22
並木のせいで、少し破れてしまったYシャツを着替えるために、俺は職員寮へと向かっていた。なんだか憂鬱だ。多分、会計の並木に対して、ちゃんと答えることが出来なかったからだと思う。そんなことを考えながら歩いていたら、正面から水が飛んできた。
「あ!」
「っ」
誰かの驚いた声を聴きながら、俺は顔面に直撃した後、シャツを濡らしていく水の感触に浸っていた。
「あはは☆ 先生、ゴメン」
手で顔をぬぐってから見れば、そこには生徒会庶務の双子の高阪青が立っていた。
流石に去年一年間副担任をしていたので、そっくりな双子ではあるが、区別はつく。
「高阪青。なんでホースを振り回してるんだ?」
「え」
「?」
すると驚いた顔で、高阪(兄)――青は兄だ――が目を見開いた。
「……何でサヤちゃん、僕が青だって分かったの?」
「仮にも俺は教師だぞ。敬語を使え、敬語を。それに去年は、副担任だったんだし当然だ」
「……見分けたの、菜摘ちゃんだけかと思ってた」
「去年担任だった井原先生だって、生徒会顧問の真澄先生だって分かってると思うけどな」
「ありえないよ!」
「なんで?」
また不可思議なことを言うものだなぁと、俺は首を傾げた。
「だって僕と緑は同じだもん」
「いや、違うだろう。お前はお前だ、高阪青」
「……」
「それより、ホース。なんで職員寮へと行く道を水びだしにしてるんだ?」
「ノリ☆」
よく分からないなと思いながら、俺は溜息をついた。
「まぁ良い。生徒会の仕事がないんなら、きちんと授業に出るんだぞ」
俺がそう言うと、不意に高阪兄がこちらを凝視した。
「なんだ?」
「……先生、そのシャツ……」
「嗚呼、ちょっと犬に噛まれたみたいな感じでな」
「……胸が透けてる」
「ぶ」
俺はまさかそう来るとは思わず、羞恥で真っ赤になってしまった。
対面している高阪青も真っ赤になっている。
「今から着替えに戻るところだから……」
「う、うん。その方が良いと思う。先生凄く色っぽい」
「お前は眼科に行け。嫌保健室か。勅使河原先生の世話になった方が良い」
俺はそれだけ告げると、足早に職員寮まで戻ることにしたのだった。
その後俺は服を着替え、無事に資料室へと行き、午後の授業を終えた。
「チャラ男会計×ノンケ受けキタ――!!」
「きてないですから」
いつもの事ながら、帰宅した井原先生に話しをすると、鼻血を出された。
いい加減俺は慣れてきた。
珈琲を淹れながら、二日目のカレー(まろやかになっているはず)をじっくりと再度煮込みながら、井原先生の正面に座る。鼻に優しいティッシュを買うのを、そろそろ止めようかと思う。
「だって、セフレなんて駄目って言ったんですよね? ね?」
「まぁ要約すればそうなります」
「王道ktkr」
「何で俺が王道なんですか。それは園生でしょう?」
「世の中には、非王道の王道ってモノが存在するんです。非王道とは――」
「聴かなくて良いです」
俺は溜息をつきながら、珈琲を飲んだ。
「しかも双子1×先生!」
「……いや、別に」
かけ算にはそろそろ慣れてきた。
「だって、だってですよ? 双子を見分けちゃったんですよね!? あんなにそっくりなのに」
「井原先生だって見分けつくでしょう?」
「つかないですよ!」
「え、嘘ですよね?」
「本当です!」
井原先生は教師としてどうなんだろうかと、俺は疑問に思ってしまった。
だって、去年一年担任だったのに。
普通見ていたら分かると思うのだ。
そんなことを考えていたら、俺は思わず咳き込んだ。
薄着の上に、水を浴びたせいで、風邪を引いてしまったのかも知れない。
夏風邪はバカしかひかないと言うし、体調管理が出来ないなど、社会人としては最悪だ。
「え。狭山先生、大丈夫ですか?」
思いの外俺の咳が大きかったため、井原先生が驚いたように顔を上げた。
「大丈夫です」
まぁ寝れば治るかと俺は楽観視した。
治ってくれないと困る。
市販の風邪薬が、確か自室にあったはずだ。
今日は早めに眠ろうと俺は決意したのだった。