【6】頼まれる悪役……。(※)




それから俺は昼夜問わず犯された(!)。
俺はもう一人では立っていられない。寝転がっていても足がガクガク震える。
隣で寝転ぶスピア様を一瞥し、俺はため息を押し殺した。
巨大な寝台で二人。
特に会話はないが、別段気まずくはない。それよりも全身の泥のような重さの方が大問題だった。今は何時だ? それすら曖昧だ。
そんなことを考えていると、不意にスピア様がこちらを見た。

「そうだ。明日、オリオライト王国から正妃候補が来るんだ」
「そうか」
「いじめるなよ。国際問題になるからな」
「……」

俺は別段好きでいじめをやってきたわけではない。

「いくら嫉妬されてもこればかりは譲れないからな」
「は?」
「そろそろ俺は戻る。じゃ、また明日な」

スピア様はそう言うと、俺の髪を撫でてから部屋を後にした。
嫉妬? 嫉妬だと? 確かに俺はスピア様のことが好きだが、なんだかそんな風に言われると複雑な気分だ。まるで俺とスピア様が恋人同士みたいではないか。断じて違う。確かに俺は片思いをしているが……あれ?
片思いの相手と婚約者になったということは……?
だが何か違うのだ。そうだ、甘さがない! 糖分が足りない!
好きです付き合ってくださいという過程をすっ飛ばしている。気持ちが着いていかないのだ。スピア様は果たして本気で俺と婚約したのか?
本気……まぁ性処理用に本気で選ばれたのかもしれないが……。やはり新手の嫌がらせな気がしてならない。

翌日。
俺の部屋の扉を、朝早く叩く人がいた。
スピア様なら勝手に開けるから、俺は居住まいをただして声をかけた。
すると入ってきたのは、宰相閣下だった。

「ジェイド君、君に頼みがある」
「はい」
「本日オリオライトからいらっしゃるカイツ殿下のことを君の手腕でいじめて欲しい」
「……はい?」
「基本的には学園でと同様に体に傷をつけず、精神的に少し追い詰めてくれれば良い。そこをスピア様にお助けいただくことで、今回のお二人のご成婚にまつわる話を進めたいのだ」
「……」
「もちろんただでとは言わない。私にできることであれば、何か一つ願いを叶えよう」
「……はい」

宰相閣下に深々と頭を下げられて、断れる貴族などいないだろう。
しかし願いか。そうだな。

「では、俺とスピア様の婚約の破棄を」
「え?」
「正妃様もいらっしゃることですし、俺一人いなくとも」
「それは、その……私にできることかなぁ?」
「簡単でしょう?」
「君たちは相思相愛なんじゃないのかね?」
「……」
「私は領地で幽閉と言うなの隠遁生活を送るよりも、後宮で側妃をする方が楽しいと思うよ」
「閣下……お願いです。俺をここから出してください」
「もしかして無理やり連れて来られちゃった? 結構スピア様は強引なところがあるからね」
「とにかくお願いします」
「前向きに検討するよ」

それから朝食が侍従の手で運ばれてきた。
俺はそれを食べながら、国際問題にならず肉体的傷にならず、精神的にもちょっと凹むくらいのいじめの内容を真剣に考えた。
ここはオーソドックスに嫌味でいこう。
ーーお前なんてスピア様にふさわしくない!
というような。うん、これだな。

だが対面してそんな思考が吹っ飛んだ。

「お初にお目にかかります。僕は、カイツ・バース=オリオライトと言います。オリオライト王国の第七王子です」

柔和に微笑んだ少年は小柄で華奢で、非常に儚く笑っていた。
あんまりにも美しくて、空いた口が塞がらない。声も可憐だ。
本当に同性か? 男装の王女様と聞いても俺は信じる。しかも気弱そうな表情と声だ。ちょっとつついたら折れてしまいそうだ。
この小動物をいじめる? 無理、絶対無理!
嫌な汗が浮かんで来た時、スッとバスケットを手渡された。中には様々な茶菓子が入っていた。

「楓の君のお美しさは僕の国でも評判になっているんですよ」
「は、ははは」

美少年に美人と言われると引きつった声しか出てこないものなのだな。

「大陸新聞でお写真を拝見して、僕も是非一度お会いしたくなって」

ぱああっと花が舞うような微笑をされた。
俺、この人が正妃の国って素晴らしいと思う。

「あ、どうぞ召し上がってください」
「頂戴します」

慌てて俺は、カゴの中からマフィンを一つとった。静かに噛む。

「!」

そして目を見開いた。何かがぐさりと口の中に突き刺さったからだ。
痛い、本当痛い。なんだこれ?
思わず口元を抑えて咳き込むと、なんとーー……!?
ガラスの大きめの破片が出てきた。

「チッ、外したか。トリカブト入りを食べて欲しかったんだけど。さすがスピア様を籠絡しただけあって悪運が強いですね」
「!?」
「あなたなんてすぐにこの後宮から追い出しますから」

穏やかな微笑のまま言われて俺の背筋は凍った。
幸い先が少し口の中に当たっただけで、切れたり流血したりしているわけではないが、一歩間違っていれば大惨事だった。それに、トリカブト……?
某然としている俺の前で踵を返し、お付きの人々を従えて、カイツ殿下は帰って行ったのだった。