【3】榎波とゼクス


 その日の午後、高砂が休憩を終えて出て来た時、榎波がゼクスを見舞っていた。
 こんな事態であるが――榎波もまた、恋敵である。
 などとぼんやり考えつつ、高砂は歩み寄った。
 すると声が聞こえた。

「――それで、黙示録というのは消えたのか?」
「ああ――……ゼスペリア教会のを毎日確認していたんだ、一応。それで消えたらゼストがラフ牧師に言わないとダメだって言っていたから言いに行ったら、電話が鳴って、出たら英刻院閣下負傷で帰宅できないっている榛名からの連絡で、了解したって言ってハーヴェストクロウ大教会の礼拝堂に行ったら、ラフ牧師が倒れてた。その時、そこの聖書の方も消えていた。これ、ゼスペリア教会でゼストが使ってた聖書と、ゼストの柩の間の礼拝聖書だから、この二冊と、宗教院、ゼスペリア猊下執務院、王都大聖堂全部から消えると黙示録確定とか言われてるな」
「なるほど、全て消えている」
「え……その三冊って残ってるのか?」
「ああ。ラクス猊下達が所持しているそうだ」
「良かった。俺も二冊持ってきたんだ。五冊並べておくと、敵が近づくとその白紙部分に映像・人数・向こうの武力数値・兵器・その他情報が表示されるという風に、ゼスペリア教会が持っているランバルト機密完全版の黙示録情報に書いてあって」
「そうだな。大至急目が覚めることを祈りつつ、とりあえずそのお前の側の聖書二冊を出せ。あちらの円卓に三冊あるから並べてくる」
「榎波、俺のはこれだ。ただな、置く場所は、円卓の上じゃない方が良いように俺は思うけど、円卓の上じゃないとだめなのか?」
「――いいや、そういうわけではないが、何か置く場所があるのか?」
「基本的にこれが揃っているのは、宗教院関連と古ゼルリアこと最下層の両方のゼスペリア教の避難地域がダメになって、オーウェン礼拝堂か華族敷地に避難する場合だそうで、その避難先の方にお渡しして、助けてくれた感謝をするために存在しているんだ。かつ感謝の気持ちで周囲の敵情報をひたすら取得するらしい。それで、ええと、オーウェン礼拝堂が王宮の中にあるとすると、ええと、この場合は、通常は礼拝堂の管理者ではなくて、建物を所有している王家の方にお渡しするから、青殿下の真後ろに、旧世界滅亡時にゼストがいたゼルリア大神殿の祭壇を完全形態で展開して五冊並べて、左右に双子の義兄弟の金と銀が交互になってる右が金、左が銀が多い燭台を立てると、今なんかこれ高砂が自動展開してるっぽい完全PSYモニターのように、各地にモニターでその聖書五冊の情報が出て、一番やばいのが急に来た時は音まで鳴らして注目させてくれるという話だ。ちなみに普段は常にその最寄り地域内部の敵情報を探し続けて表示して、敵がいなければ過去の類似データとかを勝手に流すらしい。義兄弟の能力補助、華族敷地の場合は美晴宮家と刻洲中宮家を復古してやってもらう予定だったみたいだな。ちなみにこの場合の敵というのは、双子の義兄弟の本物の聖遺物をつけてる琉衣洲と朝仁様、それと保護してくれてる使徒オーウェンの十字架をつけている青殿下が敵だと認識した相手となる。強盗とかはお前、ロイヤル護衛隊の隊長だから自分でどうにかしろ」
「強盗なんか入る隙はゼロだ。よってそれは内部犯となり、そういう者は副と高砂と新緑羽をポンと並べて置いておけばESPで一発把握で追放だ。祭壇と燭台二つもあるんだろうな?」
「あるんだけど、展開と設置は俺以外きついかもなぁ。俺、まだ、立ち上がるのが厳しい。俺が立てない。荷物にはいっぱい、オーウェン礼拝堂に納めるものも入ってるんだけどな」
「車椅子とかではダメなのか?」
「うーん……いや、使徒クラウの杖に使徒ルシフェリアの金の鎖絡まってる、多分老後に使徒の誰かが使っていたんだろう、筋肉関係を全開させながら歩けるようになる杖を握り締めておじいちゃんのごとく歩くほうが無難だろうな。けどフラフラするだろうから、介護サービスやってるんだし、俺を支えながら歩け。さらに俺にロイヤル三ツ星のではなく、普通のトマトケチャップのオムライスを亜空間倉庫から出して提供しろ」
「好きに食っていいぞ」
「! 榎波が普通に出してくれた!」
「――いまだにロイヤル三ツ星の特性ビーフソースではなく市販のトマトケチャップ、かつ卵も普通の卵焼きを載せただけ、しかもライスもそのケチャップで炒めてある方が美味いというのは頭にくる」
「だって美味いんだ」
「……」
「ロイヤル三ツ星も、な。あっちのオムライスもたまには食べてみたいけどな。ええと、け、けど! ほ、ほら! どっちも榎波が作ってるわけだから! 同じ事だ!」
「もう少し私を褒め称えるとサラダとスープが追加される」
「――やっぱり榎波が作ったから美味しいんだよ。確実だ。それはロイヤル三ツ星とか関係ない。無関係! 榎波の料理だから、俺は美味しいと感じるんだ」
「その調子だ。私の料理が美味しいというならこちらのお前の大好物の、これもまた市販のチーズをお星様の形に小さく切ったゆで卵入りサラダ――および、お前が大嫌いな人参ペーストのみで構築された野菜スープも美味しく飲めるだろうな」
「うっ」
「それを頑張れるならば、ヨーグルトにブルーベリーソースをかけたものを提供してやる」
「……チーズケーキの小さくて丸い固いやつと、ソフトクリームにチョコレートソースがかかってるやつと、ガトーショコラとかいう美味しいチョコレートケーキも食べられるなら、努力できないこともない、かな?」
「いいだろう。ロイヤル三つ星パティシエ階級最上位のベイクドチーズケーキとレイル・ラ・パフェのチョコレートおよびガトーショコラを用意してやる。ほれ、食べろ」
「いただきます! ……――ん? これ本当に人参なのか? 俺、人参は大嫌いだけど、これは美味しい。程度でいうと、貴族院の慈善活動で料理上手い人が持ってきてくれるマフィンと同じくらい俺は好きだ」
「それは何よりだ。しかし食べるの遅いな。なぜそこだけ上品なのか不可思議だったんだ。最下層ガチ勢の誰一人よりも、どころか全華族込みで見ても遅い上に上品だ。朱匂宮そっくりだ。と、思っていたら、朱匂宮当代だったとはな。なるほど幼少時のしつけだろうな。とすると鳥のたたきとか好きか?」
「それ、食べたことがない」
「……じゃあ、ハーヴェストとすると、ローストビーフかローストポークは?」
「それも食べたことがない。あったとしても名前を初めて聞いた」
「……ハムは好きか? 生のベーコンとか」
「すごく好きだ! どちらかといえばベーコンの生の」
「やはり完全に、生肉の外側燻製か外側をゆでた系が好物か。PK食料辞典は正しいんだな」
「なんだそれ? 俺、それ、読んでみたい」
「榎波家機密で私にとってはランバルト機密より超重要機密だから見せられないな。ちなみにデザートの好みは完全にランバルトだ。青系統紫の持ち主の中の甘党が好むものばかりだ。とりあえず味覚と好み的にはこれまでの経験と合わせて考えてもあの血統表は納得できるものばかりだ」
「そうなのか? お星様チーズとトマトケチャップは?」
「今、それを知りたくて分析中なんだ。その二つの何が良いんだ?」
「さぁ? 初めて榎波が作ってくれた料理だという記憶しかないな。なんだろうな?」
「!?」

 ゼクスは首をひねっているが、完全にそれが原因だと榎波本人も含めて周囲は理解した。榎波は赤面しそうになるのを抑えた。無意識にポロっとゼクスは榎波が大好き(?)であるという事実を口にするのだが、本人にはその自覚がゼロなのが困りどころである。

 しかし『食べたことがない』という部分に、周囲は胸がグサッときた。ガチ勢は暗殺報酬があったわけであるし、ゼクスのような真面目な孤児あがりの牧師はゼロで、しかも医療費で稼いだお金は消えていたわけだ。なぜ食費をもうちょっと出してあげなかったのかと可哀想になった。

「うん、よし! 行ける! 榎波の料理のおかげでカロリーが満ち満ちた気がしてきた! そこで設置したいんだけど、俺、祝詞を唱えるんだけど、邪魔だったらESP音声遮断で消音は各自で。俺多分今後各地に色々設置する時、必要な場合なにか唱える不審者と貸すけど」