23




結局俺の風邪は悪化した。
幸い、翌日は授業がなかったため、俺は保健室へと向かうことにした。
保健室では、窓を開け放ち、換気扇の下で勅使河原先生が煙草を吸っていた。
「あれ、珍しいな、狭山先生か」
「どうも……」
「てっきり生徒がサボりに来たのかと思った」
煙草をもみ消しながら、勅使河原先生が歩み寄ってくる。
「顔色が悪いな。それに震えてる――ん」
その時俺が盛大に咳き込んだため、勅使河原先生が眉を顰めた。
「ま、座れ」
椅子に促された俺は、素直にそれに従った。
「とりあえず、体温計な」
手渡された体温計を脇に挟みながら、俺は体を震わせた。
どんどん熱が上がっている気がする。
もう初夏だというのに、真冬のように寒いのだ。
それから勅使河原先生が聴診器を出すのを眺めていた。
ピピピピピとすぐに電子音が響き、確認すると8度7分もあった。そりゃ寒気もするはずだ。咳もどんどん酷くなっていく。
それから聴診器で胸の音を聞かれた。
今は便利なもので、服の下から聞いてくれるのだなぁと思う。
昔なんて、上半身の服は脱いだものである。
「肺炎や気管支炎まではいってないな」
勅使河原先生はそう言うと、俺の額に手を添えた。
「ただ熱がまずいな。抗生物質と咳止めと解熱剤を出すから、少し寝ていくと良い」
「有難うございます、勅使河原先生」
「里見で良いぞ」
確かに勅使河原先生と呼ぶのは長いから、里見先生と呼ばせて貰う方が、咳が出ている現状では有難かった。熱のせいか、目が潤んでくる気がする。
里見先生は、ふらつく俺の体を支えながら、ベッドへと案内してくれた。
正直有難い。
横たわった俺に布団を掛けてくれた上、その後髪の毛を撫でてくれた。
風邪を引くと人恋しくなると言うのがよく分かる。
里見先生は優しい表情をしていて、大人っぽい煙草の匂いがした。
「大丈夫か? 狭山先生」
「……正直、大丈夫じゃないです」
俺はそう言ってから、咳き込んだ。
すると俺の顔の両サイドに手を突き、里見先生が顔を近づけてきた。
「代われるものなら代わってやりたいな」
「ははは。先生が風邪ひいちゃったら、誰が診てくれるんですか」
「潤んだ瞳も、朱い頬も、見てると妙な気分になってくる。ちょっと、お前に惹かれる奴らの気持ちが分かる気がする」
朦朧とした意識の中、呟くような里見先生のそんな声を聴いた。
それから何故なのか額に、唇が振ってきた。
しかし熱で浮かされた俺には、何が起こっているのかよく分からない。
「確かに美人だな」
流石井原先生と同期で、おかしな事を言う。
そんなことを考えていた、丁度その瞬間。

「狭山先生大丈夫ですか!?」

聞き慣れた声が響いた。
横になったまま視線を向けると、入ってきたのは井原先生だった。
なんだか、何が起こっているのかは分からなかったが、妙な気配になりそうだと言う事は俺にも分かっていたので、一気に体の緊張が解けた気がした。
「何の用だ、井原」
「何って、狭山先生のことが心配で」
「お前な……折角良いところだったのに、邪魔しに来たのか?」
窓辺へと歩み寄り、煙草に火をつけながら、里見先生が険しい顔をした。
瞬間、井原先生が鼻血を吹いた。
「良いところ!? ちょっとそこの所kwsk」
「黙ってろ、煩い、此処は保健室だぞ?」
里見先生が、辟易したように呟く。
「よくよく存じております、里見先生!」
俺は井原先生のその言葉を聞いたのを最後に、睡魔に飲まれた。

職員寮へと帰ったのは、夕方のことだった。
その頃にはすっかり熱が下がっていたのだった。