【2】呼び出された悪役……。(☆)
さてその日の放課後、帰ろうと立ち上がろうとしたところで、不意に教室の扉が開いた。
「ジェイド様! スピア様が放課後、第三図書館に来るようにとのことです! お一人で! 一対一でお話ししたいそうです」
見知らぬ生徒が走ってきてそう言った。
俺は二度瞬きをしてから、耳を疑った。
なんだって?
俺はーー……自慢ではないが、スピア様と二人霧で話したことなど一度もない。
当然呼び出されたこともない。
胸がどくんと波打った。勿論、悪い意味の呼び出しだということはわかっている。わかっているけれど……ちょっとだけ嬉しい気がした。
それから俺は図書館へと向かった。
ここは古書をしまっている場所だから、ひと気はない。スピア様すらいなかった。
本当に来るのだろうか?
そう考えているとちょうど入ってきた。スピア様が、ガチャリと施錠する。
「スピア様、俺は忙しいんだ。貴公と違ってな。用件はなんだ?」
俺は無理やり嫌味をひねり出した。
するとスピア様が目を細めてから、ニヤリと笑った。
「平民は貴族にひれ伏すものだと常々お前は言うな」
「当然のことだ」
「では貴族は誰にひれ伏すんだ?」
「っ」
その言葉に俺は目を瞠った。そんなものは決まっている。公主様にである。
「全貴族は、誰の配下だ?」
「それは、っ」
「誰のものだ?」
「……」
言葉に詰まった俺に、スピア様が詰め寄ってきた。
一歩後ずさると書架に俺の背は激突した。
ほぼ同時に首の左右に、ドンとスピア様が手をついた。彼の腕の中で俺は固まる。
唾液を飲む音が妙に周囲に響いた気がした。
「お前は誰のものだ?」
「……っ」
「将来、誰の元で働くんだ?」
俺の将来は領土の片隅で幽閉されて暮らすと決まっている。それを思い出し俺は顔を背けた。すると片手で顎を掴まれ、向き直させられた。
「答えろよ」
「……貴公に遣える気はない」
他に悪役らしいセリフが思いつかなかった。だから必死に睨んで見せるとまたにやりと笑われた。
「お前はそんなに俺のことが嫌いなのか」
「だったらなんだ? 感情と階級は別の問題だ」
「俺は別にお前が嫌いじゃないけどな」
「な」
「ーーまぁいい。それよりもだ、これは次期公主としての命令だ」
「命令?」
「脱げよ」
「……は?」
俺はぽかんとした。脱げよ? どういう意味だ?
首を捻ろうとした時には、スピア様に首元のリボンをほどかれていた。
実に自然な動作で上着をはだけられ、シャツのボタンを外される。
「す、スピア様……? え?」
胸の突起を弾かれて、俺は硬直した。すると首筋に吸い付かれた。
鈍い痛みがチリリと走り緊張する。
「お前の理屈で言えば、お前は俺のものだし、お前は俺に逆らってはならない。だろ?」
親指の腹で乳首を弾かれて、俺の背筋が震えた。
それからもう一方の突起を口に含まれる。
「ン、ぁ……っ、は」
涙が浮かんでくる。スピア様に与えられる刺激がどんどん腰を熱して行き、次第に感覚がなくなり始める。
「うああ……」
ぎゅっとつままれ強く吸われた瞬間、ついに俺は声を上げた。
腰の感覚が完全になくなり、倒れそうになったところで、背中に腕を回され抱きとめられた。
「可愛い声も出せるんだな」
「な、なにをするんだ、離せーー」
「離して下さい、だろ?」
「ふざけるな」
おそらくこれは嫌がらせか何かなのだろうが……俺は、スピア様のことが好きなのだ。好きな相手にこんな風に官能的に触られたら、反応だってしてしまう。頬が熱くなってきた。
このままではいけない。
俺は必死で、スピア様の熱い胸板を押し返す。だがその時にはあっさりと床の上に押し倒されていた。
「う、ン」
今度は下衣の中に、スピア様の手が入ってきた。
ゆっくりと撫でられ、それから握られた。輪を作った指で撫でられる頃には、ベルトも引き抜かれていた。ちょっと待って欲しい。こんなの、こんなの絶対おかしい。スピア様の正義感どこに行った!
「恥を知れ、強姦魔」
「抵抗されると屈服させたくなるな」
「な」
「まぁもっとも、お前には俺に逆らう権利はない」
「……っ」
「いつもお前が唱えている理屈だとな」
「ああっ」
そのまま手で扱かれ、俺は震えた。出てしまいそうだ。だけど、羞恥に駆られ、そんなことはいけないと思う。両手を口元に当て、必死で声を堪えながら、太ももに力を込めた。ガクガクと震えてしまう。
「ひっ、んア」
そうしていたら口へと陰茎を含まれた、丹念に舌で線をなぞられ、唇に力を込めては強く座れる。全身に熱が、一箇所に集中したような気がした時には、頭が真っ白になった。
「んぁああーー」
あっけなく俺は、スピア様の口の中にはなっていた。
その事実を認識した途端に、俺はボロボロと涙が浮かんでくるのを自覚した。
どうしてこんな目に合わなければならないというのだ。
いくら相手が好きな人だとはいえ、ひどすぎる。
感情的になった俺、おもいっきりスピア様の顔を平手で叩こうとしてーーその手首をぎゅっと掴まれた。
「!」
そしていきなり唇を重ねられた。うろたえて息を飲んだ瞬間、舌が入り込んでくる。唇を貪られ、口腔を嬲られた。動けないでいるうちに酸欠になり、俺の体からは力が抜けた。
ようやく唇が離れてから肩で息をする。
そうしながらスピア様を睨みつけると、そこには苦笑するような顔があった。
「たまには素直になれ。お前が素直になったところを俺は見て見たい」
「黙れ、触るな離せ!」
「流石に楓の君は気位が高いな」
「うるさい、なにを、なんてことを」
「しかも思ったよりも純情だな。噂とは全く違う」
「噂?」
「その麗しい顔と体を使って、取り巻きを虜にして酒池肉林の毎日なんだって? そのわりにはなれていないな」
「だ、誰がそんなことをするか……!」
俺はそんな風に思われていたのか……。それで性的に制裁を受けたのか?
あんまりである。
ぼろぼろと涙がこぼれた。すると吐息に笑みを乗せたスピア様に目元を拭われた。
「だったら少しずつ開発してやるよ」
「は?」
「お前が人をいじめるのって、寂しいからなんじゃないのか。もっというと欲求不満」
「は!?」
「俺が解消してやるよ。いいか、これは命令だ」
俺が呆然としていると、スピア様がぬので、俺の体を拭き始めた。
それが終わると服をきつけられる。
「どの道婚約者の正妃と婚姻するまでの間は、性処理の相手も探さなければならなかったしな。安心しろ、俺の婚約者ーー政略結婚の候補者は皆男だから、俺には男同士の知識がある。お前なら容姿も家柄も申し分ないから、側妃にしても問題はないしな。敷いて言うなら性格は問題だが、これから俺が従順にしつけてやるよ」
「な、何を言って……」
「次期公主のプロポーズだ。今日からお前は俺の嫁な」
「いいかげんにしろ!」
「お前こそそろそろ立場をわきまえておとなしくなれよ」
俺はその日、好きだった人の本性を知り愕然とした。
ああ、俺は明日からどうなるのだろう。
ただ嫌な胸騒ぎだけがしたのだった。