【6】華族文明
「まず、榎波いわく奇っ怪な華族神話。これを整理すると、こんな感じのはずだ」
ゼクスはそう口にしてから、煙草を一度深く吸い込んだ。
そして天井に登っていく煙を眺めながら続けた。
「是我芦原から降臨した青照大御神の子孫、月讀・天照大御神・須佐之男の三柱が平安朝の礎を築いた。月讀と天照大御神は双子であり、月讀が長男だった。須佐之男は年の離れた異母弟であった。月讀は全ての知識を有し、月の光、夜、青き教えを司った。正しく神である。そして双子の弟、天照大御神は人間を統べる事を仰せつかった。即ち平安朝の統治である。須佐之男は、天照大御神の補佐をした。ここから、全ての華族は生まれ落ちた。子孫に任せた青照大御神は、是我芦原へと旅立った――こんなのだろ?」
「ああ、私はうろ覚えだが、おそらくな」
「かなり正確だよ。夜の神・昼の神・大地の神とか呼ばれているね。現在の匂宮と美晴宮と橘宮が筆頭のその他全華族のそれぞれの始祖だ。だから匂宮だけは美晴宮家と同等だけど現在の貴族制度上、匂宮の意思により美晴宮をたてる形でいるけど、この二つの月讀と天照大御神の直系の末裔のみが、完全に神の血を引くとされていて、人間と神の混血とされる須佐之男の末裔のその他とはレベルが違うという扱いだよ。一応匂宮と橘宮家は対等として扱われてはいるけど、歴史的には匂宮が全然上」
「さすがは匂宮配下五家の高砂家当主だな。それでな、この青照大御神というのが、ユエル・ロードクロサイトで、その父とされる神様の黒輝帝っていうのは最後のロードクロサイト皇帝、匂宮の最古の特別分家の黒曜宮家というのは、フェルナ・ロードクロサイトの家の事なんだ。ロードクロサイト文明において、『大御神』というのは聖職者や総指揮官という意味合いで、『宮』というのは、代表者みたいなニュアンスだったんだけど、文明が経るにつれて、なんかこう高貴な存在の名前になっていったようだ。是我芦原はゼガリア地域の事だ。ここまでは、ロードクロサイトの文献にも出てくるから時東も知ってるだろ?」
「ああ。へぇって思った。ただ、そこから先は、ロードクロサイトの文献には無い」
「うん。朱匂宮本家古文書とか鴉羽古文書とか本家の月讀古文書とか青照大御神碑文とか、そういうものに出てくるんだ。これは、万象院本尊本院と王家と美晴宮家のハンコで、朱匂宮本家の気分がOKだと読ませてもらえる」
「ハードル高いハンコだな……橘大公爵家じゃちょっと無理かも」
「……万象院列院総代の俺でもきつい」
「柊男爵家などアウトだ。ゼクス、さっさと続けろ」
「うん。で、これ、月讀と天照大御神っていうのは、双子じゃないんだ。これって、ゼスペリア教の聖書に出てくる双子の義兄弟っていう謎設定と同じで、PSY色相の一致とか、そういう類似を指すんだ。それで月讀は、ロードクロサイト系のゼスペリアだったから、背面に虹Otherがあって、普段表面に出てるのが赤黒曜っていう色相だったんだ。天照大御神は、虹Otherの表面が紫。かつ、紫の周囲にも虹が展開してる、今の美晴宮家の遺伝色相と全く同一。ただしゼスペリアの青と完全黄金と無色透明のみ美晴宮は持たない。で、おそらくだけど、本来は兵器攻撃前は、周囲に虹Otherで真ん中に表層色っていうのが健康な場合の普通の色相だったんだ。だけどPSY受容体を完全には守りきれてなかったから、体質としてその影響を受けない美晴宮血統以外は、表層色のみが表に出るようになって、一部の元々虹Otherが強かったロードクロサイト血統のみ、代表的な黒曜石あるいは葡萄酒色の赤黒曜石表層があるけど、時東みたいに必要時に背面の虹Otherが使えるんだ。昔は、この表層部分は血液型みたいなもので、好きなように多分使えたんだよな、Otherを。けど今は美晴宮家とロードクロサイト以外無理だし、自由に色相調整をして色を生み出せるのはロードクロサイトのみ。しかもロードクロサイトは完全黄金と無色透明は持てるけど、何故なのかゼスペリアの青だけは持てない。この理由は俺にも不明だ。それで青照大御神が去ったっていうのは、兵器攻撃で致命傷を受けていたから死んだってことで、長男の月讀っていう字の人物が、PSY融合関連知識とか色々受け継いだんだ。そして虹Otherが同一的な意味で双子と記載されている天照大御神というのは、世界で唯一健康な人間と言っても良いから、最初は統治者というより、保護してその健康な肉体に戻りましょうっていう感じだったみたいだ。実際にはロードクロサイト関係の従兄弟だったらしい。かつ異母弟というのは、この人と神の混血っていうのはだな、神というのが、完全PSY血統医術のスサノオと呼ばれる、今も橘宮家に伝わっている医学を持っていた当時の研究者の一人で、全華族の祖先っていうのは、その医学で、研究室ごと避難してきた人間のPSY受容体を可能な限り治したりこれ以上悪化しないように維持したっていう話なんだよ」
なるほど、と、一同はそれぞれ飲み物を飲みながら聞いていた。
少なくとも神様の存在よりは、納得しやすかった。
「それで、それぞれが温存したPSYを明確化すべく、カタカナじゃなくて漢字の字を名乗っていたから、今も華族や華族由来の貴族は漢字の名前なんだ。それに十二単や和服、その模様、ああいうの、家ごとに決まっている色や家紋、組み合わせ、あれは全部、PSY融合繊維と、それにより各家々の始祖および今も受け継がれている色相の補強が最初の理由で、扇とかはPSY融合装置の名残だし、儀式もPSYを高める技能訓練の名残なんだ。ロードクロサイト文明時の白衣みたいなものなんだ。だけど――……時代が経るにつれて意味合いがどんどん忘れられて、なんかこうただの雅な衣装とかになったり、桜を眺める儀式とか、心は和むけどPSY的には意味のないものが増加したから、今はわけがわからない儀式だらけになってるわけだ。服の模様とかも、季節に合わせてとかいう謎理論になってるんだよ。ただ、桜とか花を見たり、太鼓とか笛とか琴だとか、そういうのを鑑賞する心みたいなものは、この時代に爆発的に広がったみたいだ。それまでは感性とかじゃなくて、あくまでも科学的研究対象に過ぎなかったみたいだから、文化的側面とか情緒でいうなら優れているのかもな」
「私には退化にしか思えなんがな」
「まぁ、そうとも言えるかもな。さらに、ロードクロサイト文明より酷くて、科学技術がどんどんロストされて完全PSY文明になった。平安朝を首都に、皇室が全部を収めて、次の天皇陛下となるのが美晴宮と呼ばれ、匂宮が別個特別に存在するとされ、黒曜宮は名前だけ存在――まぁフェルナは来なかったんだろう、そして美晴宮を支えるのが、後々スサノオを完全PSY血統医術として自動的に受け継いでいる橘宮家になり、その下に右大臣と左大臣、配下特別中宮三家、中宮五家、その他華族という形になった。匂宮は、直属分家と配下五家で、配下五家がまぁ、大臣と特別中宮家の中間くらいの権力みたいだな。ただこうなる前は、匂宮は、当主になると闇の月宮と呼ばれていたみたいだ。それが、技術ロストがまずいということで、万象院を作った。これが院系譜の始まりで、宗教兼医療兼学術機関のお寺が出来ていき、万象院のみ緑羽万象院家が血統継承で他は誰でも学べた。この頃の緑羽と朱匂宮は、今もそうだけど絶対原色の緑と赤を持っている人物が直系長男に生まれるようになっていて、緑の方がESPでなんでも記憶しておけたから、万象院だけ血統継承だったんだ。ただ、緑羽と朱とくっつく前は、直系長男以外にもこの色相が生まれていたようだし、月讀やユエルも両方持っていたらしい。そして両方持っている人を鴉羽と呼んだみたいだ。いつから両方が別れたのかは俺にもわからない。ただ現在でも直系長男同士が結婚すると、鴉羽と呼ばれて両方を持つんだ。それでそういう鴉羽の人物が、右副・鴉羽卿とかと呼ばれて、今で言う宰相みたいな仕事をすることが多かった。左副は橘宮か美晴宮家以外の天皇陛下の家族がやるパターンが多かったみたいだな。そして間に中副がいた。有名なのは、今の英刻院は匂宮配下五家の刻洲中宮家と当時呼ばれていて、そこから万象院列院で学んだ後に中副になった中副・英洲卿だろうな。鴉羽卿で唯一の左副は高砂家の始祖だし、この人も列院総代だった。高砂家は完全PSY血統戦術、英刻院は完全PSY血統政法術を生まれつき遺伝で持っているのも大きいんだろうな」
「俺にそんなのあるの?」
「基本的に生まれつきの無意識発動だから、自覚はないと思うぞ。橘宮様みたいにお薬作りが目に見えたりしないしな」
「へぇ。俺も高砂の蔵でも漁ってみるよ」
「うん、漁れ――それで、そうであっても技術ロストが止まらなくて、完全PSY王朝は、完璧に絶対王政というか、華族しか人間扱いされなかったんだ。例えば、PSYを持つ華族以外は目の前を横切ったら処刑、みたいな。華族以外の全国民が、今で言う最下層の『人間未満』というような扱いだな。不満も溜まるだろ? それでも5000年も続いたんだからすごいよな」
「気が遠くなる話だな……それで? 華族文明の終焉は諸説あるようだが、私に納得できる終焉を、『青照大御神の逆鱗に触れて三種の神器が暴発したからである』という神話以外で述べてくれ」
榎波の言葉に、ゼクスが小さく笑った。
「ええとな、今で言う王都の平安朝――華族敷地のさらに周囲をもうちょっと広げた部分。ここでしか華族は暮らしてなかったし、完全PSYに頼りきっていたから気付かなかったけど、各地に避難した人々もいたから、ロードクロサイト文明の貴族制度形態を発展させて生きていたラファエリア地方や、聖地ゼガリアとかも存在していたし、それ以外にも各地にいた生存者が、国を作っていたんだ。だけど華族文明が主流だから、ゼガリアとラファエリアはひっそりと隠れていたし、他の一般国民は目の前を横切ると処刑という形の国だったんだけど――平安朝の外側で、完全ロステク兵器とかPSY融合兵器とかを発掘していたりしたんだ。それにゼガリアとかラファエリアは、フェルナとかエクエスが治療薬の開発していたから、ちょっとずつ華族以外にもIQやPSYを取り戻してる人々が出始めていたし、その二箇所の人々は、ほとんど完璧に戻っていたんだ。そして、万象院をはじめとした院系譜のみ、それらと連絡を取っていた」
ゼクスは煙草を吸い込み、少し遠くを見る眼差しをした後、煙を吐いた。
「それで、美晴宮と橘宮の長男、つまり、次の次の天皇陛下になるはずだった左副・橘紫紺卿と、中副・英洲卿、当時の万象院列院総代だった高砂家当主が、平民と呼ばれていた一般国民の復古した兵器に、院系譜に残っていた操作技法を教えて、華族以外を人間扱いしない圧政を変えようとしたんだ。右副・鴉羽卿だけ反対して、万象院本家と匂宮本家もそれに従って何もしなかったみたいだけど、鴉羽卿は、それをしたら、天皇陛下と一緒に死ぬし、美晴宮家を断絶とかしたら、万象院も匂宮も全員自害させると言い張って、左副達はなんかこう鴉羽卿にはなんとしても自分達側に来てもらいたかったらしく、天皇陛下や美晴宮家は存続させるし、華族も華族敷地として、鴉羽卿に与える土地に残すという条件で説得していたそうだ。それでこの時に、管理していたPSY融合兵器を蓬莱院の朱の院と緑の院から分割して、緑羽万象院と朱匂宮としてそれぞれ緑院と朱院の名代もやるようになったみたいだな――ここまでは、まあ、平和を考えるなら良かったんだろうけど、右副・鴉羽卿が大反対してた理由は別にあったんだ。勿論この人も圧政は良くないと言っていたらしいんだけど、その、クーデター側に、『叡智の扇』っていう集団がいたらしいんだ。この頃には、黒咲が存在していて、匂宮直轄とかもいて、そこが追いかけてたから他に伝えてなかったらしいんだけど、こいつら、完全ロステク時代とかPSY融合時代とかの生き残りかつ、ゼガリアの宗教を取り入れている、まぁなんというか破壊的カルト宗教団体みたいな存在で、『世界の終末の時に青照大御神が是我芦原から舞い戻り、人々を救済する』と唱えていたらしい。で、左副――つまり橘大公爵家の始祖達に紛れて平安朝で武器をぶっぱなした結果、今の淡い橙色の小さな湖、緋桃の海っていう見た目は綺麗だけど毒の海とかが出来てしまい、平安朝も一部のみしか残らなくて、その残った部分と外側が鴉羽卿に領地として与えられた。後はまぁ、こいつらの言っていた事も、昔誰かが長期予知して『終末の頃、青照大御神を宿した闇の月宮が出現する』っていうのも混ざっていたから、華族側は、その宗教を信じちゃった奴も結構いたみたいだな。最終的には、その敵集団を撃退し、残った領地を温存しつつ、ラファエリア王国に避難して、こうして華族文明は終了したわけだ。このラファエリア王国が、いわゆる旧世界の事だ」
語り終えたゼクスを皆は眺めて、何を言うべきか思案した。
しかし特に言葉も見つからない。
「次の旧世界も聞くか?」
ゼクスの声に、一同は頷いたのだった。