3:魔術師が退治!


 翌朝、俺はサフに起こされた。
 ここに来てからは、いつものことである。
 昨夜キスをした気がしたが、酔っぱらってみた夢だという事にした。

 なにせサフも、至極いつも通りで、相変わらず俺の前では怖い顔をしているだけだったのだし。

 いよいよ明日、腐竜討伐に出かける。
 というわけで、朝食後、参加メンバーが、全員王宮のホールへと集められた。
 腐竜討伐のための陣形の説明や、立場(剣士は剣士、魔術師は魔術師)ごとに、打ち合わせをすることになった。剣士に対する指示の前に、マジェスティから、魔術師への指示が下った。

「結界形成、主要攻撃をタクト=ソーマに」

 何で四人もいるのに、俺が二個もやらなきゃならないんだろうかと頭を抱えたくなりながら、聞いた。

「剣士に対する補助魔法を、グレル=ナイトバレルとラルフ=ウェール、攻撃魔術補助をフォルテ=マジェスティに命じる」

 高く響いたマジェスティの声に、俺は一人頷いた。

 ナイトバレルという名には、聞き覚えがある。
 キースが国王をしていたときの宰相であるエルダ卿ナイトバレルの子孫だろう。ナイトバレル侯爵家は、魔王討伐の際に必要な備品を片っ端から調達してくれた、大恩ある家柄だ。エルダ卿もいい人だった。恐らく先の戦闘で生き残った貴族とは、グレルという魔術師なのだろう。

 フォルテという魔術師は、名前からしてマジェスティ――ルガートの玄人孫だろうから、新人だというのは、ラルフという人だと思う。

 誰が誰だか分からないが、ローブを着た三人が、俺の前に立っている。

 皆外見だけは、俺よりも年上だ。
 結界を俺一人で張らなきゃならないのかぁと思うと憂鬱だった。
 これも結界の魔術師の子孫のふりをしているのだから、仕方がないのかも知れない。
 昔と同じくらいのレベルの腐竜だったら良いのになぁと願った。

 その後すぐに解散となり、昼食は、親睦を深めるために、魔術師四人でとることになった。サフがいない食卓は、初めてである。

「はじめまして、俺がグレル。普段は宮廷魔術師だけど、召集された。足手まといにならないように気をつけるわ」

 からっとした調子で、貴族の青年に言われた。
 金糸のような金髪に、蒼い瞳をしている。
 綺麗な青年だなぁと思ったが、大変気さくな様子でホッとした。

「僕は、フォルテです。お祖父様――マジェスティ魔術顧問から、お噂はかねがね」

 続いて、俺の隣の席に座ったフォルテに挨拶された。
 もうほとんどエルフの血は薄まっているようで、人間にしか見えない。
 それでもエルフ特有の色素の薄さは、残っていた。白金色の髪と瞳も、レガート譲りだ。人間にしか見えないというのは、背丈や歳の取り方、筋肉の付き方などである。

 現在俺の隣にはフォルテが、正面にはグレルが、斜め左前方にはラルフが座っている。

「ラ、ラ、ラ、ラルフです……優秀な先輩お二人と、そそそそれに結界の魔術師様のご子孫とご一緒させていただくなんて……な、なんていうか……恐縮です」

 ラルフは腰が低かった。
 焦げ茶色の髪と瞳をしていて、純朴そうな青年である。
 グレルとフォルテが二十代半ばくらいで、ラルフは二十歳前後だろう。

「ソーマです、よろしくお願いします」

 別段俺は彼らと違って、家柄を意識したり、ファミリーネームが誰かと被るわけではないから、名字を名乗った。タクトと呼ばれるのは、あんまり好きではない。そう呼ばれることが常だった勇者パーティのことを思い出すからなのかも知れないけど。だから現在マジェスティ(レガートの方)に呼ばせているのは、弟子のふりをしているからだ。実際、弟子として扱っているときも、あいつだけは、俺をタクト師匠だのなんだのと呼んだものである。その辺は、あえて空気読まない、という感じだった。

「補助魔法は、何をかけるべきだと思う?」

 パスタを巻き取りながら、グレルが言った。
 パスタなんて、久しぶりに見た。たらこクリームソースが美味しそうである。

「腐竜相手だから、定石は土耐性向上系じゃない?」

 フォルテが応えると、グレルが視線を皿に落とした。

「それをかけて、前回、ほぼ全滅したのにか?」

 俺はハンバーグ(百年ぶりくらい)を食べながら、フォルテの言葉は適切だなと思う。そしてそれ以上に、グレルの言葉も間違っていないと思った。腐竜の八割の攻撃は、土耐性を上げれば、かなり防げる。しかし、残る二割は、腐竜の属性が氷だった場合など、水耐性がなければ防御できない場合もあるのだ。

「ですが、今回の腐竜の攻撃は、地震を誘発するんですよね?」

 おずおずとラルフが切り出した。
 以上の条件を考えると、今回の腐竜は、稀生種――……音波属性の可能性が高い。
 音波種ならば、空気や大地を自由に震動させて地震を起こせるが、土耐性の防御をいくら上げても攻撃は防げなくなる。直接的に超音波が響いてくるのだ。

「攻撃補助は、風の属性――攻撃・防御共に、風属性を向上させるものにするべきだな」

 俺が呟くと、三人の視線がこちらを向いた。

「特に防御に力を割いた方が良い」
「じゃ、俺が風で防御する」

 グレルが言うと、ラルフが頷いた。

「では僕は、か、風の補助を剣に付加させますっ!」

 それを一瞥しながら、フォルテが手を組んで、指の上に顎をのせた。

「根拠は何ですか?」

 そこで俺が推測を語ると、三人はそれぞれ納得したようだった。
 最近の若い子って、純粋に話を聞いてくれて良いなぁ。
 だなんて思うのは、俺が歳を取ったからだろうか。

 食事を終え、役割分担も終えたので、俺は部屋へと戻った。
 一人で騎士団の詰所へと戻ろうとすると、やっぱり豪雨に見舞われた。
 サフの存在は偉大である。

 そうして、俺たちは、腐竜退治へと出かけることになった。
 二日ほど徒歩で商都エルファーレンへと移動し、その後は、最初に騎士団が移動したときに残してきたのだという、集団転送魔法陣で、渓谷へと向かった。やはり、最近の魔術は、進歩しているらしい。

 昔は、こんな大集団を転送する魔術なんて無かった。

 渓谷に至る茂みをかき分けながら、俺は懐かしい腐臭を感じ取っていた。
 昔はそれこそ、鼻が麻痺するほど日常的に相手をしていた存在だ。
 臭いは、今も昔も変わらないようだ。

「――緊張しているのか?」

 黙々と歩いていると、サフにそう声をかけられた。
 彼は正面を向いたままだ。
 団長であり、総指揮官である彼と、全体に結界を張る俺は、先頭を歩くことになっていたのである。多分俺の歩く速度に合わせてもらっているので、ちょっとだけ申し訳ない。しかし俺の背は、別に決して低い訳じゃない。これでも百七十五cmはある。が、絶対的に足の長さは、サフの方が長い。

「そうみえるのか?」

 俺が問い返すと、思案するような眼差しで、サフが俺を見た。

「全く分からない。虚勢を張って空元気をまき散らしている風でもなければ、諦観しているわけでもなく、かといって勝つ気にも見えない」

 俺たちの話し声は、恐らく一歩後ろを整列して歩く騎士団の人々にも聞こえないほどの、小声だった。

「そりゃ、実際に見てみなけりゃ、勝てるかどうかも分からないからな」
「敗北は許されない」
「俺だって死にたくないから、全力は尽くす」

 静かに応えると、小さくサフが頷いた。

「もしも裏切るようなことがあれば、俺が貴様を殺す。忘れるな」

 俺は、案外サフって妄想族だよなぁと思った。
 疑心暗鬼が酷すぎる。
 結構俺は、嫌なことは忘れないものの、人を疑うことは少ない。それこそ、なるようになれ精神の賜物だ。そりゃ、サフほどハッキリ、殺意を隠そうともしない相手なら別だが。

「勝てると良いな」

 本心から俺は呟いた。

 対峙した腐竜は、一見、俺が過去に何度も相手をした、それだった。
 これを相手に、何百人もやられたというのが、到底信じられない。
 稀生種とはいえ、ごくありきたりの腐竜で、口元からは、ヒューヒューと音がする。

 ああいう音を出すという事は、間違いなく音波属性だ。
 目を伏せ、脳裏に魔法陣を構成し、俺は杖を振る。

「開状――ソーマが命じる、展開」

 呪文を呟きながら、目に力を込めた。
 開状は、魔術発動の枕詞だ。その後自分の名前を言って、展開するまでは、基本動作である。すると、俺たちの集団の正面に、正方形がいくつも合わさりマス目状になった、青緑色の光の線が現れた。一本一本の太さは、蜘蛛の巣の糸によく似ている。

「特務級魔術なのに、展開が早い……」

 後ろで、ポツリとフォルテが呟いた。別に俺は、決して早いわけではない。俺が早いと感じるのであれば、フォルテが遅いのだろう。

「攻撃補助」

 俺が視線をとばすと、ラルフが慌てたように、詠唱を開始した。
 宮廷魔術師だと聞いているが、場慣れしているのか、グレルは既に呪文を唱えていた。
 剣士達の周囲に、防御向上と攻撃力向上の魔術がかかっていく。俺はそれを確認してから、フォルテと視線を合わせた。

「三階層魔術の≪ウィンドデルタ≫を」

 頷きながら、分かっているという風に、フォルテが詠唱を続ける。
 俺が指示する合間にも、長ったらしい呪文を唱えていた。
 三階層魔術というのは、呪文を三行唱えるものである。
 一階層魔術から、五階層魔術まであるが、四階層以上は呪文が長す
 ぎて、詠唱簡略化技法――魔法陣による視認識発動方を学んでいないと、実用的とは言えない。

 並みの宮廷魔術師ならば、三階層魔術が使えれば、新人として上等だと俺は思う。現在の平均は知らないが、俺が指揮していた頃は、少なくともそれを一種の目安にしていた。

 それに腐竜相手であれば、三階層魔術に属する攻撃魔法で十分だ。
 個人の魔力量にもよるが、三発程度で討伐できる。
 念のため、ようするに、俺が知らないだけで腐竜が超強くなっていた場合に備えて、俺は詠唱簡略技法を駆使して、風に属する五階層魔術――≪ウィンドディストラクション≫を発動する準備を整えていた。

 フォルテの攻撃は、腐竜に命中した。
 しかし、倒すには至らない。
 どころか、剣士達が、今か今かと出動態勢を整えていた。

 ――うん、おかしい。

 俺が視認した限り、確かにフォルテは三階層魔術を放ったというのに、体感的には、一階層魔術レベルのダメージしか与えていない気がした。

「なんでだ?」

 純粋に首を傾げながら、俺も、自分で攻撃魔法を放ってみる。
 直後竜巻が、腐竜に激突した。
 それは、嘗てよく見ていた光景である。
 大抵これ一発で、腐竜は屠れる――そして、俺の放った魔術で、見事剣士が出動するまでもなく、腐竜は地に伏した。

「……?」

 俺の魔法の威力は、別に格段にここ数百年で向上した訳じゃない。
 腐竜だって、別に強くなった感触はない。ということは、どういうことだ?
 俺は、振り返ってまじまじと、フォルテを見た。
 しかし彼が、三階層魔術を放ったのは、絶対に間違いがない。

 考えられるのは、一言で三階層魔術とは言ったものの、フォルテの攻撃力が、俺の知る三階層魔術で言うところの下の下の効果しかない、と言うことだ。マジェスティの子孫なのに、そんな事ってあるんだろうか? 実際この目で見ちゃったのだから、疑いようもないのだが。そして彼は周囲の評価的に、魔術師としては、それなりの実力者である様子。だとすれば、かなり――……本当にかなり、この国の魔術師の力量は、失墜している。いやそんなまさか。

 俺は空笑いして、自分の考えを打ち消した。

「流石ですね、ソーマさん」

 フォルテが、キラキラした瞳で、俺に歩み寄ってきた。
 白磁のような頬が、桃色に染まっている。

「マジェスティ魔術顧問の弟子、だからというよりも、実力がずば抜けてるんだな」

 バンバンとグレルに肩を叩かれた。

「尊敬します……!」

 ラルフに、とどめを刺すようにそう言われ、俺は全身の力が抜けた。
 おいおいおいおい、この国の魔術師、大丈夫なのか?
 やばくね?

「死傷者は0。皆、勝利だ!」

 サフの声が響いてきた。そりゃそうだ、俺しか戦っていないようなものだ。フォルテも戦ってくれたが、ちょこっと腐竜の足に切り傷をつけただけなので、ちょっとカウントしづらい。

 ――なんだこれ、一体どういう事?

 俺はかなり困惑していた。しかしそのまま、俺たちは帰還することになった。


「お疲れ様です、師匠!」

 今日ばかりはサフも、討伐騎士団側の打ち上げに出かけたので、そちらに顔を出さないことに決めたマジェスティに誘われて、俺は、漸く二人っきりで酒を飲む機会を得た。

 やっと素が出せる。
 いつも素みたいなものだが、昔話が出来るか出来ないかという差は大きい。

「いやぁ、フォルテがお世話になったみたいで」

 にこやかに笑いながら、マジェスティが麦酒を注いでくれる。

「んー……」

 言いたいことは色々あったが、俺はとりあえずコップを受け取った。
 二人で静かに乾杯する。
 場所は、俺の部屋だ。
 現在一階では、討伐騎士団による宴会が行われている。ちょっと俺は活躍しすぎたので(自画自賛)、顔を出すことを控えたのだ。本来であれば労う立場のマジェスティも、これ幸いに、となのか、俺を場から退けるためか(本日は俺が会ったことがない、最初に行った舞台の負傷者も来ている)、酒を持って俺の方によってきたのである。

「弱くて吃驚しませんでした、師匠」
「した、ぶっちゃけした、なんなのあれ。腐竜がクソ強くなってんのかと勘違いしてたよ俺」
「でしょうねぇ……今は、昔と違って、腐竜一匹倒すのも大変な世代なんですよ」

 マジェスティが苦笑しながら、つまみを出してくれた。
 彼は、食事の載るトレーを引っ張って俺の部屋へとやってきたのである。

「魔獣相手にこんな惨状なのって、この国だけなんだよな?」
「いえいえ。この国は、まだマシな方ですよ。腐竜以下なら、第二騎士団が討伐してくれますからね。被害はそれなりに甚大ですが」

 被害が甚大なんじゃ、大惨事だろうと俺は思う。

「教国なんて、今じゃ、魔狼一匹相手に、騎士団総出らしいですから。皇国は流石に魔術師が多いだけあって、それなりみたいですが……皇国の宮廷魔術師団でも、腐竜退治は無理っぽいなぁ」
「魔獣が出ない世の中になって、平和になったっていう事だよな?」
「それでもたまには、今回のように出ます。それに、代わりに戦争をおっぱじめましたよ。人間て醜いなぁ」

 半分だけ人間の彼は、朗らかにそう言いきった。
 俺が知る限り、魔術顧問をいまだにしているなんて信じられないくらい、昔のマジェスティは人間嫌いだった。彼を変えたのは、多分奥さんだろう。いいなぁ、俺もそんな恋をしてみたい。

「戦争は兎も角、私ですら、そろそろこの国の宮廷魔術師には、てこ入れした方が良いって思いますもん。勿論、騎士団所属の魔術師も含めて。鍛え方が足りません」
「鍛えるのがお前の仕事じゃねぇのか?」

 麦酒を飲みながら尋ねると、マジェスティが楽しそうに笑った。

「私は何時だって、安定させることを仕事にしていますからっ。彼らの実力を向上させるために私がすべきことは、優秀な教師を雇うことです」
「そんな優秀な魔術師のあてがあるんなら、腐竜退治に呼べば良かっただろ。何もわざわざ俺に声なんかかけなくても」
「かけましたよ。だって、師匠のことですから」
「――は?」
「しばらくの間、この国に留まり、魔術師達を鍛えてやって下さい」
「無理無理無理」
「お願いしますね」

 マジェスティは笑顔だった。俺の言葉なんて、何一つ聞いてはいない。

「それに最悪の事態に備えて、師匠にはうちの国にいて欲しいんですよねぇ」
「どういう意味だ?」
「もし此処以外の二カ国が争えば、大陸南西部統一を掲げて、勝者にこの国も攻め込まれる可能性が高い。実力ある魔術師の数は、多いほど良い訳です」
「知らねぇよ。俺には関係ない」
「まぁまぁ、そう言わずに」

 マジェスティが俺に麦酒を注いでくる。全く、なんて言う事だ。

「俺は歳だし、そう言うの無理だから」
「師匠はまだまだ若いですよ。だって、ファレル団長を食べちゃったんでしょう?」
「――は?」
「師匠ってああいうタイプがお気に入りだったんですねぇ」
「ちょっと待て、ふざけんな、誤解だから」

 あんなドS、死んでもお断りである。俺は可愛い女の子が好きなのだ!

「だけど気に入ったんですよね?」
「気に入ってない」
「またまたぁ」

 コイツウゼェなと、マジェスティに対して、殺意が沸いた。

「今回の討伐で、皆、貴方の実力に関しては納得したはずです。魔術副顧問の地位を用意しますよ。一応、子孫という事になっているので、私の部下として仕えて貰う形になりますが……そもそもどうして、嘘なんて?」
「色々あったの、俺だって! つーか、そんな地位イラナイから、帰らせて」
「無理です」
「無理って……」
「お願いです師匠、弟子の我が儘をたまには聞いてやって下さい」
「可愛い子ぶっても駄目だ、お前がジジイだって事は俺がよく知ってる」

 俺は溜息をついてから、麦酒を煽った。
 大体俺には関係ないじゃないか。


 マジェスティが帰ってから、5分ほどした所で、部屋の扉がノックされた。
 俺の部屋に来るのなんて、サフくらいなので、俺は誰が来たのかすぐに分かった。

「はいはい、なんですか?」

 扉を開けると、予測通りサフがそこには立っていた。

「起きていたか?」
「寝てたら出ない」

 俺は室内へと振り返りながら、嘆息した。

「大丈夫だぞ。別にマジェスティと密談してたわけでもないし、あいつはちゃんと帰ったからな。何も心配はないぞ」

 大体俺が暗殺なんて企てるわけがない。

「――飲み足りない。飲み直したい」
「あぁ、別に良いけど」

 部屋へとサフを招き入れ、俺は棚から、マジェスティが置いていった高いウィスキーのあまりを持ってきた。グラスは机の上にあったので、氷だけ出現させてから、瓶の蓋を開ける。

「ロックで良いんだよな、サフは」

 水割りを飲んでいるところを見たことがないので尋ねると、うなずきが返ってきた。
 俺も水を用意するのが面倒だったので、ロックで飲むことにする。
 ウイスキーを注ぐと、氷がカランコロンと音を立てた。

「祝勝会はどうだった?」
「立役者の貴様がいないもんだから、微妙な空気だったぞ」
「そんなまさか。やっぱりそういうのは、内輪でやるもんだろ?」
「お前が高嶺の花過ぎて話しかけられなかったと嘆いている奴が多数だった」
「なんだそれ、面白いな。俺が高嶺の花だったら、今頃結婚してるわ。子供は二人くらい欲しいな」
「残念ながら、今回の討伐メンバーには男しかいないから、子供は望めんだろう」

 まぁ元々騎士団には男が圧倒的に多いわけだし、俺も本気で言ったわけじゃない。

「サフは結婚してんのか?」

 そう言えばあまりプライベートな話しをしたことがないなぁと思って、俺は聞いてみた。別に興味があるわけではない。ただのネタふりだ。

「ああ、している」

 ふぅん、と頷いた。

「そう答えたら、どうする?」

 しかし続いた言葉に、頭の上にクエスチョンマークが出現した。

「どうって?」

 別にどうと言うこともない。寧ろ人望ある、それも第二騎士団長の地位にあるサフなのだから、結婚して子孫を残すことは、待望されていそうだ。人には言えない出自なのかも知れないが、王族の血を引く事なんて隠しても、サフにはいくらでも縁談がありそうだ。

「愛する者がいる相手に、深く口づけられても、嫌じゃないのか?」
「ぶ」

 俺は思わずウイスキーを吹いた。
 すっかり忘れようとしていたことを蒸し返された。

「は? いや、は?」
「貴様は誰とでもキスをするのか?」

 そんなことを言われても、俺は困る。そもそも、そんな相手は、俺にはいないに等しい。森にこもっていたという状況的にな! だからといって、たった一回、酔っぱらってキスされたからと言って、それで意識しまくるほど幼くもない。

 まぁ嫌か嫌じゃないかというなら、そういう……嫌ということもあるのかもしれない、とはわかる。だけど俺のように酔っぱらっての出来事を流す場合の方が、多くの人の行動なんじゃないだろうか。それって、普通だと思うんだけどな。分からない。俺の普通と、サフの普通は違う可能性はある。

「しないけどな――……は?」

 俺は眉を顰めて、問い返した。
 だって、やっぱり意味が分からない。
 大体俺が嫌だと思おうが思わないが、サフには関係ない気がする。
 どうしてサフはこんな事を唐突に言いだしたんだろう。

「貴様は、俺のことが好きだろう?」
「はっはっは、そんな馬鹿な」
「好きだろう?」
「いやいや、まさか」
「好きだよな?」
「いいえ」
「好きだろ?」
「違います」

 何だこのやりとりは! 俺は頭痛がした。酒に酔ったのだろうか。

「俺を振るつもりか? 良い度胸だな」
「度胸も何も、振るって、大体別にサフは俺のこと好きじゃないだろ」
「率直に言えば、『別に』と言う感想しかない。しかし上から命令が下りた。お前を性的に籠絡しろと言う」
「?」

 何言ってんだこいつ、そう思って俺は眉間に皺を寄せた。

「俺は貴様のお気に入りという事になっているからな」
「冗談じゃねぇよ!」
「ならば俺に説得されたふりをして、大人しく、魔術副顧問の座におさまれ」
「え」
「断るというのであれば、犯しつくして『はい』と言わせる」
「ばっちこーい! 俺、なります! 副顧問になります! 誠心誠意頑張ります!」

 このようにして、俺は、ルイヴァルダの魔術師を指導する、魔術副顧問になったのだった。


 そもそも魔術副顧問って、一体何をするんだよ……。
 俺は辟易しながら、一日休息を取った後、後日マジェスティの執務室へと向かった。

 なにせこの馬鹿(一番)弟子が、魔術顧問なのだから、その補佐をするらしき立場の俺は、彼の部下としてそこに行くのが適切……というか、他に行く場所も無かった。

「師匠、本当にファレル騎士団長と仲良くなったんですね。ファレル騎士団長の言葉なら、何でも聞くとか」
「それは本気で誤解だから!」

 二人きりの室内でマジェスティに言われ、俺は叫んだ。

「……じゃあ、なんで残ったんです? 私が知る限り、師匠ってサクッと帰っちゃう人じゃないですか。空気読めないし」
「空気読めないとかうっさいなぁ。色々あるんだって、だから俺にもさ。それに……」

 本音を言えば帰りたい。
 だが実力不足の魔術師が、俺よりも美味しい食事を食べているのが許せないというのもちょっとある。

「俺にはほら、見守る義務があるから」

 当たり障りのないうまい言葉を、俺は見つけた。嘗ての仲間や弟子の子孫を見守っている、うん、悪くない理由だ。

「やだなぁ、師匠。師匠がそんな善人のはずが無いじゃないですか」

 可憐な笑顔で言い切ったマジェスティの頭を、蹴り飛ばしたくなった。

「ま、使えるモノは、何でも使えが、我がマジェスティ家の家訓なんで、よろしくお願いしますけどね」

 マジェスティはそう言って楽しそうに笑った。
 どうして昔、俺はコイツを弟子にしちゃったんだろう。
 悲しいことだが、実力だけは、確かだったんだ(半分エルフだから魔力量が半端無かっただけなのかも知れないけどな)。

「だけどファレル団長は競争率高いから、頑張って下さいね」
「頑張らねぇよ」

 そもそも何を頑張れって言うんだよ、と思いながら、俺は目を細めた。
 大体、サフの競争率高いって、そりゃ、女の子間の話だろうに。
 俺は男だ。
 競争するとしたら、女の子の奪い合いだけだ。

「あれ、師匠ってヘテロでしたっけ? 女しか受け付けない?」
「俺が現役だった世代は、それが世間の大半だったんだよ」
「世代交代著しいですからねぇ。だって私ですら、ちょっとかっこかわいい男の子とかみると、食指が」
「……ま、まじで?」
「ええ。男につっこむのも悪くないですよ」
「お前つっこむ方なの!?」
「私は上も下も出来ますが、はっきりいえば、男相手ならガチムチの筋肉質な長身がっちり体型の剣士を、号泣させるのが好きですね」
「聞かなかったことにするわ」

 子供の成長って早い。弟子の口から、そんな言葉、聞きたくなかった!

「師匠は、相変わらず保守的ですね」
「そう言う問題じゃねぇだろ!」

 俺は両腕で体を抱いた。マジェスティ……恐ろしい子!
 その条件に該当する相手……そこで俺はひらめいた。

「ってことは、もしかしてもしかすると、お前、サフのこと食いたい系か?」
「師匠から横取りなんてしませんよ、いやだなぁ」
「別に俺のじゃないから! 寧ろ食べちゃって!」

 そうすれば俺の貞操の危機が救われる気がする。

「えぇー。ファレル団長格好いいですけど、私からするとちょっとガチムチにはほど遠くて……確かに均整のとれた、綺麗な筋肉の付きかたしてるみたいだし、肩幅もありますが、私はもっとこうモリモリッとムキムキな感じがいいなぁ」

 俺にはそんな筋肉の付き方の違いなんて、全く分からない。

「いいじゃないですか、師匠。ファレル団長優しいって評判だし、理想の恋人になってくれますよ」
「優しくない、それ勘違いだから! 無理! 兎に角無理!」
「じゃあどういう相手が好みなんですか?」
「それは、その……」
「やっぱり、光の勇者アーガイルを忘れられないとか?」
「は? アイツはただの友達だ!」
「本当ですか? だって師匠の顔色変わるのって、光の勇者の話したときくらいじゃないですか」
「それは……喧嘩わかれしたからだって、前にも言わなかったか?」
「聞きましたけど……また、どういう理由で喧嘩しちゃったんですか? 大親友と」
「……」

 俺は唇を噛んだ。唇を噛むのは、俺の癖だ。傷つくから止めろと、良くアーガイルに言われた。だけど今でも、止められない。

「――アイツが急に」
「急に?」
「俺のことを……」
「師匠のことを?」
「……押し倒してきたんだよ」

 はっきりいうのであれば、強姦されそうになったのである。
 いくら親友だったからとはいえ、そんなのには、応えられなかった。
 それも冗談の延長戦で、たまには珍しい玩具を弄ろう見たいな、気まぐれなノリにしか見えなかった。

「……なるほど。師匠、鈍いですもんね」
「そう言う問題じゃなくて、犯罪だろ? 第一、アイツは他に類を見ないほどの女好きだった。戯れで、俺のことをヤろうとしたんだよ。死ねばいいのに。死んでるけど……」
「でも男は、師匠だけだったんでしょ?」
「知らない」
「きっとアーガイル様は、師匠のことを、本当に大切に思ってたんですよ。師匠だって、本当は……」
「言っておくけど断言して俺からは、恋愛感情とか無かったからな」
「……本当に?」
「誓って本当だ」
「自分に嘘をついているだけじゃなく?」
「嘘なんかついてない」

 俺は、呆れ混じりに吐息した。
 なんだって、こんな話になったんだ!

「じゃあ、師匠は今、恋をしてますか?」
「してません」
「まぁた。嘘は止めて下さい」
「だから嘘じゃねぇよ」

 マジェスティの事を、どうやってボコろうか、俺は思案した。
 結局魔術顧問や魔術副顧問については、何も建設的な話は出来なかった。恋愛脳の弟子、消えろ!