【4】歴史階層空白地帯


「え、時東は聞いたことあんの?」
「ま、若干は、な。さわり、程度。ゼクスが、『誰も聞いてくれないんだ』って拗ねたから、点滴の合間に聞いてやった」

 時東がゼクスの隣に座り、煙草に火を点けた。
 頷きながら橘が、ゼクスにおかわりと、時東に珈琲を差し出した。
 高砂と橘は紅茶だ。

「時東は、どこから聞いてたんだ?」
「お前が虹Otherとゼスペリアの青の並列があったって言ったあたりからだな」
「――ああ、三時か。お前、いつもこの時間に、橘に珈琲を要求してるもんな」
「そういう事だ」

 微笑している時東に、ゼクスが頷いた。
 それからゼクスは橘と高砂をそれぞれ見てから言葉を続けた。

「じゃ、俺流歴史講義を続けます! まぁそういうわけだから、完全ロステク兵器と、その後PSY融合兵器になっていくような、PSY複合科学兵器と、PSY研究も進んでいたから完全PSY兵器に進化するようなもの全部で、大戦争が起きたわけだ。地層にも『無』としか言えないような痕跡が残るレベルの」

 時東は真面目な顔で聞いているし、他二人も頷いた。
 こういうのは比較的珍しい。

「完全ロステク兵器は、超寿命の生き残りが使ってるから、気象兵器も災害兵器もPSY対抗兵器も生体ウイルス兵器もなんでもある。核兵器とか、マインドクラック兵器で精神を壊したりとかもあったみたいだな。で、マインドクラック兵器のESPバージョンはPSY複合科学兵器にもあるし、PSY兵器でもPKをドカーンって感じで大爆発も起こせれば大災害も起こせる。この結果として、この大陸以外は滅亡。人間が住めなくなっちゃったし、海もほとんど汚染された。なんか、防衛兵器の概念があんまり無かったみたいで、この大陸周囲の海を残して全部ダメ。ダメっていうか、ほぼ沈むか氷に覆われるか砂漠になったから、この大陸だけ残った感じだ。さらに当時は100億人くらいいたみたいなんだけど、人類が10億人くらいまで減ったらしいし、その中の9億人以上が原初文明レベルの文明水準まで落ち込んだから、ほぼ一旦文明レベルがリセットされたと言っていい。よって活字だのの記録も、ごく一部、ロードクロサイト皇室やその政府みたいな部分の古文書にちらっとしかないから、空白地帯と呼ばれているわけだ」

 なんだか壮絶すぎてイメージがわかず、橘は眉を顰めた。
 高砂は、知識としての地球の、この大陸以外の部分について考えていた。
 時東のみ、無言で思案するような瞳をしている。

「俺はさ、遠隔ESP探知で他の大陸とかも調べてこの結果を出したのに、誰も信じてくれないし、時東しか聞いてくれなかったんだ。その時東も信じてないだろ?」

 ゼクスが少し悲しそうに言った。
 すると時東が嘆息した。

「――いや、ゼクスに聞いた後、さらっと俺もお前のデータを見て、同じようにESP探知をしてみたぞ。結論から言って、兵器使用があった事と、他の大陸が今でも汚染状態で人間が住むのは不可能だというのは理解したし、仮にそれが自然的な氷河等でなく全てが戦争痕跡だとするならば、あの大地の広さとしては、お前が言う程度の人口が存在した文明があってもおかしくはない。が、俺は兵器の専門家ではないから、そんな兵器が存在するのかは分からない」
「えっ!? 本当に見てくれたのか!?」
「ああ、まぁな。ロードクロサイトの古文書にも、大戦争の記録はあるから、矛盾も無いし、見るだけなら無料だしな――で、目の前の完全ロステク兵器専門家二名の見解も、その上で聞いてみたい程度の興味もある」

 時東はニヤリと笑うと、煙草を銜えた。
 すると高砂が頬杖をついた。

「氷河も含めて、気象兵器と災害誘発兵器を併用すれば可能だけど、短時間では無理だと俺は思う。完全ロステク兵器の場合だけどね。でもさ、空白地帯って、わずか三ヶ月だからね? 非現実的だよ。むしろ、PSY融合医療装置で詳しい時東的に、PSY融合兵器では、それらは可能なの?」
「――PSY融合兵器なら不可能とは言い切れない。ただ、当時はそういう兵器をレベル40としたなら、レベル2くらいのPSY複合科学兵器の時代だから、結論が出せない。可能性がゼロじゃない程度だな」
「あー、難しいな、それ。俺も完全ロステク的には高砂と同じ意見。で、時東が言うのが、さっきのゼクスの言う文明最先端時と初期を混ぜるなっていう理屈と兼ね合わせると、俺にはPSY複合科学兵器では無理に思える。かと言って、完全PSY兵器は、小規模範囲だからな……世界規模って、ちょっとなぁ……ゼクス的には、そこはどうなんだ?」

 三人の言葉を聞きながらクッキーを食べていたゼクスは、それから珈琲を飲んだ。
 そして顔を上げて目を閉じ、小さく首を傾げた。

「そもそも、俺は三ヶ月だったとは思っていないんだ。この大陸の地層には、三ヶ月分しか痕跡が残っていないだけだ。かつ、完全PSY兵器は、使用者の潜在値に範囲が左右されるから、これまでに災害を食い止めた少なくとも三名なら、この大陸全土と周囲の海を表面だけでも保護できるし、後からでも復興可能だ。それで主に、ロステク兵器の破壊にPSY複合科学兵器が使用されたと俺は思っていて、ロステク兵器の災害と、それを破壊した時の暴発による災害、また逆にPSY複合科学兵器が破壊された時の衝撃でこちらの大陸も多大なる被害を受けて、空白地帯と呼ばれる地層が出来たと思ってる。三ヶ月というのは、完全PSY兵器による大陸と周囲の海の最低限の復興維持のために必要だった期間だと思うんだ」

 なるほどなぁと一同は聞いていた。
 全てを信じたわけではないが、納得できなくもないからだ。
 そこで高砂が、腕を組み、左手を顎に添えた。

「けどさ? テロリストと戦って、まぁ一応処理したのかなということになるけど、ロードクロサイト皇室の始祖であるローデンクロス卿は、英雄ってことなのに、その後のロードクロサイト文明の絶対王政的な血みどろの歴史に、どうして繋がるの?」
「確かにそうだよな。ロードクロサイト皇帝の末裔筆頭の時東と、その従兄弟のゼクスに言うのもあれだけど、義務教育の教科書上でも最高学府の見解でも、超ひどい文明だろ?」
「――むしろ旧皇帝末裔として俺が気になる。PSY融合文明は、確実に、完全ロステク文明に並ぶ程完璧な技術を持ってはいたが、それは後半だ。最初の超能力者という名のPSY能力者以外ぶち殺していき、皇帝も強い奴が先代を殺して血統継承でもなんでもないあれは何なんだ? ロードクロサイトって名前がついてるのは、後半の最後の方が唯一の血統継承だからで、最初の頃は全然違うだろ? そこは俺も、ゼクスの歴史講義を聞いてないから、特に最初が全く分からない。正直、そこそこ興味がある」

 三人の言葉に、ゼクスが新しい煙草を手に取りながら頷いた。

「今日はお前ら真面目に俺の話を聞いてくれるから教える。けど、俺の推察混じりだから、合ってるかは不明だ。ただ、俺がそう理解しているっていうだけだからな」

 こうして歴史講義は続く事となった。