18
今日は月曜日なので、俺は風紀委員室へとやってきた。
若干永宮と顔を合わせるのは気まずかったが、仕事は仕事だ。
すると委員長の永宮と、副委員長の月見里が目の下にクマを作って憔悴していた。
「大丈夫か?」
明らかに大丈夫には見えなかったが、俺は一応聞いてみた。
「正直言って忙しすぎる」
「そろそろ……一年生からも風紀委員を勧誘した方が良いですね」
この学園では、風紀委員長と副委員長は(風紀委員の中から)人気投票で決めるらしいが、勧誘は風紀委員自身が行うらしい。ただし俺はその辺の事柄はよく分からない。
「勧誘って、俺も何かした方が良いのか? 手伝えることがあったら、言ってくれ」
そう伝えると、永宮と月見里が顔を見合わせた。
「文武両道が最低限の条件だ。多忙で公欠することもあるからな」
最早俺に対して敬語ではなくなった永宮を一瞥する。
その条件に該当する生徒――やはり1Sの生徒だろうかと俺は考えた。
「基本的にはコチラで勧誘します」
月見里の言葉に、俺は頷く。
「分かった。もし候補者が居たら、俺からも声をかけてみるから」
そんなやりとりをして、その日は帰宅することにした。
問題が起こったのは、翌日だった。
「良介先生、俺、風紀委員に入る!」
唐突に園生がそう言いだしたのである。
「いやぁ……委員長達に聞いてくれ」
「分かった! 伊月に言えば良いんだな!」
そう言えば永宮委員長は、そう言う名前だったなと思い出した(駄目教師だ)。
ただ確かに園生は、成績も良いし、運動神経も抜群だ。
永宮と月見里が言っていた条件にぴったり合致する気がした。
「狭山先生」
しかしそう上手くはいかなかった。
その日の放課後、俺は風紀委員室に呼び出された。
「何故呼んだか分かっていますよね?」
いつもは優しい月見里の顔が、大変怖かった。笑顔なのに怖かった。
「ええと、何かあったのか?」
「園生菜摘が風紀委員に立候補してきた。風紀を今ダントツで乱しているのにな」
執務机の上で指を組んでいる永宮は、何処かあきれかえるような顔で俺を見ている。
生徒にこの対応を受けている俺。
本当に、いたたまれない。
「兎に角諦めさせてくれ」
「そう言われても……勧誘はお前らがやるんだろう?」
「先生が顧問をしているから入ると言っているんですよ?」
「なんで?」
意外な言葉に、俺は虚を突かれた。
どうして俺が顧問だと、園生は風紀委員に入るのだろうか。
「「はぁ……」」
すると永宮と月見里の溜息が重なった。
「兎に角諦めさせてくれ」
「お、おう」
よく分からなかったが、此処まで風紀委員に頼りにされたことはないので、俺は頑張ろうと思った。
「園生、ちょっと良いか?」
翌日の放課後、俺は園生を呼び止めた。
「菜摘で良いって」
「風紀委員に立候補したそうだな」
俺は直球で本題を切り出すことにした。
「ああ! 先生とずっと一緒にいたくてさ」
「懐いてくれるのは嬉しいけどな……俺は、週に一度しか風紀委員室には顔を出さないぞ」
「それでも良い。良介先生の顔が見られるなら」
平々凡々の俺の顔を見て、何が楽しいのだろうか。そんなに面白可笑しい顔に生まれた覚えもない。
そんなことを考えていると、唐突に正面から園生に抱きつかれた。
背骨が軋んでみしみしと音を立てる。
流石は器物損壊をしまくっているだけあって、園生の力は強かった。俺は呼吸困難になりそうで、引きつりそうになる顔を精一杯、笑顔に保つ。
と言うかこの腕っ節なら、普通に風紀委員会で活躍しそうなものじゃないか。
「あ、の、園生? 離してくれ」
「嫌だ」
「人と話をする時は、ちゃんと目を見ないと駄目だ。その体勢じゃ、見られないだろ?」
「……分かった」
「とりあえず」
俺は咳払いをしてから、仕切り直すことにした。
「お前は、生徒会にも補佐として声をかけられて居るんだろ? もう少し考えてみたらどうだ? 前に、友達だって言ってただろう」
「そうだけど……先生、俺、好きなんだ」
「そうか。でもな、適材適所という言葉もある。園生を求めてくれるところに行くのも大切だと思うぞ」
個人的には、俺は別に園生がやりたいのであれば、本人の意思を尊重して風紀委員に入っても良いと思う。話を聞く限り、相当風紀委員が好きみたいなのだし。
しかし顧問として、委員長と副委員長に頼み込まれた以上、あちらも無碍には出来ない。俺は何処まで生徒の希望や自主性を尊重すればいいのか、まだ上手く分かっていないのだと思う。力量不足だ。
「――分かった! 良介先生がそう言うんなら、俺、生徒会に行く!」
「そうか」
思わず安堵してしまった自分がふがいなくて、俺は一人自嘲してしまった。