【3】原因仮説


「目の前にあるようだぞ。それも使徒ゼストが渡したらしい。鴉羽の血だったのか?」

 時東がそう言いながら煙草を銜えた。
 完全ロステク装置の分煙機が働いている。

「……ラジエルという人物、堕天使というのも鴉羽だろう? あの時代も今と同じで華族と貴族もごちゃまぜの名前をしていたようだが――……とすると、この完全PSY医療の白い布。なにかと思ったが、使徒ゼストの聖骸布か。黒いのは確か――イリスの聖骸布と呼ぶんだったか? そこに闇の月宮の布。他の持参品がこの扇も含めて目を疑うものばかりだったから月宮の布を身につけていることには別に驚かなかったが、他の黒と白の布がなんなのかずっと気になっていた。黒い布が、俺と同じPSY血統医療の波動を常に出しているから、その調整で本人がPSYのPK-ESP-Otherの配合を自分で調節していられたんだ。闇の月宮の布は、この病気だった月讀が自分で作ったという話の貴重な品で、白い布は使徒ゼストという人物がラジエルの闇汚染の解除と自分が闇汚染をされないようにと青照大御神様の片布を復古したと聞いている」
「亜空間収納物まで見えるのか?」
「いいや。体内に巡っている完全PSY医療に関係した力の流れが見えるだけだ。PSYに関わっている医療痕跡は辿れるんだ。だから、病気には関係ないが、その……なんというか……黒い石像や雨が非常に悪いものであることはわかる」
「――やはり、この病気は兵器攻撃で悪化しているのか?」

 目を細めた時東の言葉に、周囲が驚いたように視線を向けた。

「少なくとも、この人物に関してはそういった形跡がある。また、詳しくはしらないが、ゼスペリア猊下という人々の内何人かこの病気になった者が過去にいるんだろう?」
「ああ」
「その者達も、この患者のように、鴉羽の二色だったのか?」
「――ゼスペリアの青以外は絶対原色であるという話は聞いたことがないが、なぜだ?」
「先程、PSY受容体の変貌と話していただろう? 本来この病気にかかるのは、青と赤と緑をもった人間だけで、その場合、受容体の変貌など起きない。ちょっと傷がついても他の臓器同様自分で治せる。円環が歪むだのというのは、ありえない。ありえるのは青しかもたない場合だ」
「ありえない? しかしゼクスもゼストもあったようだぞ?」
「あれは、自分で線を引いたという話だ。もともとこの構成の人々の場合、力が海のようにあるものを、自分が使いやすい量だけ抽出して、水たまりのようにしているだけだ。俺達のようなそれ以外の場合は最初から水たまりだ。同じ水たまりに見えるが、俺たちは生まれた時から丸く決まっているが、向こうは自分たちで水たまりを作っているだけだ。ようするにかってに丸枠を作っている。それが病気で受容体が傷ついた時に自分が決めた使いやすい丸枠が変化するから、気分が悪いのだろうが、現に二人共また引き直したという話だろう? 橘宮において、この現象は、この病気の人がごく稀に発症するが、非常にどうでも良いものとされている。珍しくはあるが、程度でいうと軽症の風邪のくしゃみ程度だ。だが聞いた話だと、ゼスペリア猊下という人々はこれになるから安楽死処置をするという。そんなことは本来ありえない」
「後で詳しく聞きたいが、ならばゼクスがそれで死ぬことはありえないと思っていいのか?」
「ああ。絶対にない。ショック死もない。心臓と肺、これがこの病気の主な死因で、それは痛みが原因ではない。だが、過去に別の原因で何度かショック死しかけているのは事実だし、肺炎に関しても起因があったのもわかる」
「別の原因?」
「ああ。自然発生か兵器かはわからないが、過去に一度、おかしな生体ウイルスをすべて吸収して、少なくとも王都全域から消滅させた過去があり、その際に自分の体内で浄化できない部分のみ発症して肺炎を起こしている」
「っ」
「同じことを青照大御神様がやったという記録が橘宮古文書にある。所持品といい、この人物は、まさに恐れ多いな。そしてショック死は――こちらは確実に兵器攻撃、PSY融合兵器の波動を過去三度、停止させて自分の身がその反動被害を受けている。そちらこそ受容体が傷つく。が、その際に傷ついた形跡はない。これも規模的に停止させていなければ最低限王都全域に被害が出ていただろうな。マインドクラック兵器・PSY受容体破壊兵器・生体内PK暴発兵器、この三種類だ。しかし持参品にそれらを防止できそうな防衛兵器があるようなのに、なぜそれらを使わなかったのだろう。突発的だったんだろうか? ――いいや、違うな。おそらく、無意識に停止させたり吸収したんだろう。PSY使用記憶がない。あるのは無意識予知痕跡だけだ。とすると、相当性格が良い人物なんだろうな。俺ならば無意識予知で危険を察知したら、迷わず避難するだろう。自爆して止めたようなものだ。そうしてもらっていたからこそ、今俺達が生きているわけだから、感謝するしかないが……やはり、匂宮はさすがとしかいえない。朱匂宮若宮様はご立派な方だな」
「ゼクスがそんなことを……――朱匂宮? ゼクスは、やはりそうなのか?」
「絶対原色の赤というのだろう? 朱匂宮以外に他にこの色を持つ人間はいない」

 それに頷いて煙草を消してから、時東が再び扇を手にとった。

 すると点滴パックの上に、鮮やかな黄緑、翡翠色、黄金に煌く黄色、虹色の縁どりの紫色、その上に真紅、白地に桃色の桜の花びらの四角、さらに白、その横に煌く黒が出現した。幻想的な光景に皆が目を瞠る。時東が扇を揺らしながら、左手の指を二本立てて動かすと、それぞれが歪むように動き、混ざり始めた。

 そして、扇を下へと動かすと四つの点滴パックの上に、歪んではいるが綺麗な各色相が混じったものが浮遊し、時東が扇を閉じた瞬間、そのままパックの中身が染まった。さらに閉じた扇を下へ強く下ろした瞬間、残っていた色相がすべて中へと消えた。結果、上が白っぽく下が水色、上が白っぽく下が橙色、完全に灰色だが少し薄いもの、虹色のようで様々な色が綺麗に混ざっているものがひとつ出来上がった。

「――橙色が心臓、水色が肺、虹色でガラスが平らで一色になり黄色と緑もちょうど良くなり、灰色で薬の強さがちょうど良くなる」

 時東がそう口にしながら、点滴を手にとった。そして政宗が用意していた点滴台によっつとも吊るし、ゼクスの手首をとり、右手首に針をさして、四足の器具を接続する。そうして点滴を開始したあと、バシンと扇を閉じ、台などをすべて消した。

「時東先生、痛みの暗かった赤を見てくれ。とりあえず、横の一番上の赤まで戻った。あとはこのままなるべく白になるようにするんだ。続ければ少しずつなるはずだ。見た限り、そっちの痛み止めも続けたほうが良い」
「――? こんなにすぐに効果が出るのか?」
「そこの全身にPKを流す水のおかげだ」
「……あれは、神経を保護するために使っているんだけどな」
「え、そうなのか? あれはすべてを上手く吸収できている理由の一つだから、そちらの効果のためなのかと……ええと、ほら、灰色も上と同じ色になっただろう? これでそのもともとの点滴と本人の灰色が完全に同じになったから、もう大丈夫だ。それにガラス部分もきっともどるだろう。薬の方の凹凸が完全に平らになっているだろう? 同じガラスになっている」
「なるほど。とすると、イリス・アメジストと統一ゼクサ型PSY血小板を混ぜるとガラスの補強になる――これから作れるな」

 時東がそういって、血核球パックとロイヤルパックを出現させた。

 そして扇を振って、二つのパックから煌く黒と銀を上にあげ、おろしてビタミンの中に入れた。パックがキラキラと光りだした。それからバシンと時東が扇を閉じると、黒い液体に変わり、銀に煌くようになった。

 その後、時東が点滴台の三つ目から臨時の金具を伸ばして点滴をつけ、ゼクスの手首にもう一本針を刺した。結果、先ほどの太めの針の下にもう一本ささった。こうして新たに5本がつかされたので、ゼクスは合計十九本の点滴をしている。


 そうして――落ち着いてから、誰ともなく話し始めた。