【4】使徒オーウェン礼拝堂の補完


 こうして、まずゼクスが巨大な聖書を二冊、榎波に渡した。

「持ってきつつ、俺がふらついた場合支えつつ、PKで点滴台を浮遊させてくれ。それから琉衣洲と朝仁様は申し訳ないんだけど金が多い方を琉衣洲、銀が多い方を朝仁様が持ってくれ」

 ゼクスが続いてそう言って、五本のロウソクが立てられる燭台が入った小さな正方形のガラスケースを二人に渡した。中では火が燃えている。小さいが非常に幻想的だった。

「それで、レクスとユクスと青殿下以外の誰か、この花王院王家・英刻院・美晴宮家の宝箱みたいなやつとこの大きい木箱2個をPK浮遊させて運んでくれ」
「桃雪がお手伝いいたします!」
「ありがとう。それで青殿下、このステンドグラスのミニチュアが入った箱をお願いします。これ、青殿下以外誰一人俺以外持てない」
「い、いや、俺で良ければいくらでも……!」
「ありがとうございます! それで榛名と副と政宗はそれぞれこの絨毯を持ってくれ」
「「「わかった――……無理! 重い!」」」

 三人が声を揃えた。ゼクスが困ったような泣きそうなような顔をした。
 榎波が呆れている。だが、三人がかりでも、その絨毯は持ち上げられていない。
 しばらく眺めていた高砂は、この時初めて口を開いた。

「あ、あのさ……――重いって、これ、あれじゃないの? 力強すぎるって事?」
「「「その通り!」」」
「――高砂、お前、じゃあその絨毯を持って行ってくれないか?」

 正直断りたかった。何せ今日はもう十分働いた。
 だが……確かに自分以外は持てないかもしれないと思った。

「……くっ、うわっ、ギ、ギリ行ける。けど、大至急……設置位置!」
「ええと、青殿下の椅子の真後ろの、猟犬の部屋の扉の前に横に置いてくれたら良い! 頼む! お前なら持てるだろうと信じていた!」
「……」

 頷くのだけで必死らしく、直後神速で移動して高砂が指定位置に絨毯を下ろして座り込んだ。それからゼクスがレクスを見た。

「レクス、今から一瞬ゼスペリア十九世実弟になりきってくれ。ハーヴェストじゃなくゼスト血統筆頭家次男のイメージで、ひたすらゼスペリアの青を全開放してくれ。気合で」
「……――無理があるが、全開放した」
「もっと!」
「っ」
「うん、それで維持! その状態でこれ全部持って円卓のどこでもいいけどなるべく青殿下の椅子の近所に一気に持って行ってくれ」

 レクスは頷く余裕もなさそうに一瞬で消えて、ただし位置は完璧に青殿下の椅子の真正面に乗せた。十字架ケース三つ、黒い木箱二つ、金の木箱一つ、闇のような黒曜石の箱一つ、緑に輝く錦の箱一つだった。

「うん、これでいいだろう、みんな向こうに行っ――ってるな。うん。良いだろう。榎波、行こう」
「ああ」

 最後にゼクスが、白い祭壇入りのガラスケースを自分のPKで浮遊させて、杖を片手に歩き始めた。フラフラしていない。しっかりとした足取りだった。見た目はどう考えても完全に元気である。

 さて、到着したゼクスはまず絨毯を転がした。

 結果、扉の前から椅子の真後ろにまで絨毯が広がって、さらにそれが、ぐるりと部屋の中で円卓から緩やかな中間段を経て各扉の前に展開していた二段目部分にも広がった。さらに椅子の下に流れた瞬間、そこからが絨毯ではなく、緑の葉とピンクの花の模様の大理石のような床に変化した。

 円卓があるため全貌は見えないが、それまでただの白だった床が、何やら使徒オーウェンの紋章になったようだった。絨毯はふかふかである。そして猟犬の扉の前に立ち、ガラスケースから取り出して白い祭壇を置いた。するとそれが、一瞬で横長の祭壇に変わり、左右には燭台を置く台が出て、少し下にも台が出現した。

 それから一番上に王宮にあった三冊とゼクスの二冊で五冊が並び、琉衣洲の十字架が右、朝仁の十字架が左に展開した頃には、多くの人びとが神聖すぎる空気と光景に足を止めていた。火、それ自体が何か完全に別の聖なるものだった。二段目には橘大公爵が運んだ聖書ケースが乗せられ、するとそれが豪華な緑の布ブチで包装が品色の巨大な聖書にケースごと変化した。

 使徒オーウェンの福音書および使徒ゼスト御礼聖書と書かれていた。さらに榛名達三名に運ばせた箱が開かれると槍が出てきた。双子の義兄弟の完全黄金なのに銀に視認できる槍と使徒オーウェンの槍らしかった。それを壁に立てかけたあと、ゼクスは青殿下からステンドグラスを受け取り、中身を取り出して猟犬の部屋の扉に貼り付けた。

 すると槍が勝手に浮上して扉の上で義兄弟の槍がバツじるしに交差して、ドアノブ側横の壁にオーウェンの槍が接着した。さらにレクスに運ばせた黒い箱を開けると、義兄弟とゼクスが身につけていた宝石入りの黒い猫面――おそらく義兄弟の本物の聖遺物が空中浮遊して、槍の左右につき、続いて金色の木箱を開けるとユクスにあげたものとも同じである赤い目の鴉のやはり壁に掛けるお面のような品がドアノブとは逆側の扉側に付着して、次の箱を開けると鴉の羽が舞い散る模様がその下に並んでいき、最後の緑錦の木箱を開くとその扉の周囲にメルクリウスの緑の双頭の蛇が、虹色に輝く緑で掘られて付着した。蛇だが気持ち悪さはゼロだった。

 これは悪魔の使いとされる蛇の中で、唯一ゼスペリア教会が神聖視している万象院の紋章の一つであり、双方の宗教で聖職者を保護する紋章とされているものだ。最後に橘に運んでもらった十字架ケースをそれごと壁に押し付けた瞬間扉にそれが飲み込まれて、銀色の王冠の左右に黒い鴉の羽根が広がり、後ろにゼスペリアの聖剣がクロスしていて、その上に緑色のラインが金色の光を放つ十字架、その左右にはピンクダイヤで花王院王家の紋章が入った。さらに下には、扉の上と同じ槍に見える模様がやはり交差していて、上の猫の仮面のような位置には、英刻院の紋章が完全黄金で、逆側には絶対紫と周囲を虹で飾ってある中央に美晴宮家の菊の紋章が出現した。すると燭台の火が一気に大きくなった。全員、視線がこの時点で釘付けだった。そこへゼクスがのほほーんと声を出した。

「なぁ、高砂、回復した?」
「若干……けど、絨毯とかはもう不可能」
「あのな、この桃雪様に運んでもらった巨大な木箱の中に腐るほど入ってる、俺が復古した使徒ゼストの青銀っていうので出来てる、後ろにサファイアの月、逆側に黒曜石で羽根が一本ついてる十字架をラフ牧師達含めて、この吹き抜けの所にいる、ここの声が聞こえる可能性がある――まぁ可能なら全員に身につけてもらって、いらなくなったらポイ捨てでいいから、俺が祝詞言ってる間だけつけていてくれとESPと音声でお願いしながら一括装着とかしてもらえないか?」
「これで良い?」
「すごい、全員に『付けないとぶち殺す!』って、おい! だけど、どうもありがとう」
「どういたしまして」

 ――こき使われた、高砂である。