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「俺、もう萌え死ねる!」
クッションを抱きしめてソファをゴロゴロと転がり始めた同僚を見据え、俺は眉を顰めた。
「井原先生、俺の一挙手一投足の、何にでも萌えられるんじゃないですか?」
「違いますよ! 絡みがあるからこそですよ!」
「はぁ」
「王道×担任ktkr」
俺の背骨が折れそうになった件は、井原先生の中では、未知の言語に翻訳されているらしい。俺はそろそろ、ktkrの意味を知りたい。一体どういう意味なのだろう。しかし、一度聞いたら、一晩中講義が続きそうなので、思いとどまる。
タケノコとしめじを炒めながら、俺は溜息をついた。
本日はグリーンカレーの予定である。
「しかも何々なんですと!? 寡黙ワンコ書記×美人ノンケ受け!? 何それ、おいしすぐる!!」
「まだ味見できる段階じゃないですよ。これからココナツミルクを――」
「そうじゃなくて!」
「え?」
「寡黙ワンコ書記ですよ!?」
「何ですか、それ」
確かに言われてみれば、書記の大滝は、ワンコっぽく見えないこともない。
それに寡黙だ。
そこは間違いない。
「独りで日夜や花壇の手入れをしている、寡黙ワンコ書記。その心を開くのは王道――っていうのがセオリーなんですけど、無理に喋らなくても良いなんて、何そのフラグたてちゃう感じ!! 狭山先生、本当天才です!」
「……?」
鼻血が吹っ飛んできそうになったので、俺は、ティッシュボックスを手渡した。
白衣に点々と血がついている様は、一度見ると結構なトラウマになる。
「というか、大滝は、まさか一人で花壇の手入れをしているんですか?」
驚いて俺が聞くと、大きく井原先生が頷いた。
「そうですよ! そうなんですよ! そこがまた萌えポイント!」
「把握していたんなら、美化委員に言うかなにか、対策しましょうよ。学園内に、ああした花壇がどれだけあると思ってるんですか」
「え、あ、そ、う、なんですど……だって……萌えポイントですし」
「いやあのですね、生徒一人にそんな負担かけるのは、宜しくないですよ」
「そこは大丈夫です。書記親衛隊が、草むしりしたり、ひっそりと手伝ってますから」
「そうなんですか?」
俺にはあまりよく実感がわかないが、親衛隊とは良いこともしているのかと、驚いた。
風紀委員会の顧問になってから、制裁の話ばかり聞くため、普段の活動などまるで知らなかったのだ。俺は、もっと勉強しなければならないんだと思う。
ココナツミルクを投入し、後は数時間煮込むだけにしながら、俺は蓋を閉めた。
それから、井原先生の正面のソファに座る。
「親衛隊って、良い生徒も多いんですね」
「親衛隊萌え!!」
なんだか俺は、鼻血を出す井原先生を見ている内に、案外この学園は平和なのではないかと思ってしまった。