【5】ロードクロサイト文明
「まずさっきさ、ローデンクロス卿とかゼガリア王族とかが出てきた話と、この大陸以外では兵器の使用が続いていた話、多くが原初文明レベルまでに落ち込んだ話をしただろ?」
ゼクスの言葉に、全員が頷いた。
「で、この人々は、大陸内の汚染を完璧除去しつつさらに他の兵器の破壊に出かけて、その全部の終了までにおそらく二百年以上かかってるんだよ。さらに各地で文明も復興して、その内の一つが、ゼガリアって呼ばれる場所になったんだ。そして戦争後の文明は、当初は他の最初の首脳とか、古文書を記している人々に任せていたんだ。その中には、ゼガリアとローデンクロス卿の子孫で虹Otherとゼスペリアの青を持っていた人物、つまりこれが最初の皇帝なんだけど、そういうのがいた。だから最低限の都市がまず復興した」
なるほど、矛盾はない。そう考えながら、一同はカップを傾けた。
「けど、完全ロステク文明の生き残りも、ひっそりと生存していたし、そいつらだってPSYを持っていないわけじゃないんだ。単純に、昔の超高度な科学文明が好きだとか、そういう感じだし、それは何もPSY複合科学時代の人々の中にも全くない考えでもなかった。俺達がお風呂に入ったり、トイレにはトイレットペーパーがあって欲しいように、そこそこの科学とかもあった方がいいだろう?」
「まぁそりゃそうだな。俺も最低限のメスとか包帯とかあった方がいい」
「だろ? けどさ、それが進むと、完全ロステク文明終焉期とか、空白地帯状態みたいな戦争に使える兵器が出てくるだろ? だから最低限の都市の復興と必要な科学を維持するけど――そうだなぁ、今の世界で言う中世レベルの、水道からは冷たいお水しか出ないような科学レベルを、社会が安定するまでは維持する事に決まったみたいなんだ。そもそも大部分が原初文明レベルまで落ち込んでいたから、それだけでもその人々から見たら超科学といるだろうしな。この決定は、最初の首相のゴールディア卿古文書として、英刻院家にある。多分、英刻院家の祖先なんだろうな」
「英刻院ってその頃から政治家なのか。すっごいなぁ。橘大公爵家の俺も比較的歴史あると思ってて、ロードクロサイト程ではないとか思ってたけど、レベル違うわ」
「あはは。それで、歴史階層第四層のロードクロサイト文明の初期と呼ばれる期間、科学水準のレベル制限が行われたわけだ。そして後の貴族制度の根本になるような社会制度が生まれたり、皇帝が統治する社会ができて、最初はその下に首脳とかがいた。けど、これって、科学が無いから、PSYが強い人程武力があるって事になるだろ? しかも今度は、皇帝っていう、最初はその人の下にまとまろうとして出来上がった制度だったみたいだけど、時代が経るに連れて、ただの最高権力者になったし、首脳とかそういうのは、全部皇帝にお伺いをたてる感じになっていったんだ。そして、完全ロステク文明もそうだけどさ、人々を支配したいっていう、統治者というか、一番になりたいみたいな考えの人間っているわけで、結果的に、強いPSYの持ち主が前皇帝を殺害して最高権力者になる文明が出来上がったんだよ。これが初期だ」
「人間の醜さを感じるね、って言うべきなのか、なんというかだね。けど中期になったのはどういう流れ?」
「うん。そのさ、ゼガリア王族が聖地ゼガリアで、月信仰時代からずーっと続いてきた教えというかESPで記憶してた事柄とかを広げていたから、皇帝がいる場所以外に独自発展している場所があったんだ。で、こちらは、この頃には既にゼスペリアの青の遺伝が強くなっていたみたいなんだよな。俺が思うに、空白地帯時の戦争兵器の影響で、Otherの発現遺伝子にも若干変化があって、それが遺伝していたからな気がする。それでこの王族の子孫が、いわゆる『青き銀の光』を代々継承してきた、記録上最近の文明だと最古の宗教家だと俺は思う。つまりあれは、継承アイテムじゃなくてゼスペリアの青100パーセントって事だろうな。これを、ある時の皇帝が発見した。それ以降、今の法王猊下的な扱いで『ゼガリアの青き銀の光の継承者を保護する』という事になって、ロードクロサイト文明中期に入るんだ。発見理由は、皇帝も罹患した感染症を治癒させたからだろうな」
ゼクスは、そう口にしながら、この時もなお、原初文明以前に無意識下に記録されたゼスペリアの青らしきOtherへの信仰心のようなものが、人々の根底にあったのではないかと漠然と考えた。そうでなければ、今に至るまで、ゼスペリアの青について語っているような宗教的概念が続いているのが不可思議だからだ。
「そしてゼガリア側にあった記録等から、科学水準の規制が明らかになったから、それが解除されて、科学の復興が始まった。しかももうPSYもIQも、かなり高度になっていたけどその生活を維持していただけだから、即座に完全ロステク文明中期程度まで科学技術も進歩したし、PSY複合科学はまるまる歴史記録がESP記録であったから、皇帝制度や貴族制の大元みたいな概念は残りつつ、つまり、社会通念は維持しつつも、再度進歩の歴史が始まったんだ。そして、それがPSY複合科学時代を超えて、ロステク復古もかなり進んだ所からが、ロードクロサイト文明後期と呼ばれる段階で、そこからがPSY融合時代と呼ばれているんだと俺は思う。みんなのイメージするロードクロサイト文明の水準はここなんだ。だけど、社会通念のイメージは初期なんだ。このあたりも混ざってるし、いきなり進歩したようにも見えてしまうんだろうなぁ」
みんな頷きながら聞いていた。
「それでPSY融合時代が、明確に訪れたのは、やっぱり地方で独自進化を遂げていたローデンクロス側の他の末裔、まぁ結局、祖先は同じだけど、それが、ロードクロサイトなんだ。こちらはこの頃には、時東と同じ感じでPSY-Other部分の虹に特化した遺伝形態だったみたいだけど、他にもう一つ、高IQを維持していたんだ。よって、PSY融合技術を、中期の頃には既に持っていたから、それが国内に広まって、さらに一気にロードクロサイト文明後期へと発展したんだろうな。これはその時の首脳と言えるラファエリア卿の古文書にあるんだ。ロードクロサイト家の人間が普及したって書いてある。その古文書は、今は、ラファエリアは一応旧世界の王族となるから、花王院王家が保有してるんだけど、ザフィス神父の片側祖父が王族だったから分家権限での写本を持っていて、それで俺は読んだんだ。だからザフィス神父に言ったら見せてくれる」
「へぇ。すごいな。俺はそれは見たことない。ザフィスの資料は、基本ロードクロサイトのしか見てないからな」
「時東はロードクロサイト末裔なんだからそれでいいんじゃないか? 一応、俺の専門は、ほら、歴史だからな」
「それでどうなったんだ?」
「ええとだな、橘。この頃には、PSY融合科学の知識保持者の方が、兵器も使えるというのもあるし、何より科学が復古されたから、科学者の地位が上がっていたから、PSYが強い人物よりも、PSY融合科学知識が豊富な人物が皇帝になるようになったんだ。そこからロードクロサイト皇室が始まるんだけど、分かってない人々は、ずーっとロードクロサイトの人間が殺し合いをしながら皇帝になっていたと勘違いしてるんだ。祖先は一緒だけど、違うんだよ。普通さ、殺し合ってたらとっくに一族が断絶してるって、分かりそうなのになぁ」
不服そうなゼクスの声に、なんとなくみんな微笑した。
「それでこの時代には、PSY融合繊維だとかが生まれて、糸や布にもPSYが入るようになったし、PSY融合兵器の現在、発掘されたり復古されているものもそうだけど装置や機材、様々なものにPSYを込められるようにもなった。PSY色相の概念も発展したから、それを伸ばす色彩の研究もされたりしたし、血統的に才能が出現しやすいPSYには、常に出るように遺伝子操作とかもあったみたいだな。さらに、学問習得にもPSYが応用されたり、名前の他に字としてPSY色相由来の名前がついて、それが漢字名の起源だ。PSYみたいなアルファベットとかは完全ロステクの頃。だからこの頃は、カタカナの名前と漢字の字って感じだったわけだ。それが後の歴史階層第五層の華族文明に繋がる。だから華族の儀式とかもよく見ると一部は、PSYの才能強化のための技法だったりするんだ」
ちらっとそういう話を聞いた事はあったが、都市伝説だと思っていたので、華族出身の高砂は特に首を傾げた。無意味な、扇を振って踊ったり太鼓を叩く儀式のどこにそんなものがあるのか謎すぎた。
「ちなみに、なんでそんないい感じの文明が滅んだんだ? なんかそこは、王族権限でも閲覧不可とかなってるから、ロードクロサイトに問い合わせないとダメだって、王家の最新分家の橘大公爵家の俺ですら不可能なんだけど」
「ああ、そこからは俺も知ってるけど、ここはゼクス歴史学担当特別講師に聞いてみよう」
「時東、お前な、俺を馬鹿にしてるのか? もう! まあ、いいけどな」
ゼクスはそう言うと、溜息をついてから珈琲を一口飲んだ。
「ええとだな、まず、リデア・ラファエリアとエクエス・ロードクロサイトという人物がいた。この頃は、まだ、世界には女性という性別が存在したそうで、リデアは女性だった。エクエスは皇帝の兄だった。この頃は別に長男が跡取りだとかは無くて、エクエスは科学者だったんだ。ただ、エクエスは、気づいたんだ。女性が、リデア以外に、もう大陸内に10名しか存在しないのは、生殖体攻撃生体兵器の影響だって、事に。そしてこの人物が現在に至るまで続いている、同棲配偶者の両父同婚っていう技術を生み出したから、俺達は男しかいなくて、タチかネコか両刀とかで生きてるけど、昔は女の人というのが存在して、体内の子宮という期間で10ヶ月くらいかけて子供を産んでたんだって。今はほら、PSYで子供作って一ヶ月から三ヶ月で生まれるだろ? 昔は、世界中の哺乳類みたいに人間も生殖器で子孫を残していたし、今みたいなSEXとは違ったみたいなんだ。このエクエス・ロードクロサイトこそが、今のザフィスや時東に連なる頭おかしいレベルの医学マニアの祖だと俺は思ってる。もっと前にもいたかもしれないけど、記録上は、な。だって、普通兵器を止めるだろ? なのにこの人、子供を作る医学方面の研究に走って、息子のヴァルド・ロードクロサイトという最後の皇帝に、その方面全部任せたんだ」
「頭おかしくて悪かったな」
「事実だろ?」
「うん、事実だね」
「ロステクマニアの高砂兵器先生には言われたくねぇよ」
「まぁまぁ、続けよう。俺、続きが聞きたい。高砂と時東のいっちゃってる具合は、別に今は良い」
「うん。ええとな、このロードクロサイト皇帝の配偶者が男で、もうこの頃には男同士の結婚は普通になっていたみたいだ。その人物が、ミレウル=ラ・ゼガリアという人物だった。結果、ロードクロサイトの虹を受け継いでゼスペリアの青も持つ長男のフェルナ・ロードクロサイトと、ゼスペリアの青100パーセントの次男のユエル・ロードクロサイトという人物が生まれたんだ。ちなみにユエルは、絶対原色の赤と緑のPKとESPだったみたいだな。それでフェルナも頭おかしいレベルの医者。最後の皇帝とユエルは、やっぱり科学者だったけど、PSY融合技術全般。ゼガリア配偶者は、まぁ聖職者って感じだったみたいだ。まぁこのメンバー、エクエスとリデア以外および、周辺にいた人々で、捜査が始まったんだ」
「ゼクス先生のお手伝いとして細くすると、リデアの実家のラファエリア地域にエクエスは避難して、ひたすら医学。安全回避として聖地ゼガリアで最後の皇帝は政治やりつつ情報統一。フェルナとユエルが、当時の王都に残って研究室で対策兵器と治療薬を作りながら捜査してたようだ」
「時東助手よ、感謝する。それで、すぐに驚くべき事実が判明した。なんと、王国全土で低IQ化が進んでいて、それに伴いPSY値も減っていたんだ。当時はPSY融合装置で、PSY受容体を強化していたから、肉体レベルでの低下があっても、装置で補強されるからみんなPSYに関しては気付かなかったし、女性が減少して少子化が進んでいたから、教育レベルの問題だとみんな思っていてIQの根本的低下にも気づいていなかったんだ。しかも気づけるようなロードクロサイトとかをはじめとした科学者は無意識防御が可能なレベルのPSY融合兵器で行われていたし、ゼガリアとかの聖職者もゼスペリアの青があるから、兵器攻撃なんて治癒するからPSYもIQも低下しないんだ。他にもラファエリアとかゴールディアとか、まぁその後でいうと高砂の祖先のシルヴァニアライム卿の祖先とか、ハーヴェストとかも、PSYが強いから自然とブロックしていたし、後の美晴宮家なんかは遺伝的にそういうものの影響を受けない体質だったから、本当にほとんどの人々が気づいてなくて、しかも徐々に低下だから、気づいた時にはやばいレベルだったらしいんだ。それこそ、そういうのを完全に防御してる研究室とか、今で言う王宮みたいな場所に居た人々以外、全員攻撃を受けていたし、そういう人々だって外出時とか帰宅時は攻撃されていた」
衝撃的な事実に、橘と高砂が目を見開いた。
「それで捜査されてる事に、敵集団も気づいた。それでこの敵というのが、完全ロステク文明時からの生存者や、その頃難病でコールドスリープしていてPSY融合時代に冷凍睡眠から目覚めてPSY融合医療装置で復活した人物とかだったらしくてな。生存者の一人なんて、エクエスの同僚として近寄って、さらにユエルの執事みたいな感じでずっとそばにいたみたいだったから、最初の頃は情報が筒抜けだったらしい。しかもフェルナの調査によると、結構前から皇帝に定期的に接近して、思い通りに文明を操っていたり、IQ低下とかに人々が気づかないように資料操作をしていたらしいんだ」
「コールドスリープからの復活者込みで最低十一人はいたらしくて、内七人はロードクロサイトのフェルナの記録に残ってる」
「まじかよ、怖っ」
「うん。すごい執念だよね――え? けど、そんな不老不死みたいなのいけるの?」
「ま、PSY融合医療装置と完全ロステク医療装置を併用すれば、理論的には可能だな」
「そうらしい。それで、気づいた敵集団は、一気にドカンと三つ兵器を放ったんだ。完全ロステク時代から温存していたマインドクラックによる低IQ化装置、PSY受容体破壊兵器、地震誘発兵器、これだ」
橘と高砂が言葉を失った。
「結果として、研究室や各地の避難場所で自然に防衛機能が働いていた場所に居た連中以外、みんな低IQになったし、反撃兵器を用意していたからPSY受容体の完全破壊による脳破裂は抑えられたが、ほぼ全国民がPSY受容体を使えなくなり、冬眠状態――つまり、現在の状態になったわけだ。今俺達は、高IQと呼ばれているが、逆だ。他が低下したんだ。それが遺伝してる。で、PSY受容体が人間全てにあるのにPSYが使えない人間の方が圧倒的に多いのも、この兵器感染症が理由なんだよ。だが、こんな事実を公表して、お前ら全員病気です、って言うわけにもいかないから、ロードクロサイト家で極秘管理していて、王族にも閲覧させない。これを見た時は、俺は戦慄したね」
「うん。俺もだ。時東に即座に見せた」
「ああ。見なきゃ良かったとすら思った」
「それで、地震兵器により、都市も壊滅したし、道路も分断したから、地方避難勢とはESPも多くの人が使えないし、システムもPSY融合装置ばっかりだったから機能停止でどうにもならなくなった。それで、ユエルは犯罪者を倒す側として王都に残った。フェルナは、兵器を止めに向かって、そのまま兵器の最寄りのゼガリアに避難した。兵器の停止に無事に成功してからは、そこでなんとか人々の体を治そうと医学の道および聖職者。一方のユエルは、研究室にいて無事だった人々と、王都はもうダメだから、そのそばの今で言う華族敷地とその周囲に新しい都市を建設する事になる。こうしてロードクロサイト文明は終焉して、華族文明が始まるんだ」
信じられない話だったが、末裔二人が言っているんだから、信用しないわけにもいかないし、古文書まであるというし、医学的にあり得るというのだからと、橘と高砂は静かに頷いた。時東とゼクスは煙草を吸っている。すると、声が響いてきた。
「とすると――その流れで行くと、無神論者の私にも納得可能な解説が、奇っ怪な華族神話にもなされるのか?」
「あれ、榎波、早いな。まぁ、な。俺の理論なら解説はなされるぞ」
「ほう。聞いてみよう。橘、珈琲。今日は早番になったんだ、急遽」
こうしていつも何気なく揃うメンバー五人が集ったのだった。