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「真澄ちゃん×柚木先生萌え――!!」
教職員寮へと戻り、二人部屋の扉を開けた瞬間、叫びながら井原先生がソファにダイブした。
「萌え、ですか……」
昨年同室になってから、俺はその単語を何度も聴いた。
井原先生によると、男同士の恋愛小説や漫画、ゲームが好きな人は、腐男子というらしい。
あの二人の卑猥な喧嘩で、何故胸がときめくのか俺には分からない。
「あーあー。だけどやっぱり王道編入生がみたいよぅ、来ないかなぁ、来ないかなぁ」
ソファの上でじたばたしている先生の前で、俺はキッチンに立った。
俺たちは割り勘で自炊しているのである。
「そのオードーヘンニュセイって、そんなにいいものなんですか?」
俺がジャガイモの皮を剥きながら尋ねると、水を得た魚のように、がばっとソファの上で井原先生が向き直った。
「いいんだよ! なにがいいってね、まずね、生徒会副会長の嘘くさい笑顔を指摘して、理事長室で全ての部屋のカードキー兼費用をGetした後、食堂で俺様会長にキスされて殴って、それから双子の生徒会補佐を見分けて、寡黙ワンコ書記に懐かれて、チャラ男会計にセフレなんてダメだって説教して、教師も生徒も人気ある人をみんなメロメロにして、そのせいで親衛隊からいじめを受けて、だけどそれにもめげず……ッ!! ちなみに理事長室で、あまりにもの美形のために、モジャモジャのカツラと、牛乳瓶の底のような眼鏡で変装を強要されるんだ」
にんじんの皮を剥きながら、確かに今回の生徒会は、そんなようなメンツが揃っていたなぁと思い出す。
「それの何が面白いんですか?」
「総受けだよ!? 純情だよ!? 天真爛漫受けだよ!?」
「ソウウケっていうのは、なんなんですか?」
続いてタマネギを切りながら、俺は尋ねた。
「みんなに愛されてるって事! ハーレムみたいなもの!」
「へぇー」
興味がなかったので俺は絹さやの準備をしながら、肉じゃがを作り始めた。
井原先生は、学園内だと、どちらかと言えば理知的でクールだ(鼻血は出すけど)。
しかし部屋に戻ると、腐男子(?)とやらの精神が爆発してしまうらしい。
それから肉じゃがができあがるまでの間、俺は魚を焼きつつ、井原先生の腐男子講義を聴いた。八割方、分からなかった。特殊用語が多すぎると思うのだ。