4:魔術師が意識!★



 多分、マジェスティに煽られたからだと思う。

 その他にも、騎士団の人々と会う度に、「団長とはどうなんですか?」だとか、「団長はアップルパイが好きみたいですよ!」だとか、「団長は色白で華奢な人が好きなんです……うん、男にしては細いし、ソーマ様なら」だとか「団長の理想のデートは、まったりと二人きりでお酒をしんみり飲むことらしいですよ」だとか「団長は犬が好きそうに見えて、実は気まぐれな猫が好きだったりして」だとか、かなりどうでも良いことを延々と聞かされつつ、外堀を埋められるようにして、俺はサフとの恋愛関係を強制的に盛り上げられていった。

 本当、冗談じゃない。冗談にしては、きつい。

 大体質問からして、俺がサフに惚れていて、サフの好みを知りたがっているようなことになっている。断言して、別に俺はアイツの好みになんて興味はない。

 誰か、俺の興味聞けよ!

 ちなみに俺側から言わせて貰えば、「サフとはただの職務上の関係である」し、「好物はラムのステーキ」で、「色白で華奢で巨乳、そう巨乳(勿論女性)」が好きであり、「理想のデートは図書館(等の室内活動)」で、「猫も犬も大好き」だ! その上、俺が確固
として主張したい好みの相手は、「俺のことが好きな人」である。

 基本的に、被ってない。若干被るところはあるが、意図するところは、全く違う。
 そもそも別に付き合わなくたって、あんな風に脅されたら、俺は王宮にいるしかない。
 それに、はっきりいって、恋愛関係になんてなりっこない。

 宗教で広まっている現状だし、俺は同性愛を認めないというわけではない。だがしかし、俺は異性愛者なのだ。もう、俺と同じモノが股間にぶら下がっていると考えるだけで、結構萎える。

「どうしたんだ、難しい顔をして」
「!」

 鍛錬場で、魔術師と騎士の鍛錬風景を観察していた俺は、唐突にサフに声をかけられて、ビクッとしてしまった。

 反射的に視線を向ければ、平然とした顔で、サフが首を傾げている。

 いやいやいやいや――……別に、サフに声をかけられたから、ビクッとしたわけではない。急に声をかけられたから、驚いただけだ。

 そもそも周りが変なことを言うから悪いのである。

「いや……その……大分魔術師の数が増えたなと思って」
「ああ。負傷していた者達も大半が復帰したし、貴様の指導に感銘を受けて、普段は研究一筋の奴らも、顔を出すようになったからな」

 そういうとサフが微笑した。
 その笑顔に、かぁっと頬が熱くなった。褒められた。ぶっちゃけ照れた。なんでだよ!
 何で俺が、サフ相手に照れなければならないんだ!
 全く意味が分からない。
 本当、意味不明。

「どうした?」
「な、なにが?」
「顔が赤い。のぼせたのか?」

 少しだけ心配そうな表情で、サフが首を傾げた。心配そうに見えるのは、勿論俺の気のせいかも知れない。確かに此処は熱い。もう初夏だし。

「いや、別に? ちょっと気合いが入りすぎただけかな。うん、そう、そうそうそう、それだけだ!」

 ――もう認めるしかない。俺は、サフを前にすると、変に意識して、朱くなってしまうらしかった。本当、何でだよ……。別に好きだとか嫌いだとかそう言う次元ではないのだ。顔を見るだけで、恥ずかしくなって、緊張して体がガチガチになるのだ。最早自分では統制不可能。かなりきつい。

「今後の騎士団所属魔術師の訓練方針について相談したいのですが、今晩空けていただけますか?」

 近くに騎士団員がよってきたせいか、サフの口調が、丁寧なモノへと変わった。

「勿論!」

 反射的に応えたが、その直後、慌てて俺は首を振った。

「無理です!」

 確かに……サフと二人で話したい気もするのだが、そうしてしまったら、多分緊張して何も言えない気がする。最早命の危機云々ではない。その前に俺の心臓が破裂して、自死しそうだ。

「……火急の用件であり、どうしても対処願いたいのですが……」

 サフが、悲しそうな声で言った。
 しかし俺を見る目は、全く悲しそうではなく『予定を空けなかったら殺す』と語っていた。そもそも俺には予定なんて無い。

「そ、そうですか……」
「では六時に、私の部屋に食事を用意させます」

 サフはそれだけ言うと、スタスタと歩き去った。

「わぁいいなぁ、デートですか? お食事デートだぁ」

 朗らかに声をかけてきたフォルテの頭を、俺は思わず小突く。

「そんなんじゃねぇ。仕事の話しだ。食事がデートになるんなら、お前の所のレガートと、俺は週一でデートしとるわ!」
「レガート爺様、師匠のこと大好きですもんね」
「全然嬉しくない!」
「ええ? あれでもお爺様、かなりモテるんですよ?」
「眼科行け、眼科!」

 幸い、この国を含めた三カ国には、教国の医療院が大本になった、
 病院が連なっている。
 勿論王侯貴族しかかかれないし、庶民は教会に行くことの方が多いのだが。
 それでも間違いなく確実に眼科はある。

「師匠って、結構面食いですよね。お祖父様になびかないなんて……」
「フォルテ。身内あげはいい加減にしろ。大体俺は、お前の師匠になった覚えはない!」
「うーん、師匠って、まぁ確かに身長の割に格好良くないですけど、あ、魔術使ってると格好いいですけどね。なんだろう……なんていうか、苛めたくなる顔してますよね!」
「消えろ!」

 もうコイツは駄目だ、と、俺は、フォルテ=マジェスティに、レガート=マジェスティ魔術顧問と同様の烙印を押した。


 夜になり、俺は指定された時刻に、サフの部屋へと向かった。
 サフの部屋へと入るのは、初めてこの施設に訪れたときに、場所を案内されて以来のことである。

 二度ほどノックをすると、サフが扉を開けた。

「どうぞ」

 促されて室内へと入り、団長執務室の応接室へと通された。
 ここは三部屋構成らしく、執務室・応接室・仮眠室で構成されているようだった。

「ラムが好きだったか?」

 サフに言われ、俺は首を振る。

「というか、肉に飢えてた。常食してれば、まぁ……肉の中なら癖ないしラムは好きだけどな、そうじゃなかった以上、豚も牛も鳥も、大好きだ」

 俺が応えると頷きながら、サフが応接室へと案内してくれた。

「おお!」

 子羊のバルサミコ酢ソース添えがメインだった。
 やっぱり、コースを運んで来る仕様ではなく、料理が全部テーブルの上にある。
 もしかしたら、コース料理は廃れたのだろうか。
 それは兎も角、俺はこのさっぱりとしているのに甘酸っぱいソースが大好きだ。

「サフはセンス良いな!」

 嬉しくなりながら、着席する。
 まずはフォークを手に取り、前菜類に注目しながら、俺は頬を緩めた。

「で、話って?」
「……」

 サフは、呆れたように俺を見ていた。

「貴様は食い意地が張っているな」
「そりゃ、黒い森には、こんな宮廷料理無いしな!」

 作ろうと思えば作れないこともなかったが、それに労力を割くくらいならば、俺は二日分の洗濯物を干すだろう。俺の一番嫌いな家事は、洗濯物を干すことだ。次点がアイロンがけ。サフのようにピシッとした白いYシャツを着ている人に会うと、だからこそなのか、それだけで尊敬してしまう。もしかしたらこの感覚は、騎士団の正装に格好良さを覚える女性に近いのかも知れない。

「――前々から疑問に思っていたのだが、何故あの森に一人で暮らしていたんだ? マジェスティ魔術顧問の一番弟子ならば、何処にでも働き口はあるだろう?」
「ほら俺、雨男だから」

 これは少し言い訳混じりだと思う。
 俺は、結構浅い付き合いは得意な方だと自負している。しかし深い仲になるのが苦手なのだ。それこそ、大親友、みたいなポジションの奴なんて、生まれてこの方アーガイルしかいない。いなかった、が正しい。結局それも駄目になったのだし。別に人付き合いが嫌いな訳じゃない。俺だって、友達を沢山作ってワイワイ騒ぎたい。

 だけど……人生、そう上手くはいかないものだ。気づくと俺は苦笑していた。

「もう俺がそばにいるから問題ないか?」

 サフの言葉に、ワインを飲みながら、軽く頷く。
 おかしな冗談だと思った。

「そうかもしれない」
「だったら……この王宮に、この国に、ずっと滞在してくれるか?」

 続いた言葉に、俺はグラスの中に浸る、赤い液体を見据えた。
 基本的に、肉料理には赤ワインだろうとは分かっている。単純に俺が白ワイン好きだと知っているから、この前マジェスティは、白ワインを出してくれたのだ。それに俺も、別段赤ワインが嫌いというわけじゃない。ただ――たまに血の色に見えるから、飲むのが嫌になるだけだ。

「あのな、サフ。別に俺は……お前がいるからとか、いないからとか、おまえに下された命令がどうだとか、そんなの関係無しに生きてる」
「……」
「勿論死にたくないからお前に出来る限りは従うし、マジェスティにも頼まれてるし、不都合がない限りは、この国にいても良いと思ってるよ。別に何処にいたって、俺は俺だし」

 そう告げてから、グイッとグラスを煽った。

「だけどな、どうしても無理だと思ったら、俺は家に帰るよ。例え――……帰宅途中に死んだとしてもな」

 それだけは、多分一生変わらない決意だ。

「率直に言って、今お前に帰られると、俺には迷惑だ」
「サフには迷惑をかけないように努力するよ。なんだかんだ言って、これまで良くしてくれたしな」

 二人きりになる機会が減ったせいか、サフは、俺の前では基本的に低姿勢で、優しいことが多い。そして俺は、別にコイツが憎い訳じゃない。いうなれば、ただちょっと怖いだけだ。

「……」

 俺が笑顔でそう告げると、サフがナイフとフォークを皿に置いた。

「帰るつもりか?」
「え? そりゃまぁ、いつかは。ってか、近いうちにな」
「俺に引き留めて欲しいのか?」
「いや? 素直に帰して欲しいけど」

 サフの顔が怖くなったモノだから、俺は目を瞠りながら応えた。

「……本気で言っているのか?」

 サフが立ち上がった。
 俺はそれを見上げる。

「ちょっと来い」

 俺の隣に立ったサフが、強引に腕を引っ張った。
 触られると意識してしまうらしく、俺は思わず硬直した。しかし意味が分からないので、首を傾げた。

「ま、まだ、食事中だ」
「来い」
「いや、だから――」
「俺が来いと言ったら、お前は従えば良いんだ」

 なんて言う俺様だ!
 しかし俺は、反論したら殺されるような気がしたので、ナプキンで口をぬぐい、静かに立ち上がった。

 そのまま、仮眠室へと連れて行かれた。

「サ、サフ……?」

 寝台に座らされ、突き飛ばされた俺は、枕に頭を預けて、彼を見上げた。

「俺だって、何もしていなかった訳じゃない」
「は、はぁ?」
「アーガイルとは、相当仲が良かったそうだな……結界の魔術師は」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべられたので、俺はきつく目を伏せた。

「祖先の事なんて知りません!」

 一度ついた嘘は、つき通さなければならない。

「ああ、そうか。そうだな。俺とお前とは大違いだな。親友同士の末裔だというのに」
「っ、ン――」

 そのまま深々と、唇を貪られた。
 訳が分からず、俺は目を見開いた。
 そもそもどうして、サフは俺にキスするんだろう? それがまず分からない。

「はっ……ぁ……」

 唾液が、互いの口元から伝っている。艶めかしい。気恥ずかしくなって、俺は顔を背けた。横を向いた。サフの顔を見ていられない。どうしてこんな事をするのだろう。

「いいかげんにしろよ。サフはモテるって聞いたぞ。酔っぱらったからってこんな……そう言う気分になったんなら、花街から娼婦を呼べ」
「貴様はいつもそうしているのか?」
「それが出来るくらいだったら、俺はとっくに童貞を卒業してるっつの!」

 思わず言い返してから、俺はなんて事を言っちゃったのだろうと、
 目を掌で覆った。

「童貞なのか……?」
「わ、悪いか?」

 もう開き直ることにして、俺はサフを睨んだ。それはもう、睨み付けた。

「信じられない」
「悪かったなぁ!」
「後ろは……?」
「俺も含めて多くの男は、後ろの経験なんぞあるわけねぇだろ!」
「……」

 俺の言葉に眉を顰め、サフがじっとこちらを見た。
 こんな話題で真剣に見据えられても困るのだが。
 なんだか自分が情けなくなった。

「――率直に言って、信じられない。このご時世、特に騎士や魔術師は、男性経験がある者が多い。男女問わず」

 少しだけその言葉の意味を考えたが、つまり、異性愛者と男同士の同性愛者がいるという意味だろうかと理解した。

「貴様のように、実力ある魔術師は、美醜を問わずその実力だけでも体を狙われたり、羨望……懸想されるものだ」
「どーせ俺は、醜いですよ」
「そんなことはない。貴様は鏡を見ないのか?」
「毎朝見てるわ!」
「確かに女性や、受け身な男を攻めるには、少々物足りないが……」
「うるせぇよ!」
「聞け。最後まで聞け。途中で人の話を遮るのが、貴様の悪癖だ。いいか、良く聞け。貴様は――……はっきり明言すれば、タチには人気があるだろう?」
「タチ?」

 なんだそれ、と俺は首を捻った。

「ようするに――つっこむほうだ」
「っ、は、はぁ!?」

 俺は思わず咽せてから、声を上げた。
 精一杯男性同士を許容するとしても、自分が女側なんてそんなのは、絶対許せない。

「ちなみにネコが、つっこまれるほうだ」
「聞いてねぇよ!」
「今の世の中、性別問わずの恋愛が自由になった。ワーズワンド教のおかげだな。神のご加護だ」
「そんなんで神様も祈られたくねぇだろうけどな」
「兎も角その結果、同性愛者の志向は比較的明確になった。セオリーとしては、同性愛者の男は、男らしい男が好きだし、同性愛者の女は、女らしい女が好きだ。しかしながら、バリタチという人種が存在する。例えば、マジェスティ魔術顧問もそうだ。彼の場合は、
純粋な男の子のふりをして、ガチムチを犯す。教国の枢機卿の女連中もそうだ。ガチフェミな格好をして、女騎士を犯すというわけだ」
「犯す犯すって、どんだけ犯罪してるんだよ!」
「言い方が悪かった。愛を交わしている」
「その換言どうなんだよ!」
「話を元に戻せば、現在この大陸南西部の男性同性愛者の中で人気なのは、比較的男らしい男、かつ、最近の流行としては線がどちらかと言えば細いノンケだ!」
「知るか! 第一サフ、お前、同性愛者だったのか!?」
「いいや」

 断言されたので、俺は安堵した。それが間違いだった。
 体の力を抜いた俺のシャツのボタンを、片手でサフが外していく。

「お、おい……」
「てっきり貴様は、とっくに初物ではなくなったと思っていた」
「初めてだろうがそうじゃなかろうが、問題は愛の有無だろ!」
「そうかもしれないが――俺は、俺のモノを、人に奪われるのは好きじゃない」
「は?」
「貴様は俺のモノだろう?」

 そう言ってボタンを外し終えたサフは、俺の乳首に吸い付いた。

「!」

 動転と見知らぬ感触に、目を見開く。
 逆側の手で、ベルトを取り去られ、下衣をおろされた。
 下着もおろされ、俺の陰茎があらわになる。

 一体これは、どういう状況だ?
 何でサフは、こんなに手慣れてるんだよ?

「……俺、サフのじゃないけど」
「いいや、貴様は俺のモノだ」
「いやいやいや、それは、勘違い――っ!」

 反論しようとすると肉茎を握られた。

「俺のモノだろう?」

 何も言えないまま、言葉を探していると、指がユルユルと動いた。

「うッ……」

 同時に乳首を軽く噛まれ、背筋が撓る。
 痛みはなかったが、恐怖と快感のせめぎ合いで、訳が分からなくなった。

「起ってきたな」

 そりゃ触られれば起つだろと思いながらも、俺は唇を噛んだ。

「やめろ」

 すると口に、サフが指をつっこんできた。

「傷になる」

 いつか、似たようなことをアーガイルにもされたことがある。アイツは、俺が唇を噛むのを、いつも嫌そうに見ていたなぁ。大した傷じゃないんだから、気にしなければいいのにと、頻繁に嘗ては思っていた。

「なんで、噛んじゃ駄目なんだ……?」

 いつか聞いてみようと思っていたことを、親友ではないが、その子孫であるサフに聞いてみた。単なる好奇心である。

「薄くて綺麗な桜色の唇に、鬱血痕は似合わない」

 女の子じゃないんだからと、その回答に苦笑しそうになった。
 その時には既に、俺の自身は、先走りの液でぬるぬるになっていた。
 サフの指が動く度に、水音をたててぬめる感触――正直、気持ちよかった。

「ぁ……やめろ……っ、ぁ、俺、俺……」

 このままでは、イってしまう。
 しかしながら、男にイかされるというのは、何となく屈辱的だった。

「あ、っ、うあ、ア、やめ――!」

 もう限界に近かった俺の自身を、サフが口に含んだ。
 舌先でカリ首を嬲られ、体が震える。
 ブルブルと肩が震え、射精してしまいそうになる。

「やめ、本当に、止めろ、止めて、止めて下さ……っ、う、あ」
「……」

 何も言わずに、悶えている俺を見て、サフは楽しそうな顔をしている。
 しかしもう限界だった。

「っ、ン――……っ、あ、あ、ぅあッ」

 必死でこらえようとしても、腰が跳ねた。

「駄目、駄目だって、なぁ、サフ――! うあっ、ン――ッ、ああああ!」

 俺はあっけなく、サフの口の中に、精を放った。
 肩で息をしながら、俺はサフを見上げる。
 なんで……こんなことをするのだろう。こんなことをしたのだろう。
 半ば呆然としながら、必死で息を整えた。
 ごくりと、サフの喉仏が動き、俺の精液を彼が飲んだのだと分かる。

「ば、馬鹿! はき出せよ」
「……何故だ?」
「何故って……」

 普通飲まないと思うのだ。味は苦いと聞いたことがあるし。

「アーガイルはしてくれなかったのか?」
「は?」
「お前にフェラをしなかったのか?」
「だから俺とアイツはただの親友だって言ってんだろ――……も、勿論、ご先祖様同士の話しだけどな!」

 何とか言いつくろって俺が応えると、サフが笑み混じりの吐息を漏らした。
 何かもうバレてるんじゃないのかという気がしてきた。
 しかしサフから確定的な言葉を言われたわけじゃないので、俺は嘘をつき通すしかない。

「これまでに、何人恋人がいた?」
「いたら童貞のわけがないだろ!」

 俺が反射的にかみつくと、暫し考え込むような顔をしてから、サフが吹き出した。

「――本当に童貞なのか?」
「童貞の何が悪い! 馬鹿にすんな! 俺は一途なんだよ!」
「ではその一途な愛情を傾けた相手は誰だ?」
「それがいまだに見つからなくてさぁ、俺、誰に愛を傾けたら良いんだろ」

 射精したので賢者モードに入りつつ、俺は呟いた。
 俺だって、恋はしたい。
 だが、相手がいないのだ。

「俺にしておけ」

 するとサフがそんなことを言った。だから俺は鼻で笑った。

「性転換して出直して来てくれ」
「……」
「出来れば巨乳でお願いします。うん、女の子だったら、サフは、洗濯得意だし、綺麗好きだし――サフのこと受け入れられるかも知れない」

 要望を言って良いのであれば、料理もお願いしたい。
 そんな巨乳の彼女ができたのならば、俺は必死で、高給取りになれる道を模索することだろう。

「サフは、顔は美形だしな。女の子になっても、さぞや綺麗だろう。うんうん」
「――貴様、俺を抱きたいのか?」
「女の子だったらな。現状じゃ無理すぎるけど」
「何故無理なんだ?」
「俺、異性愛者だし。男につっこまれるのもつっこむのも、考えられない」

 俺が断言すると、楽しそうにサフが喉で笑った。

「試してみたことがあるのか? どうせないんだろ?」
「あるわけないだろ!」
「今から試してみたらどうだ?」
「……は?」
「産むが易しと言うだろう?」

 俺がポカンとしていると、その正面で、サフが二本の指を舐め始めた。
 唾液が光っている。
 呆然としている内に、その内の一本が、俺の後孔の入り口に触れた。

「っ」
「力を抜け」

 つんつんと刺激され、体がドンドン硬直していく。力を抜くなんて無理だ。

「うッ」

 何も言えないままでいると、指が一本、中へと押し入ってきた。どうしようもない異物感に、眉を顰める。

「きついな。本当に初めてなのか――……久しぶりなだけなのか」

 失礼なことを言うな、初めてにきまってんだろ、と言おうとしたが、緊張しすぎて何も言えない。

「熱い。ビクビク脈打ってる」

 そんな実況はイラナイ。
 俺は羞恥から、目を伏せた。

「ン、ぅあああ! は、ぁ……止め……ッ」

 指先が緩慢に動き始める。
 異物感が最初こそ強かったが、次第におかしな感覚が浮かんできた。
 指が揺れる度に、すぐそばの場所が、その刺激をもっと欲するのだ。
 俺の体は、おかしい。

「あ……あ……ああ、ン、ぁ……」

 息継ぎをする度に、声が漏れる。
 抑えようとしても、こらえきれなかった。
 サフの指に嬲られる度に、体が声帯を震わせるのだ。

「止め……あ……」

 両手で彼の体を押しのけようとしたが、重くのしかかってくる胸板は、ピクリとも動かない。

「ここがいいのか?」
「ン――っ、はッ!! ん」

 唐突に内部のある一点を刺激され、俺は体を揺らした。
 意味が分からなくなるくらい、背筋に快楽がはい上がり、それは陰茎へ集まる熱にも直結した。

「は、っ、う、ぁ、はッ」

 多分今の俺は虚ろな瞳をしていることだろう。
 快楽が、俺の意識を占領していた。

「止め、止め……や、あ、いや、いやだっ……!」

 まるで体が自分のモノではなくなったみたいに跳ねる、統制権を失った感覚だ。
 だが、こんな交わりが許されるわけがない。
 だって相手は、親友の子孫だ。
 何度も頭を振り、拒否しようと努力する。
 しかしたった一本の指が与える甘い疼きに、俺の全身は夢中になっていた。

「ぁ……嘘、だろ……おかし、こんなの、おかしい――ッ」

 クラクラとしてきて、双眸を伏せると、涙がこぼれてきた。生理的な涙だ。別に悲しい訳じゃない。

「サ、サフ……も、もう……ッ」

 もういい加減止めろと言おうとしたのに、声にならない。

「もう一本増やすぞ」
「あ――……ン――!!」

 俺は思わず唇を噛んだ。

「ふ、ぁ」
「だから唇を噛むなと言っているだろうが」

 すると口に、逆側の指をつっこまれ、俺は息苦しくなった。
 その指先は、俺の舌を刺激し、唾液を溢れさせていく。

「ん、ン、っ」

 指の刺激は俺の嬌声を押し殺し、指先が与える感覚に意識を集中させていく。けれどどちらの刺激も、俺の許容範囲外だったから、うまく制御できない。

「フ、ッ……はっ」
「イきたいか?」

 張り詰めた先端を一瞥しながら、サフが笑う。当然だ。

「ならば、イかせてやってもいい。ただし代わりに懇願しろ。入れて欲しいと、な」

 なんて事を言うのだろうかと、霞がかった意識の中で思った。

「うッ」

 二本の指がバラバラに動き始め、俺の中で蠢き始める。

「ぁ、ア――!」

 直後、それらの指が、揃って一点を刺激した。コリコリと、一カ所を嬲る。

「……っ、ぁ……」

 しかしその刺激はすぐに消え、ゆるゆると、入り口付近で抜き差しされた。
 もう訳が分からない。
 体が熱くて、仕方がない。

「言え」

 サフが、俺の耳元で囁く。
 気づけば俺は、もうがむしゃらに、声を上げていた。

「お願い、入れて……っ、ぅ」
「入れて欲しいんだな?」
「うん、だから、は、早く……!」

 涙混じりにそう言うと、サフが笑顔で頷いた。

「頼まれた以上は仕方がないな」
「なッ――っ、ぁ、あ? え、あ! ああああ! ぅあ、ン――!!」

 サフの陰茎が、一気に奥深くまで押し入ってくる。
 咄嗟の出来事に呆気にとられて困惑し、さらにはその圧迫感と痛みに、俺は声を上げた。

「ぁ、あ、はッ、うぅッ……ハっ」
「痛いか?」

 聞くなよ、と思った。痛い、痛くて、涙が止まらない。
 何なのだろう、この質量は。
 同時に、大変熱かった。その熱が、内部の体温と混ざり合っていく感覚がして、意識が朦朧としてくる。どうしてなんだろう。

「きついな……本当に、初めてなのか?」
「あ、え? 何? な……ぁ、あ……ッ、や、やだ、なにこれッ」
「初めてなんだな?」
「う、ん……フッ……はぁッ……あ、あ、ンぅ――っ」

 息が出来ない。
 痛みが消えても、灼熱に体内から焦がされている気分だ。
 おかしな事に、ただ辛いわけではなく、もどかしい感覚が伴っている。だけどそれが、逆に辛い。

「や、やだぁっ、う、あ、助け……ふッ、ぁ、あ……」

 無我夢中で、サフの背中に腕を回して抱きついた。
 思わず爪を立ててしまう。

「気持ちいいか?」
「わ、わかんな……い……」
「気持ちいいんだな」
「う、ぁ……あ、あ、駄目、駄目だ止めろ、そんな風にされたら俺、またイっちゃ……う、ぅああああ――!!」

 俺は本日二度目の射精をした。それも、前を触られるでもなく、後ろを突かれて。
 恥ずかしくて死にたい――……そんな考えを最後に、俺は意識を手放した、と言うか、そのまま眠ってしまったのだった。