俺は今、両手を組んで、必死に祈っている。
現在は、担任分けのために、職員室でくじ引きが行われているのである。
俺はこの学園に勤めて、二年目になります。
一年目で、嫌と言うほどこの学校の特殊性を理解したので、くじ引きの結果がよいことを本当に心の底から祈っていた。
何年生の担当でも良いから、SクラスとAクラスとLクラス以外――!!
簡単に説明しておくと。
Sスペシャルクラスは、人気者(←)と家柄が良い生徒のクラス。
Aクラスは、進学クラス。
Lロウクラスは、俗に言う不良児不登校児のクラスである。
副担任なら別に何処のクラスでも良いので、この三つの担任だけはやらせないで下さい!!
普段無宗教な俺が頼むなんて、おこがましいかも知れないですが、それでもお願いします神様。

この学園の実情を知ってもらえば、俺の気持ちも分かってもらえると思う。

私立霊宝学園は、山間部にある中高一貫性の私立学園だ。
男子校で、街に出るには、少し時間がかかる。
教職員も全て男。
その為全寮制だ。
もう一度簡単に言うと、六年間全員男と過ごす事になる。
そのせいなのか、それとも庶民の俺が知らないだけで金持ちの趣味なのかは知らないが、この学園には、同性愛者がかなり多い。
トランスジェンダーではなく、男として男が好きな人が多いらしい。
らしいというか、ほぼ8割りがたそうだと思う。

その中でも人気を誇る――下世話な話し、抱きたい・抱かれたいランキングというものが存在するのだが、それらの中でも上位の生徒が集まるのがSクラスなのだ。
だから俺以外の教師はみんな、Sになれ、Sになれ、と先ほどから呟いている。
気が知れない。
ありえない。
そんな目立つクラスに平凡な俺は無理。
去年はまだ一年目で副担任をさせられただけだったが、それがたまたま1Sだった為に、担任の心労を横で何度も目にした。
前回の1Sの担任である井原先生は、よく鼻血を出すほど疲れ切っていたので、横目で見ていても心配になったものである。
時には奇声まで発していたのだから、精神的にも参っていたのだろう。
『チワワ親衛隊ktkr――!!』
と叫んで鼻血を出し、倒れた先生の代わりにSHRを引き受けて、『何この普通』とざわつかれたのは、今でも苦々しい思い出である。
そうなのだ、何故なのか俺以外の職員は、全員美形なのである。
壮年の教員や年配の教員もいるが、若い頃は相当格好良かったんだろうなぁと言う感じだ。

とまぁそんな中、今年は、平凡な俺も担任を持つことになったらしい。
くじ引きで外れを引けば、副担任で良いらしい。
正直言って俺は副担任が良いが、基本的には副担任は、一年目の先生か年配の先生と決まっているため、立候補は出来ないのだ。
紙のBOXに手を入れ、俺は願いながら、一枚の紙を引いた。
おそるおそる開いてみる。
――やったーッ――!!
「狭山先生は、1C」
ホッとした。
普通クラスである。
良かった。
進学クラスだと、俺なんかじゃついて行けないほど頭の良い生徒も多いため、普通クラスで本当に良かった。
神様有難う!
そのようにして、担任決めは終わっていき、副担任も無事に決まった。
「よろしくお願いしますね」
俺のクラスの副担任になったのは、白い顎髭の生えたおじいちゃん先生こと眉川明まゆかわあきら先生だった。古典の先生なので、現代社会を教える俺とはあまり接点はないが、生徒達から『仏の眉川』と呼ばれる位なのだから、良い先生なのだと俺は思っている。

「次に、生徒会と風紀委員会の、顧問を決めます。続いて各委員会の顧問を決定します」

理事長秘書の北斗さんが、場を仕切り直すようにそう告げた。
「体力がいりますので、後はお若い先生方で」
眉川先生はそう言うと、他の四十代以上の先生を連れて職員室から出て行った。
それぞれの教科の準備室へと戻るのだろう。
残ったのは、俺(狭山良介=平凡)と、井原柊(いはらひいらぎ=ふだんし?)先生、真澄省吾(ますみしょうご=ホスト)先生、柚木早大(ゆきそうだい=チワワ)先生、勅使河原里見(てしがわらさとみ=保険医)先生、水城護(みずきまもる=多分まとも)先生の6名と、理事長と秘書さんの計8名である。
「俺が残されたのは、保健委員の顧問だろ?」
勅使河原先生が、人目が少なくなったからか、煙草を取り出しながらそう言った。
暗黙の了解らしく、この人が煙草を吸うことに誰も何も言わない。
とりあえず俺は、当たり前のようにおいてあった灰皿を、勅使河原先生の前へと差し出した。
無精髭の生えた勅使河原先生は、白い歯を見せて二カッと笑い俺に手を挙げる。
とりあえず会釈を返しておいた。
「まずはどのような形で、顧問を決めるか話し合いましょう」
北斗さんがしきると、柚木先生が手を挙げた。
この学園では、女性のように可愛らしい男を、チワワと呼ぶのだそうである。
その為職員1のチワワである柚木先生には、親衛隊まで存在する。

そう、この学園の特殊制度の一つが、親衛隊だ。
詳しくは後述する(かもしれない)。

「立候補制にして、投票が良いと思いますぅ」
柚木先生が、薄茶色の毛先をいじりながら言う。
この学園は、教員も髪を染めて良いのである。
「面白れぇ、俺と対決しようってのか?」
するとどこからどう見てもホストにしか見えない真澄先生が、口角をつり上げた。
二人とも俺の二期上である。
真澄先生は、昨年も生徒会顧問をしていたそうだ。
「生徒の見本となる生徒会の顧問がぁ、真澄先生みたいにガラが悪くっちゃ、話しにならないと思いますぅ」
確かに一理あるなぁと、柚木先生の言葉を聞いていた。
「生徒にまたがって腰振ってる淫乱に言われたくねぇよ」
「生徒につっこんで腰ふんのはいいのかよ?」
柚木先生の声が、低いモノへと変わった。
しかしどちらも、生徒と肉体関係を持っていることは否定しない。
俺、もう帰りたい。
人目がなければ、泣き出して顔を掌で覆いたい気分だ。
溜息をつくと、また鼻血を出している井原先生が見えた。
面倒くさそうに勅使河原先生がポケットティッシュを投げている。
「今年度の生徒会の意向はどうなっているんだ?」
そこへ、場を見守っていた水城先生が声を挟んだ。
水城先生は井原先生と勅使河原先生と同期だ。
だから俺の四年上の先輩という事になる。
そしてこれまたこの学園のおもしろ制度なのだが、生徒会と風紀委員に限っては、それぞれから、教師の逆指名もあるのである。
勿論単に考慮すると言うだけで、その通りになるとは限らない、らしい。
俺はその辺りのことは、去年の最初は言われるがままに副担任をしていたので知らない。
「ええとねぇ、生徒会は、なり手がいないんなら真澄君で良いって」
理事長がのんびりという。
「『で』ってなんだよ、あいつら」
ホスト教師、真澄先生もまた、煙草に火をつけた。
「じゃあ僕がやりたいって言ったら僕でも良いって事だよねっ」
嬉しそうに柚木先生が言う。
「じゃあもう二人のじゃんけんで良いんじゃねぇか」
気怠げに勅使河原先生が告げた。
こうして三回勝負のじゃんけんが行われた。
「俺が生徒会顧問って言うのは、運命的に決まってんだよ」
勝利したのは真澄先生で、ホストっぽさを前面に押し出しながら、ニヤリと笑った。
この笑いが好きらしく、真澄先生にも親衛隊がいる。
逆に言えば、この場にいる人間で、親衛隊がいないのは俺だけである。
「いいもん。それじゃあ、風紀委員やるもん」
いい年した大人が、『もん』なんて言うのはどうかとも思ったが、柚木先生がやってくれるというならば、万々歳だ。
面倒くさい二大役職をやらなくて良い俺、万歳!
「風紀委員は誰が良いって?」
鼻血を押さえながら、井原先生が言う。
「本来であれば昨年までも務めてもらった水城先生にお願いしたいが――諸事情により、狭山先生にお願いしたいらしいです」
淡々と北斗さんが言った。
そうかそうか、狭山先せ――納得しかけた俺は、思わず目を見開いた。
「――え?」
驚いて北斗さんと水城先生を交互に見る。
「実は俺、知ってると思うけどな、引退した風紀の副委員長と付き合うことにしたんだ」
水城先生も普通じゃなかった――!!
井原先生がまた鼻血を吹く。
俺は開いた口が塞がらない。
しかも知っているのを前提かのように言われ、軽く目眩がした。
「……だからって何で俺? 俺は、柚木先生が良いと思います」
「普つ――狭山先生もそう言ってることだし、僕にしようよっ」
今、普通て言われかけた。
まぁしかたが無いだろう。
だって俺教師っぽく黒い髪だし(最近切りにいってないせいで、前髪がうざったいけど)、インテリっぽく見せるため、銀縁眼鏡かけてるし(ダテだけど)。
スーツも他の先生方と違って市販品だから、その辺を歩いていたら、普通のサラリーマンに見えると思う。
「風紀から、風紀を乱す柚木先生だけは除外で、と言われていますね」
「なっ」
柚木先生が、長いまつげをバサバサと揺らすように瞬きした。
「井原先生が適任じゃないでしょうか? 俺、ほらまだ、学校に着て浅いですし」
慌てて俺が言うと、北斗さんは目を細めて、井原先生を見た。
「貧血で死ぬ可能性がある人を、誰も顧問にしたくはないでしょう」
「いや、本当に無理です」
俺は断固拒否する!
「狭山先生、では直接風紀にそう返答してきてもらえますか?」
「え”」
風紀委員は、正直怖いので、近寄りたくないのが本心である。
「いいなぁサヤちゃん。なんでそんなになりたくないの?」
柚木先生が僕の肩に顎を載せた。
サヤちゃんて誰だよ。
いつの間に俺と貴方はそんなにフレンドリーになったんだ!
井原先生が鼻血の吹きすぎで、勅使河原先生からトイレットペーパーを受け取っている。
「風紀は委員会だから、副顧問の指定は、顧問が出来るんだよ? サヤちゃんが顧問になって、僕の事副顧問にしてよぉ」
柚木先生のその言葉に、勢いよく井原先生が立ち上がった。
「それは無理。狭山先生と俺は去年からのコンビだから! さっき狭山先生も経験が浅くて不安だって言ってたし、俺が今年はバックアップ役として副顧問になるから! 萌のため――じゃなくて、去年のお礼のために!」
「えぇ……井原先生がそう言うならしょうがないかなぁ……」
井原先生は鼻血ばかり吹いているが、鼻血さえなければ、かなりのイケメンなのである。
それも柚木先生のドストライクらしい。
そんなカミングアウト、俺は聞きたくなかった。
しかし、頻繁に職員会議で、柚木先生は井原先生に告白しているので、嫌でも耳に入ってくる。
就職できれば何処でも良いのか、姉よ。
そんなことをひっそりと思っているのは、内緒である。

こうして俺は、絶対に避けたかった内の一つ、風紀委員会の顧問になってしまったのだった。