【4】蘇る過去



 最初に切り出したのは、レクスだった。

「――こちらでPSY病歴痕跡とPSY身体以上誘発強度使用形跡とPSY医療痕跡を出すから、そちらで身体疾病歴と――国内でのウイルス災害、PSY災害、そういったものを自然発生でも兵器でも良いから一覧をそれぞれ出してくれ。あと最近の天気予報図とラジエル像というものの映像があればそれと、比較したいからこの人物と同じ病気のゼスペリア猊下何名かの、できれば最近の人物のものと受容体崩壊の一名ずつは絶対、この履歴。先天性の遺伝病である可能性が非常に高いが同じ病で更に重度だった弟が現在完治しているのは、生まれつき処置したからではないと俺は思う。兄の側が、何らかの要因で完治を阻止されているんだ。救世主として助けてくださっている部分は感謝であり今後はなるべくこちらの兵器で対処するとしても、今後の重症化を阻止する術を見つけておかなければならないし、それが敵集団の手による兵器攻撃ならば、遮断設備を常に身につけておかないとダメだ。それは今、俺が見る限り存在しない。またこれは医療だけではどうにもならないから、万象院列院総代および橘大公爵も必要だ」

 それに対して、時東が頷いた。

「ああ、そうだな。ラクス猊下、歴代猊下の資料は宗教院でなければ手に入らないが」
「僕がすべて保管しています」

 ラクス猊下がメモを取りながら答えた。
 それを確認してから、時東がレクスを見た。

「提供を頼む。それと堕天使ラジエルに関してはギルドが詳しいとザフィスから聞いたことがあるが、レクス伯爵は知ってるか?」
「ああ。無論だ。それとゼスペリア教会を襲撃した者のデータをギルドで映像記録に成功している。その件でも話したいことがある」

 聞いていた橘宮が、ふと思い出したように桃雪匂宮を見た。

「ラジエル――……そうだ、桃雪、匂宮は、橙薄淡の海を毒にした者と旧世界最後の鴉羽卿と匂宮総取りが記録した、ラジエルと呼ばれる人物を闇汚染したらしき者および、今医療院におられるという鴉羽卿達当時に匂宮指揮の黒咲を全滅させた集団の映像を保持していて、同一人物がいたんだったよな?」
「ええ。その映像を桃雪は保持しています。ただ橘宮、良いですか? その方の腕輪、本当に月讀の腕輪なのですか? とすると、聞いておかなければならないことがあるのです」
「俺は同一物だと思うが、違うと思うのか?」
「――当時の匂宮総取り日誌によると、腕輪と共に、青照大御神の父であった黒輝帝の虹色黒曜珠を鴉羽卿の孫に渡したとあり、それはその同一らしき悪しき者が身につけている、青照大御神様の片布などと同じ効果の箱を誤作動させるものであると書いてあったのですが――今までのお話を聞いた限り、つまりその白い箱とは、聖骸布がPSY医療の品ならば、そちらもPSY医療装置である可能性があり、似ている末裔ではなく、仮に同一人物が敵集団にいるならば、確実に医療装置を保持していると桃雪は思うのです。そして鴉羽卿の孫は使徒ゼストであり、ならばその者が、虹色黒曜珠を保持していたはずなのです。それはこちらの朱様はお持ちでないのでしょうか?」
「黒輝帝は、ユエルとフェルナという人物の父の最後のロードクロサイト皇帝だという話だな。それで青照大御神様がユエル・ロードクロサイト。確かに海を毒に変えるなどもそうだが、当時のPSY融合技術関連が残っていたと思う、が、桃雪、それはどのような見た目だ? 朱の若宮様が身につけられている神具・宝具・聖遺物と呼ばれる類の中で、俺が見えるものの内、PSY融合医療関連の品で、装置を誤作動させる可能性がある黒曜石で虹色のようにというか明らかにPSY融合兵器と同じで油みたいにこう人工的な成分が入っているものが確かに一つ存在するし、それは現在すごい広域に渡って、おそらく俺達の誰にも感知できないような周波数のPSYを放出してはいるが――……俺がそれを感知できるのは、それが十字架にはまっていて、その銀の十字架部分が非常に強い完全PSY医療の効果を持っているからだ。十字架は、青照大御神様の時代にはなかった」
「後からくっつけることはできないのですか?」
「……で、できなくはないだろうが……そ、その、俺にはこれは、銀の部分が、そのだな、俗に使徒ゼストの銀箔とかと呼ばれているものの大元の、それこそ使徒ゼストの銀の塊とでも言うしかないだろう銀で出来ているように見えるんだ。これが使徒ゼストの十字架ではないのかと思うんだ。だが、使徒ゼストの十字架とは、なにやら壮絶な聖遺物なんだろう? それの中央に、なんで匂宮の宝珠がはまってるんだ?」
「鴉羽卿の孫なのですから、ゼストは匂宮の血をひいていたに決まっているではありませんか。橘宮は、なぜお薬を混ぜられるのに知識は混ぜられないのですか? 自分で言ったではありませんか、赤は朱匂宮にしかでないと。そしてゼストも同じ病気で受容体というのが変貌せず円を自分でかいているのだと!」
「あ」
「あ、ではありません! さらにいうならば、ロードクロサイト文明も華族文明も旧世界も全部滅亡させた相手が存在し、今回はこの世界を滅亡させようとしていて、さらにいつも同じで青・赤・緑を持っているものが阻止しているのか失敗していて生き残りが再建しているのか不明ですが、とにかくいるようではありませんか。橘宮、ちょっと頭を正しく使うのです。桃雪が得ている黒咲情報によると、最下層と呼ばれるゼスペリア教会がある場所に敵集団が直接的に出向いたとはっきりわかるのは過去二回。一つ目は先日、ゼスペリア教会が襲われた際。その前は大昔に研究者と称した人々が行ったそうですね?」
「俺もそれは把握している、が?」
「良いですか? 過去の方は『使徒ゼストの十字架を持つものが出現する』であり、今回は、アルト猊下という人、ゼスペリア十八世が『使徒ゼストの十字架を持つ息子の十九世にランバルトの青を渡した』と言った次の日に発生しているのです。まず一回目、この話題が出た翌日に場所を特定されているのですから、敵集団は朱の若宮様の所在をとっくに特定していたのに、この日わざわざ来たのです。そしてさらに二回目。特定して兵器攻撃をしていたのに、この日また急に襲撃したのです。かつどちらも、若宮様を使徒ゼストが逃がしたようではありませんか? きっと敵の人物、少なくともその一人は、使徒ゼストの十字架の黒曜石に困っているのです。ただ、それを若宮様が持っているかどうかわからなかったのでしょう。ですが、息子と今回きっぱり言って、かつ敵調査だとその場にはいなかったのでしょう。よって、若宮様が再特定されて襲撃されたのではありませんか?」
「ゼスペリア十九世猊下を狙ったのではないのか?」
「兵器でずっと狙っていたのでしょう!? そうではなく直接行っているのです! 桃雪にとって、こちらが朱匂宮若宮様でありゼスペリア猊下かどうかはどうでも良いのと同じように、敵もまた、名前などどうでも良いと思うのです。青と赤と緑を持っていて、十字架も持っているのがダメなのです。そして青と赤と緑は別に持っていても使われなければ良いかもしれませんから、存在を知っていても、放っておいても変ではないでしょう。が、もし医療装置を誤作動させるのならば、そんなに長生きしている、つまり死にたくない人物なのですから、きっと誤作動をやめさせたいでしょうが! かつ、歴代ゼスペリア猊下をずっと攻撃していたとするならば、青をとりあえず絶滅させておこうとしたのかもしれないでしょう!? なにせ黒曜がはまった十字架をどこかに持っているかもしれないのですから! そして現にあるのでしょう!?」
「――なるほど! かつ、そうすると、絶滅部分だけは違い、その長生きしたい人物はラジエルの件を考える限り、逆にこのゼスペリア十九世でもあるらしき朱の若宮様は殺したくなかったはずだ。なぜならば、自分に長生きさせる青Otherをかけさせたいはずなんだ。だが、他の敵集団はおそらく違う。だから十字架狙いの時しか、その人物が関与している集団は動かないのだろう! そして歴代猊下も様子見されていたはずだ。だから、受容体崩壊をするような、わざと存命させる形で病気の進行を見たんだ。納得がいった。なぜ兵器攻撃で悪化するならば、即座に全員頭が破裂しないのか不思議だったが、そういうことか。敵は一つの集団かもしれないが、内部にはいろいろは派閥等があるのだろう」

 橘宮が頷いた後、少し間を置いてから、レクスが言った。

「ギルドでいくつか人名まで記録していて、確かに指導者らしき人物は複数いそうではあった。ならびに、使徒ゼストの頃に敵から奪ったらしきなにかもあった風で、敵が存命という話もありえてもおかしくないとギルドでも思う――が、医学的に不老不死など可能なのか? 兵器による悪化はできるだろうと俺も思うが。それに……ウイルス兵器やPSY融合兵器を人体のPSYで止めるなんていうことは可能なのか? そうだとするなら、その兵器使用者側は、兄上を殺害したいだろう? その者達も兄上を特定できなかったのか? 確かに、敵集団は、ゼスペリア教会に、緑羽万象院と朱匂宮とゼスペリア十九世猊下と、そこにさらに知識継承者のゼクス兄上の四人がいたのかもしれないと話し合っていたから特定できていない可能性はあるが……記録として残っている限り、現在の花王院王朝が1300年程度、旧世界が1200年程度、華族文明が2500年程度、ロードクロサイト皇帝の最後は約5000年前ということになるんだが……?」

 すると時東が眉を潜めた。どこか気怠い。

「――青照大御神であるユエルの兄、フェルナ・ロードクロサイトの記録によると、完全ロステク医療とPSY融合医療を同時に使用していた人間の記録があり、フェルナ時点でフェルナの推定でその人間は、13050歳程度だとあった。完全ロステク時代からの生き残りである可能性が高いと。その人物が、ロードクロサイト文明を滅亡させたと記録されていた。そして最後のロードクロサイト皇帝が、医療装置を破壊するPSY融合兵器を生み出して一つを停止させたと書かれていた。そしてそれをユエルに預けたと。さらにもう一つ、黒輝帝だろう最後のロードクロサイト皇帝の配偶者、おそらくゼスペリアの青保持者が、この時、完全PSY医療用装置と言って良い銀のバツ型の防衛兵器を使用して、敵によるPSY受容体破壊攻撃を防いだとの記述が残っていた。バツ型は、配偶者の出身地、当時ゼガリアと呼ばれた地方の印であり、華族文明の次の旧世界の最初の国王配偶者の出身地のゼルリアと同一だと考えられていて、この十字架は王妃のほう、フェルナ側の避難先にあったそうで、この頃には十字架となっていたそうで、十字架のモデルはそのバツ印らしい。寿命と、十字架および黒曜石が接合する事は不思議ではない。だがその人物はなぜ文明を滅亡させようとするんだ? 長生きしたいんだろう? かつ、なぜこのタイミングなんだ? やるならば、青・赤・緑を誰も持っていない時がいいんじゃないのか? ロードクロサイト文明の終焉理由は、その人物を含む集団が、完全ロステク兵器文明のように、人々のIQとPSYを管理してマインドコントロールをし、文明支配を目論もうとしたのを他の者が止めたという戦争だったようだ。その際の兵器の後遺症で、率直に言えば、一般国民はIQが低下。つまり、そうでない者が高いのではなく健康らしい。PSYのほうも、受容体が兵器被害で傷ついた者が使えなくなったとのことで、これも使える者は健康だということのようだが、俺にはそれ自体が事実かわからん――まぁ、ゼクスの出自を知っていただろう人間をすべて襲撃している人物がいるわけだから、それはゼクスについて永遠に隠蔽したかったか、殺害を阻止したかったかではあるだろうが……それ以外は考えられなかったが、本当にゼスペリア猊下とはな」

 最後は溜息混じりに時東が言った。
 ラクス猊下が腕を組む。

「時東先生もご存知なかったんですか? 僕が知る限り宗教院は、先日アルト猊下が口にした以外、その最下層調査団メンバー以外誰も知らなかったと思います」
「俺どころか全員知らなかっただろうな。王宮側で知っていたと考えられるのは英刻院閣下のみだ。匂宮やギルドは?」

 そう言って時東が桃雪を見た。

「匂宮は、銀朱のみ朱の若宮様のお名前だけ伺っているという話でしたが、こちらも襲撃されておりますね……」

 レクスが頬杖をついて、複雑そうな顔をした。

「ギルドは、俺の配偶者側の兄としてゼクス兄上を感知していた。配偶者父も代理配偶者とのことだが――ザフィス神父が完全に総長時から隠蔽工作していたとしか思えない。が、だとすると、ザフィス神父は……というかその配偶者のラフ牧師ことハーヴェストクロウ大公爵は確かに鴉羽卿だが、緑羽万象院と朱匂宮の次男ではなく長男だったということなのか? さらにアルト猊下と俺の父上が?」

 何度か頷きながら、時東が煙草を取り出す。

「橘によると、橘が小さい頃、クライス・ハーヴェスト侯爵と仲がよくて、最高学府で一緒にアルト猊下と英刻院閣下とよく遊んだ記憶があるとのことで、アルト猊下とクライス侯爵は、恋人であったそうだ。かつ橘の記憶によると、ある日アルト猊下が病気で倒れて法王猊下御夫妻がいらした時、病室に先に何故なのか、クライス侯爵と、さらに王宮にいて共に敵集団と戦っていたはずの鴉羽卿およびザフィス神父はともかく、緑羽万象院様と朱匂宮様がいらしていて、当時の猟犬代表が橘の父だったから見舞いと挨拶に橘をつれていったらしいんだが、口論する声が聞こえたから帰ってきたことがあったという。その内容は――『堕胎しろ』というものだったそうで、その後、退院後にアルト猊下は戻られたし、どうやら二人も別れたらしく聞ける空気でもなく、ということだったそうだが、その時の橘の年齢から逆算すると生まれていればゼクスと同じ年齢だ」

 この時東の言葉で――嘗て起きたある日の出来事が、ある意味蘇った。

「――宗教院にもギルドにも、ゼストとイリスの血が交わると黙示録が起きるという伝承があり、さらにゼスペリア十九世猊下はゼストの写し身であるとまで記録されていたのですから、二人の恋人関係は許されなかったでしょうね……」

 ラクス猊下が、少しだけ嘆くように続ける。
 それを聞いていた桃雪も頷いた。

「匂宮と万象院にも、長男同士の婚姻の際は、絶対に双方別の相手と子供をもうけてからでなければ終末が起きるからダメだとあり、鴉羽卿は両方の長男なので良くないとして次男と公表されていると桃雪は聞いています。ただ桃雪は、鴉羽卿がハーヴェストクロウ大公爵であるとは存じませんでした……ちなみに許されなかったので万象院様は駆け落ちなさったらしく……そういえば、孫と、その婿の両親二名と朱匂宮様と鴉羽卿が若御院様がお生まれになるのに反対したから婿と阻止して二人で育てていたら朱匂宮様と鴉羽卿が来て発見して一緒に育て始めたと笑っていたことがございましたが……とすると、それは、その、最下層で? 桃雪は緑羽万象院旧本尊でお育てになったとお聞きしたのですが……かつ若御院様が朱匂宮の若宮様であるとは一言もうかがっていないので、ご次男なのかなと……なんでも、体調不良のお婿さんだったので、孫と先方の親の片方は反対したと。ほかの多く、おかしな終末を解いて反対したから許せないと緑羽様は笑っておられましたが……ひ孫は無事に生まれて弟も生まれたとおっしゃっていたので……こういう事態だとは桃雪は一切思っておりませんでした……」

 自分でさえ知らなかったのだから、そうだろうなとレクスは思う。
 考えながら、レクスが言った。

「旧本尊はゼスペリア教会の地下らしいからな……そうか、ならば兄上は生まれる前から死ぬか生きるかという人生だったわけだな。実際、終末――黙示録は、起きている。そして救世主の出現とは、黙示録が発生するという意味だから、宗教院もギルドも万象院も匂宮の伝承も正しいのかもしれない。それに、なんというか、特に匂宮の『長男をもうけてから』という部分だが、それが血統維持でないのならば――赤・緑・青がそろうことに関して口にしていて、宗教院も、当初のイリス血統に他の要素があっただとか、双方共にその条件についての言い伝えだとすれば、少し考えさせられる。その……例えば、使徒ゼストの十字架に使用条件のようなものがあるのならば、例えば兵器後遺症でPSY受容体やIQの問題でほかの人間が使用できないだとか、ゼスペリアの青なければ無理だとか――実際に、ゼスペリア猊下でも触れる者はあまりいなくてアルト猊下が触れたのが奇跡的だと聞いたことがあるが、兄上はそれを首から下げているとして……それが敵集団の人物を攻撃可能というか……どういえば良いんだろうな」

 誰も、それには言葉が出てこなかった。