【6】使徒ヴェスゼストの福音書第七節ゼスペリアの癒し


「俺、これを最初に読まないとならないと思ってる」

 ゼクスが祭壇の聖書前に立ち、杖を立てかけて使徒ゼストの十字架を左手で握り、右手では十字架を切ってからゆっくりと目を閉じた。なお、全員、琉衣洲本人に気づいた様子はないが存在が聖遺物レベルになってしまった琉衣洲をチラチラ見ている。

 何を読むのだろうかと漠然と考えていた周囲は、直後、静かに目を開き透き通るような瞳をしたゼクスがOther――そしてESPとPKも均等に、Otherとは量が違うがそれでもかなり多く開放したため、気づくと膝をつくというより土下座して謝罪するかのように全員が足をつき、両手を組んでいた。全員である。ゼクスと集中治療室メンバー以外である。

 震えることすら不可能で、完全にその体勢で頭を下げる事と呼吸・鼓動しかできていないと全員が思った。ここまでの聖遺物等とは比べ物にならないし、どこの大教会でも感じたことのないような神聖さが溢れかえったのである。

「使徒オーウェン礼拝堂へのゼスペリア教会より寄贈特別聖書より――東方ヴェスゼスト派ゼスペリア教新約聖書第二章使徒ヴェスゼストの福音書第七節ゼスペリアの癒し」

 ゼクスの静かな声が響いた瞬間、Otherがさらに爆発的に膨れ上がった。しかもこれは、ゼスペリア猊下直系しか口に出して読むことが許可されていない祝詞だった。だがその理由は神聖だからではない。本文の内容を肉体音声とPSYで伝えられるのがゼスペリアの青の持ち主だけだとされているからである。法王猊下でさえも、途中までしか再現できない代物だ。最初、この力で放たれたら心停止しないかとさえ人々は思ったが、祝詞が始まった途端、急に体が軽くなった。

 そして、その場には、柔らかい風が吹き抜けていく。

 全員がそう思ったが、それはただのESP-PKの衝撃で、受容体が揺れただけだ。胸が温かくなっていく。体が軽くなっていく。

 空を飛べそうな感覚。いつしか白い羽と青い羽がキラキラした虹色の光と共に落ちてくるイメージが見えた。そして世界と自分が一つであり、自分が世界であり、世界は自分であり、生きとし生ける物は皆同一である心地になっていく。

 よって全ての生命力や活力が混ざり合い――足りない部分が補われ、多すぎるものは他に流れていく。それは水の流れに似ていた。気づくとゼスペリアの青と同じ色の海にいて、そして気づけば同じ色の空を見ていた。

 しかし、それだけではない。

 そこに神、ゼスペリアの光が溢れ、一度、緑の風と赤い風が吹いた後、その場全体が金色の鱗粉が降ってきたかのような状態になった。そのひと粒ひと粒が、ゼスペリアの青を受け取って、静かに消えていく。

 法王猊下にできるのは、海と空の同一までで、そこで終わりだ。

 だがゼクスはまるで、使徒ゼストが器となり実現した主ゼスペリアの癒しさながらに、完璧に再現した。それは、万象院系のESPの緑と匂宮の赤をもつからこそ可能であるし、ランバルトの青を含めて、ハーヴェストの混雑型PSY血核球で自分ひとりで自在に放つPSY色相を調整できるからだ。

 さて風景――最後に一度、強い風が吹き抜け、すべてが清浄化され、澄み渡った神聖な空気となった。その場に圧倒的な力のゼスペリアの青の光がゼクス本人から放たれた。それは、王宮内の全てを照らしだした。ゼクスはそうしながら祈る。

 嗚呼、一人でも多くの――……

「嗚呼、一人でも多くの信徒が癒されんことを。ゼスペリアの癒しによって。ゼスペリアの癒し」

 ゼクスの声とイメージが重なり、ようやく皆が現実へと意識を戻すことができた。
 少し間を置いて、ゼクスが微笑した。

「起きた気配がするな」

 その言葉に、全員が医療院集中治療室になっている部屋に切り替わった高砂のモニターを見た、英刻院閣下と銀朱匂宮が目を覚ましていて上半身を起こし、咳き込みながらラフ牧師やザフィス神父も起き上がった所だった。奇跡だと全員が思った。琉衣洲は泣きそうになった。