【7】神の装束
次にゼクスは、一着の青い打掛を取り出した。
華族で知らぬ者は誰一人としていない品だった。
天照大御神が着用し――天皇陛下が代々その地位を継承する時に身につけていたとされる最上位の衣――『青照大御神の明けの羽衣』だったのだ。
濃い水色から始まり、下へ行くにつれて薄くなり、左側に青空のような色を残して、右には雲が浮かび、正面には、錦で描かれた日の出と、金と淡い桃色に染まる海、虹色の架橋が描かれている。
今も美晴宮の家紋である、花。十二の花びらとその後ろの二十四の花びらが広がるその菊は、黄金の縁どりがされた紫色で、そこから垂れる糸も紫だ。背中は快晴としかいえない、青空にしか見えない色彩が広がっている。
布自体がPSY融合繊維である。また先程の闇の月宮の衣よりもPSY技術が高度であり、まさに神の証拠としかいえない品だった。背面は、ESP知覚情報として、昼間の雲一つない快晴のイメージが常に放たれているし、正面の日の出から、はまさに朝を知覚させるPSY波動が正しく発信されている。
「朝仁様。これは朝仁様が着て下さいとの事です。静仁様には、ゼストが夢で言っておいたそうです」
「……俺がですか……」
「なんだかゼスペリア教会の地下に、昔、是我芦原も存在したそうで――ラファエリア王朝に文明が変わった時に、預かっていたんだそうです。この服を着てる時、絶対紫を持っている美晴宮の人だけが、ロードクロサイトの虹色やゼスト家のゼスペリアの青も含めて、関係なしに攻撃できるんだそうです。花王院王家の無色透明が、その二個を無効化できるので、もしも黙示録、敵が時東の親戚とか、ゼスト家の親戚とすると……榎波とかラクス猊下の親戚が怪しい場合は、朝仁様と青殿下が全力で止めてくださいと、ゼストが言っていました。それ以外の場合は、その服には防衛機能があるので、さっきの琉衣洲の黄色い着物と一緒に、二人でそれぞれ着て協力すると、PKとESP――他にもほとんどのOtherを無効化するので、完璧に青殿下をお守りできるだろうと言っていました。だけど、逆に時東とかラクス猊下とかが戦ってる時に、その服の力を発揮すると、そっちの二人が倒れてしまうので、着用時はご注意ください。そうゼストが言っていました」
「……味方であると確信しているお二人ですので、通常は着用を避けるし、恐れ多いというのもあるから……仮に着てる場合も、ゼスト・ゼスペリア家との提携条約で安全協定を結んでいるので、俺は効果を発動しないようにする美晴宮印珠があるから大丈夫。ただ、青殿下をお守りするという観点から、琉衣洲が亜空間収納しているし、俺も黙示録が終わるまで、万が一の場合には琉衣洲にもそれを着せて、青殿下の前で立ってる役をするという意味で、その……とりあえずお預かりします。ただ無事に事態が収束したら、話し合いにより、可能であれば返却を視野に検討させて下さい」
「う、うん。ま、まぁ、無事に黙示録が終わったら考えたら良いと思われます」
こうして袖を通すでもなく、受け取りさくっと朝仁はそれを亜空間収納した。
それをみて、慌てたように桃雪も闇の月宮の羽衣を亜空間収納した。
ただ、赤の打掛は着ていてしっくりきすぎてなんとなく脱げなかった。橘宮も着たままなので、桃雪も身につけていることにした。
そうしていたらゼクスが――今度はあきらかに先程の。朝仁に渡した品とそっくりの衣を取り出した。PSY繊維製だというのは、多くが悟った。だが、華族の誰一人として、それ見たことが無かった。今度は誰も知らない品が出てきたのである。
正面の肩の、ちょっと下の青部分は、朝仁のものと同一に見えた。
だが、正面の柄は、下に行くにつれ逢魔が時となり、紺碧と橙色がまじった夕暮れに変化している。黒い海に太陽が沈んた直後らしく、わずかな虹色に輝く雲と空の合間には、一羽の鴉が描かれている。
背中部分は、青からどんどん暗く、夜、そして闇に変わっていき、闇部分には銀色の星が散りばめられていた。まるで宇宙、星空だ。それはそれで美しすぎて目を瞠った。胸元の飾りは黒曜石らしく、星のような華のような不思議な形の飾りがついていて、垂れる糸は黒だったが、これも黒曜石がビーズのように繋がって出来ていた。
「――へぇ。『青照大御神の宵の羽衣』まで残ってたのか。ゼクスの祖先って物持ちが良いみたいだな。ロードクロサイトには、学術データは沢山ある。だが、そういったアイテム類は基本ゴミとして処分してる」
「あのな、時東。お前の家の始祖さ、弟が折角作ってあげたのに、一回も着ずに放っておくって、なんか可哀想だと俺は思った。朝仁様にあげたのは、ちゃんと次男がずっと着てくれたから嬉しかったようだが、兄は一度も着てくれなかったと聞いたぞ。しかも、だ。さっきの黒い月のやつは、逆に長男が着まくって、ボロボロで修繕が大変だと聞いた。追いつかないから、赤い品をもう一着作って、そっちを着せてる間に縫っていたそうだ。緑の着物の三男と朝仁様の着物を着ていた次男以外、俺は青照大御神という人にみんな謝ったほうが良いと思うぞ」
「俺は無神論者なので、ゼスペリアも青照大御神も信じないからどうでも良い。で、お前はそれを持って俺を見てるが、一つ進言する。俺じゃなく、それを青殿下に渡そう」
「ん? いや、ゼストもそう言っていて、お前に許可を取れとの事だった。けど、なんでだ? 俺は別に誰が持っていても良いけど」
「そのPSY融合繊維は、ロードクロサイトの虹Otherと表層黒に特化していて、これは、虹のみならば朝仁様にもぴったりなんだが、黒が表層の場合は無色透明の方が強い威力を持つんだ。そして無色透明は基本的に無効化能力だから攻撃力に欠ける。琉衣洲様の場合は、なんだかその他色々がありそうで本人も猟犬だが、青殿下はもうちょっと武力があったほうが良い。それを青殿下に着せた場合、朝仁様との違いとしてロードクロサイトの虹とゼスペリアの青への攻撃はできないが、かわりにPKとESPへ直撃攻撃効果を出せるようになる。理論上は。これは無色透明と黒が混じるから、ようするに鴉羽の赤と緑が灰色を作り出すのと同じ形になるんだ」
「ああ、なるほどな。じゃあ青殿下、これをどうぞ」
「……え」
「安心しろ青殿下。朝仁様もそうだが、勝手に防衛処置として攻撃が発動するだけで、有事の際には着ているだけで無事となるということだ。そしてその場合、お前の正面に琉衣洲様や朝仁様を立たせて、俺も後ろに居れば、俺も安全となる。そのように、みんなも助かるようになる。ゼクスが、ゼストもそれを勧めていると言んだから良いだろう。それの持ち主は――血統的に継承者は俺だ。その俺が良いと言ってるんだから受け取ってくれ」
ゼクスが差し出し、時東が受け取るようにと畳み掛けたため、空気を読み青殿下は頷いて、亜空間収納させた。華族全員まで既に話についていけなくなりつつある。
「で、ゼクス。だとすると『青照大御神の羽衣』も残存してるってことか?」
「うん、まぁ、そうなんだ。それが、残りの邪魔な衣類の一つだ」
「ゼストはお前に持ってろって言ったんじゃないのか?」
「その通りだ。お前、さっきから、まるでゼストだな。もしや時東がゼストの写し身なのか? 信じられない。ゼストって、時東なのか?」
「全く違うから信じられなくて正解だ。俺は使徒ゼストそのものだとか、そういった不審者ではない。使徒ゼストが虹色キラキラOtherだったら、ゼスペリアの青じゃなくてゼスペリアの虹として伝わっていただろう。あちらが引き継いだのは表面黒色相の、一部を出現させる血小板因子だけだ。俺とは全くの別物だ」
「そうか。で、この邪魔なのどうしたもんかな。ゼストが、これも他と同じように身につけてから亜空間収納しろというんだ。けど俺もう、全身何かしら身につけてるからどこにどういう形態で身につければいいのか……」
「見せてみろ」
ゼクスが頷いて『青照大御神の羽衣』を取り出した。
皆、そのあまりにもの神聖さに息を飲んだ。
大聖堂にいきなり放り込まれたような気分になった。
真っ青な打掛だ。
朝仁の持っていた水色の、昼の青空とはまた違う。
なんというか――空よりも海よりも深い青なのだが、決して濃いわけでもなく、アイスブルーでもなければサファイアという感じでもないのだが、とにかく青い打掛だった。
『神』というものを『青』として、なんとか知覚しているような感覚になる。
多くがそう感じた。
これは――ゼスペリアの青だ。華族でさえもそう悟った。
それ以外には考えられない色合いだったのだ。
最初はそれしか理解できないほどだったが、少し動揺を落ち着けてから、改めて皆が見てみる。胸元には黒曜石で出来た、宵の羽衣のものと同じ、星とも華ともつかない飾りがあり、飾りの内側は虹色に輝くダイヤでできているようだった。その中央には再び黒曜石がある。それが左側で、右側はダイヤの三日月。左には糸はなく、三日月側からは宵の羽衣と同じ、黒曜石らしきビーズのような紐が下がっていた。襟は白、両袖の内側にちらりと虹色のラインが見えた。他に柄はない。
「そうだな、牧師服の下に、着物形態にして身につけたらどうだ? あれだ、下着的な扱いとして。パジャマにも最適だろう」
「なるほど、それは良いな。けど帯どうしよう? 時東、なんか紐を持ってないか?」
「帯付きで下着兼パジャマ形態にしてやるからちょっと貸せ」
そう言ってゼクスから、非常に貴重としか思えない羽衣を受け取ると、時東が指を鳴らした。すると見た目はあまり変わらないのだが、薄くて軽そうで帯付きの着物になった。
「ありがとう! さすがだ!」
喜んだゼクスが今度は指を鳴らした。どうやら身につけたらしい。
そしてゼクスが、その後指輪に触れると、荘厳な気配が消失した。
それからゼクスがみんなを見た。
「よし、じゃあ今から、名前を呼ぶ順に俺のところに来てくれ」