25
なんだかどっと疲れたような、理事長の話で少し気分が軽くなったような、不思議な気分で俺は部屋へと戻った。
すると良い香りが漂ってきて、ほっとした。
ソファに座り込むと、俺の前にカルボナーラとサラダ、スープを置きながら、井原先生が満面の笑みで、出迎えてくれた。井原先生の得意料理は、パスタなのである。カルボナーラのソースも、卵から手作りだ。
「それで、どうだった?」
キラキラした瞳で、井原先生に聞かれた。
俺は溜息をつきながら、スープを飲んでから答える。
「理事長は、とりあえず園生の件、園生の側に対して何らかの処遇をしてくれそうです」
「そうじゃなくて、理事長×新人教師」
「新人教師って……まさか俺の事じゃないですよね? 一応2年目です」
「言葉のあやだけど、でも、まだ先生より年下の先生誰もいないですし」
「まぁそうですけど」
「それにそもそも、狭山先生は理事長のお気に入りですし」
「え?」
「この学園は基本的に、顔で採用してるっていう王道学園です」
井原先生は器用にフォークを使いながら、そんなことを言った。
「いや、俺はコネ採用なんで」
こんな事は言いたくはなかったが、事実なのでしかたがない。
「いくらコネがあったって、顔が良くなきゃ、先生出来ませんよ。やだなぁ」
はっはっはと明るく笑いながら、井原先生がパスタを食べている。
「だけど俺、普通とか平凡とか言われ慣れてますし」
事実である。
「それは先生の服装と、髪の色と前髪の長さ、だて眼鏡が原因です。よく見るとそりゃあもう、モデルでもやってそうなくらい、綺麗じゃないですか。まさしく美人!」
井原先生が今度は真面目な顔でそう言った。
確かに俺は、読者モデルをしている姉にそっくりだと言われることはあるが、男女じゃ美の基準が違うと思う。なので、俺の顔はやっぱりゴク平均的だと思うのだ。
「それに、狭山先生、これで、チワワ教師、双子2、理事長で、まさしくコンプリートじゃないですか!」
「――はい?」
鼻血を堪えているらしき井原先生に対して眉を顰めながら、俺はパスタを食べる。
大変美味しい。
「コンプリートですよ、コンプリート。俺は此処に、コンプリートを宣言します!」
「何がですか?」
ティッシュを差し出しながら俺が首を傾げると、井原先生が恍惚とした笑みを浮かべた。
「王道君、生徒会長、副会長、会計、書記、庶務×2、風紀委員長、ホスト教師、チワワ教師、保険医、理事長! 強いて言うなら、秘書と警備員も欲しいところですが」
「何の羅列ですか、それ」
「狭山先生受けの場合、攻めになる人々です」
「は? 何ですか、その受けやら攻めやら、よく井原先生が言ってる単語だっていうのは分かりますけど」
「狭山先生を好きな人リストです!」
「ぶ」
俺はスープを吹き出しそうになった。
「で、狭山先生はどうするんですか?」
「ど、どうって?」
「誰と付き合うんですか?」
「付き合いませんよ! 全員男じゃありませんか!」
「愛に性別なんて関係ありません!」
「凄く良いこと言ってる気がしますけど、俺には多大に関係有るんです!」
俺が唇をとがらせると、井原先生が首を傾げた。
「だけど先生、好きな人がいる宣言しちゃったじゃないですか」
「あれは井原先生の提案じゃないですか」
「この際、誰か選んじゃったらどうです? 付き合ってから愛が生まれることもありますよ」
「人ごとだと思って……」
思わず溜息をつきながら、サラダにフォークを突き刺す。
「じゃあ偽装で付き合うとか――そこから生まれる愛も美味しいです」
「俺的にはサラダが美味しいです」
「有難うございます! じゃなくて、偽装は?」
「偽装するとして、まず生徒は却下ですね。うーん、困ったな」
先ほどの井原先生リストが、少しくらい、遊び心ではなく本気が混じっているとしたら、俺は非常に困る。何せノーマルなのだ、俺は。それに何人かには、実際にキスをされている。二度とゴメンだ。誰が一番安全だろう。俺は思案した。
「――やっぱり井原先生、責任取って、偽装で俺と付き合って下さい」
「だから俺は俺自身じゃ萌えられないんで」
「萌えなくて良いですから!」
「それに、誰かに恨まれるのも嫌だし」
「そんなの俺だってそうですよ」
「……狭山先生。俺だって、男なんですよ」
「? 知ってますけど」
「……」
「だって、リアルで問題なく偽装で付き合えるの、井原先生だけじゃないですか」
「……男扱いされてないのがよく分かります」
「? してますけど」
「……うーん」
井原先生は、何故なのか俺の言葉に、眉を顰めて腕を組んだ。
「ちょっと考えさせて下さい」
「あ、全然じっくり考えて貰って良いですよ。明日の朝まで」
「期限短っ」
そんなやりとりをして、俺達は食事を終えたのだった。