、本人は、ミナス・ゼスペリア家の当主であり、生まれながらの宗教家。十二使徒とよばれる聖書の存在の末裔だ。

 つまり、この人物は、法王猊下・ゼスペリア十八世・十九世の次に偉いといってよく、十九世弟である特別補佐枢機卿と並ぶかその上と言われる存在だ。十九世兄弟とは従兄弟となるそうだ。全方向で神聖なお人であり、本人は非常に優秀なPSY関連医療の最前線にいる一人である。またPSY-Otherの青色相が強く、強力な治癒能力も持つ。何より、身につけている装飾具、全部聖遺物であり、使徒の誰かが残したものばかりで、荘厳な気配と、神聖な気配と、つよい残存PSYが伝わって来るのに、あれを一人で全部つけて平然としている、ラクス猊下自身もすさまじいPSY能力。してその美しいアクセサリーに気圧されない優しげな美貌と紫色の瞳。きらめいている。桃味がかかった白金色の髪が、まさに天使。やばい、これはやばい。美しいとかじゃなく、神聖度が半端ない。そんな人物が『様』と呼んでいる。呼ばれている。琉衣洲、困った。

「ラクス猊下もいつものように呼んでくれ。様だなんて」

 して琉衣洲、持ち前の外面で乗り切った。
 貴族間の親しい振る舞いにチェンジだ。全員、普通に親しいのだと思ってしまうレベルの外面で、桃雪の時とはことなる、微苦笑まで浮かべて見せた。琉衣洲、超すごい!

「けど琉衣洲さんの威厳をアップしようかなっていう、僕なりの配慮を目指してみたんです」

 ラクス猊下、クスクス笑っている。この人が言うと、それが冗談だときちんとわかる。まじ天使だ。琉衣洲も個人的にこの人物は嫌いではない。ゼスペリア十八世が藍洲といとこで、十八世の異父弟がラクス猊下の父親という関係なので、一応親戚なのである。

「ありがたい配慮だ。来てくださって感謝する」
「いえいえ。久しぶりにお会いしたくなったので、嬉しいお誘いをいただきました。なんでも、できる事柄ならば、お手伝いいたしますので、言ってくださいね」
「心強い」

 琉衣洲、かなりほっとした。真面目に、頭も良く、仕切れるし、仕事もできる、それがラクス猊下だと聞いているし見たこともあるしよく知っていたからだ。そして優しいし、琉衣洲を邪険にしないし、神聖で優しいのに威厳を持つという、理想的な人物――それがラクス猊下だ。彼を連れてきた父を尊敬し、真面目に感謝した。続いて、琉衣洲はもう一人を見た。なんというか、琉衣洲とラクス猊下という壮絶な美貌の持ち主二人に、負けず劣らずの美少年という時点で、みんななんかぽかんとした。チョコレート色に近い黒髪に、真紅の瞳の美少年。最初は無表情気味で、それは「ちょっと緊張しているのだろう」とみんな判断した。反面、理知的な造形なのもあって、冷たい人物である可能性も考えた。こう、氷みたいな空気もあるのだ。しかし彼は、琉衣洲と目が合うと微笑した。みんな心を打たれた。やばい、美しい。

「久しぶりだな、レクス伯爵」
「ああ、琉衣洲も元気そうで良かった。お前が伴侶補か。意外だな、あまり好みそうな職とは思えなかった。琉衣洲にならば十分こなせると思うが」
「だといいが。しかし良かった。まさかラクス猊下に雑用をさせるわけには行かないからな。お前にならなんでもやらせることができる」
「人使いが荒いとは知らなかった。どちらかというと俺が知る琉衣洲は、自分でやるタイプだが――それより俺も驚いた。まさかラクス猊下がおられるなんて。初めてお会いさせていただいたが、本当に天使のようなお方で見惚れてしまったぞ」
「お前に見惚れられるんだから、やはりゼストの血筋はすごい」
「やめてください。貴族界の華と呼ばえる英刻院とハーヴェストのお二人のそばにいると、僕はちょっと辛いんですから」

 その言葉にみんなちょっと納得した。そう、そうなのだ。貴族の中で英刻院に唯一並ぶと呼ばれる美形排出家、それがハーヴェスト侯爵家なのだ。研究界でも論理IQ筆頭の英刻院と数理IQ筆頭のハーヴェスト、としてのほかに、とにかくきれいだという評価をされて、外見研究の対象にされやすくもある二つの大名門貴族である。

「そんなことを言われると恥ずかしくなる。ところで、琉衣洲は、ラクス猊下とはどういう? 実は少し所要で俺が遅れたせいで、まだ正式にはご挨拶をさせていただいていないんだ」
「いえ、レクス伯爵は、きちんと時間の三十分前にはいらしていらっしゃいましたよ? 遅れたのは英刻院閣下です」
「申し訳ない、父が失礼を――その父の叔父が、英刻院より現法王猊下の元に入られた絵んだ。父の従兄弟が、ラクス猊下のお父上の兄なんだ」
「そうなんです。親戚です。改めまして、ラクス=ミナス・ランバルト=ゼスペリアと申します。気軽にラクスとお呼び下さい」
「なるほど、そうだったんですか。では俺のこともよろしければレクスと。俺は、ユリウス・ハーヴェスト侯爵次男で、伯爵位を恐れ多くも賜っている、レクスと申します。琉衣洲とは、そうだな、家同士の交流もあるのかもしれませんが、学校の同級生で、以来貴族行事で会って雑談する仲で、悪友というか、まぁ普通の友達です」

 溢れるような笑顔でレクスが言った。友達と言われて琉衣洲は泣きそうになった。実際琉衣洲も貴族で誰か友達をあげろといわれたら、レクスは頭に浮かぶ。一緒にいると気を使わなくていいし、レクスは頭がいいのも知っている。小さい頃から知っているし、遊んだこともある。しかし本人に友達と思われているとわかると死ぬほど嬉しい。そして明らかに喜んでいる琉衣洲を観察していた花王院陛下の敵認定をレクスはくらった。


 このようにして、王宮には、補佐をする人々が加わったのである。
 ――表向きは。

 そこは、『黙示録対策本部』が実情だったのである。