【5】異変の予兆
そして改めて時東が、体温を耳で測定した。
――34度。
医師であるラクス猊下から見ると非常に低くて即入院を勧めるレベルだったが、昨日より高くてレクスはほっとしたし、時東もかなりほっとした顔をしていた。
次に時東はゼクスの手首に首輪をはめた。
瞬間、ビービービービービーと音がしたため、視線が集まったが、すぐに時東はそれを外した。ラクス猊下は愕然とした。
今のものは、痛覚測定器具なのだが、その音はレベル4であり、レベル5がショック死相当測定不能なのである。
体温計と腕輪を、政宗が手を置いている銀色の台のトレーの上に戻した。
ラクス猊下は、レベル6ギリギリ手前の状態にゼクスがあるのだともう考えるしかないと思った。むしろレベル6でもおかしくはない。
昨日も点滴をしたらしいから、それが効いていたからレベル4の痛みでショック死を免れている可能性もある。
そう考えていた時、時東が言った。
「――ちょっとゼクスを起こすから、お前らは黙ってろ。喋ったやつは、政宗、適当にどこかへ捨ててこい」
政宗が曖昧に笑った。他一同は黙って頷いた。
それを見た後、時東が、自分のOtherを一度遮断し、そしてそれでもゼクスがきちんと眠っているのを確認してから、点滴のPSY睡眠薬に刺激を送った。
「ん……」
「横になったまま俺のお話を聞いてください、ゼクス様」
「……あれ、ここはどこだ? 俺、ソファにいなかったっけ?」
「――オーウェン礼拝堂だ。気にするな」
「どこだ? レクスの家じゃなかったのか? けどな――それより、なんで俺、こんなに点滴まみれなんだ? 昨日もしたし、今日はそんなに調子悪くないぞ? 早く終わらせてくれ。大体なんで時東がいるんだ?」
「ちょっとな。お前にいくつか聞きたいことがあるんだ。オーウェン礼拝堂の皆様が」
「え……けど、俺、何にも知らないぞ?」
「大丈夫だ。持ってきた荷物の内容を、口頭で聞かれることがある程度に思っておけ」
「ああ、それならできるな」
「その間ここで点滴だ。点滴ペースは医者である俺が決める。というか、お前には早く終わらせろと言う権利はない」
「う、うん、そ、そうだな」
曖昧にゼクスが頷いた。天井を困惑したように見上げている。
「今日はそんなに悪くないと言っていたが、それは昨日より具合が良いという意味か?」
「なんというか、出発して――昨日の点滴前というか、眠る前まで歩きっぱなしでな。体調が悪いかどうかなんかじゃなく、眠くて眠くて、ただ食欲は無くてという感じだった。寝たら逆にすごくお腹減ったけどな、そりゃ三日も寝ずに食べずに歩いたらそうなるだろ」
「途中で寝なかったのは危ないからか?」
「いや、ゼストが絶対に寝るなって俺を脅したからだ」
「ちなみに、歩き出す前、教会にいた頃、最近眠気は? お前、眠くなりすぎだろ?」
「んー、歩き出す直前が、まずそもそも尋常じゃなく眠かった。それで一回眠かったんだけど、ゼストが逃げろと言い出したから、必死で眠気を吹き飛ばした。それと、ラフ牧師が怪我をした日、あの時も死ぬほど眠くなっていて、榛名の電話を切ったあと爆睡予定だったんだけど――ラフ牧師が怪我をしているのを見たら眠気が吹っ飛んだ。それ以外は、そうだなぁ、一ヶ月くらい前から、若干前より眠くなった。春だからかもな。あ、いや、三週間前くらいのはずだ。貴族院の慈善事業の日の夜から、無性に眠くなる日が最近あったんだ。あの日に、最下層の噴水のところに、白い使徒ランバルト像が建てられたから、覚えてる。そういえばあの像――なんか、俺の記憶だと最初の日は、全部真っ白だったと思うんだ。乗っかってる台は灰色で、さ。けどな……あれ? 急いでたからいまいちだけど、台が黒くなってて、ん? というか白くない、灰色になって、彫刻像というか石像になって、あれ、なんか最終的に黒い彫刻像になっていたような気がするな、ん? あれ? 誰か塗り直したのかな? もったいないな……そうだ、俺、なんか変だよなぁって思ってたんだよな、あれ。けど、あれを変だと思ったあとは大体眠気がすごいから、その後爆睡していて、忘れていた。しかも最後に見た時は、ラフ牧師の件の時だったからどうでもいいと思ったけど、黒い像の瞳が、今思うとなんかこうサファイアみたいに見えた気がするけど、さすがにこれは気のせいだろうな……そうじゃなかったら、抜き取って売って、寄付金にしてもらったほうが良いだろう」
「……石像……――は、後で誰かに聞いておいてやるからまず忘れろ。その頃、ザフィス神父は、点滴どうしろって言ってた?」
「三日に一回。最低でも五日に一回。最悪の場合でも二週間に一回」
「それでゼクス様よ。実際にお前がやった頻度は?」
「……う、うーん?」
「笑顔を浮かべれば許されると思うな」
「……すごく具合が悪い日で前後にやってない時は、きちんとその日、なんか体調悪いような気もするからやっておこうかなという場合は五日に一回、けど……基本は二週間に一回だな……。でも、春のちょっと前くらいからなんというか、たまに眠い日が来るようになったから、その頃から一週間半に一回を心がけていた。その頃は、最低一週間おきに一回、最悪三週間に一回で良かったから、大体守ったんだぞ? それにあの頃は、薬の節約について考える必要もなかった。けど、今はほら、なんか王都どころか最下層も比較的危ないだろ? だから節約しようかなと……」
「薬は運んであるから今後は節約はしなくて良いが、一回はじめたらもったいないから全部やれ。あと、その三日に一回指示も、三週間前からか?」
「ん? いや、春の頃が過ぎて、それで別にこう体調は俺的に特に変化は無かったんだけどな……なんだったかな……んー、あ! 新聞に法王猊下が倒れられたと書いてあった日にいきなり言われたんだ」
「……ちょっと話が変わるが、自称ゼスト氏の夢を見る頻度は、三週間前から増えたか?」
「いや、一ヶ月前に増えたってことになるな。その像が来た日の、丁度一週間前に、像が立つ場所の掃除頼まれて――その日に夢に出てきてから、なんか夢を見まくったな。言われてみると、急に増えた」