待ち合わせの時刻の丁度三十分前に、俺は校門についた。
校舎までの路の左右には、無駄に広い森が広がっている。
するとほぼ同時に着いた様子の生徒会副会長――有里丘広野ゆりおかひろのと目があった。
校門に達するルートは3ルートあり、俺が歩いてきたのは寮から、有里丘は生徒会室などがある向日葵館の方からだった。
「おはよう」
俺ははっきり言って、キラキラした生徒会の人間が苦手である。
「おはようございます、狭山先生」
すると柔和な微笑みで、副会長は俺に挨拶した。
この誰にでも見せる王子様然とした微笑みは、俺は絶対に作り笑いだと思っている。
しかし俺のような庶民とは違い、人脈作りなど色々大変な有里丘のはずだから、俺はあえて指摘しないことにしていた。
それに俺はどうせ庶民だし。
喋ることもないし。
そんなことを考えていると、副会長が俺を見た。
「まさか、貴方が風紀委員会の顧問になるとは思いませんでした」
「俺も吃驚だったよ」
「生徒会も第二希望でしたが、貴方を推薦していたんですよ」
知らなかった俺は、風紀委員でまだ良かったと思った。
生徒会の顧問になんかなったら、今でさえ誰に刺されるか分かったもんじゃないのに、命の危機に関わってくる。
「それは有難いと純粋に思うけど、お前達なら大丈夫だろ」
俺はそう言って、ぽんと有里丘の頭に手を置いた。
柔らかいチョコレート色の髪が、気持ちいい。
すると驚いたように、有里丘が目を見開いた。
「――先生」
「ん?」
「不法侵入者がいます」
その言葉に俺が門へと視線を向けると、よじ登ってきた、モジャモジャ頭の誰かがいた。
それには俺も目を見開かざるを得ない。
不法侵入者は、そのまま俺たちの元までやってきた。
「はじめまして! 俺は園生菜摘そのおなつみ! よろしくなッ!」
「――貴方が、編入生ですか?」
俺よりも一歩早く衝撃から立ち直った副会長が聞く。
「そうだぜ!」
「俺は担任の狭山だ。よろしくな」
「よろしく狭山!」
せめて『先生』をつけろと言おうとした瞬間、編入生が何もないところで転んだ。
盛大に跳んでいくカツラ、落下した眼鏡。
そこにあったのは、金糸のような髪と空色の瞳だった。
顔を上げた彼は随分と整った顔立ちをしていて、少しだけ理事長に似ていた。
俺はとりあえずカツラと眼鏡を拾いに行く。
そうして戻ってきたとき、園生(編入生)の声が聞こえた。
「お前のその嘘くさい笑顔、止めた方が良いぞ!」
「っ」
初対面でバシバシと人のプライバシーに入っていくタイプかぁと思いながら、俺はカツラと眼鏡を差し出した。
「園生、人には人の事情があるんだから、思っても何も言わない方が良いこともあるんだぞ」
「……っ、先生も気がついて?」
「まぁ去年一年副担任やってたしなぁ」
俺が返したカツラを装着する編入生を眺めながら、曖昧に頷いてみせる。
「なんでだよ? 無理矢理笑うなんて、辛いだろ?」
純粋に首を傾げた園生に対し、副会長が屈んだ。
「有難うございます。これは、お礼です」
そう言って副会長は、園生菜摘にキスをした。
触れるだけのキスだったが、真っ赤になった園生が、副会長を殴ろうとして除けられ、側にあったオブジェを破壊する。
一方の俺は、男同士のキス場面に、胃が反り返りそうなった。
また、オブジェ破壊について、風紀委員の問題になりそうだなと思った。
「さぁ菜摘、行きましょう――良介先生も」
副会長に促される形で、我に返った俺は歩き出した。