【1】橘宮の一言



 時東に病気の説明を求めようか周囲が悩んでいた時、時東は白衣から扇を取り出していた。静かに開いて、少し仰ぐ。そして、もう一度、今度は冷静な口調で言った。

「本当にそう思ってるのか?」
「――いいや、全く安心できない」

 橘宮が言った。
 周囲が驚いたように視線を向ける。
 気は強いが橘宮は揶揄するよう性格ではない。
 すると時東がすっと目を細めて橘宮を見た。

「橘宮様は今すぐ死ぬ可能性が高いと思うのか?」
「体質によるし俺は医者じゃないから肉体的な部分は分からないが、PSY血統医療側から判断するなら、灰色が濃すぎるのと黄色が薄すぎて緑すぎるから、貧血と栄養失調でこの状態だと心停止と呼吸不全で死亡すると俺は思うが、過去には心停止は一度も?」

 その言葉に時東が首を振る。

「記録上、幼少時は年に三回以上進呈し、ここのところも三年に一度は新停止している。73回だ。すべて心臓再鼓動装置で、心臓マッサージだったらしい。呼吸不全――原因不明の肺炎で死にかけた事が三十二回記録にある。なにより貧血と栄養失調、この二つの原因がわからない。なぜすべて断言できたんだ? 点滴類からの推測か?」
「いや、点滴はどれも知らない。なにやら輸血しているのはわかるが……そうか……それなら、相当痛いはずだな。鎮痛剤の類はよっぽど強くないと効果があまりないだろうし」
「痛みで心停止、ショック死する病だからな」
「それはない」
「それはない?」
「ああ。痛いのは貧血だ。灰色が濃いからだ。真紅匂宮と桃雪匂宮から、丁度良い赤と、翡翠鳥万象院と鶯羽万象院から、丁度良い緑をつくり、これを混ぜて作った灰色を、朝仁様の紫で正確な灰色にして、あそこの英刻院で黄色をたして、赤と緑と青の他に、灰色の濃度調整をしないと、今のままだと灰色が濃すぎるから、自分の血で灰色を調整するから貧血になって、その時の血の変換で痛みが走るんだ。心臓が止まるのは、栄養失調のせいだ。だから痛みは別の問題だ」
「――……PSY複合断層面地層色の話をしているのか?」
「い、いや、医者じゃないからそう言われても……」
「栄養失調はなぜ起こる?」
「もっと一色にしないと駄目なんだ。今は斑だから。これでは薄すぎて、自分の身体で色を一箇所に集めなけばならなくて、そうすると、カロリーを消費することになる。高IQやPSY維持のカロリーや身体表現性天才というようだが、それらの維持は青色の自己回復でなされるから、食べても食べなくても通常人と同様の食事量で賄えるから見た目は現にやや細身だがそれはただの体質だ。だが、一色にする時にカロリーを使うから、いつも同じ食生活でも、一色にする頻度が増えれば急に栄養失調になる。この時に、心臓の橙色で調節するから、あんまりにも一色にするために使うカロリーが多いと、橙色が黒になって心停止するんだ。それと一色にする時に肺の水色が暗紫色になると呼吸困難で死ぬ」
「今度はおそらく地層面波紋だ。こちらも治し方が推測できるか?」
「地層などは分からないが――まず一色にするためには、真紅匂宮が非常に強い一色だから、まずそれを土台にして、黒曜宮の錦で平らにする。真紅匂宮の一色は一色だが凸凹しているから、錦で平にしないとならない。まずこれで、もう栄養失調は急には起きなくなる。そうしたら、後は現在のような体調になったら、橙色と水色の調整をしないとならないから、真紅匂宮がどうやら青紅と青を持っているから、それを橙色と水色の基盤にして、薄めるために桃雪の白を使うと良いと俺は思うが」

 周囲にはいまいち橘宮の話が分からなかったが、時東は頷いていた。
 驚いた様子もない。

「今から追加分の薬を作る」

 時東がそう言って、ロステクモニターを展開した。
 周囲はみんな思わず見上げた。

 そこにはゼクスの色相等が広がったのだが――話を話を聞いていてゼスペリアの青を持っているらしいとは分かっていたが、あまりにも完璧だったからだ。

 まず中央に巨大な四角が三つ並んでいる。青・緑・赤だ。
 そして青は左に細長い四角形、緑と赤は下に細長い四角形がついている。
 青の下にはその部分に白い四角形がある。

 そして全部の下に虹色のように様々な色が分類されて変化していく細い横長の四角があった。それから赤の四角の脇には黒から白へと変化する細い縦長の四角形がある。

 その横には、透明なガラスのような四角形が出現していた。
 隣には縦長の、黄色から茶色へ変化する四角がある。

 青・緑・赤の上にはそれぞれ縦に横長の枠が出ていて、上に測定数値、下に原色との一致率が表示されている。

 青の左側上部には縦に似たような数値ボックスがあり、そこに三つのIQが表示されている。その下に円グラフがあり、身体表現性天才技能などの円環がある。その下に四角があり、PSY数値の縦グラフデータがある。

 そしてそれらの横に巨大な円グラフがありPSY円環が表示された。その脇に縦長の四角形が出て、上半分に現在の脈拍や脳波、下半分に投薬内容が出現している。

 中央のそれぞれは、絶対色相表である。

 青は一番上がゼスペリアの青と呼ばれる、絶対補色で、一番下はほぼ白の薄い水色だ。
 左の四角形が、そのゼスペリアの青一色になっていて、同色だと示している。
 青の下の白は、本来非分類Otherが表示されるのだが、ゼロのため、白表示なのだ。

 本来の白Otherの場合と違い、赤枠で空白だと知らせている。

 緑は、中央に鮮やかな濃い緑のラインがある。そこが絶対原色の緑、緑羽万象院が持つとされる色で、その真下にはそれと同色が表示されている。左側が青に近い薄い緑で翡翠鳥、右が黄色に近い濃い黄緑で俗に鶯羽と呼ばれる色彩だ。左が送信、右が受信特化のESPとされる。

 最後の赤は、左側が暗深紅で右側がほぼ白に雪のように淡いピンクが散らばり広がっている。左側よりの真っ赤の部分と同色に、下の枠が染まっている。それが朱匂宮と呼ばれる左の単体PKと右に行くにつれて強くなる範囲PKの双方が完璧に得意な、絶対原色の赤だ。

 それらの下の虹色のラインは、所持するESP-PK-Otherで作り出せる色彩の一覧である。
 白がないため、全ての色彩を生み出せるということだ。

 絶対補完補色はここには入らないし、ロードクロサイトの虹とは異なり、一つ一つを都度都度作ることになるが、使用したい能力に必要な色相状態――つまりESPやPKを自由に混ぜ合わせることができるということだ。

 かつ赤の脇の黒から白への箱は、その濃度を全て自由に調節できることを示している。人により調節できる範囲は異なるのだが、完璧に調整できるから一番上の黒から下の白までが表示されているのだ。

 その横のガラスは、自然な状態でのPSYの在り方を示すもので、ここに凹凸があったり、模様があったりすると、特に強い部分やかけている部分、癖がわかるのだが、透明なガラス形態というのは、全てが非常に強力だが完全に統制が取れているという状態をさす。PSY波紋だ。

 そして隣が、黄色から茶色がPSY断層と呼ばれる、これも生まれ持ったPSYの形態表示の一種で、持っているPSYをどのように使えるかがわかる。一番上の薄い黄色だと表面的な部分しか使えず、一番下の腐葉土色だと深層にある強いものしか使えないのだが、全色地層のように埋まっているからゼクスは全て使用できるということだ。

 なお、各原色一致率は100パーセント。その上のPSY数値は5000プラス、全て測定不能ということである。IQ数値も3000プラスで全て測定不能。その下の天才円環も白の空白がなく、全ての部分が埋まっている――つまり、天才機関の認定している天才技能を全て保持しているということで、かつこれは100パーセントに近いと黄色、0パーセントだと白になるのだが、全部黄色で黄色い丸が表示されているということは、全ての技能が100パーセントの天才ということだ。

 その下の棒グラフは、青・緑・赤で、下から上へと全て突き抜けていて、これもPSY数値が全て規定の100パーセント以上を示し、PSY的天才ということだ。

 測定不能なだけではなく、測定可能範囲で全て使用できることを示している。その横の巨大なPSY円環のグラフはまず縦に直線が入っていて、左側のOtherが青一色になっていた。

 ゼスペリアの青だ。
 そこに100パーセントと書いてある。
 青、単体ということだ。

 続いて、右側は半分の位置に線が入っていて、上が赤。これも100パーセント。下の緑も100パーセント。つまり各原色単体も100パーセントということだ。そしてそれぞれのパーセントの下に十割と表示されている。

 これはPSY含有量と呼ばれるもので、力の強さを示す。
 これが高ければ高いほど、強力な力を持っているという証明だ。
 ――目を疑った者も多かった。

 普通、Otherの単体というのは、30パーセントくらいが青のみで、ほかは非分類を指すのだが、青一色、100パーセントなのだ。本来、こんなものはありえないというレベルである。さらに含有量。これも3割あれば多いし、かなり強いとされる。だが十割だ。

 PKにしろESPにしろ、強すぎる。
 周囲が息を呑む中、時東は無表情だった。
 そして橘宮を見ていた。

 橘宮はといえば、じっと硝子の部分と黄色の部分を見ている。
 やはりその部分なのだろうと時東は観察していた。

 さらに他の数値などに橘宮が特に驚かなかったので、全て視えているのだと改めて確信した。これまで橘宮がPSY血統医療を使えるとは聞いていたが、医療院等に本人が来たことは一度もなく、主に橘宮家で調査が行われていたのは知っていたが、この少年自身にできるとは考えていなかった。

 そして完全PSY医療というのは、まだ未知の部分が多いのだ。

 それから時東が薬の数値を見て、一度扇をとじ再び開いた。
 するとそのデータの脇に四角が出現した。

 それを見て、橘宮が息を飲んだ。時東が、完全PSY血統医学を使ったからである。
 使えるなどという話を、聞いたことがなかったのだ。

 煌く黄金のフチ取りの黄色、虹色の縁どりの紫、銀に時折きらめく薄いピンク。三つの四角が並んで表示され、その下に闇空のように銀の光を放つ黒い横長の細い四角がある。

 その四色の上に同じ大きさの横長の四角が出て、そこには、あまりにも鮮やかに輝いているゼスペリアの青が広がっていた。そして上段と下段のそれぞれの隣に正方形が出現した。下がかなり黒に近い灰色。上が普通の灰色だ。

 その横に、縦長に上段と下段の上から下までへ細長い四角が現れ、上部が赤く、下部が白い。それの隣に同じものが出現して、それは黒に近い深紅だった。横の赤の範囲にはどこにも該当していない。その横に、上がかなり黒に近い茶色、下に鮮やかな橙色。

 さらに隣に、ほぼ黒の紫、下が綺麗な水色が出現した。

 それから再び時東が扇を閉じて再び開くと、ゼスペリアの青の上にガラス平面、下の各色の薬のESP表示の下の四角に凸凹した薄緑のガラスのようなものが出現したのである。

 続いて時東が扇を揺らすと、右の黄色い断層の横に同じものが出て、そこに亀裂が入っているものが表示された。上から下へと黒い線が斜めに入り、時折太くなり、ギザギザしている。

 またガラスと断層の上部に、右上から大きく砕けかけているガラスが横長に表示された。その後、IQ数値から、先ほど橘宮が表示した部分までの上部に三つの資格が現れた。右の四角には、右上が赤、下が緑、残り全てが青で、その青の右側が中央が尖って、赤と緑の中央をえぐっていて、残りの赤と緑のそれぞれにも青い亀裂が入っている。

 その横の中央には肌色の四角形があり、毛細血管のように真紅が走っているのだが、所々でそれが大きくなっている。最後の四角は上が青で下が緑、中央部分から闇のように上下の青と緑が少し染まっている。黒い粒の周囲は白いので、黒い粉がまぶせられているようにも見える。

 最後に時東がもう一度扇を閉じて開くと中央の三つの上に、目を瞠らずにはいられない、銀に輝くゼスペリアの青と、金に輝く緑羽、金に輝く朱が出現した。

「橘宮様、青は薄いし、緑と赤は暗いだろう?」
「――そうなのか? 俺には完璧に綺麗に見えるというか……」
「……本来はこうだ」

 時東がちょっと目を細めて扇を揺らすと、中央の綺麗なものの上にさらに呆気にとられるほど綺麗なものが出てきた。