【6】刻洲中宮家への返還
呼ばれるかもしれないと、琉衣洲本人も思っていたし、華族関係者も、「やはり」と考えていた。英刻院大公爵家は元々、文明を遡ると、匂宮配下家だったのだ。
現在の英刻院の、華族名称は、刻洲中宮家である。
古の昔、中副・英刻卿という人物が最後にこれを着ていたとして、古文書にメモリックされている。こちらは旧宮殿博物館でPSYの持ち主ならば閲覧可能だ。誰でも一度は見に行ったことがあった。
白い縁どり、その内側の黄金の縁どり、それ以外は全面黄色だった。
そして膝下から金粉が散りばめられて、最終的に一番下は、ほぼ全てが金色になっている。表も裏もそうだ。高砂のものと同じで特に胸の部分に飾りはない。
「あのな、琉衣洲。お前の先祖、華族もいたらしくて――後で貴族時代の品も渡すんだけどな……その、もしも黙示録が全部起こってしまって、人がちょっとしか残らなかった時、お前は政治家をやらないとならない家柄らしい。なんというかゼスペリアとか青照大御神とか、こう青っぽい神様の血筋が続いてきたように、英刻院はずっと政治の能力を受け継いできたらしい。やりたくなくても、やらなきゃならない立場に、気づくとなっているそうだ。きっと今回は、どう転んだとしても――おそらく琉衣洲は政治家になるだろうと、ゼストは言っていた」
まずは黙って琉衣洲は聞いていた。
「それでこれは、華族文明の一つ前の、ロードクロサイト文明が滅びかけた時に――復興を頼むと言って、当時の皇帝からお前の祖先に託されたらしい。その後は、華族文明が滅びる時まで着用していて、滅亡の時に、匂宮に返還したんだって、お前のその時の先祖が。返還ということは、匂宮とロードクロサイトには関わりがあるんだろうか……まぁ良い。それで返されたんだけど、匂宮家は、いつかまた琉衣洲の家――英刻院家からは絶対政治家が出ると思って、その人間渡すべく、大切に保管していたそうだ。黒色のローブ、亜空間収納してるんだろ? そこに念のため入れて込んでおくと良い」
「……そ、そうか」
琉衣洲は、ギルドの黒色の装束を、確かに倉庫替わり等に使っていた。
言われた通りに、そこに収納する。
「一応効果があって――英刻院の完全黄金の効果を高める金箔が使われているから、PKが今までより壮絶に強くなるらしい。ただ一番すごいのは、黄色い無地のところで、その当時の華族は――完全PSY文明だったらしいんだが、知識を活かして、全てのPSY攻撃を跳ね返す効果を生み出して、縫い込んだらしい」
「……」
「これを着ている限り、PSYによる攻撃は、全部敵に跳ね返る。だからお前には届かなくなるそうだ。だけどPSYの――青による治癒なども遮断されるから、病気や怪我をPSYで治してもらう時は、脱ぐようにとのことだ」
「分かった」
「ゼストは――なんかゼストが知ってるお前の祖先の性格を考えても、絶対琉衣洲は一着持っていたほうが良いと言っていた。なんでも、危機的な状況なのに、避難せずに、人を助けに行ってしまう人と、危険な状況なのに、避難せずに、政治の仕事を続けてしまう人のどちらかしか見たことがないそうだ」
「……」
「良い人だという事だろう」
聞いていたみんなは、なんだかちょっと納得してしまった。
琉衣洲もそうだが、英刻院閣下がまさにそういうタイプだからだ。
さて琉衣洲が、複雑そうな表情で、受け取ったものを亜空間収納している前で、ゼクスは再びスーツケースを漁りはじめた。
これに一同が一息ついた時、ゼクスが、続いて引っ張り出したもの――それに華族の知識がある人々は再び凍りついた。
ほぼ闇色の紫色の打掛だった。
背中には銀の糸で、満月が大きく縫われている。
そしてクレーター部分が灰色の糸なのだが、これは不思議な紫や銀にも光る。
さらにそこを、透過しているような形で、巨大な鴉が一羽――背中の大きな羽を閉じた状態で描かれている。嘴も瞳も羽も全て黒い糸なのだが、何故なのかはっきりと見える。
これはPSY融合繊維に、黒曜石と人工石が練りこまれた糸なのだが……そんな事を意識する余裕もなく、人々は目を見開いた。華族神話に興味がない人々まで、凍りついた。
漂う濃厚な神聖な気配が桁違いだったからだ。
正面には大きな桜の木が一本、合わせ目を気にしないように描かれていて、花びらが少し舞っている。こちらも黒と紫と銀、そして青と黒紅というのか不思議な色彩で描かれていた。同じ黒ではあるのだが、はっきりと違いが分かる。
首元付近だけに白い布が見えるのだが、そこから漂う気配は――使徒ゼストの聖骸布の気配に近かった。『闇の月宮の真羽衣』だ。
降り立った月讀の本当の正装はこちらであり、赤い方は人の世界に顔を出す時に着ていたのだという。これも実は比較的最近まで残存していた。黒咲の匂宮単独部隊の筆頭が纏うからだ。
胸元には三日月がそれぞれ内側を向いてついて、それには白金色の糸が下がっている。
万象院と別れた後も匂宮側に受け継がれていた品だ。
その打掛が孕む威力は桁違いであり、見ることすら恐れ多い。
見て――生きていた敵はいない。
単独活動前後に着用していたという記録ばかりで、院系譜の古文書のサイコメモリックに、かろうじて記録されているだけだ。
これは華族神話によると、旧世界滅亡時に、政府側に協力していた当時の匂宮総取りが着ていて、そのまま行方不明になったと言われていた。
匂宮冠位の一番上であり、本家の朱匂宮の血を引く人間であれば、別段朱匂宮以外の分家筋が着ても良い代物ではあるのだが、匂宮冠位一位というのは、つまり匂宮では他に並ぶものがいない強さを持つということである。普通は朱匂宮当人が着る。なお、配下家の人間は、触ることも許されいない。
「桃雪匂宮様、これも着てくれ。なんでもこれを着て、総合指揮の橘宮様と実行指揮の榎波を手伝いつつ、匂宮として『闇の月宮様』という人を守る時に着る服だそうだ。夢でゼストに聞いた」
「えっ……お、お待ちください、さ、さすがに、桃雪は、これは、これだけは受け取れません……先程のものも正直荷が……そしてこれは、それ以上なのです……これは、これは」
「いや、それは俺に言われてもな……じゃ、じゃあ、高砂あたりに投げ渡しておいたらどうでしょうか?」
「そんなわけには参りません! そういう事ではないのです! というより、それを手にしていて何もお感じにならないのですか!?」
「……ま、まぁ、ずっと地下にあったから、洗濯して干した方が良いかもしれないとは感じるけど――でもゼストは、カビ防止剤が使ってあると言っていたから、大丈夫だと思うけどな」
「そういう事じゃないのです! 馬鹿! そうですね、確かにこれを着れば……というか――先程から伺っている限り、桃雪には……ゼクス様には、使徒ゼストとやらの声が聞こえる上、その使徒ゼストは、救世主である青照大御神の化身が、どこかに実在すると言っているように聞こえるのですが、そうなのですか!?」
「なんか、サイコメモリック人格というもので――世界が滅びそうな時に、滅亡阻止の手伝いのために、ゼストや、その他の人々が、サイコメモリックで情報を色々な場所に残していたらしい――それで、俺はたまたまそれが強く残る、ゼスペリア教会というところの牧師だから聞こえるようだ。他にも聞こえる事がある」
「ゼスペリア教会……」
桃雪が呟いた。ゼクスが続ける。
「黙示録と終末は一緒だから、きっと使徒ゼストの写し身がいるんなら、その青照大御神様の化身もどこかにいるんじゃないか? 俺にはそれは分からない。けど桃雪匂宮様も黙示録対策でここにいるんだろ? だったら、もしそう言った人が出てきた時は、きっと守るんだろうから、とりあえず持っておいて、いらなければ抽斗にでも、入れておいたらどうだろうか?」
「……っ……」
言葉を失った桃雪にポイとそれを投げて、ゼクスはさらにスーツケースに向かった。
そして桃雪は今度こそ気絶しそうになった。