【4】青き弥勒の金掌



 ゼクスはその後、なにやらごそごそとスーツケースを漁っていた。
 そして――高砂を呼んだ。

「っ」

 息を飲んで、高砂が目を見開いた。
 高砂どころか、一同がポカンとした。

 その前で、ゼクスは気に留めた様子もなく、布を取り出した。

 ――金錦の頭布から、外套のように広がる外装、鮮やかな緑模様、まずそれが皆の視界に入った。万象院について知る者は、その模様が、俗に優羅と呼ばれる模様だと知っていた。ゼクスが手にしているのは、非常に美しい金の袈裟だった。

 それを取り出したゼクスは、高砂に投げるように渡した。
 この袈裟を、高砂と、院系譜の研究をした事がある橘、および桃雪匂宮と橘宮は知っていた。後者二人は華族敷地に伝わっているサイコメモリック石板で見たことがあった。

 これは――万象院列院僧侶の総代の中で、最強の右腕だと認められた者のみが着用を許される特別な袈裟だ。それこそこの袈裟を所持した列院総代は、緑羽万象院と同等だと扱われる事になる。それを認められた列院総代のみが、着用を許される。伝説の法衣だったのだ。歴史上でもこれまでに三名しか、それを許された者はいない。

 触れるだけで伝わってくる神聖な気配に、高砂は冷や汗をかいた。
 そして思わず言った。

「ゼクス、ちょっと待って。俺はこれを受け取れない」

 するとゼクスが困ったような顔をした。

「ゼストが渡せって言ったんだ。けどいらないなら捨てろ」

 無論捨てるわけになどいかない。震えを押し殺しながら、高砂は結果的に受け取った。

 この時点でただでさえ家格が、華族としても高く、列院総代という高位の僧侶だった高砂は――列院内において緑羽の直系と全く同じ立ち位置となり、皆が傅くような存在になってしまった。

 高砂は、緑羽万象院以外には院系譜において、誰にも傅く必要はなくなった。
 別に高砂はそれを望んではいなかったが――ただ、認められたようで嬉しかったというのはあった。

 そして高砂は――ゼクスが緑羽万象院であることを知っていた。
 だから、これからも絶対に、むしろこれからこそ守ろうと誓い直した。

 そこまでは良かったのだが――……さらに驚愕の事態が発生した。
 周囲の驚きや、高砂の誓いになど気づいていないゼクスは、必死で錫杖を取り出そうとしていた。スーツケースにギリギリ収まっていた、金なのだが虹色にも見える錫杖を、ゼクスはその後、なんとか取り出した。

 皆が驚愕したのは、その瞬間である。
 それを知る者も、知らない者も、全員が凍りついた。

「それと、これを渡すように言われた。なんか完全PSY兵器っぽいよな」

 そう言って、ゼクスのみが微笑していた。
 実際それはその通りだったのだが――これは、最強と認められた列院総代のみが所持を許される錫杖なのだ。過去に所持を許された人物は一名しか存在しない代物だった。

 確かに高砂は万象院関連の全ての冠位を保持しているし、実際に強い。
 だが、だからと言って、これは――神具に等しく、院系譜における神器のようなものなので手に取ることすら躊躇われる。使い方によっては、数千人を一気に殲滅できてしまう。それほど強大な威力を持っているのだ。

 その分、力も吸収される。だから使用者は膨大なPSYを保持していなければならないのだが、それ自体は高砂にも存在している。高砂は天才機関に測定不能を言い渡された、数少ない人間だ。

 ESPは黄緑色、PKは橙色――この高砂家特有の色相は攻撃威力も国内最高を誇っているので、高砂家は昔から武力で有名であるのだ。Other側意外にも、固定の遺伝色相を持っているのである。ちなみに、万象院列院総代を務めることが多い家柄でもある。

 なお、他の華族同様、高砂家の場合Otherも長子に血統遺伝する。 
 中でも高砂は、綺麗にそれらの色相を持って生まれた。
 例えばOtherは、多くの場合緑か橙色に偏ることが多いのだが、高砂の場合は綺麗に色が変化していく。緑色から始まり、黄緑、黄色、橙色へと変化していく色合いだ。

 そういう意味でも、遺伝的に――最強であるとは言える。
 PKとESP側で、個別単体攻撃と防衛も得意だ。
 単体相手も範囲であっても、攻撃も防御も自信がある。
 完全PSY型の戦闘能力を保持しているのだ。

 さらに万象院で学び、鴉羽卿からは直に叩き込まれたので、身体的な武力も持っていた。

 足りない部分は、完全ロストテクノロジー技能のみだった。
 だからこそロステク兵器の研究をしているし、今ではそちらも完璧なのだから自分は強いかもしれないが――だからと言って、これは、さすがに、と、高砂は顔をこわばらせた。

「ゼクス、あのさ、本当にちょっと待って、これはなおさら貰えない」
「そうなのか? じゃあその辺に立てかけておいて、あとで誰かにあげるか捨ててくれ」

 ゼクスは次の荷物整理に集中していた。適当に返事をした。
 この錫杖の意味が分かっていない――……高砂は唾液を嚥下してから覚悟を決めるしかなかった。

 青き弥勒の金掌の持ち物と言われる法具二つを亜空間収納する。
 まぁ……今後ゼクスを守るには、あっても良いのかもしれないと。無理矢理自分を納得させた。


 さて――その直後、今度は、華族関係者を震撼させる出来事が勃発した。