27
翌日の昼、俺は生徒会室へと呼び出されていた。
そこには、生徒会長の高円寺昇華、副会長の有里丘広野、会計の並木朝陽、書記の大滝勇気、生徒会庶務の高阪青と高阪緑、そして顧問の真澄省吾先生がいた。生徒会補佐になったらしい編入生の園生菜摘がいないのは、恐らく1年生だからだろう。基本的に、授業免除特権は、生徒会補佐になった場合は、職務を1ヶ月以上行ってからでなければ得られないからだ(園生はその割に授業をサボっているようで心配でもある)。
「呼びだした用件は、分かるな?」
生徒会長に言われ、俺は頷いた。
「新入生歓迎会の話しだと聞いているぞ」
言いながら、俺に伝達してくれた真澄先生を見る。
「新歓は、鬼ごっこをする事に決まりました」
副会長が柔和な笑みを浮かべてそう言った。
へぇ、鬼ごっこかぁ、と思いながら、俺は腕を組む。
なんだか小学校っぽいノリだなという感想を持った。
それは兎も角、それを聞くだけだったら、真澄先生経由で済んだと思う。もしくは、近々風紀委員にも通達が行くだろうから、どのみち永宮達から聞いただろう。俺が此処へと呼び出された理由は、よく分からない。まさか、感想を言うためではないだろう。
「?」
その為、疑問符を浮かべてしまった。
それを察するように、会計が俺の腕を掴んだ。
「あのねぇ、サヤちゃんセンセ。今年の景品はさぁ、『若い先生』もコミコミっていう案なんだよぉ」
会計の並木は空気を読むのが比較的上手いと思う(だからこそこの前みたいに、こちらの逃げ道を封鎖する術にも長けているのだろうが)。
「ええと?」
景品って何だろうと、俺は首を傾げた。
「俺様が決めた」
全く回答になっていない事を、会長が言う。
「この学園の新歓……人が景品……」
書記がポツリと言った。なるほど、大滝の言葉から推測するに、俺は景品の一人になったから呼び出されたのだろう。風紀委員会との兼ね合いもある教師だから。
「確か、行事日程表を見た限りだと、例年風紀委員は、審判兼見回りだから、鬼ごっこなら俺も捕まった生徒の見張り役を手伝う事になるからなぁ……多分参加できない」
ちなみに何を見回るのかを、俺は知らない。
ただ風紀委員の一年生ですら参加できない行事に、顧問が参加するという事はないだろう。
第一、『若い』とはいえ、教職員が参加するというのは、現実的ではない気がする。
何せ、例えば、勅使河原里見先生だったら保険医だから救護班詰所にいるだろうし、理事長まで含めるならば、確実に仕事があるだろうから、学園内にいるかすら不明だ。
昨年までは副担任だったので、俺はこの行事がどういうモノなのか、具体的には、あまりよく知らない。まぁその内、詳しい説明があるだろう。
「景品になるだけだ。昨年、真澄が景品になった過去もある」
そうか、既存例があるのかと考えながら、俺は何度か頷いた。
「なるほどなぁ」
ならば俺が口を出すのは得策ではない。もうすぐ今日の放課後には、定例の職員会議もあるし、その時に真澄先生が、きっと議題に挙げてくれるだろうし、挙げてくれなければ自分が話そうと思い、俺は頷いた。
そんなこんなで、昼食時が訪れたので、俺は生徒会室を退室する事にした。
午後のコマは空いていたので、同じように空いているという真澄先生と二人、並んで歩く。二人で昼食に行く事にしたのだ。
職員食堂へと向かうと、階段を上がってすぐの席に、井原先生と里見先生がいた。
俺は最近井原先生と昼食を取る事が多かったし、水城先生は今では恋人(……引退した風紀の副委員長)と、この学園の至る所にある庭でお弁当を食べている事が多いから、この組み合わせはあまり見なくなったらしい。しかし以前は、大抵水城先生と井原先生と里見先生が、三人で昼食を取っていたそうだ(と、柚木先生から聞いた事がある)。
明日からもお弁当はイラナイのだろうかと(だとすれば、共用の食費の昼食部分は何処に回そうか)なんて考えながら、特に話しかけるでも無く、俺は二人の隣を通過した。
職員食堂であれば、俺は奥の窓際の席が好きなのである。
丁度二人用なのも心地良い(大抵俺は、少数で食べる派なのだ。一人飯もバッチコーイである)。
静かに座る場所を奥と手前のどちらにしようか考えていると、真澄先生が奥の席へと促してくれた。こういう気遣いが、尚更ホストっぽいと思う(失礼)。
「――なぁ、サヤちゃん先生」
「はい?」
タッチパネルで選択しながら、俺は顔を上げた。
「喧嘩でもしたのか?」
その言葉に、俺は首を傾げた。
「誰とですか?」
「柊先生」
「井原先生ですか? いえ?」
どうしてそんな結論に達したのだろうかと首を傾げた。
なんでそうなるのだろう?
すると、真澄先生はあちらの席を一瞥してから、腕を組む。
「……嫉妬、してるか?」
「? 何にですか?」
俺が首を傾げてから、冷やしきつねそばを頼むと、正面でニヤッと真澄先生が笑った。
「いやぁ! サヤとの初デェト♪ 俺、何でも奢っちゃうよ!」
凄い大声で、真澄先生がそう言った。
それから俺の隣まで歩み寄ってきた真澄先生に、ガシッと肩を抱かれた。
何事かときょとんとしている俺に、横から先生が抱きついてくる。
――本当におごりなのだろうか?
なんて有難い!
とは思いつつ、俺には心配事が一つあった。
何せこちらを凝視している井原先生と里見先生の視線に気がついたからだ。
「真澄先生! 何するんですか! 井原先生が出血死しちゃいますよ!」
だって、井原先生は、ぼーいずらぶ、と言うものが好きなのだ。
こんな光景目に毒のはずである。
「ぶ!!」
俺の言葉に、井原先生が、遠くの席で盛大にアイスコーヒーを吹き出したのを確認した。
そんな俺(?)いや、多分井原先生をだろう、真澄先生と里見先生が、大変微妙な顔で見守っていたのだった。
しかして、見守っていてもしかたがない。
「ちょ、井原先生、大丈夫ですか?」
なんとなく俺の失言が原因のような気がしたので、歩み寄ってみる。
「着替えに帰った方が良いな」
里見先生の言葉に、口元をふきながら、井原先生が目を細めた。
「狭山先生、井原の事を連れて帰ってやってくれ」
眺めていると、里見先生にそう言われたので、俺は頷いた。
何せ、今日の午後には職員会議があるのだから、このままではマズイ。
「あ、きつねそばは食べておいて下さい!」
俺がそう言うと、何かを悟ったような笑顔で、真澄先生が頷いた。
こうして、俺と井原先生は、二人で寮へと戻った。
それから数分。
着替えてから、井原先生が、リビングスペースへと戻ってきた。
俺は井原先生が好きだと前に言っていた珈琲を淹れて待っていた。
「……あの、狭山先生」
すると、俺の正面に座り、井原先生が小さな声で言った。
「はい?」
そんなに食堂でコーヒーを吹いたのが恥ずかしかったのだろうかと首を傾げる。
「狭山先生……その、付き合うって話しなんですけど……」
「あ、忘れてました」
そう言えばそんな話しもあったなと思いだし、俺は手を叩いた。
「ぶ」
俺のそんな反応に、コーヒーを再び吹き出しかけてから、何とかそれを先生は堪えた。
そして何故なのか井原先生が息を飲んだ。
変なところにコーヒーが入ってしまったのだろうか?
それから顔を背けて、口元を手で覆い、長々と目を伏せる。
確かに柚木先生が言うとおり、井原先生は、黙っていればイケメンという、本当に残念なイケメンだと思う。
「本気にした俺、恥ずかしい……」
「へ? 何がですか?」
「なんでもないです……あああッ! 俺、は、ノーマルッ!!」
よく分からないが、井原先生は、いつものテンションに戻ったらしかった。
時計を見ながら、俺はそれよりも、大変まずい事を思い出した。
「? 井原先生、まずいです、このままだと職員会議に遅れちゃいますよ! すぐに出ないと」
このようにして、俺達は、職員会議のために、再び寮を出て職員室へと向かったのだった。